第20話トラス宿場

「ギネスさん、その調子で戦って」

「はい。わかりました」

「マギーちゃんは素早く引くようにして」

「はい」

 ボス養殖の途中で、マギー達の事が気になり見に戻ったが、全体を見渡して指示を出す役を、魔術士のアデライデが担っている。

 マギーとギネスの訓練を付ける形で六人編成となったパーティーでは、最大の攻撃力であり防御力でもあるドリスが、常に最前線で敵と対峙する為、リーダーとは言え戦闘管理までは行えないのだろう。

 俺が爺から学んだ常識でも、冒険者の戦闘管理は魔法使いか神官が行うと言うものだった。

 遠距離攻撃能力があるものの、防御力が低い魔術士は、千人に一人と言う貴重さもあり、常に中心で護られているから、指示役にうってつけなのだ。

 一方神官も、貴重な治癒魔法能力があるので最前線に出る事が少なく、後衛や中央に位置取る事が多く、指示役を担う事が多いのだそうだ。

 だがこのパーティーは、元々三人の少数精鋭だったせいか、ベネデッタはただの神官ではなく、最前線で戦闘もこなす神官戦士だ。

 しかも魔術士のアデライデは、銅級とは言え治癒魔法も使えるので、物凄く魔法力の高いパーティーになっている。

 これでリーダーのドリスが治癒魔法使えるようになれば、この国の全冒険者パーティーのなかでも稀有な存在になるだろう。

「そう! 一度の攻撃力は小さくても、魔物の攻撃力を受けるよりはましよ。常に魔物の攻撃を避けることを優先して、その上で余裕が有れば攻撃するの」

「はい!」

 アデライデがマギーに教えているのは、自分が攻撃を受ける事無く魔物を狩る方法で、一番死ぬ確率の高い初心者時代を生き抜く方法だ。

「ギネスさんは常に全体を見渡して、奇襲を受けないように気を付けて」

「はい!」

 アデライデがドリスに教えているのは、指揮役として常に広い視野を持つ事だ。

 今は俺達とパーティーを組んでいるが、何時母子二人で生きていく状態に戻るかもしれないのだ。

 そんな状態になっても、母子が狩りで生きていけるように、幼く視野狭窄になりがちなマギーをフォローする戦い方を学ばせる心算だろう。

 それにしてもギネスの成長には驚かされる。

 元々身体能力が高い狼獣人とはいえ、僅か三・四日でこれほど戦闘力が伸びるとは思わなかった。

 広い視野と鋭い嗅覚を生かし、周囲の状況を的確に判断し、常にマギーを支援できる位置にいて、マギーが一撃いれた魔物に止めを刺している。

 いかに銅級の魔物とは言え、一撃で倒すことが出来るなど、冒険を学んで三・四日の者に出来る事ではない。

 マギーとギネスはこのままでいいとして、ドリスとベネデッタの役割分担だ。

 三人組で冒険していた時は、ダンジョンを主戦場としていたから、ドリスとベネデッタが前衛で、アデライデを後衛にしていたのだろう。

 だがアゼス魔境では前後を気にするだけではなく、四方に加えて上空まで気を付けなければならない。

 だからだろうが、ベネデッタがアデライデの後方に位置して、後方から左右にかけての警戒を担っている。

 そして今は優秀な斥候職のヴィヴィがいるから、ヴィヴィが少し先行して索敵を行い、狩りたいレベルの魔物を前衛のドリスに誘導して仕留める作戦を取っている。

 もちろんヴィヴィが奇襲をかけて一撃で狩れる魔物は問答無用で狩っているが、主に狙っているのは白金級や金級の魔物なので、あくまでもついででしかない。

 マギーとギネスの狩りは、更にそのついでに行われる訓練でしかない。

 十分安心できたので、再度ボス養殖巡回に戻ることにした。

 そして駆け足でボスの部位を切り飛ばして魔法袋に収納し、再び六人の所に戻ってきた。

「少し早いが、今日はこれで宿に戻ろう」

「何か御用がおありなのでしょうか?」

 何時もよりかなり早い帰還なので、六人全員が疑問に思っているようだが、質問はやはりリーダーのドリスがするようだ。

