第40話「昼休み」
魔演祭は昼休みに入った。
ランレオの強さは前評判通り、ホルディアの強さは想定外と言ったところで、上位常連のフィラート、セラエノがどう巻き返すのかが焦点になる。
最終競技が何になるのかも見過ごせない。
参加者や各国主賓達には昼食が席まで届けられるが、一般観客は外に食べに行かねばならない。
ガヤガヤと今後の展望を予想し合いながら、潮が引くように観客達は外へと出て行く。
それを見届けた後、ヘンリー四世は深々とため息をついた。
(マリウス・トゥーバン、強すぎるだろう……)
ランレオ王にとって唯一好都合だった事は、対フィラート強硬派が木っ端微塵になった事である。
彼らの表情に生気はなく、目に力強さもなく虚ろでさえある。
今ならばフィラート講和政策を唱えても反論が出ないであろう。
問題はどう持っていくかだが、ヘンリー四世には実の娘という武器があった。
娘のバーラは将来結婚するならば、フィリップ、ヘムルート、ルーカスのいずれかがよいと真顔で公言していた。
最年少のフィリップすら十五以上離れているのだから、筋金入りの魔法狂いと言っても過言ではあるまい。
マリウスとの婚姻を持ち出せばきっと狂喜するだろう。
バーラがマリウスよりランレオの国益を優先する、という気が全くしないのが問題ではあるが……他国に取られ、攻撃目標にされるよりは数億倍もマシだと結論付けた。
今気になるのは、バーラが慎みを忘れてマリウスに接近していないかという事だ。
(その為にフィリップをつけているのだが……)
バーラにとってフィリップは初恋の相手であり、今でも父王よりも素直に言う事を聞いたりする。
娘の気性を考えれば、きっと大人しくしてはいないだろうな、と思った。
「ロヴィーサよ、今後は一言相談してくれ」
「申し訳ありませんでした、父上」
心臓麻痺を起こしても不思議ではない衝撃を受けたのだ。
自分達ですらこんな思いをしたのだから……と多少の同情を覚えながらも、ベルンハルト三世は今後の展開に思いを馳せていた。
これまで友好国を除けば、強硬よりの姿勢を見せていた国ばかりであったが、それも今日までであろう。
各国の王の顔色を見れば一目瞭然である。
腹立たしい事にホルディアのアステリア女王は比較的余裕があるようだが、マリウスが結界の修復を一瞬で行った時、表情が歪んだのを見逃さなかった。
(何にせよ、婚姻外交に転ずる国が増えるだろうな)
ベルンハルト三世はほぼ確信を得ていた。
(参ったな……頼もしいと言えば頼もしいが)
アステリアもさすがに冷静さに刃こぼれが生じていた。
大きく取り乱したりしなかったのは、自国の損害も大した事態だとは思っていないからである。
完全に冷静でいられなかったのは、「マリウスの実力が高い程、酷い事態が起こる」と自分のスキルが告げていたからだ。
(これは邪神ティンダロスの復活を阻止するのは厳しいか……?)
