第14話切り札
「さて、公爵殿下。不敬罪に対してどう始末つけて下さるのかな?」
「アレクサンダー殿下への不敬は言い訳のしようがない大逆でございますので、この者共には減封の上で謹慎させます。ただそれだけでは不敬に対する罪には軽過ぎますので、私がこの通り頭を下げさせていただきます」
「それだけでございますか」
「公爵家当主が頭を下げて詫びることが、陪臣士爵や陪臣騎士の命に劣ると申されますか」
「そうは申しませんが、減封とは申されても、どうせ狼藉者を討ち果たした褒美に加増した後で減封し、結局は元の領地よりも加増されるのですよね」
「当家の屋敷に押し入ろうとした狼藉者を討ちとってくれたことは間違いございませんから。それに当家の褒美の多寡にまで、王家王国は口を出されるんですか?」
「謹慎とは申されても、屋敷内での行動は自由なのでしょうね」
「今度のように狼藉者が当家に押し入ろうとした場合、腕利きの家臣を牢に入れたままだと、不測の事態を招きかねません。屋敷内に押し込め、王都に出ないように、厳重に監視させていただきます」
「謀叛を企んだ宮中伯一味の遺体を隠蔽するという言動は、公爵家が黒幕だという証拠になってしまいますが、どうなされますか? いや、そもそも顔も確認できない状態で、宮中伯一味を斬り殺したのは、公爵閣下が黒幕だという疑念を抱かせますが、その件はどう反論されますか?」
「それは下々が申すところの下種の勘繰りと言うものでございますな。まあそう申しては事を荒立ててしまいますから、狼藉者の遺骸はアレクサンダー王子殿下が手柄として御持ち帰り下さい」
「それで今回の件が全て無かったことに出来ると、ポニオン公爵殿下は御考えですか?」
「私はそれほど楽観的ではありませんし、王家王国も甘くはないでしょうね」
「ではどう始末をつけられるのですか?」
「以前から王家に打診されていた、王子殿下を養嗣子に迎える件を御請けさせていただきます」
「ボニオン公爵殿下の嫡男を廃嫡されるという事ですか?」
「いえいえ、王子殿下を養嗣子に御迎えさせて頂くことに変わりはありませんが、我が嫡男を平民や陪臣に落とすのは余りに非道でございましょう」
「それは公爵家嫡男であったものに相応しい爵位と領地を、王家に用意しろと申されているのですか?」
「王家王国に人の心があるのなら、公爵家を乗っ取る以上、それ相応の情けはかけるべきだと思いますが」
「殿下、公爵の言葉を鵜呑みになされませんように」
「分かっているよ」
今までの会話で十分理解できたが、公爵は油断できない相手だ。
我が兄弟を養嗣子に向かえても、一族一門家臣団は決して新公爵に忠誠心を持たないだろう。
彼らの忠義は現公爵か、廃嫡された公子に向かい続けるだろう。
だから王家王国が公子の為に1万人規模の領地と子爵位を用意すれば、実質的に公爵家の戦力と経済力が増えることになる。
それに養嗣子に入る我が兄弟を人質にすることが出来るから、謀叛を起こす場合に使える手段が増えることになる。
いや、もっと狡猾な手段を使える。
公爵の手練手管で我が兄弟を籠絡し、王太子殿下を押しのけて王位につけてさしあがると吹き込み、兄弟相争わせる手段を使うかもしれない。
王太子殿下を筆頭に全ての王子を殺し、王国を乗っ取った後で養嗣子を殺し、一旦廃嫡した実子を王太子にすることも可能だ。
いや、公爵家が迎えた養嗣子だけではない!
