第6話 遭遇

 フィラート王国国王のベルンハルト三世は、娘のロヴィーサ王女と護衛を伴い、国内の巡視を行っていた。


 全てを終えて王都への帰路についた時、ワイバーンの群れの襲撃を受けた。


 護衛達が死に物狂いで防戦しているが、恐らく長くはもたない。




「ロヴィーサよ、すまぬが覚悟をする事だ」




 ベルンハルト三世は苦悩と悲哀を殺し切れぬ表情で、同乗する娘に話しかけた。


 護衛達はワイバーン一頭ならば撃退出来るであろうが、六頭もいてはどうにもならなかった。


 馬は真っ先にやられ、救援も望めない。




「妾わたくしは疾うに出来ております。されど、護衛達が不憫でなりませぬ。死ぬならば、父上と妾のみでよかったものを……」




 二十年以上も一国を統治してきた父とは違い、ロヴィーサはまだ臣下を死なせる覚悟を持てなかった。


 そんな彼女をたしなめたのは父王ではなく、王女の侍女兼護衛で、今回二人の世話役として帯同したエマだった。




「私どもは王家の方々の為に死ぬのが役目でございます。ロヴィーサ様のお優しさは至上のものでございますが、このような場合、失礼ながら我らへの侮辱へとなります」




 エマは無表情で、淡々と諫言を述べた。


 そんな侍女で友である者の様子にロヴィーサはつい、口元を綻ばせた。




「まさかこんな時にまで叱られるとはね。活かす機会があるとは思えないのに」




「お言葉ではございますが、まだお二方はお亡くなりになっておりませぬ」




 若干明るく答えたロヴィーサに間髪入れず切り返すエマ。


 今度こそ何も言えなくなった娘に代わり、ベルンハルト三世が口を開いた。




「確かに我らを生かす努力をする者がいる以上、我らが諦める訳にはいかぬな」




 嘆息交じりの発言にエマはこくりと頷いた。


 エマは戦力として他の護衛達に引けをとらないが、あくまでもロヴィーサの護衛にすぎない。


 他の護衛達と息の合った連携など到底望めず、かえって足手まといとなるであろう。


 それが歯がゆいが、表情には出さない。


 彼女が仕えている父娘の方がずっと辛い想いをしているだろうから。




「せめて彼らの忠節を見届けるとしよう」




 ベルンハルト三世の言葉に、三対の視線が窓の外へと走る。 


 護衛達は車輿内の会話を知る由もなかったが、自分達の主君らに命の覚悟をさせている事は察していた。


 だからこそ護衛達の長、アルヴィンは自身の不甲斐なさを呪っていた。


 少しずつダメージを与えているものの、戦況を動かす程ではない。


 ワイバーンは決して愚かではなく、一頭ずつ倒していきたい人間側の心理を見透かしているかのように、ぐるぐると回り、頻繁に位置を変えて的を絞らせないようにしている。


 十二人いた護衛のうち、既に二人倒された。


 彼らが生きているか、確かめる事も出来ない。


 絶望的な状況で、誰も自棄になっていなかった。


 ひとえに王族護衛の使命感によるものだ。


 マリウスが遭遇したのはそんな状況だった。








(一頭も倒せてないのか……こりゃ上級魔法を使ったら怖がられるかも)




 ワイバーンは強敵ではあるが、レベルが百二十以上の者がいれば楽に戦えるし、一頭も倒せないという事はない。


 数で勝っていながらもここまで苦戦しているという事は、全員レベルが百未満なのだろう。


 となると、五級以上の魔法は見た事がない可能性すらある。


 しかし、今以上の被害を出さずにワイバーン達を倒すには、上級魔法を使わざるをえない。


 マリウスは躊躇せず使う事を決めた。


 目の前で死なれるより、恐れられる方がマシだった。




(まず、防御結界からだな)




