第23話後始末
パーティーを結成して3日、徒士と卒族で編成された家臣団候補がアゼス代官所の到着し、ブラッドリー配下の者達と協力して代官所の運営に入った。
二百五十人弱の人数の中には、当然文官の候補者もいるので、パトリックが直卒した騎士達とは全く役割が違った。
爺が自分で確かめて集めてくれた家臣団候補だけあって、急速に代官所の機能は回復し、魔境に狩りに入れないでいた獣人族に狩りの許可を出すことが出来るようになった。
もっとも魔境が日々強力になっているので、並みの狩人では、奥山と魔境の境界線に罠を張って、銅級や鉄級の魔物を狩るくらいしかできなくなっていた。
パトリック達の訓練を兼ねた狩りも、日々条件は厳しくなっていたが、それでも俺の身体強化魔法とパトリックの指揮能力に加え、個々の高い能力に支えられ、コンスタントに白銀級の魔物を狩ることが出来ていた。
肝心のレディースターだが、魔物の密集率が日々高まっているので、俺がボス級を無力化していても、六人で狩りをするのが難しくなっていた。
そこで俺が狩りに参加することで、人数的な不利を補い、飽和攻撃を受けないようにしながら狩りを続けるようにした。
二日後には代官所の機能が完全に回復し、魔物の買取が普通に行われるようになったので、レディースターとパトリック愚連隊の狩った魔物が買い取られるようになった。
ただアゼス宿場で行われるようになっていた競り市は、近隣の名物どころか街道を旅する者にも評判になっていたので、そのまま続けることになり、レディースターが狩った銅級から銀級の魔物が毎日競り市で競われることになった。
そしてパトリック愚連隊は、狩りを一日休んでトラス宿場のヤクザを捕えるべく、武官百五十兵を率いて代官所を出陣していった。
魔法を使える者は少なかったが、それでも剣技や槍術に関しては、金級以上の技能を持つ者が選抜されているので、その戦闘力は凄まじいものだと思う。
直臣陪臣を合わせれば、士族五千家・卒族一万二千家・陪臣士族卒族家五万三千家、総数八万家を数える王家王国家臣の部屋住み子弟。
恐らくは二十万人前後から選抜された150人の精鋭である。
まあ突出した実力を持つ者は、冒険者として成功しているから、今更主君に頭を下げるような仕官はしないし、他国や地方貴族家にスカウトされた者もいるだろうから、最強の百五十兵とは言えないが、限りなく最強に近い兵団だと自負している。
そんな兵団が、たかがヤクザ者の逮捕に投入されたのだから、往復の時間を含めて僅か一日で全てを終えて代官所に戻ってきた。
もちろん一日で全てを終えられたのは、ブラッドリー配下の忍者が地道に一味を特定してくれていたからで、本来なら地に潜るはずの農民や町民の犯罪者を、全て調べ上げていてくれたからだ。
そして翌日には、罪が明らかになった代官一味や冒険者達が、犯罪者奴隷としてドラゴンダンジョンに送られることになった。
道中の警護や宿場町での牢屋の収容人数の関係で、一度に送ることの出来る犯罪者奴隷は五十人弱に限られるものの、これでアゼス代官所の収容人数を正当な冒険者に使う事が出来る。
同時に犯罪者奴隷を活用してダンジョンで狩りを行うノウハウを持っている、ドラゴンダンジョンの運用方法を俺の家臣団が学ぶことが可能になった。
そんなアゼス代官所一味逮捕の後始末が一段落した頃には、レディースターの戦闘スタイルが確立され、危なげなく狩りが出来るようになっていた。
「そうよ。マギーとギネスは動き回って、魔物に捕まらないようにして。一撃で倒せるようなら攻撃してもいいけど、無理なら魔物を翻弄することに専念して」
「「はい」」
「ヴィヴィは攻撃もしてよ」
「分かっているって、任せて」
「ベネデッタは魔力管理を徹底して、限界前に知らせて」
「まだまだ大丈夫。若殿様にかけていただいた身体強化魔法は健在よ」
「ドリスは大丈夫」
「心配は無用だ。私に攻撃を届かせるような魔物はおらんよ」
「それは若殿様がボス級を無力化してくださっているからよ」
「分かっている。少しはかっこつけさせてくれ。それよりも、そろそろ魔法袋の収納量が限界に来ていないか。無駄な狩りなどしたくないぞ」
「そうね。まだ少し余裕はあると思うけど、無駄に命を張るのは馬鹿らしいわね。撤退するけど油断はしないでね」
「「「「「了解」」」」」
