第24話ネッツェ王国
「アーサー殿、競売出品者はここで参加することになります」
「そうか。それで全部希望価格以上で売れそうか」
「御任せ下さい。態々ここまで来ていただいたのに、売り損ねるような無様な真似は致しません」
「そうか。ならば大船に乗った心算で見させてもらおう」
「はい。御飲み物や食べ物はどうさせていただきましょうか」
「自分の分は持ってきているから、気にしないでくれ」
「承りました」
俺は結局ネッツェ王国に乗り込むことにした。
爺に手形を偽造してもらい、それを冒険者ギルドで上書きする形を取り、アリステラ王国直臣騎士家の八男で冒険者をしているアーサーと名乗っている。
これはアリステラ王国内で名乗っているのと同じなので、特に戸惑う事も襤褸を出すこともないだろう。
俺はマーティンから連絡を受けて直ぐに決断し、身体強化魔法を駆使して王都に駆け戻り、そこから更にアリステラ王国の東北側にあるネッツェ王国との国境に向かった。
冒険者として狩った魔物素材を競売にかけたいと申告すると、アリステラ王国の士族家八男として、大した調べもなく関所を通してくれた。
聞いていた通り、緊急で魔物の素材を手に入れたい理由があるのだろう。
ネッツェ王国は、広大な平原の国土が田畑になっており、余剰食料生産量が大きい上に、大陸行路の要衝にあり、中継貿易でも莫大な利益を上げている。
国の成り立ちとして、平原を遊牧する騎馬民族が争って統一された国であり、統一後にその平原を開墾して農業に力を入れたという背景があり、強力な騎馬軍団を常備軍として持っている。
ただし魔境やダンジョンを国内に持っておらず、魔獣素材の強力な武具を自国生産できない弱点を持っている。
またその余剰食糧生産力が、食料生産力の乏しい隣国から狙われる原因ともなっている。
また起伏のない国土の為、途中の城砦を無視されると、国境線から王都まであらゆる方向から侵攻される弱点もある。
ネッツェ王国が侵攻を企んでいるのか、それとも隣国に狙われているのを事前に察知したのかは分からないが、国防の為に豊富な財力を使う心算なのは確かだ。
今回この情報をもたらしてくれたのは、爺が冒険者をしていた頃の仲間で、今は俺の御用商人を務めてくれているアヒムだ。
アヒムは冒険者だっただけに、個人戦闘力が高いうえに、商人としての才能にも恵まれ、人を引き付ける魅力も持っている。
冒険者時代に築いた実績と信用を駆使して、冒険者ギルドや商人ギルドを通さず直接魔物素材を売買できる、独自の販売網を構築していた。
俺と爺の御用商人を務めていると言う信用を得た上で、爺が門弟と狩った魔物素材を独占的に売買できることで、莫大な富を築くに至った。
そんなアヒムだからこそ、俺の為に全力を使って魔物素材の国外販売に協力してくれたし、隣国の情報も常に収集してくれ、万が一にも我が国が奇襲されることが無いようにしてくれている。
そんなことをつらつら考えながら競売の状況を見ていたが、前座ともいえる銅級鉄級の魔物素材ですら、我が国の国内標準価格の五割高で落札されている。
武器や防具、薬や強化剤に利用される魔物だけでなく、食料部位まで五割増して落札されているので、もしかしたらネッツェ王国は侵攻を考えているのかもしれない。
俺も銀級以上の魔物だけでなく、銅級鉄級の魔物も出品していたのだが、全て最低希望落札価格以上で売ることが出来た。
銀級以上の魔物の順番になると、出品される魔物の数がぐっと減少し、それに伴って競売も白熱してきた。
落札価格も我が国の国内標準価格の6割7割増しとなり、中には8割増しで落札される魔物もあった。
金級の魔物が出品されるようになると、素材が武器や防具に使える魔物は、我が国の国内標準価格の倍額を超えるようになり、俺の懐を大いに潤してくれた。
特に今回の魔物限定競売は、免税特典が設けられているので、普通なら必要な税金が不要なので、ネッツェ王国の軍資金を全て俺の軍資金に転用できる。
遂に今回の競売の目玉になっている、俺が出品した白金級魔物素材となったが、その競売はこの日一番の競争となり、我が国の国内標準価格の3倍前後で次々と落札されている。
今回の競売では、俺以外に白金級魔物を出品している者がいないので、その莫大な御金は全て俺の懐に入った。
