第15話女冒険者

「ブラッドリー、いったい何が起こったのだ?」

「それが殿下、思いがけないことが起こってしまいまして」

 俺急いで代官所に駆け付け、ブラッドリーに事の真相を確認したのだが、それは俺の想像を遥かに超えた偶発的な事件だった。

 昨日の夜遅く、アゼス魔境の現況を知らない女だけの冒険者パーティーが代官所に現れ、魔境での冒険を希望したというのだ。

 冒険者ギルドと言う組織は建前上存在しているものの、実際には準軍事組織であり、国家にとって放任出来ない戦力である以上、各地の代官所や領主が管理運営しているのだ。

 特に貴族士族の地位を失い平民に落ちる子弟にとっては、一旗揚げる唯一の場であり、実家の貴族家士族家が介入しないわけがないのだ。

 だからアゼス魔境を管理している冒険者ギルドも、魔境に隣接したアゼス代官所内にあり、運営費も税の管理も、半官半民の冒険者ギルド職員が管理しているのだ。

 そんな制度が今回の汚職を生んだともいえるのだが、完全に独立した組織にしてしまうと、国の運命を左右するような大戦力が野放しになってしまう。

 なかなかに難しい問題なのだ。

 話を戻すがそんな冒険者ギルドに、眼を見張るほどの美女が、それも三人も揃って登録にやってきたのだから、悪事に身を染めた冒険者達が悪さをしないわけがないのだ。

 最初はチンピラ冒険者達が、女三人組に強引に関係を迫った。

 慣れない命懸けの冒険に放り込まれ、心身共に消耗している現状の憂さ晴らしだったようだが、逆に女三人組に叩きのめされてしまった。

 何と女三人組は、若いにもかかわらず金級認定を受けた歴戦の冒険者パーティーであり、個々でもそれぞれが金級技能認定を受けた、稀有な冒険者なのだった。

 怒りと欲望を剥き出しにしたチンピラ冒険者が徐々に加わり、遂に数十人のチンピラ冒険者が襲撃者に成り果てたのに至り、女三人組も手加減することが出来なくなり、完全な殺し合いに発展してしまった。

 この時点ではまだ宮中伯一味を捕縛しておらず、ブラッドリー達も表立って介入するわけにもいかず、熟練冒険者に職員を介して指示を出し、事を収めようとしたのだが、その時には時機を逸してしまっていた。

 命令に従わないチンピラ冒険者に苛立った熟練冒険者の一人が、遂に実力行使に至ったのだが、熟練冒険者に命懸けの冒険を強要されていたチンピラ冒険者達が暴発してしまった。

