第9話アゼス魔境
「今日から冒険者として参加するウィルだ。御代官様の縁者だから、御前達とは別々に行動し、魔境で狩りをすることになる。魔境で見かけても、絶対にちょっかい出すんじゃないぞ」
「ちぃ」
「またバカ息子のお出ましかよ」
「チンピラ冒険者を侍らせて、貴族気取りをしたいんだろうよ」
「ほおっておけばいい、また魔獣に食い殺さるのが落ちさ」
忍者には直訴組獣人の動向を監視してもらい、俺は単独で急ぎ代官所に戻った。
ブラッドリーに手早く状況を説明し、ため息をつかれながらも、何とか魔境で狩りをすることを納得してもらった。
冒険者に指示を出す代官所幹部に成りすました、ブラッドリー配下の忍者に連れられて、冒険者達に紹介されたが、どうも代官の隠し子に勘違いされているようだ。
それに以前にも同じような事があったようで、代官の子供が食い殺されているようだ。
だがそんなことはどうでもいい。
とにかく一刻でも早く、獣人村に配る食料を確保しなければならない。
代官の隠し子だと思われているのをいいことに、俺は挨拶もせずに急いで魔境に向かった。
ブラッドリー配下の忍者二人が影供についてくれているようだが、何の説明もされていないし、挨拶にも現れないので、知らない振りをすることにした。
移動中と冒険者に紹介されている間に、消耗した魔力を錬成していたので、魔力はほぼ満杯状態だ。
魔境に入る直前に、有り余るほどの魔力を使って、各種の身体強化魔法と各種の魔法攻撃強化魔法に加え、各種の防御強化魔法を自分自身にかけた。
爺とブラッドリーから徹底的に仕込まれた知識を駆使して、魔獣の潜んでいそうな場所を巡り、直ぐに猪型の大型魔獣を発見した。
本来猪型の魔獣は危険な生き物で、敵を見れば突進して牙を突き立てる攻撃をしてくる。
人間などの二本歩行の生き物に対しては、両足の間に頭を入れて牙を突き上げ、大腿動脈を切り裂く攻撃を仕掛けてくる。
牙で大腿動脈を切り裂かれてしまうと、一瞬で大量の出血を起こすので、直ぐに出血性ショックで身動き取れなくなってしまい、止血も満足に出来ずに失血死することになる。
四本足歩行の生き物に対してはもっと簡単で、喉から頸動脈にかけて牙を突き立ててくるので、その攻撃を受けると、息が出来なくて窒息死したり失血死したりする事になる。
だが俺は徹底的に鍛えられているので、風下から見つからないように近づき、圧縮した水をウォーターカッターのような速さで高速円運動をさせ、猪魔獣の血管を切り裂いて失血死させた。
魔獣を美味しく食べるためには、家畜と同じように上手に血抜きする必要がある。
上手く血抜きできなかったり、狩りに伴う戦闘や逃亡で筋肉や内臓に熱が籠ったりすると、肉も内臓も臭く不味くなるのだ。
冒険者として稼ぐためには、魔道具などの素材として売るだけではなく、食肉としても高値で売れるように、暴れなれないように不意打ちする必要があるのだ。
止めを刺して心臓を止める前に、血管を傷つけて血抜きしなければならず、その為には血管を傷つける技が必要不可欠になるのだ。
火魔法であろうと土魔法であろうと、いかに小さな傷で獲物を殺し、素材として販売するうえで傷を残さず、高値で買ってもらえるか工夫するのが狩人や冒険者の鉄則と言える。
王族の一人として、国を護るための対人戦闘や戦闘指揮を学ぶなら、そのような知識は必要ないのだが、王国や貴族家に経済負担をかけずに家を興そうと思えば、経済的な効率を学ぶ必要があった。
そんなことをつらつら思い出しながら、それでも隙を作らず、魔獣を探しては狩りを続けた。
代官一味の悪政で、獣人達が魔境やダンジョンの最深部ばかりに行かされていたせいか、魔境の浅い場所でも多くの獲物を簡単に狩ることが出来た。
食べて美味しい猪型の大型魔獣だけではなく、熊型の大型魔獣まで簡単に見つけることが出来た。
熊型魔獣の内臓は、中級魔法薬の素材として高値で買い取ってもらえるうえに、肉も結構美味しいので、普通の狩人が狙う獲物としては上物なのだ。
もちろん猪型魔獣の内臓や脂も、低級魔法薬の素材に使えるので、十分利益の出る獲物なのだが、熊型と比べると総重量と買取単価が少しだけ低いのだ。