「アーサー殿、今競っているのが、ネッツェ王家の御用商人とアッバース首長家の御用商人です」
「国内で争っているのか」
「はい。元々各部族に分かれて争っていた国ですから、統一されたとはいえ水面下では激しい権力闘争が行われています」
「だがここで正面から争っていると言う事は、今回の件がクーデターではないと言う証拠でもあるのだな」
「はい。敵対する国に対して、どちらがより多くの損害を与えるかで、国内での主導権が取れるかの競争だと思われます」
「しかしいくら有力な首長家とは言え、王家相手に正面から争って勝てるとは思えないのだが、その辺はどうなっているんだ」
「アッバース首長家のアリー・スライマーン・アル=アッバース殿は知勇兼備の名将で、国内外で人望が御有りです。領地が我が国と接していることもあり、我が国の王侯貴族とも友好関係を築いておられます」
「ネッツェ王家に対しては、我が国の力を背景に有利に交渉を進め、我が国に対しては自国の力を背景に有利に交渉を進め、領地を飛躍的富ませているのだな」
「はい。今回の競売では関税が免除されていますが、普段は我が国との交易で莫大な利益を手に入れておられます」
「だがそれでも、一首長家が揃えられる軍勢には限りがあり、王家には及ばないであろう。しかも王家は国内各地から兵を集められるが、アッバース首長家が兵を集められるのは自分の領地からだけだ。自領から余りの多くの兵を移動させたら、王家が攻め込んでくるのではないか。いや、場合によっては我が国が攻め込むこともあり得るぞ」
「その辺をアリー・スライマーン・アル=アッバース殿がどう考えておられるかは分かりかねますが、少なくとも軍備と兵糧を集められておられるのは御覧の通りです」
俺とアヒムが色々と話している間に、今日の競売は終了したが、俺の利益は膨大なものになった。
もちろんアヒムにも多くの手数料が手に入ったが、それは国内で冒険者ギルドを通しても同じなので、平均で我が国の国内標準価格の2倍で売れた今回の競売は、俺にとってとても有意義だった。
「アヒム殿、そちらにおられるのは今回の出品者の若殿様ですか」
「左様でございます。今回の出品に協力してくださいました、アリステラ王国ゴールウェイ騎士家の八男・アーサー様でございます」
「初めて御目にかかります。アッバース首長家の御用商人を務めさせていただいております、ハーフィズと申します。以後御見知りおき願います」
「アーサーだ。騎士家の八男だから、生きていくために冒険者をやっている。今回は高値で買ってくれると言う事だったから、仲間と狩った魔物を持ち込ませてもらったが、期待以上の高値で落札して貰えたので、明日以降の競売はアヒムに任せて、俺は直ぐに国に帰って次の獲物を狩ろうと思っている」
「左様でございましたか。その、少し御聞かせ頂きたいのですが、アーサー様の御仲間とは士族家の方々ですか。それとも平民出身の冒険者ですか」
「それを聞いてどうする」
「あれほど多くの金級白金級魔物を狩ることが出来る方々なら、アーサー様と同じような士族家卒族家の子弟の方々が、一旗揚げようと冒険者になられたのではないかと愚考したしました」
「その通りだ。俺の仲間は全て士族家卒族家の子弟で、持参金を稼いで婿入りを目指している。今回の競売で稼がせてもらったから、本当に婿入りも夢ではなくなったよ」
「思い切って聞かせていただきますが、アーサー様は他国に仕官なされる気はあられますか」
成程、こうやって兵力を集めているのだな。
「ハーフィズはアッバース首長家の御用商人と聞いているが、それはアッバース首長家に仕官を進めているのか。それともネッツェ王国に仕官を進めているのか」
「もちろんアッバース首長家でございますとも」
「それでは陪臣という事になるな」
「しかしながらアーサー様、今のままでは御子様の代には平民になられてしまうのではありませんか」
「さっきも言ったっろ、婿入りの持参金が溜まったんだ。しかも俺くらい実力があれば、武者修行を続けると言って冒険者として稼ぐことが出来る」
「左様でございましたか。しかしどうでございましょう。アッバース首長家に仕官なされば、持参金を使うことなく実力だけで騎士家を興すことが出来ますよ。いえ、騎士家とは限りません。士爵家を興すことも夢ではありませんよ」
