第13話ボニオン公爵家

 宮中伯一味は、俺達に追われていることは秘密にして、宮中伯の威光を笠に大木戸を開けさせ、王城を離れるように逃げていく。

 王城の近くには、武官文官を問わず、現役役人が屋敷を賜っているので、遠くに逃げるのであれば、役職を与えられていない貴族家の屋敷に逃げ込む心算なのだろう。

 いや、出来ればそうではなく、汚職で蓄えた御金を使って作り上げた隠れ屋敷なら有難い。

 これ以上王家王国を裏切っていた家臣がいるなど、本当は信じたくない話なのだ。

 だがそんな俺の願いも虚しく、宮中伯一味が門を叩いたのは、事もあろうにボニオン公爵家であった!

 ボニオン公爵家は名門中の名門で、王国の創成期に王家から分かれた分家なのだが、何度も王家から王女を嫁にもらう事で、公爵の地位と権力を維持してきた家柄なのだ。

 だが父王陛下が節操なく子供を設けたことで、王国にも王子に相応しい分家を創設する領地の余裕がなくなり、無理矢理養嗣子として王子を送り込む予定の家だった。

 現当主のジョニー・ニール・ポール・アリステラ・ボニオン公爵がそのことに反発し、密かに謀叛の意思を固めていた可能性もある。

 王家が無理矢理養嗣子を送ろうとしている上級貴族家は五十家を超えているので、その五十家以上の有力貴族家が一斉蜂起したなら、現王家を転覆させることも不可能ではない。

 このような事になるのを恐れて、俺は王子が自分で家を興す手本を示そうとしているのだが、俺の恐れが杞憂でないことが証明されてしまった。

「爺、何か揉めているのか?」

「ボニオン公爵家も馬鹿ではありませぬ。万が一の事態にどうするべきか、事前に覚悟を決めておりましたでしょう」

「この機会に謀叛を起こすのか? いや、今謀叛を起こしても全ての家が追従するとは限らぬ。証人となる宮中伯の口を封じるか!」

「恐らく」

「急げ! 宮中伯が殺される前に確保するぞ」

「「「「「オウ!」」」」」

 だが、宮中伯に疑念を抱かせずに追撃する為に、一定の距離を空けていたことが災いして、俺達がボニオン公爵家の門前に辿り着く前に、宮中伯一味は皆殺しになってしまった。

 ボニオン公爵自身が考えたのか、それとも切れ者の家臣がいるのか、常に油断することなく、屋敷の長屋門に手練れの家臣を詰めさせていたのだろう。

 ボニオン公爵家に火の粉がかかるような者が、逃げこんで来ようとした場合には、問答無用で切り殺せるようにしていたのだろう。

「アレクサンダー王子殿下の傅役ベン・ウィギンス男爵だ。王国の公金を着服していた、ロジャー・タルボット大蔵宮中伯一味を追撃していたところだが、これはいったい何事か?!」

 爺も男爵として地位を笠に圧力をかけると同時に、公爵家に対して言葉を選んでいるな。

 下手に公爵家を汚職一味と断じてしまうと、証拠もなしに名門公爵の名誉を傷つけたことになり、逆に爺が処分を受けることになってしまう。

「ウィギンス男爵閣下には御役目ご苦労様に存じます。この者共がどのような地位にある御方かは存じませぬが、無礼にも公爵家の門を打ち壊して押し入ろうとしたため、止むを得ず斬り殺した次第でございます。役所への正式な報告は、主君に報告次第させていただきます」

 なるほど、よく顔をみれば、どの者も年に一度開催される王国武道大会で見たことがある。

 特に爺を相手に一歩も引かず、公爵家に不利にならないように論戦を戦っているのは、毎年上位進出している武辺者だ。

「ふむ。剣を振るって公爵家に討ち入ろうとしたのなら、迎え討って当然ではあるが、あまりに用意が良過ぎるのではないか?」

「当家は王家に繋がる家柄故、一朝事ある時は王家の先兵として働く覚悟でございますれば、常在戦場の心で王都に詰めております」

「それは良き御心掛けですな。それではこの件の報告は後刻役所に届けてもらうとして、犯人共の遺体はこちらで回収させていただく」

「それは待っていただきましょう」

「何を待てと言われるのかな」

「門前とはいえここは当家の敷地内でございます。当家に討ち入ろうとした不逞の者共の遺体処置は、当家で行わせて頂くのが筋でございましょう」

「それは逆だな」

「逆とはどういう意味でございますか?」

「この者共は王家王国の財を掠めた国家反逆者だ。その刑罰は王国で行うべきものであり、如何に公爵家といえども、王家を押しのけて処罰していいモノではない!」

「これは異なことを申される」

「何が異なことなのだ?」

「そもそも王家王国に仇名す不忠者をその場で取り押さえることが出来ず、我が家に討ち入るような事態にしたのは男爵閣下ではございませんか」

 やれやれ、遂に隙を見せたな。

「待て、下郎!」

「はて、私めを下郎呼ばわりなされるのは何様でございましょうか?」

「この陣羽織を見てそのような放言を致すとは、公爵家は王家に叛意有りと言う事だな」

「滅相もございません。王子様が羽織られる陣羽織とは理解しておりましたが、場合によっては偽者と言う事もございますので、失礼ながら御確認させていただいた次第でございます」