「昨日マギーがヤクザ者の始末を気にしていたので、これから見に行こうと思うのだ」

「左様でございますか。世の悪人を見逃すと、多くの人が泣きを見ることになるでしょうから、若殿様が退治してくださるのでしたら、それは何よりの事でございますね」

「おにいちゃんがんばって!」

 六人にはまだまだ余力があるから、狩りを続けたい思いが強いだろうが、ここは俺の言う事に従ってくれた。

 マギーは、俺が母親とヴィヴィを虐めた相手を懲らしめてくれると手放しで喜んでいる。

 ここは期待に応えないといけないから、張り切ってヤクザ退治をしよう。

 宿に戻ると、マギー達に何時もより長い鍛錬を指示した。

「ベネデッタとアデライデは、マギーやギネスと一緒に、昨日学んだ型を繰り返し練習してくれ。ただ二人の目的は魔力向上だから、型の上手下手よりは、魔力を体の隅々まで流し生産増強するイメージを優先させてくれ」

「「はい!」」

「私達は何時も通り鍛錬させていただきます」

「がんばる」

「そうか、頑張るんだよ」

「私達も練習しようかな」

「そうだな。魔法の才能はないと言われたが、若殿様の遣り方は今まで経験したどの魔力鍛錬とも違うから、もしかしたら僅かでも魔力が得られるかもしれない」

 ベネデッタとアデライデに触発されたのか、ヴィヴィとドリスまで鍛錬すると言い出した。

「そうだな。例え銅級魔法が一つだけしか使えなくても、その一つの魔法で生き延びることが出来るかもしれないから、俺の遣り方を試してみるのもいいだろう」

「そうですね」

「少なくとも身体の鍛錬にはなりますから」

 六人全員が同じ訓練をすることで、パーティーの結束が強くなり、俺が存在しなくても六人組パーティーとして冒険を続けてくれるのなら、俺も安心出来る。

「では少し留守にするが、夕食の時間までに戻らなければ先に食べてくれ」

「「「「「「はい」」」」」」

 俺は一人宿を後にしたが、直ぐにブラッドリー配下の影供が近づいてきた。

「どういう状態になっている」

「変装と形態模写が出来る者が、親分や幹部に成りすまし、配下を動かしております」

「俺達が移動した時のままなのだな」

「はい。人手が足らず、そのままにしております」

「ロジャー・タルボット宮中伯の件も動き出し、アゼス代官所の件も動いたのであろう」

「はい。ですがまだ代官所に監禁している冒険者の引き渡しが済んでおりません」

「細々とした罪状が明らかになっていないからか」

「はい。犯罪奴隷としての期間を定めるのに、全ての罪を明らかにしなければなりません」

「死罪や終身奴隷刑が明らかな者だけでも、収容と運用の設備が整ったドラゴンダンジョンに送ってはどうだ」

「護送の為の兵力がありませんが」

「俺の家臣候補を使ってはどうだ」

「アゼス魔境に入らせる御心算だったのではありませんか」

「全員を使わなければいけない訳ではあるまい」

「左様でございますね。殿下の家臣候補者数は、当初の予定より数十倍に増えておりますが、最初から候補に選ばれていた方々を、近習の方々が指揮されるならば、両方を殿下の御力で片づけることも可能でございますね」

「そうか。ではその心算で連絡を頼む」

「承りました」

 ブラッドリーが影供につけてくれた忍者は、俺が想定していた以上に優秀で、俺の疑問にすべて答えてくれた上に、新たな提言にも臨機応変に対応してくれる。

 これならトラス宿場のヤクザ共にも、俺の願い通りに対処してくれるかもしれない。

 だがトラス宿場に着き、ヤクザ者の拠点で親分に成りすましている忍者に確認すると、そう簡単な話ではなかった。

「どうだ。今日一網打尽に出来るか」

「残念ながら難しいです」

「何故だ」

「証拠はかなり集まったのですが、宿場役人だけでなく、宿場の町民や近隣の村民の中にも、ヤクザ者と通じて悪事を働いていたものが多くおります。そのような者も逃がさずに捕らえようと思いますと、今の人数では不可能でございます」

