第8話責任
「殿下、重大な事態となりました」
「何事が起ったと言うのだ」
「獣人達の使者が王都に向かいました」
「直訴か」
「はい。冒険者達が混乱する隙をつき、比較的体力が回復した者が、代官一味の汚職を訴えるべく、王都に向かいました」
全て俺の決断の結果だ。
俺が獣人達に対する不当な賦役を止めさせたことで、獣人達に村から王都に移動するだけの体力を回復させてしまった。
俺が冒険者達に狩りを命じたことで、冒険者達の監視の目が緩くなったうえに、冒険者達の間に仲間割れを生じさせてしまい、獣人達が村を抜け出せる隙を作ってしまった。
もし俺が獣人優先の命令を下していなければ、任務に冷徹なブラッドリーが、獣人を村から出すようなへまはしなかっただろう。
例え獣人達を傷つけることになっても、力尽くで逃げられないようにしただろう。
だが俺が獣人達を傷つけるなと命じたことで、その方法が封じられてしまい、ロジャー・タルボット宮中伯一味に、代官達の汚職が露見した情報が伝わってしまうかもしれないのだ。
この責任は俺がとるしかない。
だがマギー達を見捨てるわけにもいかない。
「直訴に向かった獣人達を説得する」
「殿下が直々に参られるのですね」
「そうだ。だがここにいるマギー達を、見捨てる訳にもいかない」
「ならばどうなされますか」
「一旦マギー達を連れてここを逃げ出す。その上で、結界魔法を張ってマギー達を護る」
「ここのヤクザ一味はどうされるのですか」
「御前達が親分や兄貴分に変身して、手下の者共を操ってくれ」
「私達は変身魔法が使えません」
「声帯模写くらいは出来るであろう」
「それは」
「見張りのエキスパートである御前達も、適性を見るまでは、各種の初歩を学んでいるのは知っている」
「やれやれ、御頭の下で忍術を学ばれた殿下に、誤魔化しは効きませんね」
「任せたぞ」
「承りました」
心中は焦っているのだが、マギー達三人を連れているので、身体強化魔法で移動するわけにもいかず、女子供の移動速度でアゼス宿場町に向かった。
だが俺と共にトラスの町に来ていた連絡役の忍者は、身体強化をして、急いでブラッドリーに連絡に向かってくれた。
いくら身体能力に優れた獣人族でも、まだ回復しきっていない身体では、人間と同じくらいの移動速度だろう。
そうは思うが、仲間や家族を護るために、死を賭して急いだ場合は、夜を徹して移動する可能性もあるから、三日で王都まで移動する可能性もある。
ブラッドリーの配下だけでは、動かせる人数が限られるから、爺に連絡して、俺の家臣候補を動員するだろうと思うが、俺の家臣候補全てが信頼出来るとは限らない。
書類や面接で厳しく審査したはずだが、実際に命懸けの場面での行動を見なければ、本当の能力や気性は分からないものだ。
これは百戦錬磨の爺が、命懸けの実戦で培った教訓なので、俺のような若造が疑問を抱いていいモノではない。
まあ爺の事だから、家臣候補に大切な情報は与えずに、ただ俺の家臣になるための試験や訓練の一つとして働かしているとは思うが、出来るだけ頼らない方がいい。
「おにいちゃん。おもくない」
「おにいちゃんは鍛えているからね。全然重くないよ」
「若殿様。御急ぎのようでしたら、御手数を煩わせることになりますが、私達に身体強化の魔法をかけて下されば、多少は早く目的地に辿り着けると思うのですが」
「そうか、そうだな。そうさせてもらおう」
俺は馬鹿だ。
焦って正しい判断を下せていなかった。
こんな事では、魔境やダンジョンで正しい判断が下せない。
この程度の状況で、焦って判断ミスをするようでは、生死の分かれるようなピンチに陥った時に、間違った判断を下すだろう。
俺は急いで各種身体強化魔法をマギー達三人にかけ、その能力一杯に使って、アゼス宿場町に向かった。
魔法の効果は著しく、斥候として鍛え上げていたヴィヴィの姉御はもちろん、大量の飲食で体力が戻ったギネスも、獣人本来の身体能力をある程度取り戻していた。
俺単独で走った場合の、一時間弱とはいかなかったが、それでも二時間かからずに、トラス宿場町からアゼス宿場町に辿り着くことが出来た。