「ほう。先程王国の先兵を務めると大言壮語したにも関わらず、王子の顔も覚えていないと申すのか」

「何分夜分の事でございますれば、なかなか御尊顔を確認することも出来ず、申し訳ないことでございます」

「ほう。顔も確認できない状態で、王国宮中伯を名乗る一行を一方的に切り捨てたと申すか」

「剣を抜いて門に討ち入ろうとしましたので、致し方なく」

「それと余直々に指揮を執った捕り物に難癖をつけているようだな」

「それは申し訳ございません。何分夜分の事でして、御尊顔を確認できなかったものでございますから」

「王子の陣羽織を無視し、宮中伯を名乗る一行を確認もせずに切り殺す。何か含む所が有るのではないか、エルトン・テレンス・ジャガー公爵家士爵よ」

「そのような事は何もございません!」

 俺が自分の顔と名前を知っていた事に衝撃を受けているようだな。

 何時何処で誰と戦う事になるかもしれないから、王国武道大会で目に付いた武辺者はすべてチェックしていたのだ。

 いや、武辺者個人と言うよりは、各流派の戦い方とそれに対抗すべき受け技と切り返し技を、常に研究してきたのだ。

「それに余は宮中伯一味を取り逃がしたわけではなく、逃げ込む先を確認し、黒幕を確かめるために泳がしていたのだ。士爵もその事を理解していたからこそ、問答無用で宮中伯一味を切り殺し、余の事を無視したのではないのか!」

「滅相もございません! それは殿下の思い違いでございます」

「陪臣士爵風情が、王子である余に対して無礼な言動を繰り返すのは、無礼討ちをしようとした余を逆に切り殺し、自分は切腹して個人の事に収めるつもりだろうが、これは王家王国に対する謀叛の嫌疑であり、余は王子であると同時に巡検使としてここに来ておる。何があろうと公爵家への嫌疑は晴れぬと思え!」

「はてさて、これは困り申した。如何に王子殿下や巡検使閣下であろうと、王族たる公爵家への無理無体は、王子殿下に公爵家を乗っ取らせるための冤罪としか思えませぬ」

 矢張りそう切り替えしてきたか。

 王家側にも王子を押し込み貴族家を乗っ取りたい野心がないわけではないから、そう切り替えされたら責め難い所が有る。

 だがここで押し負けるわけにはいかない!

 ボニオン公爵家が真の黒幕なのか、それともっと大物貴族がいるのか、あるいは隣国が控えているのかわからないが、ここで負けるわけにはいかない。

「この場で宮中伯一味を切り殺した者達には問いただしたいことがあるので、巡検使役所に同道してもらう。切り殺された宮中伯一味の遺体は、証拠として一緒に役所に運ぶ。これを妨げるのであれば、たとえボニオン公爵家であろうと、宮中伯の一味であり王家王国に叛意有りと断じるしかない」

「公爵家は関係ござらん!」

「「「「「そうだ、そうだ!」」」」」

「我ら一同一己の武人として、このような不名誉には耐えきれん。今この場で公爵家の禄を離れ、武人として名誉を守る戦いを申し込ませていただく!」

「「「「「そうだ、そうだ!」」」」」

「我ら武人としてこのような不名誉には耐えられん」

「武人として王子殿下に果し合いを申し込むぞ」

「黙りおろう! 公爵家の門前でそのような戯言が通じると思っておるのか! どれほど妄言を繰り返そうが、貴様らが公爵家の家臣であることは誤魔化せん。今迄の言動だけで公爵家の罪は逃れられんと知れ!」

「致し方なし! ここは武人の名誉を守るために王子殿下を討ち果たすぞ!」

 ここは腹を括ろう!

 養嗣子政策自体は反対だったが、事ここに至っては公爵家を取り潰し、兄弟達が封じられる領地を手に入れよう。

 ボニオン公爵家の五万人規模の領地が手に入れば、兄弟達が王公子爵として支給される俸給五人分が確保できるだろう。

 次々と有力貴族家が蜂起するかもしれないが、各個撃破すればそれほど国内を乱さずに済むかもしれない。

「者共、殿下の馬前で功名を示せ!」

「「「「「おう!」」」」」

爺も腹を括ったようだな。 

「御待ち下さい、アレクサンダー王子殿下」

 ちぃ!

 絶妙のタイミングで止めに入りやがる。

 これで武力を使って取り潰すのが難しくなる。

「何を待てと言われるのでございますか。ジョニー・ニール・ポール・アリステラ・ボニオン公爵殿下」

「家臣の無礼はこの通り余が頭を下げさせていただきますので、今少し冷静に話し合わせていただけませんか、アレクサンダー・ウィリアム・ヘンリー・アルバート・アリステラ王子殿下」

 武力に訴えるのなら、公爵一味が準備を整えていない今が絶好の機会のだが、公爵家当主が家臣の不手際に頭を下げた後で、俺が無理矢理武力闘争に訴えると、王家王国の横暴が際立ってしまう。

 武力で争うのなら、王家王国の御膝下である王都で負けるはずもないが、舌戦になってしまうと、老練な公爵殿下に太刀打ちできるとは思えない。

 ここは一旦引くべきか?

 それとも有力貴族家の反発を覚悟しても、公爵ともども一味を切り捨てるべきか?

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