王家王国が貴族家に養嗣子として送り出した王子の中に、1人でも愚かで野心家の王子がいれば、国を割って戦乱を呼ぶことが可能だろう。
だからと言って今の俺に、父王陛下や重臣団を説得して養嗣子政策を転換させる力はない。
「私は巡検使として務めを果たすだけで、王国の政策に口を出す立場ではない。王子を養嗣子に迎えることと、それに伴う細々とした条件の問題は、王家王国と公爵家で話し合ってくれ」
「ふむ。噂通りアレクサンダー殿下は養嗣子政策に反対なのでございますかな?」
「余個人の考えは確かに反対だが、だからと言って王家王国の政策に口出すつもりはない。反対するならば実行可能な代案を示さねばならず、それが可能な事を証明する実績が必要だ」
「殿下の案が証明されることを心から願っております」
「ありがとうございます。さて、では後は王家王国と話し合っていただくとして、私は遺骸を回収して役宅に戻らせていただく」
「何かあった時の為に確認させていただきたいのだが、アレクサンダー殿下の巡検使としての役宅は、国王陛下から拝領されて王都屋敷でよいのですかな?」
「そうですが、それが何か?」
「万が一日が出てから、狼藉者共の持ち物が出てきた場合、御届けさせて頂かねばなりませんから、確認させて頂いたのですよ」
「そうですか、それはありがとうございます」
やれやれ、脅しなのか本当に襲撃する心算なのかはわからないが、切り札を使うにしても、屋敷を活用するか、他の拠点を設けるか悩む所だな。
どちらを活用するにしても、王都の戦力は増やしておかねばならない。
爺や家臣達にも切り札は内緒にしておきたいが、どうするべきだろう?
「爺、話があるのだが」
俺は素早く決断して、爺に今後の事を頼むことにした。
爺ならば俺が気付いた程度の事は、既に察しているとは思うが、念の為に確認しておかなければいけないだろう。
俺と爺とボニオン公爵が考えそうな謀略について話し合い、それを父王陛下の御耳に入れる方法と時期について確認した。
「宮中伯一味の遺体と証拠の品々は、爺が屋敷で護っているように見せかけてくれ」
「見せかけるのでございますか?」
「そうだ。実際には俺がしかるべき場所に保管する」
「ブラッドリー殿に護らせるのですか?」
「それも一つの方法なのだが、ブラッドリーが使える戦力を確認してからだ。ボニオン公爵達が王子同士を相争わせることに成功した場合、王国忍軍が割れる可能性もある」
「左様でございますな。私が責任をもって預かると言えればいいのですが、殿下の家臣団を形成する予定の騎士家子弟も、どこで誰と繋がっているか分かりませんから、自信を持って答えられません」
「そうだな。誰しも何がしかのしがらみがあるし、家族や恋人を人質に取られる可能性もある」
「せめて資金があれば、家臣団予定者を完全に家臣化し、早期に忠誠心を育てていけるのですが」
「そうだ。アゼス魔境で想定以上の魔物を狩ることが出来た。爺が王都の冒険者組合で換金し、家臣団を形成する資金にしてくれ」
「ほう! 殿下が想定外と申されるほどの魔物がおりましたか?」
「十六頭もの地竜級ボスが棲息しているうえに、白金級や白銀級の魔物も多く闊歩しておる」
「なんと!?」
爺にアゼス魔境の現状を話して聞かせたのだが、爺の現役時代と余りに極端に変化しているため、俺の言葉とはいえ信じきれないようだった。
そこで魔法袋に保管してある白銀級と白金級の魔物の現物を見せると、ようやく納得してくれた。
俺の魔法袋から爺の汎用魔法袋に買取価格の高い魔物を移動させ、我が家臣団を編成する資金にあててもらうことにした。
伝説の冒険者だった爺の魔法袋は、汎用魔法袋の中では収容量の大きい高価な物なのだが、それでも俺の魔法使い専用魔法袋とは比べ物にならない収容量なので、全てを移動させるというわけにはいかなかった。
家臣団の給食材料にする銅級・鉄級の魔物を混ぜて、爺の魔法袋一杯に魔物を移動させた。
それだけの事を成し遂げた後で、俺は急いでアゼス本陣に戻ることにした。
今から戻れば、何とかマギー達が起きる前に間に合うだろう。
三人に無用な心配などさせたくないし、王子と気付かれて気安い関係が壊れるのも嫌だ。
まあ士族家の若殿と思われているから、平民同士のような関係は無理だが、それでも王国内に履いて捨てるほどいる貧乏騎士家の若殿と王国王子とでは、全然身分的圧迫が違うからな。
夜明け前、三人がまだ熟睡しているのを確認してから、三十分でも眠るために奥座敷に入った。
斥候のヴィヴィに気付かれずに本陣に戻れるのは、ブラッドリーが仕込んでくれた忍者の技術の賜物で、心から感謝している。
