第10話地竜
二度目に獣人村で援助物資を配った際に、魔境の状況を色々と確認したのだが、どうやら最近急激な変化があったそうで、危険な魔蟲や魔獣が極端に増えたらしい。
高品質な蜜を集める魔蜂が出現したのも同時期のようで、獣人族の村長の一人が古い文献を色々調べた結果、ダンジョンが産まれたことで魔境内の魔力が急激に増加したのか、魔境内の魔力が増加したのでダンジョンが産まれたのかどちらからしい。
だが何故ダンジョンが産まれると魔境の魔力が増えるのかとか、魔境の魔力が増えるとダンジョンが産まれるのかと言う、根本的な原因は文献にも記載されていないそうだ。
今後の獣人達の生活も考えて、簡単に狩れる魔獣は見逃して、獣人でも狩れないような強敵だけを狩ることにした。
該当する魔獣を教えてもらおうと思っていたのだが、あまりに急激に魔境が変化してしまったので、詳しい状況は分からないと言われてしまった。
それでも代官に強制された魔蜂狩りの間に出会った、獣人族が対抗できないような魔獣を教えてもらい、それを中心に三度目の狩りをしようと思っていた。
だが本来は、同じ種族の魔獣であっても、その強さには大きな幅があり、銅級と言う最低のランク付けされている角兎や牙鼠であろうと、個体によってはふたつ名が付けられる銀級や金級の魔獣もいる。
まあ冒険者だって、銅級の駆け出しもいれば、白金級や白銀級の信じられないような強さの者もいるのだから、この世界のどこかに白金級や白銀級の角兎や牙鼠がいたっておかしくはないのだ。
魔獣の魔力量と、爺やブラッドリーから教わった、各地の魔境やダンジョンの魔獣情報を参考に、獣人達の脅威になりそうなモノを狩っていたのだが。
「グギャー」
凄まじい雄叫びを上げながら、巨大な地竜が突っ込んできた。
身体強化している御蔭で、余裕をもって避けられたけれど、普通の冒険者なら、下敷きになるか巨大な口で食べられていただろう。
翼がない地竜だから飛べないとは思うが、その巨体は十二メートル以上あると思う。
多くの地竜が四足歩行と聞いていたのだが、俺に襲い掛かってきた地竜は後ろ足で二足歩行していた。
前足は退化したと言うべきか進化したと言うべきか、多少は手として機能しているようだが、人間や猿ほどは上手く使えないようだ。
普通の冒険者や狩人なら、頭や心臓と言った急所に手が届かない二足歩行のこいつは、相当難敵になると思う。
例え強力な地竜であっても、四足タイプや無足タイプは、剣や槍しか使えない冒険者や狩人でも、頭部を攻撃できる可能性が高く、レベルや装備する武具によっては、互角に戦える場合もあるそうだ。
だが俺ならば、飛行魔法を使って地竜の攻撃圏外に陣取り、魔法で一方的に攻撃することが出来るから、普通では討伐不可能な二足歩行でも余裕だ。
だが大きな問題がある。
もしこいつがこの魔境のボスならば、無暗に倒してしまうと魔境が解放されてしまい、今は魔境から出られない魔獣達が、一斉に魔境外に開放されてしまうかもしれないことだ。
ボスの跡を継いで魔境を維持する魔獣がいればいいが、そうでなければ、周辺の村々が解放された魔獣に襲撃されてしまう。
ここは一旦獣人村に戻り、この魔境のボスがこの地竜なのか確認しなければならない。
急激な変化があった魔境だと言う話だから、ほぼ間違いなく分からないと言う回答だろうが、万に一つ知っている可能性もあるから、聞いておいて損すると言う事はない。
何よりこんな強力な地竜が、魔境の浅いところまでうろついていることを、少しでも早く獣人村に知らせることが大切だ。
「そんな馬鹿な」
「俄かに信じられないだろうが、俺がこの目で確かめたことだから間違いない。これは証拠として削ってきた鱗だ」
獣人達に信じてもらうために、俺は地竜を攻撃して皮膚の一部を削り、皮と鱗を採取しておいたのだ。
「これは。本当に信じられない程巨大な、地竜種の鱗ではありませんか」
「それでどうする。魔境全ての魔獣が解放されてもいいのなら、地竜を狩ってやろう。だが魔獣が解放されると困るのなら、困難であろうが、地竜のいる魔境で狩りを続ければいい」
「魔獣解放の危険なあることを、我が村だけで決めることは出来ません。本来なら、御代官様に御相談して、王国の支援を御願いしたい所なのですが、今の御代官様では、とてもとても」
