第25話刺客
俺を取り囲んでいるのは刺客と言える者達だ。
俺が競売で莫大な利益を得たことは、競売に参加したものなら誰でも知っていることだから、町のチンピラや不良冒険者に襲われる可能性もあるのだが、今回はそんな生易しい相手ではない。
俺だから殺気を感じることが出来たが、普通の冒険者や騎士なら、何も異変も感じられず、殺されたことも気付かないうちに命を失う事になるだろう。
だが俺には馴染みの気配であり、不意を討たれるようなことはない。
幼い頃からブラッドリーに鍛えられているから、忍者が得意とする隠形も察知することが出来るし、爺から学んだ斥候の使う手法も理解している。
もちろん魔術士が使う隠蔽魔法も自分自身が得意としているから、隠蔽を打ち消す魔法も常に発動させている。
今回も自国を出て他国に入るのだから、常に身体強化魔法を自分にかけ、使った魔力は身体内で魔力を錬ることで即座に補充している。
今俺を取り囲んでいる相手は、暗殺者の可能性もあるが、今の俺にはいきなり暗殺者に襲われる理由がない。
だが相手がアッバース首長家を見張っている忍者だとしたら、戦力増強に寄与することになった俺を、アリステラ王国に帰る前に始末しようと決断した可能性はある。
それに忍者の隠形に加えて隠蔽魔法も併用しているから、忍者が暗殺者に転じた可能性が高いだろう。
刺客の攻撃は素早く激しく、四方から手裏剣を投擲する者と、それに追随して斬り込む者がいた。
俺の眼は、投擲された手裏剣にも、斬り込んだ者の剣にも、白金級魔物から採取精製された猛毒が塗られているのをとらえている。
普通に剣や拳で迎え撃つ事も出来るのだが、より安全に対処する為に、空気を圧縮して叩き付ける気弾魔法を数十作り出し、事前に展開している魔法防壁の前で刺客の眼をえぐった。
普通に刺客の急所に気弾を叩き込んでも効果はあるのだが、急所の中でも脳に直結する眼や耳と言う急所中の急所を狙ったのだ。
両目を潰して無力化出来たと思ったのだが、刺客は余程の手練れだったようで、吹き飛ばされ視覚を失ったにもかかわらず、起きてなおも戦おうとした。
だが刺客の頭目は、勝てないと的確に判断したのだろう。
目潰しの毒薬や致死性の毒薬を含んだ煙幕弾を四方八方から投げつけ、負傷した仲間を連れて逃げようとした。
だが俺の周囲は鉄壁の防御魔法陣を展開しているので、刺客が放った致死性の煙幕弾は無効化される。
素早く負傷した刺客を確保し、情報を得ようとしたのだが、刺客の頭目は負傷者を切り捨てる判断をして、負傷者の頚に手裏剣を突き立てて逃げ出した。
俺は情報を手に入れるべきと判断し、指揮を取っていた頭目を追う決断をした。
刺客達の情勢判断は的確で、俺が頭目を追うと同時に手下が殺到した。
何としても頭目を逃がそうとしたのだろう。
だがこれは俺にとっては思う壺であり、狙い通りの展開だった。
頭目に邪魔されることなく、手下共を捕獲することが出来るのだ。
自害などされては困るので、強力な麻痺魔法と眠り魔法を同時に使い、頭目を護ろうとした刺客をことごとく捕らえることに成功した。
頭目も逃がす心算はなく、どれほど素早く逃げようとしても、身体強化魔法をかけた俺から逃げられるはずもない。
だが近付き過ぎると自害する恐れがあるから、頭目に追撃を気付かれない遠方から麻痺魔法と眠り魔法をかけ、頭目に自覚させることなく捕獲することに成功した。
頭目と手下を合わせて二十名の刺客を捕獲したが、全員に自白をさせる魔法を使って全てを白状させた。
色々と情報を聞き出すことが出来たが、彼ら自身が偽の情報を伝えられている可能性もあるので、全てを鵜呑みにするわけにはいかない。
だがそれでも、聞き出した情報と状況を総合的に判断すれば、二ヶ国以上の国が同盟してネッツェ王国に侵攻すると考えられる。
正面から侵攻するのか、内乱を誘発させて侵攻するのか、それとも侵攻後に内乱を起こさせるのかは分からないが、かなりネッツェ王国に不利な状況であることが分かった。
