第26話謁見

「御無沙汰しております。国王陛下、王太子殿下」

「随分と心配していたが、無事でなりよりだ」

「そうだぞ、アレク。陛下に御心配をかけるなど、臣下としても子としても、不幸の極みだぞ」

 俺が一人でパーティーを抜け出した報告を受けていたのだな。

 当然だよな。

 爺もブラッドリーも、自分の失態を隠蔽するような性格じゃないし。

 いや、失態じゃないな。

 暴発しそうな、俺の若さ故の思い上がりを宥める為に、態と自由にさせてくれたんだろうな。

 当然逐一父王陛下に報告はしているよな。

「若さ故の過ち、ただただ恥じ入るばかりでございます」

「まあよい。若い頃の青い正義は、誰でも考えてしまうものだ」

「それは私もでしょうか」

「そうだよ。エドも臣下の前では、軽々しく発言しないようにな」

「仰せのままに」

「ところでアレク、気にしていた余の関与だが、それはないぞ」

「ネッツェ王国侵攻計画を御知りになっていなかったのですね。ですが重臣衆が陛下に御報せせずに動いていることはありませんか」

「アレクの心配ももっともだから、忍者達に調べさせているが、今のところ何も出てこん」

「陛下、一番の心配は貴族共でございます」

「余の養嗣子政策で、貴族共が王家に反感を持っているのは理解しておる。だが貴族共の圧政で苦しんでいる民を救うには、余の意のままに動いてくれる王子達を当主にするしかないのだ。エド」

「陛下は私やアレクに、青い正義と申されましたが、陛下こそ青い正義を夢見ておられるんではありませんか」

「その通りかもしれんな。だが撤回はせんぞ」

 やれやれ。

 矢張りそう言う事だったか。

 父王陛下の理想の為に、内乱を勃発させるわけにはいかないが、だからと言って貴族の圧政に苦しむ民を見捨てるわけにもいかない。

 外征にせよ内乱にせよ、戦争に巻き込まれる民に取ったら、どのような理想や正義の名の下に起こされようと、戦争なんて迷惑でしかないだろう。

「国王陛下、王太子殿下。アゼス魔境の報告は御聞き及びでしょうか」

「聞いておるぞ」

「私も聞いている」

「王子独立の手本として、私の領地として頂く訳にはまいりませんか」

「それは出来ぬ」

「それは無理だよ、アレク」

「何故でございますか」

「アゼス魔境の富は、いかに王子であろうと独占していいようなモノではない。王家王国にとってなくてはならないものになるだろう」

「そうだよ、アレク。アレクに独占させるわけにはいかないよ。それと今まで狩った魔物も、ちゃんと税を払って貰わないと、他の貴族たちに示しがつかないからね」

「承知しております。陛下、殿下」

 流石だわ。

 父王陛下は青い正義を追い求める愚かさと、老練な為政者の面が共存しているから、仕える家臣も家族も大変だ。

 特にこう言う王家王国の収入には厳しい所が有る。

 王太子殿下も、兄としては御優し所が多いけれど、次期統治者として締めるところは押さえておられるから、こう言う結論になったのだな。

「では国王陛下、王太子殿下。今この場で清算させていただきましょうか」

「それには及ばぬ。いや、アレクが属性竜を狩れることは、出来る限り秘匿せよ」

「そうだよ、アレク。王位継承に余計な波風を立てるわけにはいかないからね」

 なるほど。

 そう言う視点もあるんだな。

 俺には王位に対する野心など一片もないが、王子の一人が属性竜を狩れるほどの魔術士だと貴族間に広まれば、俺を擁立しようとする者が現れるかもしれない。

「肝に銘じて秘匿いたします。しかしながら戦争の恐れもありますが、武具の素材として流通させなくても宜しいのでしょうか」

「それに関しては、ウィギンス男爵をアゼス総督に任じ、白銀級以下の素材を流通させることで対処させる」

「承りました」

 なるほどね。

 爺なら白銀級の魔物を狩っても誰も疑問に感じないし、俺が一緒のパーティーに居ても、誰も俺の成果だとは思わないだろう。

 どちらかと言えば、俺に箔を付ける為に、爺や家臣が狩った魔物を俺の成果だと偽造していると考えるだろう。

 まあ実際に貴族家や士爵の若君は、家臣に狩らせた魔物を自分の成果と申告し、武官に任官するための冒険者階級を得ているから、誰だってそう考えるだろう。

「だがね、アレク。王子達の直臣に狩りをさせて、王公伯爵家や王公子爵家を創設すると言う案は悪くない。その為に各地の魔境やダンジョンの近くに飛び地を与え、傅役の指揮で領軍を駐屯させたいと思っている」