「そうか。ならば俺が実家に手紙を送り、その伝手を利用して、王国に地竜の情報を流そう」
「本当でございますか。そうしていただければ、近在全ての者が助かります」
「さっき話した、代官所や冒険者に体力が回復していることを悟られないことと、地竜が非常に危険なことを理由に、魔境に入ることを禁止すると、全獣人に伝え徹底させてくれ」
「分かりました。そうさせていただきます。ありがとうございました」
「うむ。しかと伝えたぞ」
「はい。承りました」
俺は三度目の狩りで手に入れた獲物の半分を獣人村に配って、残りの獲物はいざと言う時の為に魔法袋に保存しておくことにした。
最初は三度目の獲物も全部配る心算だったが、一度目と二度目に配った獲物だけで、既に保存食の干物にしなければいけないくらい大量だったようだ。
獣人族が豊かなら、非常時の為に、村共用で高価な汎用魔法袋を購入していたのだろう。
だが代官の圧政下では、そのような余裕がなかったのだろう。
そもそも獣人族は、天性の運動能力と引き換えなのか、魔力を持っている個体が人間に比べて極端に少なく、個人の魔法袋持ちもほぼ存在しない。
極稀に生まれる魔力持ちの獣人は、元々の運動能力と魔法を駆使して、時代を代表するような冒険者や戦士になるほどだ。
獣人族の事が安心出来たら、今度は本陣に残したマギー達の事が心配になり出した。
本陣の牢屋には、馬鹿どもを閉じ込めているが、何者かが解放して治癒魔法を使ったら、マギー達を人質にしかねない。
ブラッドリーの配下が見張りをしてくれているが、トラス宿場町の時のように、王国の任務の為なら平気で見捨てる可能性もある。
急いで本陣に戻ったが、今回は何事もなく、マギー達は奥座敷でカルタ遊びをしていた。
どうやら本陣備え付けの遊び道具らしく、絵の具まで使った贅沢な作りの絵札に描かれた御姫様や若様に、マギーの眼は釘付けになっている。
「戻ったよ。何もなかったかい」
「若殿様。よくぞご無事でお戻りくださいました」
「何の問題もありませんでした」
ギネスとヴィヴィが揃って声をかけてくれる。
「ああ大丈夫だよ。まあ、魔境に住む魔獣が、俺の習った状態から一変するくらい強力になっていて、狩りの危険度が跳ね上がっていたけれど、遠距離攻撃魔法と身体強化魔法が使えるから、特に危険なこともなかったよ」
「そうですね。若殿様の身体強化魔法は、ここに来る特に掛けていただきましたが、今迄私が掛けてもらった身体強化魔法とは、比較にならないくらい強力で多彩でした。あれをパーティーメンバー全員に掛けられるのでしたら、狩りが随分楽になるでしょうね」
「そうですね。獣人族は魔法が苦手ですから、夫も仲間も魔法の加護がありませんでした。もしあの時魔法使い様がいてくれたら、夫たちも死なずに済んだのでしょうが‥‥‥」
「そうか。そうだな。だが人間族でも、魔法が使える者は、銅級魔法使いでも千人に一人くらいだったろ」
「そうですね。だからこそ、若殿様ほどの魔法使いは、とても貴重な存在ですよ。よく王国軍は、若殿様を手放しましたね」
「おい、おい、おい。俺は貧乏騎士家の八男で、家督を継げる立場ではない。王国軍の安い給料で働くよりは、冒険者になって一家を興したいと申請すれば、騎士家の貧乏生活を知っている先輩達は、無理に軍に入れようとはしないのさ」
「士族は相身互いと言うやつですか」
「そうだよ」
「なるほどですね」
「おにいちゃんおなかすいた」
「おっとごめん。直ぐに用意するね」
「これ。いけません、マギー。干肉と兵糧丸を頂いたではありませんか。申し訳ありません。若殿様」
「いや、これは俺が悪かった。せっかく本陣にいるのだから、温かい料理を食べないともったいないね」
だがそうは言っても、マギー達三人はここにいないことになっているから、本陣の女中達に四人分の料理を用意させることは出来ない。
そこで取りあえず、俺用の食事を大盛で一人前用意させたうえで、魔境で狩った肉を手早く料理する事にした。
俺が爺やブラッドリーから叩きこまれた技術の中には、野戦料理法と言うものがあった。
俺自身は、魔法袋に作り立ての料理を保存できるから不要なのだが、一般的な冒険者が、魔境やダンジョンで長期の狩りを行った場合、持ち運べる食料に制限があるので、現地調達現地調理が原則になる。
