第5話我慢
「若殿様、ただいま戻りました」
「御苦労だったね。それでどうだった」
「代官ですが、多くの冒険者を私兵にして、獣人族の家族を人質に取り、無理矢理狩りをさせているようでございます」
「私兵冒険者の腕は立つのか」
「半日話を聞いた程度の判断ですが、まずまずの腕の者と、差別主義者の駆け出しが大半ですが、中には経験豊かな者もいるようです」
「単騎で正面から切り込むのは無謀だな」
「はい、それは蛮勇と言うものでございます」
「姉御に頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」
「なんでございますか」
「ギネスとマギーを連れて、ドラゴンダンジョンの方に逃げてもらいたいのだ」
「それは、私では代官一味を倒す役に立たないと言う事ですか」
「いや、そうではない。ギネスやマギーと知り合う前なら、一緒に戦ってもらったのだが、二人と知り合った以上、もう見捨てるわけにはいかなくなった」
「それは理解できますが、それと私に一緒に逃げろと言うのが納得できません」
「あの二人だけで無事に逃げられるか心配なのだ」
「確かにあれだけ美人のギネスさんと、可愛いマギーちゃんだけで行かせると、質の悪い奴らに捕まって、奴隷にされかねませんね」
「誰かが二人を護り、誰かが代官を捕まえなければいけないのだが、二人を護るだけなら、余と姉御のどちらでもできるだろう」
「私の腕では、代官を捕まえられないと申されるのですか」
「捕まえることは出来るだろうが、王都の黒幕を抑えて、罪を償わせることは難しいだろうな」
「それは、確かに、難しいかもしれませんね・・・・・」
「王都の有力者と争わねばならないから、直接御目にかかって御願いせねば、いくらベン・ウィギンス男爵でも、聞き届けてくれないかもしれない」
「若殿様から御手紙を頂いても難しいでしょうか」
「男爵にも護らねばならないものが出来ているだろうから、若き冒険者の頃のような、無理が出来なくなっている可能性がある。そこを、顔色を見ながら説得しなければいけないかもしれないし、この一帯を統治する代官を、誰に代理させるかの問題がある」
「代官の代理でございますか」
「そうだ。今の代官は悪政をしているから、出来るだけ早く更迭しなければいけないが、後任が決まっていない状態で更迭してしまうと、支配地が災害や魔獣や盗賊に襲われた際に、国も代官所も救援出来ない」
「しかしながら若殿様。一分一秒でも早く、今の代官を取り除くことこそ、何より大切なのではありませんか?」
「もちろんそれが一番大切なことだが、後々の事も考えながら行うべきなのだ」
「若殿様が残られて、私が先に行けば、それが出来ると申されるのですか」
「余が残って代官に対処するなら、後続してくるパーティー仲間に、助力を頼むことが出来る」
「御仲間にでございますか」
「そうだ。皆騎士家の子弟だから、不正を暴いた後で、代官代理として非常時の指揮を執るのに不足はない」
「大丈夫なのでございますか。王国の許可なく、代官の代理になんかなってしまって」
「それは今更の事だよ。すでにその前に、王国が任命した代官を、勝手に取り押さえてしまっているのだから」
「でもそれは、代官が王国の法を犯して不正をしているからですよね」
「だから同じことだよ。騎士家の子弟に生まれた以上、王国内で魔獣や盗賊が暴れていれば、率先して国民を護る義務があるのだよ」
「なるほど。そういう理屈で代官代理になるのですね」
「そうだよ。だから姉御に二人を護って先に行って貰い、余がここに残って戦うのだよ」
「でも、だったら、四人で残って戦うと言うのは・・・・・」
「分かっているよね。二人をここに残して護りながら戦うのは、非常に難しいと言うのは」
「はい」
「ではひと眠りしたら、この路銀を持って、二人を連れて先を急いでくれ」
「分かりました。若殿様も御無理なされませんように」
「分かっているよ。二人を護る必要がないのなら、遊撃戦を展開して代官一味を足止めしながら、王都のベン・ウィギンス男爵や旧知の方々に手紙を送り、援軍を送っていただくことが可能だからね」