「だが日数をかければ、新たな犠牲者が出るのではないか」

「その辺は重々気を付け、アゼス代官所に巡検使が現れたので、しばらくは目立ったことはするなと、親分の指示として厳しく伝えております」

「そうか、それはよくやってくれた。だが馬鹿で悪事を我慢出来ない者がいるのではないか」

「気を付けて見張っておりますが、今のところそのような者はおりません」

「そうか。ならば今まで通り悪事をせないように、臨機応変の対応をしてくれ。くれぐれも新たな犠牲者を出さないように、十分な配慮をしてくれ」

「承りました」

 俺がトラス宿場に来ても何の役にも立たなかったが、直接自分の眼と耳で現状を把握できたのでよしとしよう。

 俺が家を興したときに召し抱える予定だった家臣は、士族百五十人と卒族百人だったから、アゼス代官所に送られてくる人数は多くても二百五十兵だろう。

 だが二百五十兵いれば、アゼス代官所を運営しつつ逮捕している冒険者達を見張ることも、刑の確定した冒険者をドラゴンダンジョンに護送することも可能だろう。

 そんな事をつらつら考えながら、アゼス宿場の宿に戻った。

「若殿様、随分早い御帰還でございますね」

「ああ。残念だがヴィヴィ、今直ぐ処罰しようとすると、多くのヤクザ者と協力者を取り逃がしてしまう事になる。魔境での狩りを続けながら、ヤクザ者と協力者を逮捕監禁するのは無理だから、王都から援軍を呼ぶことにしたよ」

「左様でございましたか。ですが若殿様が援軍を御呼びになられたのなら、もはや安心でございますね」

「おにいちゃんだけじゃだめなの?」

「そうなんだよ。御兄ちゃんだけでは歯が立たない事なんだよ」

「えんぐんて、なあに?」

「御兄ちゃんだけでは出来ないことも、友達に手伝ってもらう事で、出来るようになるんだよ。トラス宿場の悪い人達を懲らしめるのも、御兄ちゃんだけでは出来なくても、友達に手伝って貰えば出来るようになるんだよ」

「おねえちゃんたちが、いっしょにかりするみたいに?」

「そうだよ、そのとおりだよ」

「じゃあわたしもつよくなって、おにいちゃんといっしょに、わるいひとをこらしめる」

「そうか、御兄ちゃんと一緒に悪人退治をしてくれるのか」

「うん!」

「ありがとう。でもマギーが痛い思いをするのは嫌だから、御兄ちゃんがいいと言うまでは、強くなるための鍛錬をしてくれるかな」

「うん、がんばる!」

 マギーとたわいのない会話をして心を和ませていると、周りで聞いているギネス達もほのぼのとした表情で聞いている。

 こんな日常に一コマが、生死を分ける場面で死にたくないと思える原動力となり、火事場の馬鹿力ともいう底力を発揮させるのだと思う。

 俺が思いがけず早く戻れたので、七人で鍛錬をすることになったのだが、途中で交互に風呂に入ることにした。

 初めて七人で鍛錬するのだが、やはり最初に疲れて動けなくなるのはマギーとギネスで、休憩代わりに風呂に行って貰った。

 二人が風呂から戻ってきた時点で、冒険者四人に風呂に行って貰い、マギーとギネスには魔力鍛錬を中心に二度目の鍛錬をさせてみた。

 基本獣人族は魔力がないのだが、極稀に魔力を使える獣人も現れるので、俺の鍛錬方法でマギーとギネスに魔力が扱えるようにならないか、試してみることにしたのだ。

 だが決して実験台にしているわけではなく、鍛錬で魔力が産まれなくても、心身の回復を早めることが出来るので、身体中に魔力を循環させて回復増産するイメージ鍛錬は無駄にならないと思う。

