第12話ロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯

 数日かけてアゼス魔境の調査をしたのだが、二足歩行地竜種以外のボスは存在せず、縄張りも厳格に境界されており、全部で十六頭の二足歩行地竜がアゼス魔境の外郭を二重に守護している状態だった。

 まあはっきりと内部を守護するために存在していると断言出来る訳ではないのだが、今迄発見されていなかったダンジョンと二足歩行地竜が同時に現れ、ダンジョンを囲むように、それも二重に二足歩行地竜の縄張りが現れたとなれば、地竜はダンジョンの守護者と考えるのが順当な所だろう。

 二日目以降は慣れもあったのか、縄張りの調査速度が格段に速くなり、いよいよダンジョン内の調査に挑もうと言う前日の夜に、ブラッドリーから繋ぎが来た。

「殿下、賄賂の馬車がロジャー・タルボット大蔵宮中伯の屋敷に運び込まれました」

「ブラッドリーと爺の見解では、それは確たる証拠になるのだな?」

「はい。タルボット卿の派閥貴族の屋敷に、その一部が分け与えられています」

「ブラッドリーが証拠を掴んでいる貴族達に運ばれたのだな」

「はい。帳簿は既に手に入れておりますし、今取り押さえれば証拠の品も確保できます」

「全ての関係屋敷に一斉捜査に入るのか?」

「殿下の家臣候補も含めても、信頼出来る人間が限られますので、タルボット卿と大物貴族だけに限っております」

「そうか。それは仕方がないことだな。では俺も王都に戻ろう」

「身体強化で移動されるのでしたら、私が護衛させていただきます」

「いや、それは不要だ。ブラッドリーには俺独自の方法で王都に戻ると伝えてくれ」

「承りました」

 爺とブラッドリーは、俺の全ての能力を把握していると思っているだろう。

 そして二人とも、どれほど信頼する仲間や配下であろうと、俺の能力を打ち明けていないはずだ。

 俺の能力情報を漏洩することは、俺の生死に繋がることになるから、普通は絶対にありえない事なのだ。

 だが俺も馬鹿ではないし、二人に生死を握られるのも嫌なので、二人に知られないように密かに新たな魔法や剣技を開発している。

 今回も転移魔法を使う事も出来るし、身体強化で急いで王都に向かう事も出来る。

 だか、例えブラッドリーとその配下の忍者であろうと、俺が転移魔法を使えることと、どれくらい強力な身体強化魔法を使えるかと言うことは、知られるわけにはいかないのだ。

 今まで俺がブラッドリー配下の忍者と行動を共にした時に使った身体強化魔法は、爺やブラッドリーから学んだ範囲に抑えている。

 アゼス魔境の探査中も、とっておきの魔法は使わずにいた。

 命懸けの冒険中に能力を出し惜しみするなど、本来はあってはならない事だが、常に命を狙われる王族の身ともなれば、慎重の上にも慎重になるしかなかった。

 今回もブラッドリーの配下を下げて、本当の自分の能力を秘匿しているように見せかけながら、爺もブラッドリーも知っている範囲の身体強化魔法を使って、アゼス本陣から王都に移動することにした。