「それは私にも当てはまるのでしょうか」

「そうだね、ウィンギス男爵だけではアレクに甘すぎるかもしれないからね」

 やれやれ、目立ちすぎてしまったようだ。

 王太子殿下に警戒されてしまった。

「まあ待て、エド。アレクに限ってその心配は必要ないだろう」

「私も兄としてはそう思いますが、王太子としては対処せねばなりません」

「という事だそうだ、アレク」

「重々承知しております。それで臣はこの後いかがすべきでしょうか」

「どう思う、エド」

「そうですね。忍者達の調べが終わるまでは、下手に動かない方がいいと思いますが、強力な素材集めと武具の量産は直ぐに始めるべきだと思います」

「ではアレク、アゼス魔境に入って魔物狩りに専念せよ」

「承りました。直ぐにアゼス魔境に参り王命に従わせていただきます」

「まあ待て、アレク。母親には会ったのか」

「いえ、まだでございます」

「ちゃんと会ってからアゼス魔境に行くべきだぞ」

「はい、王太子殿下」

 この後も色々話したのだが、基本政治的な話ばかりで、親兄弟としての話は極少しだけだった。

 王都王城内の更に最奥、王族とその召使だけが入れる王宮に内に、父王陛下の妻妾が暮らす館がある。

 国によったらハーレムと呼んだり大奥と呼んだりしているが、俺も元服するまで住んでいたところだ。

 母上様はいまだに若々しく、父王陛下が渡られることもあるので、王宮から出ることが出来ず、未だに籠の鳥状態だ。

 俺は父王陛下の息子で王子なのだが、それでも男であることは間違いないので、元服した以上王宮内に入ることは出来ない。

 だが父王陛下の前で、王太子殿下に母親に会って行けと言われた以上、会わないわけにはいかないから、妻妾と家族が会うために王宮内に造られた館で会うことになった。

 普通なら王の妻妾と会うためには、例えそれが妻妾の親兄弟であろうと、数カ月前から手続きしなければいけない建前なのだが、そう言う所は父王陛下も王太子殿下も鷹揚で、当代になってから臨機応変に対処してくれている。

「母上様、御久し振りでございます」

「久しぶりね、アレク。相変わらず腕白にしているようね」

「母上様の耳にも入っていましたか」

「私にだって忠義を示してくれる女官の一人や二人はいるのよ」

「それは失礼を申しました」

「それでアレク、孫には何時会わせてくれるの」

「残念でございますが、未だ妻を迎えておりませんので、その願いを叶えることが出来ません」

「あらそうなの。てっきり斥候に手を出したかと思っていたわ。それともアレクは差別意識がないから、獣人の未亡人の方が好みなの」

「いえいえ、結婚前に関係を持つなど、そのような行儀の悪いことは致しません」

 どこの誰だ、こんないいかげんな情報を母上様に伝えたのは。

「アレク、貴方は陛下の子供なのだから、女性に積極的だと思っていたのだけれど、案外奥手なのかしら」

「母上様。一応私も王子なので、当然いずれは家を興す身でございますから、後々御家騒動を起こすようなことは慎んでおります」

「まあ、何て自制心が強いのかしら。陛下の御子とは思えないわね。陛下に女性に対する自制心なんかないし、王太子殿下や他の王子方も相当なものよ」

「母上様、段々地が出ております」

「あら、ごめんなさいね」

 やれやれ、母上様にも困ったものだ。

 輝くような美貌の持ち主ではあるが、元は王家に仕える徒士士族の娘で、父王陛下の妻妾に選ばれるような身分ではなかったのだ。

 困窮する実家を助ける為に幼い頃から冒険者を目指され、文武に励まれていた母上だが、その美貌と槍術の腕を買われ、最初は王宮内を護る戦闘侍女として王宮に入られたのだ。

 そこを女性に見境のない父王陛下が、強引に母上様を妾の一人されたのだが、元々が女だてらに冒険者を志すような勝気で自由な方だから、王宮内でもメキメキと頭角を現され、今では王妃殿下に次ぐ権勢を持っておられる。

