第4話蜜

「あの、私達までここで同じものを食べるなど、許されることではないのではありませんか」

「おかあさん、ほんとうにこれたべていいの」

「若殿様、本当に大丈夫なんでしょうね。いえね、若殿様が後でどうこう言われるとは思いませんが、本陣の者達が何か言ってきたら面倒ですからね」

「それは大丈夫だ。ドラゴンダンジョンに武者修行に行くと決断した時から、何時かは他の冒険者ともパーティーを組むことは分かっていた。同じパーティーなのに、士族だ、平民だ、と言って食事のメニューを替えたり、宿を変えたりするわけにはいかぬ」

「確かにそれが冒険者の流儀なんですが、士族や貴族出身の方々は、なかなか理解して下さらないんですよね。まして本陣の人間が理解してくれるとは、とても思えませんのでね」

「おかあさんたべていいの」

「ああ食べていいぞ。どうしても気になって食べられないと言うのなら、控えの間の方で三人一緒に食べてくれていいが、俺は一人で食べるのが寂しく嫌いなのだよ。出来れば一緒に食べて欲しな。さぁマギー、食べなさい」

「はい、いただきます」

「若殿様に寂しいと言われたのでは、仕方ありませんね。ギネスさん、一緒に頂きましょう」

「はい、でも、本当に大丈夫なのでしょうか」

「若殿様が、給仕は私達にさせるから、本陣の女中は呼ぶまで来るなと言われていましたし、大丈夫でしょう」

「おかあさん、おいしいよ」

「そう、よかったね。では私も覚悟を決めて、ここで食べさせていただきます」

 俺の説得と言うか、言葉を受けて、三人とも一緒に食事を始めてくれた。

 痩せ細った狼獣人母子の姿を見れば、今迄ほとんどまともな食事が出来なかったのは想像していたが、さっき干肉や兵糧丸を食べたばかりなのに、旺盛な食欲で食べているのを見れば、想像通りだったのだと思う。

 姉御は年の功なのか、それとも元はそれなりの家の生まれなのか、はたまた長年の冒険者生活で習得したのか、砕けた言葉と違って、ちゃんとした食事の作法をわきまえている。

 本陣が出してくれた料理は、予約も先触れもなしに急に用意して貰ったにもかかわらず、格式通りの立派なものだった。

 細かな種類は分からないが、猪系の魔獣の肉を香草でまぶして焼いたものが一皿

 同じく種類は分からないが、鳥系の魔鳥の肉に野草を加え醤油と酒で煮た一皿

 同じく種類は分からないが、青魚を塩焼きしたものが一皿

 沢山の種類の野草を、貝と一緒に煮たものが一皿

 玄米を炊いたものを御櫃一杯入れてある。

 量・内容・調理法と、平民が宿泊する旅籠とは一線を画した内容だ。

 この世界は、西洋と日本を折半した上に、中国と中東をスパイスしたような奇妙な世界なので、とても不思議なものと出会うことがある。

 特に魔境やダンジョンの中は、季節や気候が外の世界と全く違う事があり、魔境で採取したり狩って持ち出したりした物はとても珍しく、恐ろしく高価な値が付く場合がある。

 この宿場町で米食が普及しているのも、月齢によって魔境の広さが変わり、里山がとても暖かく稲作が可能だからだ。

 そして月齢によって魔獣が現れたり現れなかったりする奥山は、上弦と下弦の時には、貴重で高価な薬草等を比較的安全に採取することが出来る。

 だから本陣で出される料理は、何気ない食材を使っているように見えて、とても高価なものを使っている場合がある。

 今頂いている食事は、それほど高価な食材は使ってはいないものの、普通に流通している食材よりも、一味も二味も美味しい物だ。

 だからこそマギーやギネスだけでなく、ヴィヴィも美味しそうに食べてくれているのだろう。

 だがこのメニューは明らかにおかしい。

 この宿場町の近くにある魔境は、多くはないが密蟻と蜜蜂の魔蟲が生息しており、良質な密を手に入れることが出来る。

 俺が事前に調べた時も、この宿場町の名物料理は蜜を使ったものだったはずだ。

「ヴィヴィの姉御、この町の名物料理は蜜料理だったと思ったのだが、違ったのだろうか」

「いえ、若殿様の申される通りなんですが、私達を下に見て、蜜料理を出さなかったのだと思っていたんですが」

「余がそれを知って怒りださないように、気付かない振りをしていたのかい」

「ええ、まあ、せっかく四人一緒に同じ部屋で食事が出来るんですから、食事が不味くなるような事は控えようと思いまして」

「あの、若殿様」

「なんだいギネス」

「その事なのですが、実はそれが代官の不正なんでございます」

「どういう事だい」

「御代官様は、魔境の特産品である蜜を、全て独占しているのでございます」

「なるほど、高価な密を独占して横流しすれば、かなりの額になるな」

「はい、ですが最近は密蟻と蜜蜂の数が減ってきて、採取できる量が減ってきていたのでございます」

「それで獣人族を無理矢理奥地まで行かせていたのだな」

「はい。しかもその奥地で新種の密蟻が発見され、これまでとは比べ物にならないくらいの、良質な密が採れるようになったのでございます」

「そのような話は、王都には全く伝わっていないぞ」

「御代官が独占するため、全てを秘密にしているのでございます。新種の密蟻が住む場所が危険な魔境の奥地の、さらに危険な新発見のダンジョンなので、熟練の猟師や歴戦の冒険者でも、命懸けになってしまうのです」