 怒りと性欲と集団心理で判断力を失ったチンピラ冒険者達が、武器を手に取り熟練冒険者に襲い掛かるという事態になってしまった。

 最初は強引なナンパだったものが、集団強姦未遂となり、最後には数百人規模の戦闘に発展してしまったのだ。

 乱戦状態になったとはいえ、たった三人で数百人の男と戦う事になった女パーティーは、アゼス魔境に逃げ込むという手を使った。

 アゼス魔境が恐ろしく狂暴になっていることを知らない女三人組は、チンピラ冒険者達の実力を正確に読み取り、魔境内の方が自分達には安全だと判断したようだ。

「王都の宮中伯一味を逮捕した報告は受けているだろう、冒険者共は熟練チンピラの区別なく逮捕し、犯罪奴隷にして働かせろ」

「承りました。殿下は女達を助けに行かれるのですか?」

「見過ごすわけにはいかんだろう」

「御気をつけて」

「任せておけ」

俺はブラッドリーに指示を出し、魔境に乗り込むことにした。

「グギャー!」

 女三人組を探すべく、魔境に入って直ぐに、既に聞き慣れた二足歩行地竜ボスの雄叫びが聞こえた。

 悪い予感がしたので、急ぎボスの下に駆け付けたのだが、そこにはGボスに襲われ必死の戦いを展開する女三人組がいた。

 ボスの圧倒的な攻撃力の前に、金級とは言え三人しかいないパーティーでは、攻防ともに力不足だったのだろう。

 褐色の肌をした大柄な女戦士は、既に左腕を失い、左脚も半ば千切れて麻痺した状態だった。

 それでもまだ仲間の盾になるべく、まだ切れていない魔法防御と身体強化に頼りながらも、Gボスの攻撃を防ぎ続けている。

 素晴らしいバランス力で、右足一本で身体を支え、食い殺そうとするGボスに対して、半身に構えて残った右腕を使い、バルバードを半ばで掴んでカウンターを叩きつけている。

 その献身と精神力は尊敬に値する。

 女戦士の後ろには、魔力を使い果たしたのだろう女魔法使いと神官戦士が、折り重なるように倒れている。

 即座に支援を決断した俺は、事前に重ね掛けした身体強化魔法を使い、瞬時に魔法の効果範囲にまで移動し、細心の注意を払って戦うことにした。

 何に対して細心の注意を払うかと言うと、うっかりボスを殺してしまい、縄張り内の全魔獣が暴走してしまわないようにする事だ。

 その為に鋭利な攻撃魔法などは封印し、防御魔法の面をシールドバッシュのように叩き付け、ボスを後方に吹き飛ばした。

 同時に二つ目三つ目の魔法を展開し、女戦士の左腕と左脚を再生するとともに、体力も回復させて仲間を護れるようにした。

 大きく目についているのはGボスだが、この魔境にはボス以外にも強力な魔獣が満ち満ちており、無防備に神官戦士と魔法使いを放置しておけないのだ。

 もっとも女戦士に意識がなければ、鉄壁の魔法防御を展開して護るのだが、自分達で出来ることはやらないと、冒険者としての自立心が失われてしまう。

 しかしそうは言っても、小型の魔蟲や魔獣に、身体を少しずつ喰われて殺されたりすると可哀想なので、神官戦士と魔法使いにも体力回復魔法をかけてやった。

 不意に腕や脚が復活したことに女戦士は驚いていたが、流石に金級冒険者だけあって、不測の事態であろうとも、好機を逸する事無く逃げ出した。

 昏倒から目覚めたばかりの神官戦士と魔法使いは、流石に直ぐには現況確認出来ていないが、それでも戦士の指示に従い魔境から脱出しようとした。

 一瞬の出来事ではあるが、その間にもGボスは何度か攻撃を仕掛けており、その度に防御魔法によるシールドバッシュで撃退していた。

 女三人組がGボスの攻撃圏から逃げ出したのを確認して、ようやく俺も落ち着いて考えることが出来たのだが、Gボスと戦って何の戦果もないのは面白くない。

 特に早急に家臣団を編成しないといけない状況となったから、換金率のいい戦果を確保したい。

 Gボスを殺すわけにはいかないが、玉鋼級から金剛級にランクされる地竜の素材は金になる。

 そう考えると二足歩行地竜の鱗・牙・爪・皮はとても美味しい素材だ。

 まあ竜種は再生能力が極端に強いから、脚はともかく腕や尻尾は切り取っても大丈夫だろう。

 瞬時にそう決断し、水魔法で極限まで圧縮した水を、更に高速回転させて円盤形とし、Gボスに向けて放った。

 最初は効果があるか心配だったが、見事にGボスの両腕と尻尾を斬り飛ばした。

 苦痛に叫び暴れまわるGボスに接近し、斬り飛ばした両腕と尻尾を素早く魔法袋に収納し、さらに追い討ちをかけて牙を斬り飛ばした。

 ここまで追い詰められてもGボスは逃げ出そうとはせず、ブレス攻撃で起死回生を図ろうとしていた。

殺すわけにはいかないので、これ以上相手をするだけ時間の無駄なので、隣のHボスの縄張りに移動して、白銀級や白金級の獲物を狩ることにした。

 もちろん家臣団の給食も考え、例え銅級や鉄級でも見逃すことなく、サクサクと狩っては魔法袋に収納するのだが、金銭的価値の高い獲物を優先すると言うことだ。

 軍事行動をするとなれば、何はなくても兵糧と軍資金は欠かせない。

 領地の無い状態で家臣団を編成するとなれば、冒険で稼がないと略奪を前提とした軍事行動を取らなければいけなくなる。

 そんな外道な真似は絶対嫌なので、稼げる時には貪欲に稼がなければならない。

 そうとなればHボスを見逃すわけにはいかないので、魔力を隠蔽せずにHボスをおびき出し、殺さないように気を付けながら両腕・尻尾・牙をスパスパと斬り飛ばし、鱗と皮をサクサクと削ぎ切りした。