マギーとギネスが急激に成長したことで、レディースターの戦闘力は向上し、少ない人数で全周囲をカバーすることが出来るようになった。
まだ攻撃力では劣るものの、狼獣人の特性を生かした機動力で、以前のヴィヴィが行っていた魔物の誘導を、二人で完璧に行っていた。
狼獣人の脚力で縦横無尽に動き回り、ドリス達が捌き切れない魔物を攻撃圏外に誘い出し、安定して狩りが出来るようにしている。
全く攻撃を受けることはないが、万が一攻撃を受けたとしても、俺がかけた魔法防壁とダメージ軽減魔法の効果があるので、玉鋼級以上の魔物の攻撃でない限り、一撃で殺されてしまうようなことはない。
中心にいるアデライデの周囲は、ドリス、ベネデッタ、ヴィヴィが百二十度の範囲を分担して管理し、マギーとギネスが管理して送り込んだ魔物を的確に狩っている。
これでマギーとギネスに攻撃力が付いてきたら、王国でも有数の冒険者パーティーになるだろう。
「御疲れ様」
「ありがとうございます。見守って下さっていたのですね」
「まあね」
ギネスが一番に声をかけてきてくれた。
「おにいちゃん」
マギーが手をつないできた。
「若様、今日の魔境はどんな様子でした」
「またボスが増えていて、二足歩行地竜級ボスは群れを築いていたよ。最初から見ていなければ、本当の家族だと思う所だよ」
「本当の家族ではないのですよね」
「ああ、最初に俺が見た時には、各縄張りに一頭ずつしかいなかったし、そもそもアゼス魔境のボスは、長らく下位地竜種のリントヴルムが一頭だけだった」
「そうなんですよね。私達もそう聞いていました」
「若殿様、群生を作る恐れはありませんか」
「アデライデは、群生から巣別れを恐れているんだね」
「はい。今迄ボスや魔物が巣別れして魔境を出た例はありませんが、アゼス魔境の異常性を考えれば、魔物以外の動物のように、群生を作って巣別れしないと断言できません。もしボス級が群生を作ってから巣別れしたら、王国は壊滅的な被害を受けるでしょうし、国民は塗炭の苦しみを味わう事になります」
「そうだな。それにそんなことになったら、周辺国も侵攻してくるだろうな」
「ボス級が群れを成して暴れまわる国に侵攻して、何か利益があるのでしょうか」
「ベネデッタなら何の利益も得られないけれど、下劣な連中ならば、国境周辺を占領しつつ、我が国の国民を奴隷として狩るだろう」
「そんな」
「ボスの群れがどの辺に魔境を築くのか確認しつつ、我が国の国土を占領し、国民を全て奴隷として連れ去るなら、十分利益を得られると考える者もいるのさ」
「その時は教会が全力をもって防ぎます」
「それは無理だろうね」
「何を根拠にその様な事を言われるのですか」
「俺の知る範囲では、各国の教会幹部はその国の有力者と繋がっていて、教会全体の教義よりも、自分達に入る賄賂を優先しているからだよ」
「そんなはずはありません。教会はそのような腐敗不正とは無縁でございます」
「その時になれば、俺が正しいかベネデッタが正しいか分かるが、そのような非常事態にならないようにするのが大切だな」
「そうですね。若殿様の申される通りですが、具体的にどうされるのですか」
「ボスを無力化するのを止めてみるよ」
「若殿様がボスを無力化することが、ボスを増やしていると御考えなのですね」
「そうだよ、アデライデ」
「魔境が自衛の為に、ボスを増やしていると御考えなのですか」
「魔境なのかもしれないし、中心にあるダンジョンかもしれない」
「ダンジョンが原因なら、調査に向かわなければいけないのでしょうが、若殿様御一人では危険すぎますね」
「爺が来てくれたら、聖騎士の資格を持つ者を中心にパーティーを編成して、調べようと思っているよ」
「ベン・ウィギンス男爵閣下がアゼス魔境に来られるのですか」
「来て欲しいと手紙を送ったから、きっと来てくれると思うよ」
「だとしたら安心でございますが、それまで狩りはどうされますか。ボスを無力化しないと、ここでの狩りは難しいと思われますが」
「魔境と奥山の境界を、短時間に出入りする形で狩りをしてくれ」
「ボスが境界線に出てくる前に逃げるのですね」
「そうだ。狩れる魔物の数が減るかもしれないけれど、流石に属性竜のブレス攻撃は身体強化魔法をかけていてもどうにもならないからね」
「ブレス攻撃の射線から身を躱すことは可能だと思いますが、そのような危険を犯さなくても、少し狩りの時間を増やせば、今まで通りの獲物を狩れると思います」
