第6話討伐

「ロジャー・タルボット大蔵宮中伯閣下でございます」

「ブラッドリー、我が刃は届きそうか」

「賄賂を受け取った現場を、殿下が直々に取り押さえられましたら、流石に言い逃れは出来ないと思います」

「爺は副巡検の御役目を父王陛下から頂いているが、爺では無理なのか」

「可能かもしれませんが、絶対とは申し上げられません」

「余も賄賂を贈る荷馬車とともに、王都に向かわなければならぬのか」

「いえ、殿下には、好機に転移の魔法で移動していただきます。代官と宮中伯の不正現場を、ウィギンス男爵と一緒に直々に取り押さえていただく方が、宜しいと思います」

「やれやれ。せっかく爺達を巻いて気楽な旅が出来ると思ったが、また堅苦しい日々が続くのか」

「どうなされますか」

「王子としても巡検使としても、責任を放棄するわけにはいかぬ」

「御心のままに」

 ブラッドリーと別れた後で、俺は中庭に残って槍術・剣術・刀術の型を練習しつつ、同時に魔力を経絡に流して錬る鍛錬を行った。

 身体を操る武術と魔力を操る魔術を、同時に展開する為には、日々絶え間ない鍛錬が欠かせない。

 特に魔力がまだ増え続けている俺には、この鍛錬で魔力を全て使い切ることが、大幅に魔力を増やすことにつながる。

 そんなことをすれば、危機に瀕して魔力不足になると心配する人もいるだろうが、王子と言う恵まれた環境に生まれたので、非常用の魔晶石に不自由することがなく、有り余るほどの魔晶石を持っているから心配はない。

 各種武術の奥義を反復練習しつつ、身体中に魔力を流して身体強化を行い、さらに無詠唱で身体強化の魔術を自分にかけていく。

 同時に放出系の攻撃魔法を無詠唱で展開すると同時に、それを打ち消すカウンター魔法を同時展開して、周囲に悪影響を与えないようにする。

 ほとんどの魔法使いは、一度に一つの魔法しか使えないが、俺は複数魔法を同時に使うことが出来るので、こんなことが出来るのだ。

 だが今は、味方とはいえ影供の忍者が見ているので、自分以外の者に能力の全てを知られるわけにはいかない。

 だから上限まで魔法の同時使用はしない。

 短時間に最大魔力を消費しつつ、全ての型を反復鍛錬するのは難しいので、どうしても二時間はかかってしまう。

 一度魔力を全て消費した後は、逆に魔力を錬って急速回復させる鍛錬を行う。

 戦闘中であろうと、消費した魔力はその都度回復させないと、長時間戦闘で生き延びることは出来ない。

 特に魔境やダンジョンで、不眠不休で魔人や魔獣と戦い続けるとなると、魔力を消費する魔法を使いながら、魔力を回復する錬成を同時に出来ないと、とても厳しいのだ。

 敵から魔力や体力を奪い取るドレインも使えるが、同格や格上の強さの敵と対峙した場合は、ドレイン攻撃が通じないのが普通だ。

 そんな時には、やはり自分で魔力を回復出来るか出来ないかが、生き残れるか死ぬかの分かれ道になる。

 昨日よりわずかに早い、三十二分で全魔力を回復させて、今日の鍛錬を終わることにした。

 本当は、自分で自分にかけた身体強化魔法の効果時間中に、全魔力を回復させたいところだが、持続時間が切れる前に、身体強化魔法を追いがけすればいいので、絶対と言うわけでもない。

 夜が明ける前に目を覚まし、直ぐに朝食の支度をしてもらって腹ごしらえをし、前日に頼んでおいた大量の干肉と兵糧丸とおにぎりを受け取り、今日起こるであろう有事に備えた。