「確かに持参金を使わなくて済むのは大きいが、その分命懸けの仕事になるのだろ」
「騎士の務めでございますから」
「それにアッバース首長家に仕官してしまうと、その後は冒険者として稼ぐことが出来なくなる。それではじり貧になってしまって、子孫が困窮するからな」
「その心配はございません。アッバース首長家とアリステラ王国は有効な関係を築いておりますから、遊学や武者修行を名目に、冒険者を続けることも可能でございます」
「なるほどね。それならば持参金分は浮くが、それほど有利な条件を出してくるのだから、かなり危険な仕事なんだろ。はっきり条件を言わねば、引き受けるも断るも判断出来んぞ。それとも口に出来ないような仕事をやらせる心算なのか」
「そんなことはございません。騎士として真っ当な任務でございます」
「だとしたら、クーデターではなく隣国との戦争だな」
「御気付きでございましたか」
「これほど急いで武具の素材を集めているのだ。余程の馬鹿でない限り、周辺国を含めて武に携わる者は皆気付いているだろう」
「これで侵攻を諦めてくれればいいのですが、今年は不作どころか凶作と言える状況のようでございます」
「ネッツェ王国には食料の余剰が多くあるのではないか。高値で売ってやればいいではないか」
「王家もその御心算のようでしたが、相手は軍資金を取り崩すくらいなら、攻め込んだ方が得だと考えているようでございます」
「勝てば豊かな領地が手に入り、引き分けても食料や財宝を略奪することが出来、負けても増え過ぎた民を減らすことが出来ると考えているのだな」
「御明察でございます。アーサー様は軍師の才能も御有りなのですね」
「世辞はいらんよ。となると敵はイマーン王国と言う事になるが、間違いはないか」
「御明察でございます」
「正面からの戦争になれば、名をあげることも可能だろうが、山賊に偽装してのゲリラ戦に徹せられたら、俺達には何の旨味もないぞ」
「恐らくゲリラ戦は行ってこないと思われます」
「理由はなんだ」
「仕官していただくまでは、申し上げるわけにはまいりません」
「軍事機密か。よかろう。だがそれでは俺は仕官出来んぞ」
「残念でございます。ではどうでしょうか。アーサー様の御知り合いで、アッバース首長家に仕官してもいいと考える方々を、紹介していただけないでしょうか」
「それは士族家卒族家の子弟に限るのか」
「仕官の条件が士族に限らず、卒族でも構わないと言ってくださるのなら、平民の方でも構いません。ですがそれなりの実力者を御願いいたします」
「種族の制限はあるのか」
「獣人族の方でも構いませんが、獣人族の方は士族にはなれませんから、卒族どまりになります。ですがそれは、獣人が仕官出来ないアリステラ王国よりは、獣人の方に有利だと思いますよ」
「確かにその通りだな。分かった。急いでアリステラ王国に戻って聞いてみよう」
「御願い致します。仕官してくださった方々が、期待通りの働きをして下さったら、アーサー様にも十分な御礼を差し上げると首長も申しております」
「紹介しただけでは礼をくれないのだな」
「何分戦争を控えて色々と物入りでございまして、成功報酬とさせていただきたいのでございます」
「分かった。その心算で集めさせてもらうよ」
「宜しくお願い致します」
色々と有意義な情報をもたらしてくれたハーフィズは、優雅に一礼して去っていったが、俺には考えねばならないことが多く残った。
どう考えてもイマーン王国が正面から戦争を仕掛ける利益が見いだせない。
山賊に化けて繰り返し襲撃した方が、安全確実に食料と財宝を手に入れることが出来るし、国は預かり知らぬことだと言い訳することが出来る。
それに峻険な国土に誘い込んで戦う方が、イマーン王国にとって有利なはずだ。
絶対に裏があると思うが、それがネッツェ王国内に同調者がいるのか、国外に同盟を組む相手がいるのか分からない。
それとも俺の考えつかないような手があるのだろうか。
そんなことをつらつら考えながら宿に戻ろうと歩いていると、周りを囲む気配がある。
「何者だ」
俺が誰何すると、大きく殺気が膨らんだ。
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