 俺自身でブラッドリーに警護を断ったから、眼に見える範囲に忍者はいないが、影供が付いていないはずがないのだ。

 恐らく気配察知魔法の探知圏外に、複数の忍者が囲むように影供をしてくれているのだろう。

 どうやって俺の移動速度に合わせて動いているのかは分からないが、その辺は代々培われている忍術の秘伝と言うものがあるのだろう。

 ブラッドリーが知っている範囲の身体強化魔法を駆使し、それこそ飛ぶような速さで王都に駆け戻った俺は、自分に与えられている王城外の屋敷に入り、爺や家臣団と合流した。

「殿下、よくお戻り下さいました」

「勝手をしてすまぬ」

「なぁ~に、殿下のオイタには慣れております」

 やれやれ。

 悪戯盛りの子供時代どころか、オムツをしていた時代から傅役をしてくれている爺には、何をやっても敵わないのだろうな。

 今回の抜け出しも、爺にとっては子供の悪戯をわざと見逃してやっているくらいの事なんだろう。

「父王陛下に報告に行くと、宮中伯に情報が漏れる恐れがあるので、黙って逮捕に向かう心算だが、それで問題はないな?」

「はい、大丈夫でございます。殿下は恐れ多くも陛下から、巡検使の御役目をお与え頂いておられます。殿下が宮中伯一味を逮捕なされれば、陛下もお喜びになられるでしょう」

「そうか、では参ろうか」

「皆の者、殿下の初陣でござる。殿下の馬前で不覚を取らぬように、努々油断などいたすなよ」

 大きな声を出すわけでもなく、厳しく言い聞かせるわけでもないのだが、集まっている家臣一同全てに伝わる声は、長年冒険者として戦い続けた賜物なのだろうか?

 俺の身分を明らかにして、途中の障害を排除する為だろう、王子しか着ることを許されない、五本のうち四本の爪を金糸で刺繍した九龍陣羽織を着込んで出陣した。

 身分に従って馬に乗る家臣もいれば、徒士で従う者もいる。

 装備も厳格に規定されており、冒険者のように身分を無視した装備をすることは出来ない。

 汚職貴族の取り締まりとはいえ、仕える主君の初陣に従い馬前で自分の腕前を披露できるので、家臣にとっては絶好のアピールの場なのだろう。

 見知った近習達の顔付も、普段とは比べ物にならない程引き締まっている。

 見覚えのない者達は、俺が一家を興したときに家臣団を編成する士族家の子弟だろう。

 本来なら一生父兄の厄介者として生きていくか、戦闘力を鍛えて王国軍の卒族兵士となるか、一旗揚げることを夢見て冒険者になるしかない者達だ。

 爺の眼鏡に適った者達だから、戦闘力に関しては何の問題もないだろう。

 彼らにしても、臣籍降下して貴族家を興す俺に仕え、例え陪臣の徒士であろうと、継承権の有る陪臣士族家を新たに起こせるなら、大成功と言えるのだろう。

 俺達一行は先触れの徒士に先頭を走らせ、王城近くにあるロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯の屋敷に向かった。

 王国の家臣は身分に従って王都内に屋敷を貸与させられているが、重要な役目を与えられた者ほど王城付近に屋敷を構えるのだ。

 だから役目を失い屋敷替えの処分を受けたりすると、王城から遥かに離れた田畑の隣の屋敷に移らねばならなくなる

 ロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯一味を逮捕すれば、多くの貴族家が処分を受けるだろう。

 多くの家は取り潰しになり、その領地や扶持は王国に没収されることになるだろう。

 取り潰されることはなくても、領地や扶持が削られ、屋敷も遠く小さなものに替えられてしまう事になる。

 本来なら大蔵宮中伯と言う役目は、王国にとって重臣中の重臣であり、掃いて捨てるほどいる王子などより大切な存在でなければいけないのに、本当に情けない話だ。

 いや、大蔵省の幹部役人は、王家王国の財政を預かる掛け替えのない存在であるのだから、このような汚職に手を染めるなど、絶対にあってはならないのだ。

「アーサー王子殿下の御出陣である! 早々に大木戸を開けよ!」

「アーサー王子殿下が巡検使として御改めに参られる! 早々に大木戸を開けよ!」

 先触れの者達が、警備の為に夜間には閉められている大木戸を開けさせている。

 俺をはじめとする馬上の騎士達は、先触れの徒士を追い抜かないように、馬を操りながら進んでいるのだが、取り締まりの情報がロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯一味に伝わらないか心配だ。

 王城の城門を護る出城のような位置に築かれた、ロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯の屋敷前に辿り着いた俺達は、休むことなく攻め込むことにした。

 恐らくブラッドリー配下の忍者なのだろう、俺達一行が二隊に分かれて表門と裏門を抑えると、塀を飛び越え屋敷内に入り込み、砦の城門よりも頑丈そうな長屋門を内側から開けてくれた。