一番の問題は、我が国がこの侵攻計画に加担しているかどうかだ。
もし加担しているのであれば、迂闊に仕官の斡旋など出来ないし、俺がこれ以上魔物の素材を競売にかけるのも問題がある。
こればかりは父王陛下に直接御聞きするしかないので、気は進まないが、一旦王都に戻って謁見を御願いしなければならない。
それにどうせ謁見を御願いするのなら、直接アゼス魔境の現状を御話して、アゼス魔境を領地に頂きたいと御願いしよう。
俺は集まってきた住民と警吏に事情を説明し、身分を証明する冒険者証を呈示した上に、証人としてアヒムとハーフィズを呼び出してもらった。
街中で四人を殺し二十人を捕縛しているので、いくらアリステラ王国士族家子弟の冒険者証を提示しようと、警吏本部に連行されるのは仕方がない。
だが警吏本部で不当な尋問や拷問を受けることになったら、抵抗することになり、国際問題を引き起こしてしまう可能性もある。
そんな事になると、いくら何でも問題がこじれすぎてしまうので、俺の御用商人であるアヒムと、知り合ったばかりではあるが、アッバース首長家御用商人のハーフィズを呼び出してもらい、証人になってもらうことにした。
街の警吏などは、アッバース首長家でも末端の役人なので、平民とは言え御用商人を務めるハーフィズに敵うはずもない。
まして今は、アッバース首長家が喉から手が出るほど欲している、兵力の斡旋を俺に依頼している状況なので、直ぐに釈放されることになった。
「ハーフィズ、刺客を拷問するのは仕方ないだろうが、殺してしまうと証人として使えなくなるぞ」
「それは理解しておりますが、その事を担当者が理解し納得してくれると断言できません」
「もったいない話だな。上手く使えば逆侵攻の名目に使えるだろうに」
「逆侵攻でございますか」
「そうだ。今の状況だと、主導権を敵に取られてしまっているのだろう」
「さて、私ごとき商人には軍事の事は分かりかねます」
「まあいい。そのまま伝えてくれればいいが、敵が何と言い訳しようとも、国内で組織的に暗殺を実行したのだ。それを名目にこちらが主導権を取って先に侵攻すれば、少なくとも国内を戦場にしなくて済むぞ」
「御伝えするだけはしますが、それがどのような結果をもたらすかは分かりかねます。それにアーサー様はアリステラ王国の士族家の方、それを理由に戦争を仕掛けるのは無理が有るのではありませんか」
「俺を殺しておいて、下手人をネッツェ王国に仕立て、ネッツェ王国とアリステラ王国の戦争を誘発させようとしたと言い立て、アリステラ王国と連名で賠償金を要求してもいいし、アリステラ王国を味方につけて侵攻出来るのではないか」
「なるほど」
「そういう形を整えておけば、戦況が不利になっても、アリステラ王国がネッツェ王国に攻め込み難くなるのではないか」
「なるほど。後方を固めるチャンスでもあるのですね」
「刺客を証人として生かしておけば、そう言う事も可能ではないかと思うのだがな」
「その献策、首長殿下に御伝えさせていただきます」
「拷問吏が働き者だと困るから、急いで伝えた方がいいぞ」
「ではこの足で謁見を御願いしに行って参ります」
「それと、俺は城門が空いたら直ぐに国に帰らせてもらう」
ハーフィズが宿を後にして直ぐに、俺は全てを書いた手紙を窓から落とした。
俺の影供を務める者がそれを拾い、どこへともなく消えて行った。
恐らくは、この国に常駐するアリステラ王国の忍者に渡し、早急に本国に伝えてもらうのだろう。
今回俺に付いてくれている影供は、他国と言う事もあり少人数だろう。
少人数の影供を、連絡の為に使う訳にはいかないから、別系統の流れであろうとも、同じアリステラ王国に仕える忍者組織を利用するだろう。
日付が変わり、夜が明ける前に宿を出て、開門と同時にアッバース首長家の領都を出た。
アッバース首長家の領都は、アリステラ王国との交易都市であると同時に、アリステラ王国がネッツェ王国に侵攻した場合の防衛都市でもあるので、城としての防御機能は強固であり、三重の水濠と城壁に護られている。