 干肉と兵糧丸を作ってもらえるのが、本陣の本陣たるゆえんだ。

 元々貴族家や士族家が行軍の拠点と定めて、特権と身分を与えたのが本陣だから、戦闘に必要な補給物資を、生産備蓄供給する義務が本陣にはあるのだ。

 一人寂しく朝食を食べた後で、かなり間隔が短いのだが、前日就寝前にも行った鍛錬をまた行った。

 父王陛下に愛されていることも、信頼されていることも、自信はある。

 自信はあるが、父王陛下が信頼して大蔵宮中伯に任命した者を断罪するとなれば、父王陛下の逆鱗に触れないか、内心不安があるのは確かだ。

 その不安がいつも以上に激しい鍛錬を、短期間に繰り返しやらせるのだと、自分自身理解していた。

「殿下、御報告がございます」

 鍛錬の区切りを見計らったような絶妙のタイミングで、いや、区切りまで報告を待ったのだろう。

 と言う事は重要な報告ではないのだろうな。

「何事だ」

「代官が、賄賂の荷車を送り出しました。十分離れたタイミングを見計らい、代官所を急襲いたします」

 ここから王都までは七日の道のりだ。

「今日急襲するのか」

「はい。代官の息子や、その仲間を殿下が捕縛されたことが、何時代官の耳に入るとも限りません」

「だが、余達が代官所を検め、代官一味を逮捕したことが王都に報告されたら、黒幕は賄賂の受け取りを拒むのではないか」

「確かにその恐れはございますが、代官一味を捕らえた事を知られないように偽装することは、それほど難しくないと思われます」

「代官の私兵が、数多くいるのであろう。一人でも取り逃がせば、瞬く間に噂が広がるのではないか」

「密かに代官を捕え、我が配下の者に変装させて代官になりすまし、今まで通りの指示を私兵に与えます」

「今まで通りではなく、獣人族が死なない程度の指示に変えろ」

「それでは、私兵共に疑われる恐れがあります」

「多くの獣人が死傷して、狩人が足りなくなっているのだろう。このままでは、私兵の冒険者をダンジョンの奥深くに送らねばならなくなるので、手心を加えると申せばいい。死地に行きたくない冒険者共は、獣人を死傷させないようにする。他人の命は踏み躙っても、自分の命は惜しむだろう」

「承りました。それと、くれぐれも申し上げておきますが、殿下が本陣を抜け出されたら、宿場町から噂が広まる恐れがありますので、その事はお忘れになりませんように」

 ブラッドリーは、俺がまた逃げ出すと思っているのだな。

 確かに逃げ出したいのはやまやまだが、王都のロジャー・タルボット宮中伯に急襲を仕掛ける以上、俺の居場所は明確にしておかないといけないから、逃げ出すわけにはいかない。

 ブラッドリーから朝の報告を受けてから、代官所に乗り込むまでの時間は、なかなか時間が進まないような、ジリジリとした感じだった。

 それでも、いつの間にか時間は過ぎ去るもので、普段よりも何倍も長く感じた時間も、過ぎ去れば過去の事だ。

 本陣の人間はもちろん、代官所の大半の人間が眠り込んだ頃に、俺はブラッドリーに案内されて、代官所に忍び込んだ。

 仲間が全滅し、俺が単独で魔境やダンジョンで生き延びた場合も想定して、ブラッドリーからは斥候術や盗賊術はもちろん、各種忍術も学んでいた。

 だから、驕り高ぶった代官一味の拠点に忍び込むなど、容易いことだった。

「起きろ」

「何者」

 忍者の作法通り、眠ったままの暗殺はマナー違反だから、枕を蹴飛ばして、代官を起こしてから刀を突き付ける。

「第十六王子のアーサーである。国王陛下から任じられた巡検使の役目として、アゼス地方代官ドリー・ガンボン騎士を横領の容疑で逮捕する」

「何を証拠に、そのようなことを申されるのですか。私は不正など行っておりません」

「やれやれ、王国忍軍の尋問を受ける覚悟があるとは、度胸のあることだ。余にはそのような度胸はないな」

「え。何をおしゃっておられるのですか」

「王国忍軍が調べた内容を事実無根と申すなど、王国忍軍の誇りを踏み躙る行為だ。そんな事をすれば、王国忍軍は名誉の為に、激烈な拷問をしてでも、真実を自白させようとするだろう。余には、王国忍軍が調べたことを否定して、怒りを買ったうえで拷問を受ける度胸はないと、申しているのだよ」

「殿下。どうかお慈悲を持ちまして、拷問は取りやめ下さい」

「駄目だ。我ら王国忍軍の誇りを踏み躙ったのだ。我らは誇りを取り返すためにも、貴様から自供を引き出さねばならぬ」

「殿下。これは拷問による強制的な自供でございます。真実を捻じ曲げる事でございます」

「やれやれ。貴様が魔境に残していた帳簿は、全て押収して余も確認しておる。それを事実無根と申したのだから、尋問を受けるのは仕方のないことだ」

「殿下。尋問などは、殿下が見られるようなものではございません。ここは我らに御任せ下さり、一旦本陣に御帰り下さい」

「そうだな。だが、一度だけこやつにチャンスを与えてやろうではないか」

「どう言う事でございますか」

「今から全てを自白させ、余達の調べた内容と全て一致した場合は、拷問を取りやめた上に、罪一等を減じよう。だが、何か一つでも嘘を言った場合は、貴様が腕によりをかけた拷問を馳走してやれ」

