第21話パトリック・ストルリンガー
「パトリック、よくここが分かったな」
「ドラゴンダンジョンに向かう途中だったのだが、偶然宿場の者達が話している内容を耳にしたら、どうやらアーサーの話のようだったので、確認の為にここに来てみたのだ」
「そうか、それはよかった。立ち寄ってくれなければ、ドラゴンダンジョンで待たせることになっていた」
「アーサーの性格だから仕方がないが、余計なことに首を突っ込んで、我々との約束を反故にするところだったのだろう」
「そういうな。王家に仕える士族ならば、絶対に見過ごせない事だ。パトリックが俺より先にこの宿場に来ていたとしても、絶対に見過ごさなかったと思うぞ」
「まあそれは分からんが、過ぎたことは兎も角として、これからやるべきことで、俺に手伝えることはあるのか」
「あるある。パトリックのような正義感の強い男なら、きっとそう言ってくれると思っていたよ」
「御世辞はいいから、具体的な内容を言ってくれ」
「まずはトラス宿場のヤクザ者一味を逮捕したいのだが、パトリックは何人でドラゴンダンジョンを目指していたんだ」
「俺も含めて十四騎だよ」
「徒士の者はいないのか」
「アーサーに追いつこうと急いでいたので、徒士の者達は置いてきた」
「それはすまなかったな」
パトリックは俺に合わせて三文芝居をしているが、本来パトリックは俺の近習頭だから、俺に置いて行かれたことを怒っているのだ。
騎乗資格のない徒士士族や卒族を、後方に置いていかねばならなかったことを、嫌味を込めて諫言しているのだろう。
だがそれはおかしな話で、本来部屋住みの王子である俺は、士族卒族併せて二十五人程度しか直臣はいないし、騎乗資格のあるのはパトリック一人だけだった。
もちろん王子であるから、王家に仕える全ての家臣にあるていどの命令は出来るが、それは王国の法に違反しない範囲だし、他の王子の直臣には命令権はないし、何より父王陛下や王太子殿下を超える命令など出来ない。
それが急遽十四騎もの騎士を揃えられたのは、アゼス代官所の汚職を見つけて、黒幕も含めて一味を捕え、アゼス魔境を俺の領地にすれば、五万人規模の王公伯家を創設できると父王陛下に献策したからだ。
それもこれも、俺が爺やパトリック達を撒いて、単独先行したから出来たことで、爺やパトリックと一緒では発見することも出来なかったと思う。
「十四騎で大丈夫なのか」
「調べた範囲では、近隣の村人や宿場町の住民の中にも、ヤクザ者と一緒になって悪事を働いている者もいるので、徒士の者達が追い付いてからの方がいいだろう」
「ならばそれまで俺達はどうすればいい」
「アゼス代官所の悪事を暴いて、多くの冒険者を捕えたから、そいつらの見張りと取り調べをしてくれたらいいのではないか」
「いくら俺達が士族の子弟でも、犯罪者の取り調べなど出来ないよ」
「無理なのか」
「犯罪者の取り調べと言うものは、多くの経験がいるものだから、俺達が下手に手を出したりすると、今やってくれている者達に迷惑がかかると思うぞ」
「だったら見張りに専念してくれたらいいのではないか」
「確かに見張り位は出来るが、それよりもアゼス魔境の調査をした方がいいのではないかな」
「パトリックはその方がいいと思うのか」
「俺達は王家に仕える士族の子弟なのだから、平民の逮捕や見張りなどよりも優先することがあると思うぞ」
「その辺の判断はパトリックに任せるよ。だが徒士士族や卒族の仲間が追い付いたら、ヤクザ者の逮捕も冒険者の見張りや護送も四の五の言わず手伝ってもらうぞ」
「それは分かっているよ」
「ではこれで話はついたな」
「ああ、話は終わった」
「だったら宿に戻って休んでくれ」
「ここに泊まる訳にはいかんのかな」
「残念だがここには逮捕した代官一味がいる。恐れ多くも聖騎士様が指揮する騎士様方に、下賤な見張りを頼むわけにはいかんのだよ」
「さっきの仕返しかな」
「冒険者の見張りは嫌だと言ったのだから、今更ここに泊まって見張りをするとは言わないよな」
「しかたないな、他に宿を探すよ」
「そうしてくれ」
俺はパトリック達がこの宿に泊まることで、マギー達に俺が王子であると知られるのが嫌だった。