「遊撃戦でございますか」
「これでもいずれは騎士家を興す心算だから、騎士家当主にふさわしい戦術を色々と学んでいるのだよ」
「騎士家当主が遊撃戦でございますか」
「冒険者として財を成し武名を上げて、その財で土地を開墾して騎士家を興す心算だから、当然戦いでは最前線に送られ、命懸けの任務を与えられるからさ。敵前での強行偵察や、後方に回っての遊撃戦を命じられる可能性が高いのさ」
「もう何百年も、人間同士の戦いなど起こっていませんが」
「だからこそ、毎年大々的に武道大会や模擬戦が行われ、そこで上位に残った者が評価されるのだよ」
「若殿様はそれを目指しておられるのですね」
「ああ、そうだよ。だから今回遭遇した代官の不正は、余と仲間達には好機なのだよ」
「それに私達は足手纏いだと」
「見捨てると決めれば別だが、護り抜くと決めた以上、安全な場所にいてもらいたい」
「今一度お約束させていただきます。必ず二人を護り抜いて見せます」
「私も若殿様の足手纏いにならないように、出来るだけ遠くに逃げさせていただきます」
控えの間からギネスが話しかけてきた。
俺と姉御が話している間に、ギネスとマギーが起きてきて、俺達の話を控えの間で聞いていたのだ。
まあ二人にもう一度説明する時間がもったいないから、控えの間にまで聞こえるように、俺も姉御も大きな声で話し合っていたのだ。
「万が一姉御と離れ離れになった時のことを考えて、マギーにもこの路銀を渡しておきます。そんな場合には、ドラゴンダンジョンのある町に向かってください」
「分かりました」
ギネスも承諾してくれたので、これで後顧の憂いなく代官を討伐することが出来る。
四人でしっかりと朝食を食べ、一緒に問屋場に向かった。
「問屋はおるか」
「はい若殿様、いったい何事でございますか」
「代官の不正を王都に報告するために、この手紙を早馬で送ってもらいたい」
既に送っているのだが、不測の事態に備えて複数送った方がいいし、問屋が代官の一味なら、この手紙を送らないことを証拠に処罰することも可能だ。
「承りました」
「それと、証人としてこの三人を王都に向かわせるから、その旨を記した手形を発行してもらいたい」
「それも承りました」
「最後に捕らえた十五人を王都に送りたいから、閉じ込めておく唐丸籠と人足を手配してくれ」
「それは、承りたいのですが、十五人分もの唐丸籠を用意することが出来ません。それに建前上、罪人の移送には御代官様の裁可が必要になります」
「不正をしている代官の裁可は無視するとして、問屋場にあるだけの唐丸籠を使って、罪人を王都に送ることは出来ないか?」
「三人を送ることは可能ですが、若殿様が付いておられないのでは、罪人を逃がす者が出ないと約束出来かねます」
「問屋場の人足の中に、代官一味がいると言うのだな」
「そうではございません。御代官様を信じて味方するものが出るかもしれないと、そう申し上げているのでございます」
「そうか、ならば余がここに残って、取り押さえた者共を監視すべきだと言うのだな」
「そう断言するわけではございません。若殿様が不在となった場所では、何が起こってもおかしくないと申し上げたいのでございます」
やれやれ、この無責任な言葉が、単なる保身のためのモノなのか、それとも俺を宿場町に縛り付けて、代官が俺を殺す手助けをしたいのか、どちらか判断しかねるな。
「分かった。余はここに残って罪人どもを監視しよう」
「承りました」
「姉御、ギネス、マギー、見送ろうか」
「はい」
「ありがとうございます」
「おにいちゃんはこないの」
「二、三日したら追いかけるから、マギーちゃんは先に行っていてね」
「いっしょはだめ」
「お仕事が終わったらすぐ追いつくから、先に行きなさい」
「・・・うん・・・」
俺は王都方面の大木戸まで三人を送った。
「姉御、これは俺が騎士家の者として書いた先触れ状だ。ドラゴンダンジョン都市に三人の女中を送り、冒険者としての拠点を探さすと言う内容だから、関所や宿場町の衛兵には、これを見せて許可を取ってくれ」
俺は小声で姉御とギネスに話し、街道を旅する手形代わりになる書状を渡した。
