第7話 勧誘
アルヴィンは姫の口から飛び出した意味不明な言葉に驚いたし、マリウスは突如として目の前に現れた、美しい少女に目を奪われた。
しかし、現状をすぐに思い出し、少女から発せられた言葉を反芻した。
「貴方が話しているのはファーミア語ではないか」
音楽的な響きな声で、明確に言葉が伝わってきた。
マリウスは頷きながら答える。
「はい、ファーミア語です。貴方がたが使っている言語は何でしょう?」
少女はやはりとつぶやきながら、きっぱりと答えた。
「ターリアント語です。ここはターリアント大陸ですから」
マリウスは目から鱗が落ちる思いだった。
むしろその可能性を考慮しなかった、間抜けな過去の自分を呪ってやりたいくらいだ。
何はともあれ、言葉が通じる相手がいたのは喜ばしい限りだ。
と同時に、ここが少なくともFAOに準じた世界である事が確定したが、マリウスは自分でも意外な程ショックを受けなかった。
そのつもりでいたし、やはりという気持ちがずっと勝ったのだ。
「私はたまたま学んでいましたが、他の者は話せません。どうか、ご了承願います」
「ああ、むしろ一人でも話せる人がいて助かったよ」
本心である。
身ぶり手ぶりだけでどこまで通じるか、非常に心許ない。
たとえ一人だけでも同じ言葉を交わせるのはありがたかった。
「ところで貴女は?」
「申し遅れました、フィラート王国王女、ロヴィーサと申します」
少女がスカートの裾を摘んで優雅に一礼したのを見て、マリウスはさもありなんと頷いた。
生まれてこの方見た事のないような美貌だし、着ている白いドレスや胸で輝く青い首飾りは一目で高級品だと分かった。
言葉遣いや動作も上品だし、背後に如何にも侍女と言った風体の女性が控えているし、何よりも一国の王と一緒に護衛されていたのだ。
とにかく一国の王女に挨拶され、自分も挨拶をしないわけにはいかなかった。
フードを取り、深々と一礼する。
(黒髪?)
ベルンハルト三世を始め一同はまず、マリウスの髪の色に関心を持った。
魔法使いは想像以上に若く、この大陸では珍しい黒い髪と黒い目、更に不精髭が印象に残った。
「お初にお目にかかります、マリウス・トゥーバンと申します。マリウスとお呼び下さい」
「かしこまりました、マリウス様。この度は危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました。一同を代表し、お礼を申し上げます」
ロヴィーサに合わせ、頭を下げる一同。
傍目には非常に滑稽だが、何せ言葉が通じる者が他にいないので仕方ない。
それにしても思ったより若い、というのが彼らの共通認識だった。
強大な力を持つ魔法使いと言えばつい、年寄りを思い浮かべてしまう。
もちろん、不老の秘法を心得ているだけかもしれない。
そんな事を考えられてるとは露知らず、微笑むマリウス。
「いえいえ、困った時はお互い様ですので」
頭を下げる相手につい、頭を下げ返してしまうのは転生前の名残だろうか。
そんな事を考えたマリウスを見て、ロヴィーサはくすりと笑った。
「かのような力をお持ちにも関わらず、謙へりくだった物腰、大変感服いたしました」
何やら盛大に勘違いされたようだが、好意的な雰囲気だったのでマリウスは訂正しなかった。
威張った態度を取るのは気質に反していた、というのもある。
「それでは当方の者達を紹介させて頂きたいと思います」
まず、ロヴィーサの父にしてフィラート王国国王、ベルンハルト三世。
王冠を被った壮年の男性。
金の髪に金の髭をたくわえ、威厳のある緑の目が印象的だ。
背の高さはマリウスくらいだから、元の世界で言えば百七十五センチといったところか。
続いては侍女のエマ。
栗色の短髪で、切れ長の青い目からは意志の強そうな光が伺える。
恐らく、百六十センチくらい。
それから護衛の長、アルヴィン。
くすんだ金髪に青い目を持った筋肉隆々の大男。