 ヴィヴィ達が風呂から出てきたタイミングで、宿の料理が運ばれてきたので、俺の風呂は後回しにして、一緒に食事することにした。

 今日のメニューも魔蟲料理から出されたのだが、鉄級蜘蛛型魔蟲の姿焼きだった。

 今回食べる蜘蛛型魔蟲は、蜘蛛型魔蟲の中では比較的弱い種で、体長五十センチメートル程度で毒を持たないタイプだ。

 毒は持たないタイプとは言えその牙は鋭く、背後や空中から不意打ちされれば、血管を切られて大量出血によるショック死をする可能性もある。

 だからこそ銅級ではなく鉄級に分類されているのだが、外殻は硬いとはいえ武器や防具に利用できるほどではなく、毒もないので薬に加工することも出来ない。

 しかし食用にするととても美味しく、脚の中に入っている身は、量は少なく食べ難いものの、鶏胸肉に近い食感と味わいがある。

 頭部から胸部にかけては徐々に味が変化するのだが、頭部は魚の白身のような味で、胸部に近づくほどカニ身のような味になる。

 今回は野外料理の練習も兼ねて姿焼きにしてもらったが、腹部には卵が入っていたり糞が入っていたりするので、旅籠や料理屋で出すのなら下拵えで取り除くべきだろう。

 だがその味は絶品で、海で獲れる蟹の味噌のような味で、体長から比較すれば味噌の含有量が多く、蟹味噌好きなら飛び付きたくなる料理だ。

 だが鋏と牙の違いはあるものの、どちらも鋭い武器を持っているので、戦う術を持たない者は御金を出して買うしかない。

 銀級や金級に分類されている蜘蛛型魔蟲は、強力な毒を持っていたり、もっと大型で硬い外殻を持っていたりするので、今食べている鉄級よりも遥かに強力で狩るのが難しいので、大金を支払わなければ手に入らない。

 だから庶民が記念日やハレの日に奮発して食べるのは、鉄級の蜘蛛型魔蟲なのだ。

「これだいすき!」

 マギーはとても美味しそうに食べているが、ドリスは渋々食べているようで、魔蟲は好きではないのだろう。

 だが冒険者を続けるのなら、現地で食料や燃料を調達し、持ち込む重量を減らさなければいけないから、アゼス魔境で調達出来る食材の料理法は確認しておかなければならない。

 次に出された料理は、鉄級から銀級に分類される牙鼠で、体長や牙の長さ、毛皮の品質によって買取価格が大きく違ってくる。

 牙鼠は10頭前後の家族で群れを作るため、狩る時はパーティー戦となるため、初心者には狩り難い相手なのだ。

 特に買取価格を考えれば、戦いが長引けば長引くほど毛皮が傷つき品質が落ちるし、肉も体温が高くなり濃くなった血液が筋肉に入るので不味くなる。

 だから一撃で毛皮に大きな傷を付けずに狩れるのでなければ、銅級の魔物を狩った方が買取価格は高くなるのだ。

 これは他の魔獣でも共通することで、無暗に戦って魔獣を狩る冒険者は三流で、二流の冒険者は一撃で倒せる魔物を狩るのだ。

 肝心の牙鼠の味なのだが、どの獣や魔獣も同じなんだが、腿肉腕肉胸肉などの部位にっよって全然味わいが違う。

 大雑把な種族的分け方をすれば、風味は猪型に近く、味は牛型に近いという感じだが、小型の牙鼠は蛙型魔獣や鳥型魔獣に似ているという人がいるくらい、1頭1頭味は違うものだ。

 そんな食事を和気あいあいに取っていると。

「若殿様、表に御客様が来られておられます」

 誰だ?

 俺がここにいるのを知っているのは、ブラッドリーとその配下だが、彼らなら余程の緊急でない限り密かに接触してくるはずだ。

 さっき配下の者と合っていたから、ブラッドリー達とは考えられない。

 まあ爺ならブラッドリーから連絡を受けているだろうから、近習衆とも考えられるが、いったい誰が何の用で会いに来たんだろう?

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