 一撃で全滅させるのは困難だし、万が一にも巻き込まないという自信もない。




「<世界よ歪め、我が盾となり全ての力を退けよ>【ディメンションシールド】」




 神言の指輪の力で一瞬にして呪文は完成する。


 ワイバーンと人間の間に不可視の結界が出現し、折りよく二頭が同時に吐いたブレスを跳ね返した。




「……は?」




 驚愕したのはアルヴィン達である。


 目の前の景色が一瞬揺らいだと思ったら、突如として結界が出現してワイバーンの攻撃を防いだのだ。




「何だと……?」




「え?」 




 ベルンハルト三世もロヴィーサもそしてエマも、頭がついてこない。


 ワイバーン達は、人間達が小癪な真似をしたと思ったのか、うなり声を上げながらぐるぐる空を旋回し出した。


 そこにマリウスは攻撃をしかける。




「<我、降ろすは雷の鉄槌。天を裂き、地を砕き全てを塵へ>【トニトルス】」




 一級の雷系広域殲滅魔法。


 青白い数十本の稲妻が発生し、ワイバーンの体を叩きのめす。


 そして、本番はこれからだ。


 神言の指輪の力で魔法を使いながらも、自分で詠唱すれば二つの魔法をほぼ同時に放てる。




「【トニトルス】」




 更に数十本の青白い稲妻が出現し、ワイバーン達へ襲いかかる。


 そしてその瞬間、神言の指輪の効果は再度使用可能になった。


 これこそが、バランスブレイカーの真骨頂であった。




「<我、降ろすは氷の墓標。全ては止まり全ては眠る>【コンゲラーティオ】」




 空間が凍る。


 巨大な氷の塊が上空に出現し、六頭のワイバーンを閉じ込めた。




「おお……」




 アルヴィンと魔法使いの一人、そしてベルンハルト三世が声を漏らす。


 三人は何とか事態に頭が追いついてきた。




(どうやら助勢されているらしい……それも強力な魔法使いに)




 慌てて周囲を見回すと、曲がり道の向こうに深紅のローブを着て、白い杖を持った者がいた。




(あの人か?)




 いつの間に、とか、どこから、といった単語が浮かんだが、頭上から聞こえてきた亀裂音に我に返った。


 マリウスはそれを見て、追撃の魔法の発動準備をする。


 しかし、氷が砕け散ると、そこにワイバーン達の姿はなかった。




「は?」




 マリウスは思いがけない展開に目が点になった。


 ワイバーンはボスモンスターであり、例えレベルが二百以上あろうとも、二、三発の魔法で倒せる程易しい存在ではない。


 少なくとも、ゲームではそうだった。


 だが、現実にワイバーンは氷片となって散らばっている。


 氷片が二種類の日光を浴びて煌きながら、降りそそぐ様は幻想的で、何人もの護衛やロヴィーサが、状況を忘れてため息をついた程美しかった。




(モンスターの強さも別物になってる訳か)