幼い頃から兄のように接してくれたパトリックならば、今のように臨機応変に対応してくれるだろうが、急ぎ集めた家臣候補達は、俺を王子として主君として立ててしまうだろう。
いや、そうするのが当然の事であって、パトリックのように長年の友のように接したりすると、下手をすれば成敗されてしまうのだ。
「若殿様、聖騎士様と御友達なのでございますか」
神官戦士のベネデッタが、同じく神に仕える聖騎士に興味を持ったようだ。
「ああ、幼い頃から同じ師に付いて学んだ悪友だよ」
「聖騎士様に向かって悪友などと言われて大丈夫なのですか。いえ、もしかして若殿様も聖騎士様なのですか」
「ああ、俺も一応聖騎士の資格は持っているが、冒険者になるのに聖騎士であろうとなかろうと関係ないから、傷ついてもいい装備にしているのだよ」
「そんな! 聖騎士の装備をしていれば、どれほど高レベルのパーティーにでも入れますのに」
「部屋住み仲間とパーティーを組むと言っていただろう。その一人が今のパトリックだから、別に聖騎士の装備をして、パーティー選びをする必要などなかったのだよ。それに俺は神を妄信している訳ではない。俺が一番優先しているのは国王陛下だよ」
「そうなのですね。教会と王家が対立することがあれば、王家を優先さえるのですね」
「そうだよ。俺は王家に仕える士族家の人間だからね」
「もしかして若殿様は、神官魔法だけではなく、水魔法の回復も使えるのですか」
アデライデは、俺の言葉から全てを察したようだ。
「そうだよ。王家と教会が争うようなことになったら、神頼りだと回復魔法が使えなくなるからね。狂信者の都合で法が捻じ曲げられることがないように、純粋な回復魔法を習得したのだよ」
「そんな。神を蔑ろになされるのですか」
「別に神を蔑ろにするわけではなけれど、教会に所属する神官の中には、教会の力を背景に犯罪に手を染める者や、不当に御布施を集める者がいることは、ベネデッタも知っているだろう」
「それは、そうでございますが」
「それに神は一柱ではないし、全知全能でも善良無垢でもない。神同士権力を争って戦うし、気に食わなければ無垢な子供もろとも天罰を下すではないか」
「それは、原罪と言うものがあるものですし」
「それは教会が民から搾取する為に言っているだけだよ」
「その言いようは、いくら若殿様の御言葉でも聞き捨て出来ません」
「では聞くが、ドリスやアデライデも原罪を持つ悪人なのかな」
「それは」
「私も原罪を持つ悪人なのかな」
「若殿様やドリスやアデライデは、己を磨き心身を鍛えられたから、その高潔な行いが出来るのです」
「マギーもかい。マギーは特に心身を鍛えたわけではないけれど、純真無垢なのはベネデッタも理解しているだろう」
「それは、ギネスさんの育て方が良かったからです」
「今まで記録にある天罰は、その都市や国に住む全ての人を巻き込み皆殺しにしているね。中には幼い子もいれば、まだ母親の御腹の中にいる子もいたのではないか」
「それは」
「神とは身勝手で、一人一人の人間の行いなど見ていない。ただ自分の気にそぐわないと言うだけで、何万何十万もの人間を皆殺しにするモノなのだよ」
「若殿様」
「ベネデッタが神を信じることを否定する気はないよ。だけど俺は、神がこの国の天罰を下し、マギーやギネス事滅ぼそうとするのなら、全力で抗い、神を滅ぼす努力をするよ」
「それは、神に天罰を下されぬようにすべきであり、天罰を撤回していただけるように祈るべきです」
「それは神官の正義であって、王家に仕える士族の正義ではないよ」
「若殿様、もう御止めください。ベネデッタも止めるんだ」
「でもドリス」
「私の若殿様に賛成だ」
「そんな、ドリスまでそんなことを言うの」
「私は冒険者だ。ただ死を待つのは性に合わない。どのような困難も、闘って切り抜けてきた。それは天罰であろうと同じだ。だがそれは私の正義であってベネデッタの正義ではない。若殿様が申されるように、それぞれが自分の正義に従って戦うだけだ」
「分かったわ、若殿様やドリスが私に正義を押し付けないように、私も仲間に自分の正義を押し付けないようにするわ」
「では食事に戻ろうか」
思いがけず嫌な論戦になってしまったが、ここはすっぱり忘れて食事をしよう。