爺とブラッドリーが俺に課した訓練の中には、不眠不休で三日間戦い続けると言うものもあれば、戦いの合間に三十秒とか一分の瞬眠を取り、七日間戦い続けると言うものもあったので、三十分も熟睡出来ればある程度万全に近づけることが出来る。
「若殿様御目覚めでございますか?」
「ああ、起きているよ」
「今日はまだお出かけになられなかったのですか?」
「ああ、今日は少し思う所が有ってね、先ずは一緒に食事をしようか」
「はい。若殿様」
昨日のように予定外の重大事が起こった場合は、事前の予定や日課は、臨機応変に変えたり中止したりしないと、流動的な戦場で生き残れない場合があると、爺にもブラッドリーにも徹底的に叩きこまれている。
マギー達の笑顔を見ながら膳を並べて食事するのは、俺の心を安定させ、今迄感じた事のない力が身体兄の中から湧き出すようだ。
ゆっくりと朝食を愉しんだが、その間マギー達三人に気付かれないように、経絡経穴と内臓に錬成した魔力を流し、昨晩の精神と肉体の疲れを全て取り除くことに成功した。
宮中伯一味の遺骸なのだが、魔法袋には生きているモノを入れることが出来ないので、仕方なく王都屋敷に残してきた。
同時に爺とブラッドリーには、俺が1人で宮中伯だけは運べるように、背負子のようなモノを用意してくれるように頼んである。
そして俺は獣人村に向かい、宮中伯を隠せるかどうか確認に回った。
「村長、今回のアゼス代官一味の不正には、多くの黒幕がいることが分かった」
「矢張りそうでございましたか。宿場町の方々が直訴に行かれたのですが、御取り上げ頂けないどころか、二度も家族共々皆殺しになってしまわれましたので、そうだろうとは思っておりました」
「黒幕の一人は取り押さえたのだが、他の黒幕が口封じに来るかもしれないのだ」
「その取り押さえられたという黒幕を、この村で預かれと言われるのですか!」
「そうだ。仮死状態にしてあるから、食事を与える必要もなければ見張りを置く必要もない。万が一口封じの者が現れても、抵抗する必要などない」
「見殺しにしてもかまわないと申されるのですね?」
「そうだ。預かるだけでも危険が伴うのは分かっているが、村長の家の地下に置いてくれるだけでいい」
「それは!」
「代官達に見つからないように、地下室を設けて食料を隠していたのは分かっていた。今迄代官一味にも見つけられなかった地下室だ、余程の事がなければ見つかることはないだろう」
「やれやれ、地下室の事を知られてしまっているのですから、御受けするしかございませんね。それに若殿様には、食料を分けていただいた恩もございます。ですが確認させていただきますが、万が一襲撃を受けた場合は、仮死状態の黒幕を進んで差し出しますが、それでよろしゅうございますね?!」
「それで構わない」
「それならば私の一存で御請けさせていただきます。村の者には知らせない方がいいでしょう」
「そうしてくれると助かるよ」
俺は獣人の村々の内から、信用できるとあたりをつけていた村を訪れ、村長と直談判して、仮死状態にした宮中伯を預ける約束をした。
「村長大変だ!」
「どうした? 何が起こったというのだ?!」
「魔境に入っていた冒険者達が同士討ちを始めたようだ」
「なんだと?! だがあいつらが同士討ちを始めたとしても、恨み重なる我々にはいい憂さ晴らしだ、何か気にしなければならない事でもあるのか?」
「中には逃げ出す者がいて、村から食料を略奪しようとしたり、村を拠点にしようとしたりする者が現れるかもしれない」
「そうか、そうだな。そんなことになったら大変だ。動ける狩人達を集めて、万が一の場合に備えよう」
「村長、俺が代官所に乗り込んで、出来る限りの手を打とう」
「え?!」
「王都にいた黒幕の一人は取り押さえてある。もう代官所に乗り込んでもいい頃合なのだ」
「では我々も御手伝いさせていただきます」
「いや、代官所の冒険者が同士討ちを始めたのなら、いくつものグループに分かれて行動する可能性がある。さっきも言っていたように、一部のグループが村を襲撃する恐れもあるから、他の村にも知らせてやり、防備を固めてくれ」
「分かりました。恨みを晴らしたい気持ちは強いですが、狩人達を差し向けている間に、女子供を殺されては何にもなりませんから、復讐は諦めることにいたします」
「それがいいだろう。では俺はこの足で直ぐに代官所に行く」
「よろしく御願いいたします」
「任せろ」
さて、またブラッドリーが何か仕掛けたのか?
ブラッドリーが本気で管理をする気なら、熟練冒険者を使ってチンピラ冒険者に働かせるなど、簡単なことだと思ったのだが、何か見落としがあったのだろうか?
今後の為にもこの目で確かめないといけない。
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