獣人差別が激しかった、アゼス宿場町に三人を留めることに不安はあったが、だからと言って、何の情報もない近隣の村に、安心して預けられる場所などない。
ブラッドリーの配下が代官に化けて、支配下に置いているとは言え、代官所に預けるわけにもいかない。
安全になった獣人村に預けることも考えたのだが、何か事情があってマギー達は獣人村を出たのだろうと、思い直すことにした。
「悪いが三人はここに潜んでいてくれ」
「にわにでちゃだめなの」
「ごめんね、マギー。悪い人がいるから、この部屋の中で隠れていてくれるかな」
「うん。わるいひとはこわいから、ここにかくれている」
「静かにしていたら大丈夫よ。マギー」
「そうよ、マギーちゃん。ここは本陣だから、ヤクザ者は入ってこられないわ」
「うん。でもこわいから、おにいちゃんといっしょがいい」
「御兄ちゃんには、しなければいけないことがあるから、一緒にはいれないのだよ。出来るだけ早く悪い人達を退治してくるから、それまで三人で隠れていて」
「わかった。まっている」
幼い子に泣きそうな目で見つめられると、ふつふつと保護欲が湧き出てくる。
俺自身まだ十五歳と言う若年にもかかわらず、子供を護らねばならぬと言う思いが湧き出るのだから、面白いものだ。
これが幼い頃から叩きこまれた「高貴なる者の責務」なのか、それとも俺自身の個性なのかはわからないが、何か誇るような気持ちになる。
俺は三人に別れを告げて庭から本陣を出て、宿場町も大木戸を通らず土塁の柵を乗り越えて出ると、ブラッドリー配下の忍者が近寄ってきた。
ヴィヴィの姉御が歴戦の斥候職だから、本陣近くに潜むことが出来なくなったのだろう。
「殿下。獣人達が想定以上の速さで移動しております」
「普通の旅人の二倍くらいか」
「いえ。三倍の速さで進んでいるうえに、夜も休まずに移動しそうな勢いです」
「代官所に行かずに、直接獣人に接触する方がいいな」
「はい。御頭もそのように申していました」
「では案内を頼む」
「はい。付いてきてください」
ブラッドリーが選んだ案内役だけあって、さっきトラス宿場町まで案内してくれた者と同じ速さで、急いで先導してくれた。
だがそれでも、通常に三倍の速さで先行する獣人達に追いつくのは難しい。
通常の十二倍の速さで追いかけた俺達でも、何とギリギリ追い付けた状態だった。
「待て、直訴は待つのだ」
「何者だ」
「代官の手先か」
「皆は先に行け。ここは俺が食い止める」
「静まれ。静まれ。控えおろう。ここに御座す方をどなたと心得る。恐れ多くもアリステラ王国第十六王子、アレクサンダー・ウィリアム・ヘンリー・アルバート・アリステラ殿下で御座すぞ。控えおろう」
恥ずかしい。
十六王子なんて言われても、父王陛下の好色を宣伝しているだけじゃないか。
しかも男ばかりではないし、俺が最後の子供と言うわけでもない。
今も新しい弟や妹が生まれ続けていると言う、王国の財政を傾けること間違いなしの子沢山だ。
「へ」
「なんでこんなところに王子さまがいらっしゃるんだ」
「そんなはずないよな」
「えぇぇと、だからって何なの」
「王子様と名乗られても、御顔も存じ上げないし、証拠もないよな」
「この紋章が目に入らぬか」
なんと用意のいいことに、俺を案内してくれた忍者は、王家の家紋がでかでかと刻み込まれた幅広の短剣を持っており、それを獣人達に見えるように掲げている。
恥ずかしい。
このようなものを用意しているのは、爺以外にいないが、俺が逃げ出す前からこのような場合を予期して、準備していたのだろう。
何もかも御見通しと言う事なら、俺が何をしようと無駄と言う事か。
「「「「「へっへぇぇぇ」」」」」
え。
短剣一つで信じるの。
いや、そうか。
王家の紋章を偽造などしたら、それが例え大公家であろうと、侯爵家や辺境伯家であろうと、ただでは済まない。
余程の馬鹿でなければ、御家取り潰しの決定的な証拠になるようなことはしないか。
ならばここは一気に。
「余は第十六王子のアレクサンダー・ウィリアム・ヘンリー・アルバート・アリステラである。父王陛下より巡検使の任を賜り、国内の不正を正すべく旅をしておる。アゼス代官一味と王都の役人の不正は、この目でしかと確かめた。必ず裁きを下す故、今は村に戻って静養いたせ」