「そうか。だったら大丈夫だね」
「はい」
「若殿様の御蔭で十分稼げたんだから、ここは無理せず鍛錬に時間を使えばいい」
ドリスが至極もっともなことを言ってくれる。
「でもドリス、稼げる時に稼ぐことも大切だよ」
斥候職のヴィヴィが言う事も一理あるのだが、俺としてはドリスの意見が通って欲しい。
「稼ぎも大切だけど、何時までも若殿様頼りの狩りは危険だ。若殿様には若殿様のなすべきことが御有りになるだろうから、私達も自分達だけで狩りが出来るようにならなくてはいけない」
「それはそうなんだけどさ」
ヴィヴィも頭では理解してくれているのだろうが、俺に好意を抱いてくれているようで、少し俺に依存したいような態度を取り続けてくれる。
俺もそんな態度を取ってくれることに満更でもないのだが、だが今はもっと優先しなければいけないことが数多くあるから、色恋に現を抜かしているわけにはいかない。
「俺が身体強化魔法をかけられる間はいいが、長期間ダンジョンに潜る可能性もあるから、身体強化魔法に頼らない狩りの方法も確立しておいてくれ」
「任せて下さい。若殿様の御期待に添えるように、しっかりと鍛えさせていただきます」
ドリスがしっかりと請け合ってくれたから、俺が長期間ダンジョンに潜ったとしても、無理な狩りをすることなく、マギーとドリスを鍛えてくれるだろう。
「おにいちゃん、どこかにいっちゃうの」
「大切な御用で留守にするかもしれないけれど、必ず戻ってくるから心配はいらないよ」
「ほんとう。ぱぱみたいにいなくなったりしない」
マギーが涙をいっぱい貯めて見つめてくる。
ギネスだけではなく、ドリス達も息を止めて聞いている。
もしかしたら、マギーの御父さんも必ず帰ると約束していながら、帰ってこられなかったのかもしれない。
守られない約束をすることは、マギーを傷つけてしまうかもしれないが、ダンジョン探査は絶対にしなければいけない事だし、帰ってくると約束しないわけにもいかない。
「心配しなくても大丈夫。必ず帰ってくるし、今直ぐ出かけるわけでもないよ」
「ほんとう」
「本当だよ」
「ほんとうに、ほんとう」
「本当に、本当だよ」
「ゆびきりしてくれる」
「ああ、指切りするよ」
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます」
「指切拳万、嘘ついたら針千本呑ます」
「ゆびきった」
「指切った」
「やくそくね」
「ああ、ちゃんと約束したよ」
マギーにはこの約束の本当の意味は分からないだろうけど、俺には必ず生きて帰らなければならない大切な約束になった。
国の為にも自分の為にも、むざむざ死ぬ気はないけれど、マギーのためにも死ぬわけにはいかなくなった。
「アーサー殿、少し宜しいですか」
里山の方向から不意に人が現れ、俺に声をかけてきた。
俺は事前に近づいてきているのを知っていたが、マギー達は気付かなかったようだ。
「若様、誰ですか」
「ドラゴンダンジョンでパーティーを組む約束をしていた一人だよ」
近習の1人だったマーティンがここに来るとは思わなかったが、何か王都で急変が起こったのかもしれない。
「何かあったのか」
俺はマギー達を避けて、少し離れながらマーティンと話すことにした。
「魔物の国外売買の件でございます」
「もう段取りが出来たのか」
「全ての国で出来たわけではありませんが、ネッツェ王国では何時でもオークションを開催できる段取りになっております」
「急ぐのか」
「武器や防具に加工する、金級以上の素材が早急に必要らしく、今なら高値で売れるそうでございます」
「戦争の可能性があるのか」
「恐らくは」
「普通のルートで送るのでは時間がかかるのだな」
「はい。ネッツェ王国に入り込んでいる商人の早馬だけではなく、忍者からも身体強化魔法を使った伝令が参っております」
さてどうしたものだろう。
普通に売るだけならともかく、戦争準備の軍時特需となれば、大きく儲けることが出来る好機だ。
だがその戦争の勢いが、他国間だけで収まっていればいいが、その矛先が何時我が国に向けられるか分からない。
売るべきか売らざるべきか、そして何より俺自身がネッツェ王国に乗り込み、この目で確認すべきかどうか悩みどころだ。
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