だがアリステラ王国からの奇襲を避けるために、国境線からは少し奥まった場所にあり、国境線の近くには入国審査を行う純軍事的な城がある。
更に領都がアリステラ王国軍に囲まれた時の後詰の城が内陸部にあるのだが、視点を変えれば、ネッツェ王国のイブラヒム王家に対する最前線の城でもある。
外様貴族とは、かくも苦しい立場であり、家を存続させるには、常に緊張した立ち振る舞いが必要なのだと、改めて痛感した。
王子に生まれ、自らを律して鍛錬してきた心算ではあったが、他国の外様貴族の領内に入ることで、自分がいかに甘い環境で育ってきたのかが理解できた。
本当に恵まれた環境に生まれることが出来たのだな。
そんなことを考えながら、一人領都から国境の城まで馬を走らせていたのだが、事もあろうにまた殺気に囲まれることになった。
今回は昨日と違い、平原で刺客に囲まれてしまったので、影供まで刺客の包囲網に閉じ込められてしまった。
だが流石にブラッドリー配下の忍者だけあって、臨機応変に俺の側にまで近づき、一緒に迎え撃つ決断をしてくれた。
これが頑なな忍者だと、自分達だけでの迎え撃とうとしてしまい、味方に不要な損害を出した上に、刺客を取り逃がすと言う失態を犯しかねない。
だが俺の近くに陣取ってくれれば、俺が味方全員に身体強化魔法をかけることが出来るし、敵に逃げる距離的時間的余地を与えずに済む。
昨日と同じように、襲撃する為に近づいてきた刺客に、麻痺魔法と眠り魔法をかけ、何の抵抗も出来ないようにしたうえで、影供に捕縛させることに成功した。
そしてこれも昨日と同じように、魔法を使って全てを自白させ、今回の一件の情報を手に入れた。
こいつらも全てを知っているわけではないし、偽の情報を教えられている可能性もあるので、包括的に情報を集めて分析しなければいけないが、新たな情報を手に入れることが出来たので、裏取りをしなければいけないことが増えた。
だが問題は、新たに捕縛した三十七名もの刺客をどうするかだ。
本当はアリステラ王国まで連れて帰りたいのだが、アッバース首長家に気付かれずに国境線を越えるのは難しい。
不可能ではないのだが、時間がかかってしまう。
急ぎ全ての情報を父王陛下に伝えたいのだが、その為に刺客を解放する事も殺してしまう事も色々問題がある。
今回捕らえた刺客もアッバース首長家に引き渡すのが最善なのだが、今回は表向き俺一人で移動している事になっているので、影供に領都に連行してもらうわけにもいかない。
仕方ないので次善の策として、父王陛下への連絡は、影供を爺に送って爺から父王陛下に伝えてもらう事にして、刺客を領都の警吏に引き渡すのは、俺が連行していくことにした。
重要な情報をもたらしてくれたとは言え、面倒な刺客である。
昨日の刺客から得た情報で組み立てていた、父王陛下との会話の内容を大きく変えなければいけなくなった。
父王陛下に直接御尋ねして、国家機密を聞き出すことになってしまうが、今回のネッツェ王国侵攻計画に父王陛下が加担されている場合と、父王陛下に内密で重臣衆が加担している場合で、俺の立ち位置が大きく変わってしまう。
何より一番問題なのが、父王陛下に養嗣子政策で不満を蓄積している有力貴族が、クーデターを起こす準備としてネッツェ王国侵攻計画に加担している場合だ。
全ては父王陛下の御話を聞き、王家の忍者組織を総動員して情報を集め分析してから話だが、内乱にしても外征にしても、出来れば戦争は避けたい。
戦争になれば、王子として将軍として武名を上げることは出来るだろうが、民が塗炭の苦しみを味合うことになってしまう。
出来る限り戦争を回避する形で、国内の有力貴族の力を削ぎ、ネッツェ王国侵攻計画も潰したい。
果たしてどういう結末になるのか、胸が痛くなるほど心配だ。
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