「なるほど、品質も量も今まで以上の密が採れるようになったから、それを秘密にして着服することにしたのだな。それで一体どれくらいの量が採れるのだ」

「御代官様が秘密にされておられるので、正確な量は分かりかねますが、私のいた村長の話では、豊かな子爵様に匹敵するほどの財を、毎年手に入れられていそうでございます」

「子爵家の最低限の家格が三万人で兵力が千兵だ。豊かな子爵家という事になると、千人以上の私兵を雇えることになるが、代官はどれくらいの兵を持っているのだろう」

「申し訳ございません。全く分かりません」

「いや、そんなことをギネスが知っている訳ないな・馬鹿なことを聞いた。許せよ」

「若殿様、ひとっ走り調べてきましょうか」

「まずはしっかり腹ごしらえをしよう」

「そうでございますね。腹が減っては戦が出来ませんからね」

「おかあさんおなかいっぱい」

「眠いのならその場で寝ればいいよ」

「そんな。いくらなんでもそれは行儀悪すぎます。若殿様の前で、それは失礼過ぎて出来かねます」

「ならば、控えの間に布団を敷いてもらって、寝かせてやろう」

「いえ、布団くらい自分で敷くことが出来ます」

「そうか。ならば無理に女中を呼んで、布団を敷いてもらえとは言わぬが、遠慮せず布団を使って寝かせてやるのだぞ」

「はい、ありがとうございます」

 ギネスは自分の食事を中断して、寝てしまったマギーの為に、控えの間に布団を敷きに行った。

 俺はしっかりと腹ごしらえをしておくべきだと思ったので、ヴィヴィやギネスの食べる量を計算しながらも、大食いすることにした。

「若殿様、御馳走さまでございました」

「いや、御粗末様だったな」

「それでは、斥候に行かせてもらいます。私の腕を確認していただければ幸いです」

「そうか、行ってくれるか。歴戦の姉御に言うのも烏滸がましいが、生きていればいくらでも遣り直すことが出来る。だが、死んでしまってはそこまでだ。無理せず生きて帰ることを最優先にしてくれ」

「もちろんでございます。生きて若殿様のパーティーに加えていただくためにも、無理せず確実に斥候の役目を果たして御覧に入れます」

「そうか。任せたよ」

「では失礼いたします」

 ヴィヴィの姉御は、庭に出てそのままいなくなった。

 本陣を出たことを悟られないように、表や裏を使わずに、塀を飛び越えて出ていくのだろう。

 代官一味の事は、王家忍軍の一翼を担う、ブラッドリーとその配下の忍者達が、草の根を分けてでも全てを調べ上げてくれるだろう。

 だから無理に姉御に調べてもらう必要はないのだが、せっかく姉御が自分から働きたいと言ってくれるのだから、二重三重に調べても無駄ではないだろう。

 何よりパーティーに参加したいと言っているのだから、その正確な腕と性格を知っておかなければ、パーティーに加えるかどうかの判断など下せない。

 まあ実際にパーティーを組む時には、ブラッドリー配下の忍者に斥候役として参加してもらう予定だったから、斥候役の姉御はいらないと言えばいらないのだ。

 だが本職が王家忍者の者を斥候役にするよりは、叩き上げの冒険者として斥候を名乗っている姉御の方が、実際にダンジョンに潜るのには役立つかもしれない。

 いや、それは違うな。

 以前ブラッドリーが言っていたのを思い出せば、扶持の少ない卒族家の忍者子弟は、生きる為と卒族家の身分を維持する為、元服が済むと魔境やダンジョンに入り、腕を磨きつつ家計の足しにしていると言う。

 甥や従兄弟や又従兄弟であろうと、実力と生活力さえあれば、養子にして卒族の身分を維持させているのだそうだ。

 だから普通の卒族が、行場のない分家した独身子弟が多いのに比べて、忍者卒族家当主は多くの家族を持った中忍と言うべきか、パーティーリーダーと言うべき存在で、独自の戦力を持っている。

 そんな、独立した生活力と戦力を有した卒族忍者を家臣にしているのが、上忍とも忍者マスターとも呼ばれる騎士家忍者である。

 そんな忍者の中でも、抜きん出た実力と実績を誇るのが、ダンジョンで莫大な獲物を手に入れ、一代で卒族忍者家子弟から卒族家忍者当主・騎士家忍者当主を経て、士爵家忍者当主にまで駆け上ったブラッドリーだ。

 そんなブラッドリーが俺に付けてくれる斥候役の忍者が、ダンジョンでの実戦経験が少ない忍者であるはずはなく、恐らくはドラゴンダンジョンに何度も挑戦したことのある、歴戦の冒険者忍者のはずだ。

 まあヴィヴィの姉御に関しては、俺が直卒するパーティーの斥候は無理でも、家臣団が編成するパーティーの一つに、斥候役として参加してもらう方法もある。

 勿論ヴィヴィの姉御がそれに納得してくれればの話だが。

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