「しかしながら殿下‥‥‥」
「村で静養しろと言われても、代官一味が大手を振っています」
「急に代官所の賦役が緩やかになったであろう」
「え。あれは殿下がしてくださったのですか」
「代官と幹部は既に捕らえたが、余も出先で手勢が少ない故、代官の私兵が暴発せぬように、代官に化けた配下に私兵共を操らせておるのだ」
「では、もう無理な狩りはしなくていいのですか」
「貴様達の心身が十分回復し、安全に狩りが出来るようになるまでは、冒険者を使って狩りをしろと命じてある。いまここで貴様達が元気な姿を見せてしまったら、王都の悪人達を取り締まる前に、証拠が隠蔽されてしまうのだ」
「本当に村に戻っても大丈夫なんですね」
「任せておけ」
直訴を任された獣人の代表達は、まだ半信半疑ではあったが、それでも王家の紋章と俺と忍者の迫力に圧されて、渋々村に戻る決断をしてくれた。
「ですが殿下。身体を休めて静養しろと言われますが、代官共に搾取されてろくな食べ物もないんじゃ、回復するどころか一家そろって飢え死にしてしまいます」
またやってしまった。
案内役の忍者が急に紋章なんて出すから、王子を明かすことになってしまって、焦って村の現状を把握できなかった。
いや、これは卑怯な考えだな。
獣人の村の食糧事情に関しては、もっと早くに思いつかなければいけない事だった。
だがどうする。
獣人を回復させるために、チンピラ冒険者達が命懸けで狩った獲物を、獣人達に分配しろと命じたら、絶対に暴動になるだろう。
ベテラン冒険者達の中からも、流石に疑う者が出てくるかもしれない。
王都の有力者達の不正を暴くためにも、今冒険者達を暴発させるわけにはいかない。
だが獣人達を飢えさせるようでは、独力で家を興し家臣領民を養っていくなど夢のまた夢だ。
だからと言って、王子の地位を笠に着て、他の村から食糧を臨時徴発するなど、悪代官一味と何ら変わるところがない。
しかし大口をたたいて王都を出てきたので、武具や魔晶石や魔道具以外に金目のモノは持っていないから、食料を買って与えることも出来ない。
はてさてこれはどうしたものだろう。
「殿下。食料は、弱い獲物を狩らせれば宜しゅうございます」
忍者が小声でささやいてくれたが、静養しろと言った舌の根が乾かないうちに、食糧は自分達で狩りをして確保しろとは、恥ずかしくてとても言えない。
だが忍者もいいことを言ってくれた。
俺が狩りをすればいいだけの事だ。
「心配するではない。余が直々に狩りをして、村に必要な食糧は確保する」
「え」
「いや、流石に王子殿下に狩りをしていただくなんて出来ません」
「後の祟りが怖いよ」
「殿下。いくら何でもそれはいけません」
「心配するではない。元々ドラゴンダンジョンに武者修行に行くついでに、途中の街道や村々を巡検するために巡検使の地位を賜ったのだ。いくら新しいダンジョンが生まれたからと言って、アゼスの魔境で苦戦する余ではないは」
「「「「「へっへぇぇぇ」」」」」
「殿下。それでもいけません」
「大丈夫だ。何も魔境の奥深く、ダンジョンに潜ると言っているわけではない。獣人達の食糧を確保するのに、魔境の浅い所で食材になる魔獣を狩るだけだ」
「しかし。殿下」
「どうせ余には、ブラッドリーが影供をつけるのであろう。何の心配もいらぬ」
「仕方ございませんな」
まあ普通なら、御坊っちゃん育ちの王子なんかに、獣人全員を養う食糧を狩れるものかと怒り出すところなのだろうが、気配に敏感な獣人族の中でも、直訴に選ばれるだけの実力者だけあって、俺と忍者の実力を察しているのだろう。
俺が獣人族全員を飢えさせることがないと、本能で察してくれているようだ。
さてだが問題は、代官所の冒険者達が管理支配している魔境に、どうやって狩りに入るかだが。
隠れてこそこそするのは嫌だし、そんなことをすれば効率が悪いし、今直ぐ栄養が必要な子供や老人がいた場合に間に合わなくなる。
ここは正々堂々と、正面から狩りに入ることにしよう。
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