 一旦ボスを傷つける決断をした以上、それを何かに役立てたくなり、ボスの再生能力を確認することにした。

 腕・尻尾・牙・鱗・皮を失った場合、どれくらいの速度で再生するかによって、ボスを生かしたまま高価な素材を手に入れることが出来る。

 ボスを養殖するという表現は適切ではないかもしれないが、養鶏で卵を得るように、毎日地竜種の素材が手に入るのなら、これほど効率のいい狩りはない。

 それに再生能力が低い場合でも、ボスに腕や尻尾がない状態なら、獣人族が狩りに入りやすくなる。

 余りにも強大になったアゼス魔境では、今迄狩りで生計を立てていた獣人族の生活が、今後成り立たなくなる可能性があった。

 ボスの再生能力が強ければ俺個人が助かるし、再生能力が低ければ獣人族が助かる。

 どちらにしてもありがたい話で、正確な再生能力の情報を手に入れなければならない。

 魔境を移動しているうちに、ブラッドリー配下の影供の気配がなくなった。

 魔獣に殺されていたら可哀想だが、自分の実力を把握し、任務に挑み続けるか引くかの判断が出来ないようでは、忍者としては失格だ。

 正式なブラッドリーの配下なら、それくらいの判断が出来るのは当たり前なので、ボスまで入り乱れての乱戦には付いていけないと判断し、影供の続行を諦めて魔境から出たのだろう。

 俺は能力を隠蔽し続けるか、それとも全力を出すかしばし逡巡したものの、この程度の状況で切り札を明かすこともないと判断し、爺やブラッドリーが知っている範囲の能力を使い、全十六頭の地竜種ボスの素材を手に入れることにした。

 全てを成し遂げてアゼス魔境から出る頃には、夕闇が迫っていた。

 急ぎアゼス宿場の本陣に戻ろうとしたのだが、またも女三人組と遭遇することになった。

 女三人組にとって、今日は余程運が無い日なのだろう。

 ブラッドリー達が熟練冒険者達とチンピラ冒険者達を確保すべく、全力をもって罠を張っている場所に飛び込んでしまっていた。

 まあ一旦確保した後で詳しく調べ、犯罪奴隷として魔境送りにする者と、罰金刑に留める者に分けるはずだから、女三人組が問答無用で犯罪奴隷に落とされることはないと思うのだが、女三人組にその様な事が分かるはずもなく、必死で抵抗していた。

 ブラッドリー達は魔力を浪費することなく、粉末の麻痺薬や睡眠薬を風上から流して冒険者を倒していた。

 だがもちろん熟練冒険者達の中には、その程度の罠など平気で遣り過ごせる者達も多く、また自分達が大規模な罠にはめられたと気付く者も現れ、倒れるチンピラ冒険者をその場に残して逃げようとする者が出てきた。

 全てをブラッドリー達に任せてもよかったのだが、数百人もの犯罪者奴隷、それも半数は熟練冒険者となれば、その経済的価値は相当なものになる。

 何割かの権利を手に入れることが出来れば、貴族家を興す資金に出来ると判断し、広範囲の麻痺魔法と睡眠魔法を使い、冒険者達を一網打尽にすることにした。

 もちろん女三人組の周囲だけは、防御魔法で結界を張り、自分の魔法が効果を表さないようにした。

「大丈夫だったか? 安全な場所に案内しよう」

「貴方は何者ですか?!」

「失礼だよ! この方は私達を助けて下さった方だ。先程はありがとうございました!」

「いやいや、当たり前の事をしただけで、礼には及ばないよ。しかし君はなかなかの胆力だね。あの状況で俺に助けられたのを確認していたんだね」

「いえ! 金剛級の地竜相手に救助に入るなど、命を賭けて助けていただいたのです。それで御礼を言わないなど、冒険者としての常識に欠けます」

「そうだったんですね、御助け下さりありがとうございました」

「御陰様で生き永らえることが出来ました。ありがとうございます」

「それより今はこの場を逃げよう」

「「「はい!」」」

「身体強化魔法をかけるから、一気にこの場を走り抜けるぞ。俺の後に続け」

「「「はい!」」」

「今だ」

「「「はい!」」」

 俺は素早く複数の身体強化魔法を重ね掛けし、合図と共の先頭を駆けた。

 気配で女三人組が続くのを確認しながら、女三人組の基礎能力に合わせて、駆ける速度を調節しつつ、アゼス宿場の本陣に向かった。

 幸いなことに、女三人組の基礎能力は高いようで、マギー達とトラス宿場を逃げ出した時と同じ速度で駆けることが出来た。

「土塁と柵を乗り越えて入る、俺に続くんだ」

「「「はい!」」」

問屋場の役人達には、俺は本陣に留まっていることになっているから、大木戸から宿場町に入る訳にはいかないので、気配のない場所を確認したうえで、密かに本陣の中庭まで一気に入り込んだ。

「戻ったよ、ヴィヴィ」

「お帰りなさいませ、若様。え? ドリス? ベネデッタ、アデライデ!」

「「「ヴィヴィ!」」」

 やれやれ、知り合いかよ!

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