 だからこそ王太子殿下も気を使ってくださったのか、それとも何か警戒されているのか、俺に態々会って行けと言われたのだろう。

 だがまあなんだ。

 母上様のように勝気で実力があるのに、王妃殿下に対する敬意を失わない妾が第二位を維持することが、王家王国にとって大切な事なのだろう。

 これが第二王子の母親が権勢を誇っていたりすると、王家王国にとって危険な兆候だったろう。

 実際母上様が頭角を現すまでは、父王陛下の寵愛と外戚の力関係によって、後宮内は戦国時代のような状態だったと聞いている。

 もしかしたら父王陛下や重臣達が画策し、母上様が力を持つように仕向けたのかもしれない。

 俺は母上様と色々話したが、多くは俺に早く妻を貰え、孫の顔を見せろと言うものだったが、中には政治向きの話もあったし、国際情勢に関するものもあった。

 だがそういう話をし過ぎると、王太子殿下はともかく、殿下に近い重臣を刺激してしまうので、あたりさわりのない範囲にしておいた。

 母上様との謁見を終えた俺は、今度は自分の家臣達と会わねばならない。

 家臣候補の二百五十兵はアゼス代官所にいるし、ドラゴンダンジョンへ犯罪者奴隷を護送する役目にも就いている。

 だが爺を含めた古参の近習衆と、王都屋敷を預かる者や女官達は残っている。

 特に傳役であり付家老でもある爺は、アゼス代官所の件もあり、王都内で色々動いてくれていたから、ちゃんと詫びを入れておかねばならない。

「爺、色々とすまなかったな」

「いえいえ、若様のなされることなど、爺には全て御見通しでございますよ」

「矢張り態と逃がしてくれたのか」

「ブラッドリー殿が影供についてくれていますから、何の心配もありません」

「そうか。それではこれ以上言い訳はせぬが、今後の事はどうすべきだと思う」

「アゼス魔境については、直ぐに調査に入らねばなりません」

「俺と爺で入ればどうにかなると思うか」

「門弟の中でも選りすぐりの者をパーティーに加え、慎重の上にも慎重を期してダンジョンに潜ることになります」

「そうか。アゼスダンジョンについてはそれでいいとして、ネッツェ王国侵攻に関してはどう思う」

「国内反乱分子の調査を優先して、侵攻計画は無視いたしましょう」

「だが戦争が勃発した場合、ネッツェ王国を含めてどこかの国が強大になり過ぎたりしないか」

「その点は大丈夫だと思われます」

「どう言う事だ」

「今回の騒乱は、ネッツェ王国を含めると三カ国以上が係わっておりますから、戦勝国同士で争う事は必定でございます。そうなってから介入しても遅くはありませんし、勝敗が付かず泥沼化する確率の方が高いと思われます」

「民が苦しむことになるな」

「こればかりは仕方ございません。人間一人の力で出来ることなど、たかが知れたものでございます」

「そうか、そうだな。アゼスダンジョンの調査に力を入れるとして、魔境の方の狩りはどうするべきだと思う」

「それに関しては国王陛下に献策させていただいておりますが、我が門弟の魔術士と王国魔術士を総動員し、魔法支援を行った上で、王国軍の総演習をアゼス魔境で行うべきだと思います」

「総演習のついでに、魔獣資源を集めるのだな。だが群れを作る地竜やワームはどうする。特に地竜のブレスを喰らってしまったら、王国軍に大損害が出てしまうのではないか」

「殿下が手本を示されたように、地竜とワームを無力化する方法もあれば、斥候に牽制させて遠方に誘導する方法もございます」

「総演習よりも、少数精鋭で狩りをする方が、損害が出る確率も低いし、採算も採れるのではないか」

「御見事でございます」

「試したのか」

「派手な武功ばかりに捕らわれず、広い見地で軍略を見極められるところ、感服いたしました」

「揶揄うのは止めろ。最初から分かっていた事だろう。俺にこう言わせて、揶揄う心算で言っていたのだろう。屋敷を抜け出した罰はこれくらいにしてくれ」

「いえいえ、まだまだこれくらいでは足りませんよ。爺は本気で心配したしたのでございますよ。若が獣人の子供を王孫だと連れてきた場合は、どうやって国王陛下に御報告し、宮中伯達に認めさせようかと。どれほど胸を痛め胃を痛めた事か、若にも思い知っていただかねばなりません」

 俺ってそんなに信用されてなかったの。

 これは俺の所為と言うよりは、父王陛下と兄上達の日頃の行いの所為であって、断じて俺の所為ではない。

「爺、俺は国王陛下や兄上達とは違うぞ。その点に関しては、常に行儀よく暮らしてきたのは、爺も知っているではないないか」

「いえいえ、血は争えぬと申しますし、君子豹変するとも申します。若様が何時狼に変じてしまうかと思うと、爺は夜もろくに眠れません」

「これも屋敷を抜け出した罰だと言うのか。いい怪訝揶揄うのは止めてくれ」

 爺と冗談交じりの会話をしていると、屋敷を抜け出してから緊張の日々だったことが分かる。

 爺や近習達がいない事で、常に気を張っていたのだろう。

 自分では王国一の魔術師だと自負し、何者にも負けない心算だったが、それでも周囲を警戒する日々は、心身に大きな負担を与えていたんだな。

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