どう見ても百九十センチ以上ありそうだった。
後はジョシア、ハンス、レイモンド、ホーガン、エリク、ペーター、シモン、ステファン、テオドラの九名。
ロヴィーサの紹介が終わるのを見計らってベルンハルト三世が口を開いた。
「ここでは何だし、王宮へと招いてきちんと礼をしたいものだ。ロヴィーサ、マリウス殿の都合を尋ねてくれ」
ロヴィーサの訳を聞いたマリウスは考えずにはいられなかった。
(礼がしたいってのは嘘じゃないだろうけど、俺を手持ちの駒にしたいんだろうなぁ)
護衛達が苦戦していた相手をあっという間に倒したのだから、そうでないという方が不自然である。
ただ、マリウスにしたところで、この世界にはツテどころか知識もないのだから、後ろ盾となってくれる人間がいるに越した事はない。
それが王家で言葉が通じる人間がいるとなれば、最上の結果と言えるかもしれない。
(この人が善政を敷いてるか、が問題だよなぁ)
前の世界の名残と言えるかもしれないが、どうしてもそのあたりは気になってしまう。
名君なら何の問題もないし、そうでなくとも善い政治を行おうとしてるのであれば協力出来るかもしれない。
しかし、暴君や暗君の類であればとても仲良くしたくはない。
(こればかりは、実際に国内を見てみないと何とも言えないよな)
考えてもラチは明かない。
マリウスは一旦思索を中断し、答えを見守る人々に口を開いた。
「失礼。教養もなく、礼も知らぬ粗忽者がはたして、王宮で無礼を働く事なく過ごせるか、不安に思ったものですから」
ロヴィーサは怪訝な顔しながらも、通訳してくれた。
そして、父王の返答を教えてくれる。
「命の恩人にそんな事を求める程、厚顔無恥ではありませぬ。また、マリウス様の言行は、野蛮という言葉から程遠いと存じます」
ロヴィーサはここで一旦区切り、やや熱を込めて言葉を続けた。
「妾も同意見ですわ。是非お越し下さい」
ここまで言われたらマリウスとしても悪い気はしない。
ただ、ロヴィーサが意訳してる可能性があるとは言え、一国の王とは思えない腰の低い態度が引っかかった。
自分の力目当て、というのは自意識過剰ではない気もする。
力が目当てなら変な扱いはされないだろうが、油断しない方がいい。
マリウスはそう思いながら頷いた。
「そういう事であれば、謹んでお受けいたします」
ロヴィーサの訳を聞いて、王と臣下の間にほっとした空気が流れた。
マリウスは力ずくで誘えるような相手ではないが、このままにしておいていい存在でもなかったからだ。
「ところでどうやって向かうのでしょう? 馬は皆やられてしまっているようですが」
実は蘇生魔法も使えるので、馬を生き返らせる事は可能だ。
しかし、この世界での蘇生魔法の位置づけは不透明である。
だから向こうから言い出すまでは黙っていようと思ったマリウスが疑問を投げかけると、ロヴィーサの目に悪戯っぽい光が浮かんだ。
レイモンドに話しかけると、彼は得意げに笑い、右手を地面に置いた。
何やらぶつぶつ唱えると、右手が眩い光を放ち、いくつもの黒い影が現れる。
光が消えると黒い影は巨大化し、立体的になり、最後には馬型の生き物になった。
「これは召喚術サモニング……」
マリウスが漏らした声は、ロヴィーサがしっかりと聞いていた。
「ご存知でしたか。さすがですね」
感心したように微笑んだロヴィーサに対し、曖昧に頷きを返した。
正直、意外感を禁じえない。
ワイバーン戦で使っていれば大きく戦況は違っていたのではないか、とも思った。
そんなマリウスにレイモンドが自嘲気味に何事かつぶやいた。
「強い召喚獣サーヴァントを使役出来ればいいのですがね。私のは移動用や偵察用が限界なんです。だから魔術士ゴエティックとの二職ダブルをやってます」
ロヴィーサによるとそんな事を言ったらしい。
魔術士ゴエティックという馴染みのある単語が存在する事に安堵し、二職ダブルであるという事実に感心した。