その他にも、肉が美味しく毛皮も高値に買ってもらえるが、小型のため効率が良くない兎型の魔獣や、肉は不味いものの、毛皮がそれなりの高値で買ってもらえる狼型の魔獣も狩った。
まあ狼型や犬型の魔獣の肉も、一部の獣人族や特定の宗教を信じる人達が、精力剤になると根強く信じているため、売れないと言う事はないので、持ち運ぶ余裕がある狩人や冒険者は、無駄にすることなく持ち帰っている。
まあ強い魔獣と鉢合わせしてしまった場合に、食肉をばら撒いて魔獣の攻撃をそらして逃げる時もあり、その時は一番買取価格の安い肉を捨てていくので、犬型や狼型の魔獣の肉は、常に一番取り出しやすい場所に置いておくことになる。
俺は魔力に応じた膨大な保管量を誇る魔法袋があるので、体力の続く限り狩りをすることが出来るのだが、今回は早急に獣人村に食料を配布する必要があるので、熊型二頭・猪型六頭・兎型十五頭・狼型三十四頭を狩った時点で、一旦狩りを中断することにした。
もちろん小型とは言え、魔獣の魔石まで獣人達に無償で与える気はない。
俺の魔力総量から言えば、極僅かな備蓄しかできないが、その僅かな魔力が生死を分ける可能性もあるので、手に入れた魔石には自分の魔力を充てんし、非常用の魔力電池として魔法袋に入れておく。
「あの、このような物を頂く謂れなどないのですが」
「心配するな。何も無理矢理獲物を貸し付けて、後で法外な利息を付けて取り立てようと言うのではない」
「しかしながら、我が村では、この獲物に相当する代価を御支払いすることは出来ません」
「ここは狩人の村だから、熊型や猪型から魔法薬を作ることが出来るであろう」
「はい、それは出来ますが」
「その加工代や販売差益で支払ってくれればいい」
「いえいえ、それだけではとてもお返しし切れません」
長年代官の悪政に虐げられてきた影響か、妙に警戒する村が多く、素直に獲物を受け取ってくれない。
だからと言って真実を話すわけにもいかず、狩りを再開したいのに、時間だけが無意味に過ぎ去っていく。
「だったら元気になったら、同程度の獲物を狩って返してくれればいい」
「しかしながら」
「まあ待て村長。今は飢えている女子供に食事を与えてやることを、何よりも一番に考えるべきではないのか」
「そうですな。何があってもこれ以上悪くなることはないでしょう。ならば素直にこの獲物は受け取らせていただきます」
何とか村長と話が付いたので、同じような説得をして、獣人の集落に獲物を配って回った。
一つの村で受け取ってもらえたので、受け取ってくれた村の名前と村長の名前を言って、配った獲物の素材を使って魔法薬を作ることと、後日同程度の獲物を狩って返すと言う条件で、次々と獲物を受け取ってもらうことに成功した。
本日二度目の狩りに魔境に入ったが、最後に獲物を配った村から魔境に入ったために、魔獣の分布が一度目と違うようで、最初に遭遇したのは一メートル級の蜂の大軍だ。
こいつらが蜜を集めている蜂なのか、それともこいつらは蜜を集める蜂の天敵なのかはわからないが、俺に集団で向かってきやがった。
魔蟲は血抜きする必要がないので狩り易く、水を集めて凝縮する魔力も節約できるので、周囲の空気を圧縮したり、逆に真空化したりすることで、サクサクと蜂型魔蟲を狩っていった。
どうも攻撃してくる姿を見れば、蜜を集めるタイプの魔蟲ではなく、肉食タイプの魔蟲のようだが、このような魔境の浅い場所に獰猛で集団攻撃する魔蟲が大量繁殖していては、危険で狩りなど出来ないのではないかと思ってしまう。
まあ細かい観察は別の機会にすることにして、サクサクと二百匹ほどの蜂型魔蟲を狩り、攻撃方向から検討を付けて、蜂型魔蟲の巣を探し出し、集団即死魔法をかけて、巣の中にいる卵や幼虫などを全滅させた。
もちろん蜂蜜がある可能性もゼロではないので、巣ごと魔法袋に入れて狩りの獲物とする。
次に襲い掛かってきたのは、左右の上腕が大きな鎌になっている魔蟲だ。
どうもこのエリアは、魔蟲が生息繁殖している場所のようで、蟷螂型魔蟲の攻撃を避けるのに、周囲に他の敵がいないかを確認しているのだが、芋虫型の幼虫魔蟲がそこら中にいる。