だが、魔境やダンジョンで迂闊に臭いや音を出すと、魔獣が集まってきて料理や食事どころではなくなってしまう。
そこで魔道具や調理器具を使って、臭いや音を出さずに料理をすると言う技術があるのだ。
魔道具や調理器具を買えない初心者は、長期の狩りをしないか、火を焚いて魔獣除けの薬草をくべ、その火を使って現地で狩った売り物にならない魔獣の肉を焼いて食べるのだ。
まあ火を見て集まってくる魔物もいるのだが、そのような魔境やダンジョンでは、魔道具の調理器は必要不可欠なのだ。
土の上の魔境なら、土を掘って料理魔道具と葉や魔物の皮で包んだ魔物肉を埋め、臭いや音が出ないようにして料理するのだ。
埋める地面がない魔境やダンジョン内なら、調理魔道具の上に厳重に魔物の皮で包んだ魔物肉を載せ、出来るだけ臭いと音がしないように注意深く蒸し焼きにするのだ。
今回は本陣内にある奥座敷だから、立派な中庭を掘り返すわけにもいかないし、魔道具を使わなくても、自分で魔法を駆使すればいいだけだ。
火力調整した火魔法を使い、遠火の強火で猪型魔獣のバラ肉を焼くことにした。
魔境で集めておいた各種野草と塩で下味をつけて焼くバラ肉は、野戦料理とは思えない美味しいものだ。
それだけでは少々物足らないので、猪型魔獣の肝と野草の根を塩で炒めた料理を作ることにした。
二つの料理が出来るころには、本陣の料理も出来上がったようで、ギネスとヴィヴィはしきりに恐縮したが、俺が自分で料理を取りに行った。
三人が本陣にいることを知られるわけにはいかないから、これは仕方がないことだ。
四人で食べるから、玄米飯を沢山持ってきてもらったのだが、狼獣人のマギーとギネスは基本肉食のようで、レアで焼き上げた猪型魔獣の骨付きバラ肉とレバー炒めを美味しそうに食べていた。
ヴィヴィの姉御も肉食系女子のようで、玄米飯はあまり食べず、沢山頼んだ玄米飯は残ってしまいそうだ。
実は俺も基本肉食なので、残った玄米食は女中達に握り飯にしてもらい、魔法袋に保管しておくことにする。
「若殿様。明日の魔境探査では、ボス級の魔物がどれくらいいるか確認してみてください」
「どう言う事だい」
「以前お世話になった斥候の大先輩に聞いた話なんですが、稀に魔境が分割されることがあるそうです」
「ボス級が争って、魔境の支配者が入れ替わるのではなく、話し合って魔境を分割すると言うのかい」
「話し合って分けるのかどうかは分かりませんが、一つだと思われていた魔境のボスを討伐したのに、解放されたのは魔境の一部でしかなく、後日分かったのは、その魔境には複数のボスが存在したそうです」
「なるほど。アゼス魔境は、最近急に強化されたと言う話だから、ボスの数が増えている可能性もあるな」
「それと若殿様。魔物の中には、群れで魔境を支配するものもおります」
「それは俺も学んでいる。群れで生きる魔物が魔境のボスになった場合、群れを全滅させない限り、魔境が解放されないのだな」
「はい。若殿様が遭遇されたと言う地竜が、個体で生きる種族なのか、群れを作る種族なのかが分かりません」
「そうだな。基本魔物は魔境やダンジョンから出てこないと言われているが、交尾の季節には魔境間を移動するかもしれない。特に魔境に一頭しかいない、ボス級と言われる魔物の生態は、いまだによく分かっていないからな」
食事をしながら今日の狩りの話をしたのだが、思いがけずヴィヴィの姉御から、ボスと魔境の関係の話が聞けた。
もし姉御の話通り、魔境が分割されているのなら、あの地竜を狩ることが出来る。
あのクラスの地竜を狩ることが出来たら、家を興す軍資金には十分な資金となるだろう。
事前の根回しをしておけば、解放された魔境は俺の領地に出来るから、広さにもよるが、騎士家か士爵家、いや准男爵家を興すことも不可能ではない。
周りを貴族家に囲まれていないから、他の貴族家と敵対した場合でも、塩などの戦略物資を荷止めされる心配もない。
問題はボスを倒した後の魔物の開放をどう乗り越えるかだが、全ては分割された可能性のある魔境の境界と魔物の分布しだいだ。
明日からの調査は俺の人生を左右する重大時になるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます