第27話アゼス魔境再び
「おにいちゃん、おかえりなさい」
走って来てくれたマギーが、俺に飛び付きながら挨拶をしてくれる。
むくむくと心の奥底から湧きあがる愛情は、父性愛なのだろうか。
「若殿様、御帰りなさいませ」
「若様御帰りさない」
「「「若殿様、御帰りなさいませ」
一番早く挨拶に駆け寄ってくれたのはマギーだったが、二番目に挨拶に来てくれたのはギネスだった。
狼獣人の特技なのかもしれないが、俺の気配を敏感に察知してくれたのだろうか。
手練れの斥候であるヴィヴィより先に気配を察知出来るとしたら、冒険者として凄く有利な事だろう。
「一番に気付いてくれたんだね」
「おにいちゃんのにおいがした」
「そうか。匂いで分かったのか」
やれやれ、狼獣人は鼻が利くのだな。
本当は一日の最後に風呂で汗を流したいけど、冒険者を続けるのなら、生活魔法で常に匂いを消さないと、魔物どころか冒険者にも居所を知られてしまうな。
爺の話では、質の悪い冒険者だと、同じ冒険者を襲って狩りの成果を奪う者もいるそうだから、十分注意しなければいけない。
「マギーが失礼なことを申しまして、誠に申し訳ございません」
「いや、言ってくれて助かったよ。以前のアゼス代官所冒険者のように、冒険者仲間を襲う者もいるから、匂いの管理にもっと気を付けるべきだと分かったよ」
「狼獣人が卑怯な振る舞いをするとは思いませんが、鼻の利く獣人族は他にも多くおりますし、家族を人質に取られれば、否応なく協力させられることもございます」
「そうだね、ドリス達はどう思う」
「魔力の浪費は嫌ですが、魔物や他の冒険者に匂いを嗅がれるのは嫌ですね」
「そうですよ若様。冒険者とは言え私達も女なんですから」
「私は女としてではなく、冒険者として位置を察知されるのは避けるべきだと言いたいのだが」
「ドリスもいい女なんだから、少しは女を意識しなさいよ」
「私は女よりも冒険者としての自分が大切だ」
「色気がないわね」
「放っておけ」
ドリスとヴィヴィでは真意が違うようだが、結論として魔力を浪費してでも匂いを消すことには賛成らしい。
俺と組んでいる間は、魔力の残量を気にせずに生活魔法や身体強化魔法を使えるが、普通は厳しく魔力量を管理しなければならない。
だが今のレディースターの稼ぎなら、生活魔法だけで暮らしている魔術士に礼金を支払い、狩りに入る前に匂いを消すことが可能だろう。
身体強化魔法に関しては、前日に狩った魔物やその日に狩った魔物の魔核を利用することで、自分の魔力を節約することが出来る。
魔物が貯めていた魔力は、そのまま人間が利用することが出来るが、他の人間が補充した魔力は、補充した本人しか使えなかったりする。
そうでなければ、魔力だけを補充する仕事が発達して、魔境やダンジョンに挑む魔術士は激減していただろう。
魔力を他人に渡せないからこそ、自分自身で狩りに行くしか稼ぐ方法がないのだが、魔物が貯めた魔力は利用できるので、魔核は高価に取引されているのだ。
特に魔核の中でも、大きく美しい魔晶石と呼ばれるモノは、蓄積されている魔力も多く、魔術師は千金万金を積んでも購入しようとする。
「若様、今から狩りに行けますか」
「大丈夫だが、どうしたんだ」
「私が狩りに行かさなかったのが不満なんでしょう」
「ほう。鍛錬に励んでくれていたのか」
「そうなんですよ。私達なら、気を付けさえすればアゼス魔境で狩りしても大丈夫と言ったんですが、ドリスは慎重なんですよ」
「確かに慎重だったとは思うが、その甲斐もあって、多くの魔石に予備魔力を貯めることが出来ただろ」
「どれはそうなんだけど、その魔石を買うためにベネデッタとアデライデは結構御金使ったじゃない」
「それは仕方ないことよ。必要もないのに魔物の魔力が溜まった魔石や魔晶石を使うのはもったいないわ。それに魔力を使い切った魔石はそれほど高くないわ」
「そうだよヴィヴィ。若殿様が居られない時は、個々の戦闘力を高め、連携を強化し、予備魔力を蓄えるべきだよ」
アデライデとベネデッタは、ドリスの判断に異論はないようだ。
まあヴィヴィも強く反対しているのではなく、俺と話すためのネタのようだ。