蟷螂型魔蟲はなかなかの狩人のようで、隙を作るような攻撃はしてこず、体を揺らしてタイミングを計りながら、じわじわと近づいてくる。
攻撃してきた隙にカウンター攻撃をする心算だったのだが、襲ってこないので時間が惜しくなり、強固な外骨格を避けて関節部を狙い、首をすっぱりと切り落としてやった。
魔蟲タイプの攻略法も爺に叩き込まれているから、不意に出会っても動揺することなく対処することが出来る。
爺や近習たちに護られながら、王家専用魔境で手取り足取り戦い方を実戦訓練してきたから、これが狩りの初陣と言うわけでもない。
そうでなければ、父王陛下も俺のドラゴンダンジョン武者修行など認めてくれなかっただろう。
蟷螂型魔蟲を魔法袋に入れて、今度はそこら中の樹で葉を貪り食っている、三十センチメートルくらいの芋虫型幼虫をサクサクと狩って魔法袋に入れていく。
王家にも戦陣食の訓練を兼ねた魔蟲食の習慣があり、俺も飛蝗型の魔蟲や芋虫型も魔蟲を食べたことがあるが、甘みや旨味が豊富で結構美味しい。
個人的には上手に狩った魔獣肉や魔魚の方が好きだが、狩り方を失敗して臭くなってしまった魔獣肉や魔魚よりは、臭みが出ることのない魔蟲の方が美味しい場合もある。
特に芋虫型の幼虫を乾煎りしたり油で揚げたりする料理は、独特の甘みや旨味が強く引き出され、他の食材にはない美味しさがある。
体力の落ちた獣人達には、芋虫型の魔蟲が栄養価的にもいいだろうと思い、夢中で狩って魔法袋に入れていたのだが、周囲の警戒は怠っていなかったので、蟻型の魔蟲が集まってきているのに直ぐに気が付いた。
今集まってきている蟻型の魔蟲は、父王陛下が精力剤として毎日欠かさず食べているものだった。
こいつの腹袋の中にある一部の液体は、酸味がとても強く調味料代わりになる上に、精力剤となる亜鉛などの成分も豊富で、コース料理の取り入れやすい食材なのだ。
こいつを大量に狩れれば、獣人達の回復にとても役立つので、目につく個体を手当たり次第に狩って魔法袋に入れながら、進行方向を逆にたどって巣ごと一網打尽にした。
全ての獣人村に公平に分配できる獲物を狩ってから、二度目の分配に村を回ったのだが、そこでは呆れ返る村人と遭遇することになった。
「あの、本当におひとりで蜂や蟻を狩られたのですか」
「そうだが何かおかしいか」
「この蜂の群れはとても凶暴で、はぐれを単独で狩るならともかく、十匹以上の集団に遭遇すれば、ベテランの冒険者や狩人のパーティーでも全滅してしまいます」
「俺は魔法使いだから、防御魔法も攻撃魔法も使えるから、魔力の尽きない限り平気だぞ」
「そんな馬鹿な。ここにいる四十匹もの魔蟲を単独で狩る魔力総量など、並みの冒険者では考えられませんぞ」
「まあ、俺はまだ若くてテクニックには欠けるが、魔力総量では王国でも有数の魔法使いなのだ」
「しかし、そのような将来有望な魔法使い様が、なぜ我々獣人族に肩入れしてくださるんですか」
「俺の母親が昔冒険者をしていて、パーティーにハルクと言う熊獣人もいたから、幼い頃からハルク一家とは親戚付き合いしていたのだ。だから種族は違っても、獣人族には親愛の情があるのだよ」
「そうでございましたか」
直訴組の獣人達には、俺が王子であることは固く口止めしているから、獣人村を回るときは新人冒険者と言う事にしてある。
まあ単独で魔境に挑める魔法使いなど普通はいないのだが、先祖代々冒険者一家で、幼い頃から冒険者の技術を仕込まれた、大型新人冒険者だと自己紹介している。
少々痛い若者だと思われているだろうが、若さ故の過ちと言うものはだれしも経験があるモノで、各村の村長も多くの獲物を援助してもらっている手前、生暖かい視線で納得してくれた。
二度目の援助を全て配り終えた後で、本陣に戻ってマギー達と合流するか、もう一度狩りをして援助物資の余裕を作るか迷ったのだが、兵糧確保の重要さを爺からもブラッドリーからもたたき込まれてきたので、三度目の狩りに魔境に入ることにした。
だがその決断が、あのような結果を招くなど、思いもかけない事だった。
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