酒でも持って来てもらって、水に流すようにした。
翌日夜明け前にアゼス魔境に向かおうと思ったのだが。
「アーサー、身体強化魔法をかけてもらいたい」
宿の表前に馬に乗ったパトリック待っていた。
今回も配下を連れていないのは、パトリックの慎重な性格と俺に対する配慮が伺える。
「他の十三騎もだな」
「そうだ。だが場所は他で頼む」
「分かったよ。ドリス達は一度宿に戻って待っていてくれ」
「若殿様、私達に先に魔法をかけていただき、魔境に入っていてはいけないのですか」
「大切な君達を、先に行かせるわけにはいかないからね。パトリックは同門の聖騎士だから、身体強化魔法さえかけてやれば、少々の魔物に出会っても大丈夫だからね」
「若殿様の少々は、玉鋼級のボスだったりするのでしょうね」
「まぁ、なんだ。幼い頃から新たな家を興そうと、切磋琢磨してきた仲だから、得意不得意の差はあるけれど、実力にそう違いはないからね」
「聖騎士の装備を許されておられるのですから、最低でも戦士・魔術士魔法・神官魔法の三つが銀級以上なんですよね」
「そうだね。だからパトリックが指揮を取れば、ボス級にさえ出会わなければ、先ず不覚を取ることはないと思うよ」
「でも若様、私達も若様がボスを追い返して下さった後でなら、早々不覚を取るとは思えません」
「それは分かっているよ、ヴィヴィ。でも油断や過信で君達を傷つけたり失ったりするようなことになれば、私は一生後悔するからね。ここは待っていて欲しい」
「分かりました。ドリスさん、ヴィヴィさん、ここは若殿様の仰る通りにしましょう」
「ギネスさん」
「私は夫を失っています。あの時はどうしようもなかったことですが、それでも未だに後悔することがあります。若殿様に同じような思いをして頂く訳にはまいりません」
「分かったよギネスさん」
「ギネスさんがそこまで言うのなら、大人しく待っているよ」
ギネスが思いがけずドリスとヴィヴィを説得してくれたので、俺はパトリックと一緒に家臣候補達が宿泊している宿に向かった。
俺が宿に入ると、他の十三人は一斉に拝跪するので、急いで頭をあげさせて、軽く挨拶してから名乗らせて、顔と名前覚えた。
騎士だから、我が家臣団候補でも重臣となるべく選抜された者達だろう。
爺とパトリックが認めたのだから、全員が最低聖騎士以上の能力を備え、総合能力は白金級以上の強者達だろう。
俺が身体強化魔法をかけて、ボスもちゃんと無力化しておけば、恐ろしく強力になったアゼス魔境と言えど十分狩場として使う事が出来るだろう。
それに俺の身体強化魔法が切れたとしても、俺よりは劣るとはいえ、それぞれが身体強化魔法を使えるだろうし、パトリックが一通りの身体強化魔法を使えるから、何も心配ないだろう。
実際俺が身体強化魔法をかけて、一緒に魔境に入り、先に二足歩行地竜級ボスを無力化し、ワーム種玉鋼級ボスも無力化し、その上でパトリック達の狩りを見守っていたが、何の危なげもない堅実な狩りだった。
一緒に爺の鍛錬を受けた古参家臣はパトリックだけだが、狩りの方法や槍術剣術の技を見れば、全員爺の門下生だと思われる。
銀級や金級の魔物を一撃で倒して魔法袋に収納する姿は頼もしいほどだし、白金級の魔物も驕ることなく仲間と連携して駆っている。
それでも念のために、隣接する五カ所の縄張りを支配する二足歩行地竜級ボスを無力化したが、その時に全ての縄張りにワーム種玉鋼級ボスが存在した。
恐ろしいことだが、未だにアゼス魔境は強化されているようだ。
慎重過ぎるかもしれないとは思ったが、それでもマギー達を残して来てよかった。
今はまだ二足歩行地竜級ボスとワーム種玉鋼級ボスしかいないが、これから巡回する場所には、緋緋色金級の古竜ボスが生まれ出ないとは断言できなし。
自分の力が尋常ではないとは自覚しているが、同時に古竜に勝てると断言するほど過信している訳ではない。
これ以上マギー達を待たせると、心配をかけてしまうかもしれないから、急いで合流しなければいけないが、古竜と遭遇する可能性を警告しなければならない。
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