 ゲームと違う部分があるのは既に何度も経験した事だ。


 マリウスはすぐに気持ちを切り替え、助けた者達の方へと歩いて行く。










 氷片が降り終えると結界は消え去った。


 アルヴィンはいち早く我に返ると、魔法使い達に尋ねる。




「どんな魔法だったか、具体的に説明出来るか?」




 三人のうち、二人は呆然としたまま首を横に振ったが、残り一人、最年長のレイモンドが「恐らく」と断った上で述べた。




「最初の魔法は空間を曲げる防御結界。他の魔法も含め、いずれも一級魔法と思われます」




「い、一級!? それも全てが!?」




 アルヴィンも他の者も目を見張ったのは無理はない。


 人類最強クラスの一人と目される、フィラート王国の宮廷魔術師長さえ使える魔法は三級が最高だった。


 一級魔法を使える者など、伝説と謳われる二人の大魔法使いしかいないとまで言われている。




「文献で見ただけなので断言はしかねますが……ワイバーンどもをたったの三発で滅ぼしたのが何よりの証拠となるでしょう」




「確かにな」




 アルヴィンは大きく頷く。


 ワイバーンはそれほどまでの強敵である。  


 一頭くらいなら、今の戦力で何とか出来る自信はあったが、六頭だと絶望せざるをえない。




「人生、何が起こるか分からんものだな」




 しみじみとした口調でつぶやいたのは、いつの間にか外へ出てきていたベルンハルト三世であった。


 護衛達はギョッとして主君を見つめる。 




「へ、陛下、外にお出になっては危険ですぞ」




 焦ったアルヴィン諫言を主君は鼻を鳴らす事で応えた。




「ワイバーンの群れをあっという間に滅ぼす魔法使いが相手だ。外にいようがいまいが、何も変わるまい」




 主君の言葉に誰も反論出来ない。


 相手が圧倒的すぎて、逃げても無駄だと思えてしまう。




「何、ワイバーンの群れを倒してくれたのだ。もしかしたら味方かもしれないではないか」




 からからと笑う主人の言葉に、アルヴィン達はやや気を持ち直す。


 絶大な力への恐怖が先行し、件の魔法使いが純粋な好意で助けてくれた可能性を失念していた事にようやく気づいたのである。


 そしてそれが楽観論であるとは誰も思わなかった。




「そうあって欲しいものですな」 




 アルヴィンは笑い声をあげようとして失敗し、引きつった何とも形容しがたい表情を浮かべる。


 それこそが、皆の心理を代弁したものだった。


 マリウスはそんな彼らの事を何となく察している。 


 元より覚悟の上で助けたのだから。


 一際豪華な服を着て、王冠を被った壮年の男性が車輿から出てきたのには驚いた。




(あれってもしかして国王か?)




 マリウスが知る限り、王冠を被っている存在は他にいない。


 だとするなら、何が起こるにせよ国家レベルにまで発展しそうだ。


 距離を詰めていくと、騎士達が何気ない動作で王の盾になれる位置へと移動する。




(警戒されてるな)




 彼らは緊張感と恐怖心と使命感を持ってマリウスを見ている。


 マリウスは自身の力を自覚し、恐れられる可能性を想定していたし、騎士達の使命感の強さも感じ取っていたので、腹は立たなかった。 


 出来れば友好的な関係になりたいとは思っていたが、高望みはしていない。


 後、十歩程度の距離となったところで一旦歩くのを止める。


 護衛達の空気から剣呑なものが溢れ出したからだ。


 自分から敵対する気がない以上、相手を刺激するのは得策ではなかった。


 そんなマリウスに対し、アルヴィンが意を決して話しかける。




「○▼□※……○△■」




 しかしながら、マリウスには伝わらない。




(な、何言ってるのか分からん)




 表情や仕草から礼を言われてる事は察しがつく。


 しかし、一体どう反応すればいいのか。


 とりあえず、無視するのは一番よくないだろう。


 そう思い、マリウスは口を開く。




「困った時はお互い様ですからお気になさらず」




 はたして、マリウスの懸念は当たった。


 アルヴィン達には意味不明な言語にしか聞こえず、困惑してしまう。


 お互いの間で気まずい空気が漂い始める。




(この展開は予測してなかった……)




 FAOの世界では使用されている言語も通貨も一つだけだった。


 だから、普通に詠唱して魔法が使えた時点で、この世界の言葉を話せていると思い込んでいたのだ。


 共通言語はファーミア語だったはずだが、自分は一体何語を喋っているというのだろうか。


 まさか日本語か、などとマリウスが考えていると、再びアルヴィンは口を開く。




「どうも、異国の方のようだが、とにかく礼を言いたい」




 何とかして意思疎通を図ろうとしたが、魔法使いの返答は意味不明な言葉だった。


 敵意も感じないし、攻撃してきているという訳でもない。


 ただ、困惑している気配が伝わってくる。


 本来ならばせめてフードを取れ、と言ってやりたいところではあるが、言葉が通じないとあってはそれもかなわない。


 それにしても、一体どこの言葉なのだろうか。


 大陸内では一つの言語で統一されているから、異大陸の人間なのだろうか。


 アルヴィンが思案を巡らせていると、しなやかな肢体とかすかな芳香が前をよぎった。


 そんな存在、今は一人しかいない。




「ひ、姫様!」




 慌てふためく男どもを尻目に、ロヴィーサは堂々と魔法使いに話しかける。




「貴方が先ほどからお使いになっているのは、もしやファーミア語ではありませんか?」

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