「二職ダブルで移動や偵察に使えるだけ立派ですよ。俺、いや私は召喚術サモニング自体、使えませんからね」
そう言って慰めるとロヴィーサもレイモンドも意外そうに目を瞬かせた。
誤解されがちだが、召喚術サモニングと魔法は全く体系が異なる。
マリウスは召喚術を使えないし、召喚師サモナーに必須と言われるモンスターや野生の動物と意思疎通する事も出来ないし、使い魔も持っていないのである。
レイモンドのように二つの職を持っていない限り。
そういう「寄り道」をしていれば、現在のようなステータスを得るのは不可能であったろう。
魔法に疎そうなロヴィーサが知らないのは無理ないが、召喚師サモナーであるレイモンドも驚くとはマリウスも想像していなかった。
そこまで何でも出来そうな印象を持たれていたのか、とマリウスは自身の力と他人に与える印象を上方修正する事にした。
「そういうものですか。何もかも一人で出来る、というのは難しいのですね」
ロヴィーサがつぶやき、レイモンドも得心したように頷いた。
そこでベルンハルト三世が口を開く。
「レイモンドよ、すまぬが今回の件、そして客人の事を王宮に伝えたいのだが、頼めぬか?」
「はっ、早速使いを出します」
再度右手を地面に置き、呪文を唱えると鳥型の召喚獣が姿を見せた。
黒く、成人男性並みのその姿はマリウスに見覚えがあった。
「ブラックアウル……?」
「マリウス様はブラックアウルをご存知でしたか」
ポツリとつぶやいた言葉をロヴィーサが聞きつけ、更にそれを周囲に通訳した。
レイモンドは感心したように話しかけてくる。
「マリウス殿ともなればやはり、お一人で倒せるのでしょうな。私の場合、懇意にしてる騎士二人の力を借りましたが。何せ、俊敏なブラックアウルは魔法使いにとっての天敵に近い存在ですから」
訳したロヴィーヌの言葉に、マリウスは驚きを隠すので精一杯だった。
召喚師サモナーの使う召喚獣サーヴァントは倒して屈服させたものか、対話で協力を得たかのどちらかだ。
ブラックアウルを倒して契約したというのは意外ではない。
こっそり探った結果、レイモンドのレベルは六十と出た。
アルヴィンの七十八に次ぐ高さだ。
そんなレイモンドが相性の問題もあるとは言え、ブラックアウルに前衛を二人も必要としたとはにわかに信じられなかった。
(どうもレベル以外にもズレがあるみたいだな……)
それが何かまでは分からなかったが、迂闊に話さない方がいいと判断した。
ちなみに三番目に高いのが五十七のエマで、ベルンハルト三世が三十、ロヴィーサは十六だった。
王族二人はどうやら戦闘は不得手らしい。
「確かにあの速さは厄介ですね」
魔法の練習に手頃だったとは言い難い雰囲気だったので、相槌を打っておいた。
今更隠す必要はないだろうが、だからと言って今の空気を壊す事はない。
「ご謙遜を」
レイモンドはそう言って微笑むと、またぶつぶつつぶやき始めた。
召喚獣サーヴァントに伝言内容を覚えさせているのだ。
レイモンドが口を閉じると使い魔は羽ばたき、マリウスから見て右上の方へと飛んで行く。
王城がある方角だろう。
ブラックアウルはその程度の知能なら備えているし、また使い魔は育てる事も出来る。
「それではマリウス様、馬車へどうぞ」
「え? 宜しいのですか?」
マリウスはロヴィーサの申し出につい、そう反応してしまった。
王宮へと招かれているのだから、ある程度礼をもって接されるのは当然である。
しかし、車輿内という密室で王族が見知らぬ人間と向き合って座るという状況をそんなにあっさり受け入れていいものだろうか。
そんなマリウスの困惑を知らぬ素振りでロヴィーサは微笑む。
「当然です。マリウス様は大切なお客様ですから」
計略の危険を感じながらも、いざとなればどうにでもなると思い、マリウスはロヴィーサの薦めに従って馬車に乗り込んだ。
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