「そうだね。死んでしまっては何にもならないから、ドリスの方が俺の好みだよ」
「若様~」
「まあ待て、ヴィヴィ。確かに冒険者を続けるのなら、危険と成果を天秤にかけ、危険を犯して狩りをしなければならない時もあるだろう。だが出来る事なら、危険を正確に確かめた後で狩りに挑むべきだろう」
「どう言う事ですか」
「俺のいない時でも狩りが出来るように、俺は後見するだけで一切手出ししないから、狩りをしてみてくれ」
「それは若殿様、ボスの無力化も誘い出しもしない状態で、我々だけの力で狩りをすると言う事ですね」
「そうだ。もちろん俺は身体強化魔法も支援魔法もかけないから、自分達が使える身体強化魔法と支援魔法をかけるようにしてくれ」
「それで狩りが出来れば、若殿様の助力を仰がなくても、アゼス魔境で狩りを続けられる証明になりますね」
「そうだ。今なら万が一の時に助力してあげられるから、危険を犯さずにアゼス魔境が自分達に相応しいか確認できる」
「ありがとうございます、若殿様」
「ドリス達は俺達のクランに入るのだから、礼には及ばないよ」
相談が終わり、全員に身体強化魔法をかけ、根城にしている宿からアゼス魔境まで一気に駆けた。
流石にマギーに同じペースで走れとは言えないので、俺が背負ってあげたのだが、物凄く喜んでくれた。
「おにいちゃん、だいすき」
そう言って背中に頬ずりしてくれた時には、背筋をぞくぞくするモノが駆けあがり、どうしようもない喜びが身体中を駆けあがった。
矢張りボスを無力化するか誘導するかして、完全な安全を確保しておくべきではないのか。
マギーの安全の為なら、ダンジョン調査は爺に任せればいいのではないか。
いっそマギーを養女にすれば、危険な冒険者稼業などさせないで済むのではないか。
そんな駄目な思考が頭と心に渦巻いてしまうが、何とか理性で抑え込む。
どんな身分になっても、危険はあるし敵もいる。
むしろ俺の養女になる方が危険だろう。
「さあ着いたよ。降りなさい」
「いやぁ~、もっとぉ~」
「我儘を言うのではありません。若殿様の御厚意で恐れ多くも背負って頂いたのですよ。これ以上御迷惑をかけるのではありません」
「ごめんなさい」
本当は一日中でも背負っていたいが、本心は口が裂けても言うわけには行けない。
「また帰りに背負ってあげるから、怪我しないように、気持ちを集中して無理せず狩りをするんだよ」
「はい」
「若様、私は背負ってくれないのですか」
「妙齢の美しい女性を背負うのは気恥ずかしいから、自分で走って欲しいな」
「でも怪我したら背負ってくれますよね」
「ヴィヴィ。不吉な事を言うじゃない」
ドリスが珍しく厳しく叱責した。
確かに狩りの前に言う事ではないな。
「そうだぞ、ヴィヴィ。冗談でも狩りの前に怪我を望むようなことを言うモノじゃない」
「はい。ごめんなさい」
ヴィヴィも本気で悪かったと思ったのだろう。
いつもの快活な口調ではなく、深刻な口調になっている。
「では、気持ちを切り替えて。興奮したり高揚し過ぎる事なく、落ち込んだり反省し過ぎることもなく、平常心で狩りを始めるぞ」
ドリスはリーダーの資質が高い。
皆の気持ちを引き締めると同時に、ヴィヴィの気持ちを引きあげるようにしている。
失敗を引きずり落ち込んだままアゼス魔境で狩りに入ったら、怪我どころか命を失うことになりかねないから、いい判断をしている。
「少しでも危険を避ける為に、ここで改めて身体強化魔法と生活魔法をかける。その上で魔境と奥山の境界線に沿って探索し、薬草を集め魔獣を狩る。金額ではなく生き残ることを最優先にするよ」
「「「「「はい」」」」」
うん、いいパーティーだ。
ドリスの指示通り、魔境に少し入ったところを境界線に沿って進んでいる。
布陣は二列縦隊で、奥山方の先頭を一番戦闘力があるドリスが務め、次を一番防御力が低い魔術士のアデライデが行き、後方を戦闘と回復の両方が出来るベネデッタが進む。
危険度の高い魔境側先頭は、経験値の高い斥候職のヴィヴィが務め、次に狼獣人の能力を開花させつつあるマギーが続き、後方を狼獣人の才能を開花させたギネスが固める。
アゼス魔境は恐ろしく魔素が濃くなっているから、以前のアゼス魔境では考えられなかった密度で魔草や魔樹が生育している。