「殿下がそう申されるのなら、仕方ございません。代官。一度だけチャンスをやる。まずは貴様の黒幕と協力者を全て申せ」

 俺とブラッドリーの三文芝居に騙された代官は、ペラペラと黒幕と協力者を白状した。

 中には、こちらの押さえた帳簿には記載されていなかった、黒幕であるロジャー・タルボット宮中伯独自の協力者の名前もあった。

 だがやはり、自分は可愛いようで、自分のやった悪行や隠匿している私財に関しては嘘をついた。

 まあこうなることは、俺もブラッドリーも分かっていたので、目配せをして確認したうえで、代官に自供を止めさせ、拷問を開始することにした。

 泣き喚いて慈悲を乞う代官に対しては、今迄泣いて許しを願った獣人達をどうしたと詰問したうえで、拷問を始めるのだが、流石のブラッドリーも、俺に拷問現場を見せるわけにもいかない。

 俺も見るつもりはないので、早々に本陣に戻って眠ることにした。

 翌日早々に食事を済ませ、代官所に駆け付けた時には、代官は隔離され偽装の魔法をかけられたうえで、延々と拷問されていた。

 もちろん、俺が拷問現場を見たわけではなく、ブラッドリーからそう報告を受けたのだ。

 だが、代官不在では一味が暴発し、ロジャー・タルボット宮中伯に捜査情報が流れる危険があるので、変装したブラッドリーの配下が一味に命令を下していた。

 その命令と言うのは、獣人達を十分休養させて効率的に狩りをすると言う、ある意味最も建設的で常識的なものだった。

 だが、実力もないのに、獣人差別主義の御蔭で私兵に加われた冒険者は、獣人を痛めつけられないのが不満だったようで、命令に従わないそぶりを見せた。

 それに対して偽代官は、ベテラン冒険者に餌をちらつかせて、チンピラ冒険者を獣人の代わりに蜜狩りに使うように命じた。

 餌と言うのは、今までの賄賂が実り、代官は士爵に叙爵されることになり、働きのいい冒険者から騎士・徒士・若党を抜擢するというものだった。

 冒険者として成功し、一代では使いきれないほどの財を成したもの以外は、老後の事や子弟の事が心配なのが当たり前の事なのだ。

 中には自分で未開地を開拓して、士族位を獲得する者もいるが、普通は購入に五月蠅い審査がない、貴族や士族配下の徒士位を購入する。

 もしくは、相続権のある士族位を、大金を払って手に入れるのだ。

 それを今回は、自分で御金を払うことなく、愚かで未熟な自称冒険者を働かせるだけで手に入るのだ。

 自分の命を賭けて金を稼いできたベテラン冒険者にとって、虐待する相手が獣人であろうと同じ人間であろうと、大した違いではなかった。

 今迄は獣人達を剣で脅して死地に追い立てていたチンピラ冒険者が、今度はベテラン冒険者に剣で脅されて死地に向かう事になった。

 それをこの目で確認したことで、俺もようやく安心できたので、昼過ぎに本陣に戻って遅い食事をとることにしたのだが、途中で街道を行く旅人の会話を聞いて愕然とする事になった。

「なあ、本当にあれでよかったのかな」

「何言っているんだよ。命あっての物種だよ」

「だけど、あの獣人母子は仕方がないにしても、人間の女を見捨てるのは気が引けるよ」

「だったら、今から助けに行くのか。あのやくざ者の一家に逆らったら、殺されるのは分かっているだろ。本当は助ける気もないのに、心配する振りをして善良ぶるんじゃないよ」

「善良ぶるわけじゃないさ。本当にかわいそうだと思っているし、自分の臆病さと非力さが情けないんだよ」

「へん。本来やくざ者を取り締まるべき宿場役人も代官も、賄賂をもらって見て見ぬ振りなんだ。俺達非力で身分の低い平民が、気に病むことなんかないさ」

「そうかな」

「そうだよ」

「ちょっと聞かせてもらいたいのだが」

「「わぁ!」」

 気配を消していたから、こいつらには、何も無い所から不意に俺が現れたように感じたのだろう。

尋常でない驚き方をしている。

「余は武者修行の旅をしている騎士家の者だが、今話していた獣人母子と言うのは、五歳くらいの子供を連れた狼獣人の母子の事か」

「はい。左様でございます」

 気の弱そうな方が答えてくれた。

「人間の女の方は、斥候職の冒険者か」

「はい。左様でございますが、若殿様の御知り合いでございますか」

「ああ、そうだ。ドラゴンダンジョン都市に拠点を築くべく、先触れに行かせたのだが、どういうことなのだ」

「それが、若殿様、トラスの宿場町に巣くうヤクザ共が、奴隷にしようと取り押さえたのでございます」

 何だと。

 ブラッドリーからは何の報告もないぞ。

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