アステリアはずっとその為に生きてきたのだ。
それこそがあるスキルを持って生まれた自分の使命だと信じて。
「マリウス殿、凄いよな」
ボルトナー王アウグスト三世は比較的冷静だった。
フィラートとは長年の友好国だったし、魔法に対してそれほど詳しくない為、事の重大さを把握しきれていなかったりする。
「きっと婚姻外交が盛んになるでしょうね。我が国も乗り遅れぬよう、注意せねば」
腹心の言葉にアウグスト三世は頷く。
婚姻を機に関係が大きく変わった例は過去に山のようにある。
昨日までの盟友は今日の侵略者、という言葉もあるくらいだ。
ベルガンダ帝国はどちらかと言えばフィラートよりランレオとの方が仲はよかった。
「ど、どうするべきか……」
だから皇帝カリウス六世は必死に知恵を絞っていた。
フィラート、と言うよりマリウスとは絶対に仲よくなる必要がある。
しかし、彼に娘はいない。
「そ、そうだ養子だ。養女をとればいいのだ」
そんな単純な事を思いつくのに何分も必要な程、精神的に追い詰められているのだ。
ただの「ファイア」でとてつもない威力を叩き出した挙句、結界を壊した上に一瞬で修復するのだ。
ベルガンダ帝国はあっという間に征服されてしまいかねない。
距離とか移動時間だとか言っても虚しいだけの気がする相手だった。
ミスラ共和国大統領、フレデリック・モナールは、フィラートとの同盟締結への持っていき方に悩んでいた。
他国と違って王族や貴族が存在しないミスラは婚姻外交というものが行えない。
フレデリックの娘を差し出すにしても、任期が来たらそれまでである。
(何もせぬよりはマシか……しかしな)
王女や貴族令嬢と違って政略結婚など想定せずに育ててきた娘で、果たして大丈夫だろうか。
不安要素は考えたらキリがなかった。
隣接国ホルディアと仲はあまりよくなく、フィラートとはそれなりの関係であったのがせめてもの救いと言える。
戦争になれば後背からホルディアに圧力をかけると申し出る事も出来よう。
ガリウス国王、ヴェヌート二世は二人の娘のうちどちらがマリウスの気に入るか思案していて、いっそ二人ともという手もあるなと閃いた。
セラエノと隣接していて、フィラートとはこれまで縁遠かったのだが、マリウスが健在な間は多少無理してでも仲よくしておきたいところだ。
彼がいる限り、大陸の情勢は彼を中心に回るはずだから。
バルシャークの女王ジェシカは高級娼婦達を送ろうと考えていた。
娼館は大切な収入源であったが、国が消えるような事態は避けねばならない。
問題は処女が好みなのか、それとも経験豊富な女に奉仕されるのが好みなのか、という点だ。
調査する必要があるだろう。
ヴェスター王、ジョンソンはカタリナとステイシーではダメだろうか、と考えていた。
どこか名家から養女を取ってそちらの方と縁が深くなられても困るのだ。
かと言って孤児や奴隷を拾って育てるわけにもいかない。
ヴェスターはフィラートから最も離れた位置にある国だが、何の気休めにもならない。
メリンダ=ギルフォードの伝説の一つに、大陸の大半を制圧していた魔王軍をたった数日で僻地まで押し返した、というものがある。
似たような力量のマリウスが、人間相手に同じ事が出来ないとは考えられなかった。
何とかして誼を通じておきたいものだ。
セラエノ王デレクは己の判断ミスに舌打ちした。
「ヘムルートとアガシュに本気を出させるべきであったな」
それでもマリウスの前では霞んだろうが、マリウスに与える印象が違ったはずだ。
兵の強さでは未だに大陸一であっても、国力は回復しておらず、複数の国と同時に戦うのは厳しい。
だから侮られない程度の力を見せても、恐怖による対セラエノ同盟などが出来ないように腐心してきたのだ。
フィラートも今回はそうするはずだと読んでいたのだが、対同盟が出来ても全部まとめて粉砕するだけの力を見せてくるとは。
恐らく他国は色恋外交に移行するだろうし、セラエノだけやらないわけにもいかないが、正直にやっても埋没しかねない。
強力な女性魔法使いはいるものの、ランレオのバーラ王女の事は留意しておいた方がいいだろう。
本来セラエノは政略結婚の類は好まないのだが、今回は相手が相手であるのでやむをえなかった。
各国から色恋外交の標的となったマリウスは、他の参加者達によって醸し出される空気に気づかないフリをしながら肉料理に舌鼓を打っていた。