「静まれ! 静まれ! 静まりおろう! アーサー王子殿下が巡検使として御改めになられる!」

 証拠隠滅が行われないように、徒士の者共が剣を抜いて要所要所を抑えに駆けまわる。

 俺をはじめとする騎乗の者達は、馬上で槍を構えて大蔵宮中伯一味が逆上した場合に備え、油断なく身構えている。

「アーサー殿下、これはいったい何事でございます?!」

「控えろタルボット卿!」

「ウィギンス卿か? 殿下にこのような失態を起こさせてただで済むと思っているのか?! 今なら内々で収めてやろう。殿下を御諫めして早々に戻られよ!」

「黙れ! 不忠者!」

「なに?! 誰が不忠者だ!」

「貴様の事だ、この塵蟲め! 貴様がアゼス代官の汚職を見逃す見返りに賄賂を受け取っていたこと、アーサー殿下が巡検使と直々に確認なされておられる。ドリー・ガンボン代官とその一味の者は既に逮捕しておる。最早逃れられぬぞ」

「何のことだ? そのような事、儂は一切預かり知らぬ」

「黙れ! 昨日アゼスから運び込まれた賄賂の数々、その蔵に収められていることは既に調べておるわ!」

「あれはアゼスからの税を確認するために運び込んだだけで、私する気などなかった!」

「まだ見苦しい言い訳をするか! 代官所の帳簿だけではなく、魔境に保管されていた賄賂の帳簿も確保してある。大蔵省の表帳簿と照らし合わせれば、貴殿の罪状は逃れられぬものだ。大人しく縛につけ!」

「うぬぬぬぬ! 最早これまでじゃ、殿下もろとも切り伏せて血路を開くぞ!」

「「「「「オウ!」」」」」

 ロジャー・タルボット王国大蔵宮中伯は最後まで悪足掻きするようだが、総勢八万兵を超える王国貴族士族が暮らす王都から、無事に逃げ出せると思っているのだろうか?

 いや、汚職に手を染めたとはいえ、父王陛下から大蔵宮中伯に任じられるくらい有能な人間でもあるのだ。

 賄賂の御金で多少の私兵を雇っているとはいえ、宮中伯家の僅かな手勢で王都から逃げられるとは思っていないだろう。

 恐らく王都内のどこかに隠れ家を設けているのだろう。

 いや、もしかした多くの領主軍を抱える有力貴族ともつながっており、その屋敷に逃げ込むつもりかもしれない。

 どうする?

 無理に逮捕しなくても、これで大蔵省内に巣食う汚職役人は一掃できるだろう。

 表面上は俺の手抜かりになるとしても、ここで宮中伯を逃がすことで、王国に叛意を持つ有力貴族を暴くことが出来るかもしれない。

 一時的に王国内に騒乱を起こすことになるが、準備万端整えて謀叛を起こされるよりはましだろう。

 それに有力貴族が謀叛を起こす場合は、単独で立つとは思えない。

 王家に叛意を持つ有力貴族が手を携え、一斉蜂起する事だろう。

 いや、場合によっては隣国に内通し、隣国が攻め込むのに呼応して謀叛を起こす可能性すらあるのだ。

 ここは態と逃がして何処に逃げ込むか確かめるべきだ。

「爺、宮中伯を態と逃して、誰の屋敷に逃げ込むか確認するぞ」

「殿下は王国内に乱が起きることを御望みか?!」

「隣国と呼応して謀叛を起こされるよりはいい」

「そこまで御考えか! ならばもう何も申しませぬ、好きになされよ」

「宮中伯に余の策を見破られないように、上手く差配してくれ」

「承知!」

「者共、殿下の馬前である、各々鍛え上げた武勇を御覧に入れよ。マーティン達は殿下を御守りせよ、徒士の者共は儂に続け」

 我が配下の徒士と宮中伯の私兵は、命懸けで戦っていたが、不意討ちを受けた宮中伯一味はろくな防具をつけておらず、完全装備の我が家臣団を相手に圧倒的に不利な戦況であった。

 だが爺が騎馬で突撃を仕掛けたことで乱戦となってしまい、宮中伯に逃げ出す機会を与えることになった。

 俺達が仕掛けた罠に嵌り、側近に護られながら屋敷の塀を乗り越え、息も絶え絶えに逃げ出す姿は滑稽だが、本人達はまだ運が残っていると思っているのかもしれない。

 俺達は宮中伯に余計なことを考えさせないように、適度な距離を取って追い駆けた。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか!

 宮中伯が逃げこむ先によったら、王国が大きく変わるきっかけになるかもしれない!

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