姉御達はいったん王都方面に街道を進み、人目のないところで森に入って逆走し、ドラゴンダンジョン都市を目指すことになっている。
俺は宿場の人間の眼を欺くために、本陣に戻ることにした。
三人の事はブラッドリーが密かに護衛を付けてくれるだろう。
万が一襲撃があれば、襲撃犯を取り押さえることで、有力な証拠と証人を手に入れることが出来るから、王家の任務に関しては冷徹なブラッドリーも、三人を見捨てることはないだろう。
俺は本陣に戻ってすぐに、奥座敷に続く中庭に出たのだが、直ぐにブラッドリーが直々に現れてくれた。
「御呼びでございますか」
「三人の護衛はどうなっている」
「手の者を三人付けておりますが、今のところ追いかける者は誰もおりません。宿場町から代官所に知らせに走る者もおりませんし、代官所や魔境からどこかに連絡に走る者もおりません」
「代官の次男と手の者が、余の手で捕らえられたことを、代官一味はまだ知らないのだな」
「はい」
「では今宵奇襲が可能なのだな」
「可能でございます」
「証拠は確保出来ているのか」
「代官所の帳簿類は押さえましたが、そもそも魔境で集めた品は、直接どこかに送られておりますので、その帳簿を押さえる必要がございます。何より不正な品が何処に送られているかと、誰に賄賂を贈るかを調べなければなりません」
「捕らえて自白させるだけでは証拠として不足か」
「伯爵以上の地方の有力貴族や、王都にいる宮中伯格の有力者は、代官程度の自白は、偽証を言い立てて無罪を主張いたします」
「では、今宵代官所に乗り込んで自白させるのは、悪手なのだな」
「はい」
「では、ブラッドリーはどうするべきだと思うのだ」
「殿下がここに残られ、宿場町の者共を支配下に置かれ、何事もないように宿場を運営され、代官が黒幕に賄賂や分け前を送るのを待つのでございます」
「それはあまりに迂遠な方法ではないか」
「では殿下は、どうするのがよいと御考えですか」
「代官所には帳簿がなくても、代官も保身の為に、誰に何をどれだけ送ったかの証拠は残しているだろう。それを探し出せば、黒幕を処分することが出来るのではないか」
「王家は無罪の貴族を陥れるために、代官と図って偽証していると黒幕が申し立てた場合は、内乱の危険を犯してもでも、処罰できるでしょうか」
「有力貴族が一致団結して、謀叛を起こす言い訳にされると言うのか」
「その場合は、恐らく隣国が介入してまいります」
「当事者以外の有力貴族や隣国が介入を躊躇するほどの、有無を言わさぬ証拠が必要だと言うのだな」
「左様でございます」
「やれやれ、では余は一カ月もこの宿場に留まらねばならぬのか」
「それが最良かと思われます」
「だが一日遅れれば、獣人達は一日多く危険な狩りをさせられ、命の危険にさらされることになるぞ」
「これをよい機会として、多くの悪徳貴族や王都役人を捕えることが出来れば、何十何百と言う村や都市が悪政から解放され、獣人の村一つを開放する何百倍もの人を助けることが出来ますが、殿下は目先の人間を助けるために、その多くの人々を見殺しになされますか」
「政を行う事は、心苦しいことだな」
「御意」
「この任を、爺かパトリックに任せるわけにはいかないか」
「殿下に巡検使の役目を御任せになられた、国王陛下を御期待に背かれるのでございますか」
「そう言われると、また逃げ出す訳にはいかないない」
「御頭」
ブラッドリーの配下が横から話しかけてきた。
「何事だ」
「魔境の砦に隠されていた、代官の帳簿が見つかりました」
「代官が賄賂を送っている相手が分かったのか」
「はい」
「次に賄賂を贈る日はいつだ」
「明日でございます」
「余は運がいいな」
「左様でございますな。本当に賄賂を送っている者全員が分かったのだな。全ての賄賂を明日一度に送るのだな」
「はい。王都にいる黒幕や、不正を見逃す仲間に送る賄賂は、月に一度纏めて黒幕に送られ、黒幕から改めて各役所の役人に送られております」
「その黒幕とは誰だ。直答を許す。答えよ」
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