当然効果が高く高価に取引される薬草も密生しており、獣人達が毎日集めているにもかかわらず、翌日には元通りに生えている。
だが同時に、魔草や魔樹を主食にしている魔蟲や魔獣も、普通では考えられないくらいの密度で存在するので、直ぐに縄張りに入り込んだレディースターに襲い掛かった。
だが異常に魔素が濃くなっているアゼス魔境でも、奥山との境界線に近付くほど魔素は薄くなる。
ボスなどの強力な魔物は、魔素の濃いダンジョンの近くを好むから、レディースターに襲い掛かる魔蟲や魔獣は銅級や鉄級の種族が多いのだが、どうも様子がおかしい。
命懸けの狩りの最中に無駄な質問をするのは危険だから、俺自身の手で魔蟲と魔獣を捕獲して確認してみたのだが、矢張り思った通りだ。
命にかかわるような危険な場面はなかったが、それでも狩りは緊張の連続だし、何より魔物の密度が高いので、休む間もないどころか息をつく暇もないような狩りになっている。
「そろそろ魔法袋が一杯になるから、一旦外に出るよ」
「「「「「はい」」」」」
境界線を沿うように狩りをしているから、直ぐに安全圏に出ることが出来たが、とても銅級や鉄級程度を狩った直後とは思えないような疲れ方をしている。
「ドリス、この魔蟲や魔獣は普通種とは思えないのだが、どう思う」
「はい、若殿様。これは前に狩った鉄級蜘蛛型魔蟲に似ていますが、かなり大きくなっていますし、模様も毒々しくなっています」
「若殿様。私もこのような模様の蜘蛛型魔蟲は初めて見ますし、文献で見た蜘蛛型魔蟲とも一致しません」
「若様。私も長く斥候を務めていますが、このような蜘蛛型魔蟲は初めて見ます」
アデライデとヴィヴィも初めて見ると言うのだから、新種なのだろうが、どうも元からいた鉄級蜘蛛型魔蟲が強化変異したように思える。
「この飛蝗型魔蟲も、銅級の飛蝗型魔蟲に似ていますが、戦った手応えは銀級のように思われます。アゼス魔境の特殊な環境で、変異したのではないでしょうか」
ドリスも俺と同じ考えのようだ。
「一旦代官所に行って、今狩った魔物や薬草を買い取ってもらおう。その時に変異の事を説明して、新種や異種として登録してもらおう」
「ですが若殿様、新種や異種の登録には時間がかかるのではありませんか」
「大丈夫だよ、アデライデ。今の代官代理は俺の知り合いだし、魔核を調べれば直ぐに等級の違いは分かるから、安く買い叩かれるようなことはないよ。それに買取だと評価に時間が掛かるだろうけど、王都でオークションにかけるなら、珍品として高値で買い取ってもらえるさ」
「なるほど、それなら大丈夫ですね」
「納得出来たら代官所まで駆けるよ」
「「「「「はい」」」」」
ドリスの指揮でアゼス代官所まで行き、冒険者ギルドで魔物を王都に送る手続きをしたが、魔核に関しては全部こちらに残すことにした。
魔物一頭一頭の等級を再確認する為に、手間はかかるが魔核を確認しなければいけないので、どちらにしても冒険者も同席しなければいけない。
今のアゼス代官所や冒険者ギルドでは心配ないが、普通の冒険者ギルドでは誤魔化しやすり替え、横領や紛失は日常茶飯事だからだ。
俺は最初に顔だけ出して、パトリックを呼び出して、レディースターが代官代理のパトリックの知り合いだと、代官所の役人にも冒険者ギルドの職員にも知らしめておいた。
多くの役人や職員は、俺の家臣候補が代理でやっているから、間違いはないと思いたいのだが、どれほど厳選して選抜したとはいえ、現場に立ってみないと本性は分からないから、中には外道や悪人が紛れ込んでいるかもしれない。
まあ待ち時間一緒に居ても時間の無駄だから、俺はその間に狩りをすることをドリス達に伝え、急いでドリス達が狩場にしていた反対側の縄張りに行き、サクサクと狩りをすることにした。
わずか数日しかアゼス魔境を離れていなかったのに、魔物の密集率は驚異的に増えており、まさに手当たり次第に魔物を狩ると言う状況だった。
「「「グギャー!」」」
夢中になって狩りをしていると、二足歩行地竜種の雄叫びだが、また数が増えていないか。
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