競技は単純だが色々と参考になる事もあったし、意外と楽しい。
使用されているアイテムが結構高性能な気がするが、魔王と言えども全ての便利なアイテムを破壊出来たわけではないのだろう。
問題があるとすれば六位止まりな点だろうか。
周囲の反応から察するに、当初の目的はとっくに達成ずみなのだろうが、出来れば優勝を狙いたかった。
とは言えバーラに上位に入られたらその時点で詰むのが現状である。
バトル形式になるのならば、初戦でバーラと当たる事を祈るしかなかった。
食事を終えてカカオ茶を飲んでいると、そのバーラがマリウスの側までやってきた。
「初めまして、マリウス様。ランレオ王国が王女、バーラと申します」
ドレスの裾をつまんで優雅に一礼する。
マリウスは己に好意的な視線を送ってきていた唯一例外な女の子だと気づき、丁重な礼を返す。
「唐突ですが、マリウス様は弟子をお取りにならないのでしょうか?」
マリウスがとっさの反応に困って目を瞬かせていると、フィリップが馬もかくやという超高速で駆け寄ってきた。
「ひ、姫様。不躾で無礼なのにも程がありますぞ!」
当然の指摘をバーラは意に介さなかった。
「マリウス様に話しかける機会なんて、いつあるのか分からないでしょ。友誼を交わすのは早い方がいいし。それともマリウス様の好意なんていらない?」
「め、滅相もございません!」
小声での問いにフィリップは即座に全力で否定する。
彼が心配しているのは「バーラが暴走しないか」という点であって、マリウスと仲よくするのは賛成だし、バーラとマリウスが仲よくなるのも反対ではなかったのだ。
故にとっさに再反論が出来なかった。
「では黙りなさい。……マリウス様、如何でしょうか? ご迷惑なれば自重いたしますが」
「一国の王女たる方を弟子に取るなど、私の一存では決めかねます」
ルーカスの「断ってほしい」と言いたげな表情を読み取り、きっぱりと断る。
実力を見せた以上、他国の人間には毅然とした態度で対応するべきだろうと考えたマリウスだったが、バーラの好感度を一足飛びで上げるとは思わなかった。
(やっぱ凛々しくて素敵だわ!)
腹芸が求められる一国の王女だけあっておくびにも出さずにいたが。
「ごもっともですわ。今回はあくまでも私の意思表示にすぎぬのです。こんな女がいたと、お心の片隅にでも留めていただければ光栄ですわ」
上品で魅力的な笑顔を浮かべられ、マリウスとしても悪い気はしない。
バーラはフィラートの貴族令嬢と違って本気でマリウスに好意を持っているのだと、魔法を使わずとも理解出来た。
あくまでも魔法使いとしての能力に対してだろうというのも。
しかし事はそんな簡単に終わるものだけではない。
「フィラートを長年敵視してきたランレオの王女でさえ、マリウス・トゥーバンに取り入ろうとしている」
マリウスとフィリップ以外の人間は皆こう考えたのだ。
バーラが魔法狂いで、単に一番優秀な魔法使いに興味を持っただけなど、誰にも分からない。
諸国の外交戦略に影響を与えたのは事実であるが、フィリップにしてみればこの程度は想定の範囲でまだマシだ。
「私、祖国と貴国の友好を願っていますので」
バーラはそう言って一礼をして引き下がり、フィリップは後を追った。
(よ、よかった)
フィリップは寿命が縮む思いをしたが、最悪は避けられた事に安堵していた。
マリウスの頬にキスをして求愛するくらいはやりかねないと思っていたのだから。
国内には対フィラート強硬派と講和派が存在する事、そしてバーラが講和派の筆頭である事は周知の事実であったから、今更発言しても問題はない。
「姫様、自重して下さってありがとうございます」
「え? だってマリウス様、初対面で嫁ぎたいとか子を生みたいとか申し上げても引きそうだったじゃない」
私が声かけたら驚いていたし、とつぶやく。
(単にマリウスの性格の問題だったのか。人目があったからじゃなかったのか……)
フィリップはげんなりとした。
「当面の目標はマリウス様と婚約する事だから協力してね」
きちんとランレオの国益も考えているから、と続ける。
断った時の反応が恐ろしすぎるので、フィリップは頷く。
ただ、どこも似た事を考えるだろうから容易ではないだろうと思った。
『Web版』ネクストライフ 相野仁 @AINO-JIN
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