第28話地固め

 この縄張りは、二頭の二足歩行地竜種と一頭のワームがボスとして君臨していたはずなのだが、留守にしている間に地竜種が三頭に増えている。

 腕や尻尾、牙や皮に鱗を削るのを止めて、ボスが増殖するのが俺の養殖政策の所為か確認したのだが、違うようだ。

 だがまあもう少し検証すべきだから、もったいないけど地竜を削って素材にするのは止めよう。

 ボス級を虐めなくても、白銀級以下の魔物が驚くほど密集しているから、金額的にも武具の素材的にも、十二分な収穫を得ることが出来ている。

 俺は外側の縄張りを通過して、内側の縄張りを確認することにした。

 内側の縄張りには、外側の縄張りを超える密集率で魔物が住んでおり、それこそ手を伸ばせばそこに金級以上の魔物が群生しているような状態だった。

 この中まではブラッドリー配下の影供も付いてこられないし、どれほど魔法を使っても気配が漏れる心配もないので、数百のウォーターカッターを創り出し、それこそ無双状態で狩り続けた。

「「「「グギャー!」」」」

 雄叫びから判断すると、最低四頭の地竜が共存しているようで、ここでもボスの数が増えている。

 無限に思える俺の魔法袋も、本当に無限に獲物を収納出来るわけではないので、この辺で代官所に戻ることにした。

「どんな具合だい、ドリス」

「御帰りなさいませ、若殿様」

「おにいちゃん、おかえり」

 俺が冒険者ギルドに入ってドリスに声をかけると、マギーが駆け寄ってきて抱き着いてくれる。

 溢れ出る愛おしさに顔が緩んでしまうが、今はドリスと大切な話があるから、マギーにばかり意識を向ける訳にはいかない。

「ただいま、マギー。いい子にしていたかい」

「おにいちゃんがいないから、まぎーさみしかった」

 マギーが俺の胸に頬ずりしてくれる。

 心臓を射抜かれたような衝撃が身体中を駆け巡り、思わず意識が飛びそうになる。

「これ。若殿様に失礼ですよ、マギー。止めなさい」

「大丈夫だ、ギネス。そうか、寂しかったのか。ごめんな」

「でも、いまだっこしてくれてるいから、だいじょうぶ」

 愛おしいな。

 パトリックが顔を引きつらせて見ているが、俺に変な趣味があると勘違いしているんじゃないだろうな。

 父王陛下や兄上達の所為で、色眼鏡で見られるのは仕方がないが、それでも父王陛下も兄上達も、正当な女好きで、特殊趣味を持った人は一人もいない。

 いや、本当にいないのであろうか。

 俺の耳に入っていないだけで、密かに倒錯的な趣味に走っている人がいて、パトリックはその事を知っているのではないか。

 だが、だからと言って、これほど慕ってくれているマギーを引き離すなど絶対に出来ない。

 マギーを傷つけるくらいなら、誰にどう見られても構うものか。

「若殿様、御話させていただいて宜しいですか」

「すまないドリス。頼むよ」

「先程話をしていました、銅級に似ていた飛蝗型魔蟲ですが、魔核の大きさや輝きは銀級と判定されました。鉄級の蜘蛛型魔蟲に似ていた奴も、銀級から金級と判断されました。他の多くの魔蟲や魔獣に関しても、もとになったと思われる魔物から一つから二つ上のランクに変異しています」

「想像通りだったか」

「はい」

「買取価格の判定は難しいのだな」

「それは私の方から話させてもらうよ」

「代官代理を務めるパトリックが直々に説明してくれるんだな」

「まあアーサーが後見人を務め、俺達のクランに入ると言うのだから、サービスしないわけにはいかないだろう」

「それはありがたい話だな。それでどうなるんだ」

「まあもう分っているんだろうが、突然変異したことで、どのような薬品に精製出来るか分からないし、武具や道具に加工できるかもわからない。とてつもなく価値があるかもしれないし、元の魔物とそれほど変わらない可能性もある。簡単に標準価格を決めるわけにはいかないんだ」

「それは理解しているから、魔核だけ返してくれて、珍品としいて王都のオークションに送ってくれ」

「それは聞いているが、数が出たら珍品としての価値がなくなるだろう」

「ドリス達が狩った量が多すぎるのか」

「そうではない。アーサーが狩った魔物をオークションに出したら、それこそ飽和してしまうと言っているんだよ」

「俺の分は輸出に回してくれればいい。落札最低価格を高値に設定しておいて、駄目なら売らなければいいが、魔核込みなら売れるだろう」

「なるほど。それならば大丈夫だろうが、検品はどうするんだ」

「時間がもったいないから、パトリックの魔法袋と代官所や冒険者ギルドの魔法袋に入る範囲の魔物を預けるから、パトリックが確認してくれ」

「面倒事は俺に押し付けて、アーサーは狩りに専念する心算か」

「俺達のクランの為だよ」

 本当は俺の興す貴族家の財政の為だが、近習頭のパトリックにいちいち説明しなくても、重々承知してくれている。

「分かったよ。だが言っている量全部は無理だ。魔法袋は予備を置いておかなければならないし、俺も職員も能力に限界があるんだ。他の仕事を全て放り出して、不眠不休でアーサーの獲物の算定だけするわけにはいかん」

「そんなことは望んでいないよ。言い方が悪かったな。算定できる量を言ってくれれば、その分だけ預けよう」

「分かった。ではここに入るだけ預けてくれ」

 俺はパトリックが差し出した魔法袋に、銀級から金級と思われる魔物を移動させた。

 七つの魔法袋が一杯になったところで移動を止めた。

「大きさや種族は銅級や鉄級に見えるが、内包する魔力量は銀級以上だと思う」

「普通では考えられない魔核を持っているのだな」

「ドリス達の持ち込んだ魔物がそうだったろ」

「そうだな。見かけでは考えられない魔核を持っていた」

「その心算で鑑定を頼む」

「任せておけ」

「若殿様。私達の獲物の鑑定と預かり証の発行が終わりましたから、魔境に戻って狩りを再開したいと思います」

「俺も一緒に行くよ。マギー、魔境に戻るから降りなさい」

「はい」

 そうなのだ、俺はずっとマギーを抱きながらパトリックと話し、魔物の移動も行っていたのだ。

 父を亡くしているマギーは、俺と出会ったことで甘えん坊さんになってしまったのだ。

 まあ俺もデレデレの御父さん代わりになってしまったが、年齢的には御兄さんなのだが、父兄と言うのだから父でも兄でもそう違いはないだろう。


「無理するな。一旦魔境を出る」

「「「「「はい」」」」」

 アゼス魔境に戻って狩りを再開して早々に、マギー達はピンチを迎えてしまった。

 空を飛ぶ肉食の蠅型魔蟲の群れに襲われてしまったのだ。

 一匹や一頭の魔蟲や魔獣ならば、相手がブレスさえ吐かないのなら、今のレディースターなら戦い方を工夫し白銀級でも狩ることが出来るだろう。

 だが小型の飛行種が無数に襲ってくるとなると、とてもではないが迎撃が間に合わず、生きたまま徐々に身体を貪り食われることになる。

 アデライデとベネデッタが、狩りの前にパーティー全員に使った身体強化魔法と支援魔法の効果で、迎撃出来なかった魔蟲の攻撃も、直ぐに被害があるわけではない。

 だが数百の蠅型魔蟲の攻撃を受け続ければ、防御魔法もダメージ軽減魔法も直ぐに消滅してしまい、瞬く間に喰い殺されることになる。

 ドリスが直ぐに撤退の指示を出したのは、賢明な判断だったと思う。

「あれは不味いね。あんな魔蟲に攻撃されたら、狩りなんてできないよ」

「そうですね。あの魔蟲の群れに攻撃されたら、全てを武器や魔法で迎え撃つのは無理ですから、防具や魔法で攻撃を受け止めながら戦う事が前提になりますが、今の私達の防具や魔法では不可能です」

 ヴィヴィの嘆きにアデライデが答えているが、俺もその通りだと思う。

 狩りで得た利益を使って、白金級以上の全身装備を購入すれば、銀級だと思われる蠅型魔蟲の攻撃を無効にすることは可能だろう。

 だがその購入金額は莫大な額になる。

 それでもまだ筋力があるドリスとベネデッタは、眼の部分に白金級魔蟲の眼球外骨格を使い、他の部分を重いが硬い素材で全身鎧を作ることが出来る。

 決して安いモノではないが、最近の狩りの成果なら、絶対買えないと言う金額でもないだろう。

 だが問題は、素早さが前提の戦い方をするヴィヴィとマギーとギネスであり、何より斥候と言う役目の有るヴィヴィだ。

 彼らに今の動きを維持したまま全身防御を施すのなら、軽量であるにもかかわらず防御力があると言う、恐ろしく高価な素材は必要になってくる。

 だがここで一番心配なのは。

「皆、気になったことがあるのだが」

「なんですか、若殿様」

「今襲ってきたのは、三十センチメートル位の大きさだったから、まだ武器で攻撃することも可能だし、魔蟲だから魔核や素材と言う見返りもあった。だが魔物ではないただの小さな虫なのに、人間を喰い殺す厄介者がいる。しかも素材にもならなければ魔核もない」

「確かに軍隊蟻などの人喰い虫に襲われたら、今の私達では手も脚も出ませんね」

「ベネデッタの言う通りですね。ですがそれに対応するには、高価な防具を購入したうえで、その防具を装備した新たな戦い方を習得しなければなりません」

「それと私とベネデッタが魔力を増やし、一つ一つの魔法の強度と効果時間を延ばしたうえで、新たな魔法を覚える事ですね」

「私も防御魔法や支援魔法を覚える努力をすべきだな」

 ドリスがレディースター全体の解決法を話せば、アデライデが魔法を使える者の目標を話したが、ドリスは更にその上の目標を掲げた。

「おかあさん、わたしもまほうおぼえる」

「覚えられたらいいけれど、獣人は魔法を覚えられないのよ」

「え~、おにいちゃん、ほんとう」

「殆どの獣人は魔法を覚えられないけれど、極極稀にではあるけれど、魔法を覚えられた獣人もいたそうだよ」

「じゃあわたしもおぼえる」

「そうか。御兄ちゃんが手伝ってあげるけど、覚えられなくてもマギーが悪いのではないから、落ち込んだりしちゃだめだぞ」

「うんわかった」

「じゃあ私も本気で魔法を覚えた方がいいですね」

「そうだね、ヴィヴィも本気で頑張って欲しいな。まあ現実問題として、違う縄張りに移動して、レディースターだけで狩りをする実戦訓練をしよう。それでも人喰い虫や魔蟲の群れに纏わりつかれるのなら、私が身体強化魔法と支援魔法をかけるから、白金級以上の防具を買える資金を貯める事を優先しよう」

「宜しいのですか。何か優先すべきことが御有りなのではありませんか」

「クランの目標や、俺が家を興すためにどうしても必要な事があれば、ドリス達への支援は中止しなければいけなくなる。それは覚悟しておいてくれ」

「分かっております。今迄して頂いた支援だけでも、考えられないくらいの厚遇でございますから、若殿様は気になされることなく、御自身のなすべきことをなされてください」

「ああ、そうするよ」

 レディースターは取りあえず自分達だけで使える身体強化魔法と支援魔法をかけて、今度は資金稼ぎの狩りを行う事をしたが、また魔蟲に襲われたら俺が支援することになる。

 朝令暮改と言うしかないのだが、命がかかっている以上、臨機応変に対応するしかない。

 だが縄張りを変えたのが幸いしたのか、今度は蠅型魔蟲に襲われることなく、順調に狩りが出来た。

 爺が門弟を引き連れてアゼス魔境にやってくるまでの三日間、レディースターの新たな戦い方を確立する実戦訓練に付き合いつつ、自分の家を興すための資金稼ぎ狩りも行った。

 わずか三日のではあったが、俺独自の鍛錬を取り入れたことで、ベネデッタとアデライデは魔力の向上が見られ、ドリスは支援魔法を覚えられそうだった。

 ヴィヴィも魔力が芽生えそうな感じだし、魔法も覚えられそうだった。

 だが獣人であるマギーとギネスは、仕方ないことなのかもしれないが、魔力が芽生える気配はなかった。

 だが身体能力の向上は、わずか三日とは思えないほど強化され、多少重量のある防具でも、身のこなしを損なうことなく装備できるようになってきた。

「アーサー殿、行きましょうか」

「ああ、行くか」

 俺と爺は、二十二人の仲間と共にアゼスダンジョン探査に向かうことになった。

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