第10話「王都」

フィラート騎士団の魔法騎士隊は王国でも屈指の精鋭部隊だと、ロヴィーサは少し誇らしげに説明してくれた。


 マリウスはロヴィーサの紹介に合わせ、一度頷いただけだった。


 マリウスの感覚としては車内で座ったままなのは相当な無礼なのだが、王の恩人で賓客なのだから当然だという事だった。


 元の世界でも「郷に入っては郷に従え」という言葉があったので、マリウスは逆らわなかった。




(それにしても、王女しかファーミア語を話せないってのも変だな)




 マリウスは騎士隊の指揮官らしき人物と、王のやり取りを聞きながらぼんやりとそんな事を考えた。


 指揮官には挨拶をされたがやはりターリアント語で、ロヴィーサが通訳してくれた。


 王が話せないというのなら、恐らくファーミア大陸やバルナム大陸と交流がないか、それともターリアント語の方が公用語で習得の必要性がないかだ。


 しかしながら、王女だけが話せるという理由は分からない。


 マリウスはようやくその事に気がついた。




(俺って結構いっぱいいっぱいだったんだなぁ)




 好かれたいと思って警戒心を引き下げたら、余計な力が抜けたのか頭の方も回転し始めたようだ。


 そしてその事に気づき、冷静さを欠いていた自分をくすりと笑いたい心境になった。


 周囲の目を忘れてはいなかったので、笑いをかみ殺したが。


 そんなマリウスの変化に、ベルンハルト三世はすぐに気づいた。


 ついでエマ、ロヴィーサも。


 三人にとってマリウスから発せられる、今にも粉砕されそうな圧迫感が消えたのは意外だった。


 騎士隊が到着した直後だっただけに、もしかして今まで敵襲を警戒していただけなのか、という疑念が三人の中で持ち上がった。


 こうしてマリウスが意図せぬところで、事態はいい方に転がり始めた。










 魔法騎士隊は元の護衛達を包囲するかのような配置をとっていた。


 いつ来るか分からない襲撃に備え、交代で「ディテクション」を使って警戒しながらの進行となっている。


 配給されているマジックポーションを輪番制で飲みながら。


 騎士隊一人が索敵出来る範囲は五十メートルがやっとだからだ。


 「ディテクション」はなかなか応用力がある魔法で、有効範囲自体は術者の実力次第で変わるものの、鍛えれば索敵方向を限定する事が出来るし、その分直線距離を伸ばす事も出来る。


 だから軍の間では三日月状程度までに縮める事が推奨されているし、騎士隊の面々は全員が可能だ。


 しかしながら、一番注意を払っているのは車内の客人だろうか。


 兵士でしかない彼らが思考に労力を割くのは褒められた事ではない。


 単に異大陸から流れ着いた魔法使いなのか、それともどこかの間者なのか。


 間者にあるまじき怪しさだとは思いつつ、疑問を抑え切る事は困難だった。


 マリウスが他国の間者である事を危惧される最大の理由はロヴィーサ王女にある。


 とある事情からファーミア語を会得した彼女は、魔法においてターリアント語の方が詠唱が長い事を発見した。


 魔法はファーミア語で唱えた方がいいと主張する彼女の言葉は、最初誰にも聞き入れられなかった。


 自国のものが他国どころか他の大陸よりも劣っているという指摘は、自国を愛する者達の反感を買っただけだった。


 一国の王女でなかったら処罰や嫌がらせの対象になる事は避けられなかったであろう。


 しかし、ロヴィーサはそれで引き下がらなかった。


 魔人デーモンや他国との争いで国力が低下している事を案じていた彼女は、遂にターリアント語で詠唱を短縮させる術を確立させた。


 頑迷な愛国者達もこれは偉業として認め、受け入れざるを得なかった。


 そして、「ロヴィーサ式呪文」と名付けられ、国内で普及した新呪文は戦力の低下に歯止めをかける。


 この時十四歳だったロヴィーサは、魔法を身近な存在として普及させたと言われる伝説の「賢者」メリンダ・ギルフォードに比肩する天才と讃えられた。


 むろん、多岐に渡る系統の魔法全ての詠唱を短縮させた訳ではないが、それも時間の問題と見られた。




「“神の娘”ロヴィーサ」




 フィラート王国の人々はそう呼び、自慢の種にした。


 そんな王女の情報は、当然他国にも伝わる。


 元々美貌の持ち主というだけでも人気があったのに、そんな才覚があると知れ渡ってからは求婚者が倍加したし、間者らしき者の暗躍も随所に見られるようになった。


 だからこそ王女の身辺には気をつけねばならないが、警備を厳重にすると財政を圧迫する事になる。


 財政が圧迫されると結果的には王女の身が危険になる。


 フィラート王国はそんな二律背反に悩まされる事になった。


 誰かが何かを成し遂げると、それ自体が新しい火種となるのが国家というものの問題なのかもしれない。


 かくしてフィラートの者達は良くも悪くも、他国の者を警戒する事に慣れてしまっているのだ。 


 それだけにワイバーンの襲撃とマリウスの出現は衝撃的だった。




















 フィラート王国の首都、王都フィラートス。


 国のほぼ中央に位置し、交通の要衝を抑えていて、東西南北四つの門がある。


 建国以後、一度も攻撃を受けた事がないという事もあり、防御能力にはさほど重きを置いていなかった。


 魔法騎士隊に警護された一行が、今、何事もなく王都フィラートスへと着いた。


 一戦を交える事を覚悟していた一行は拍子抜けすると同時に、マリウス以外の者は全員胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。


 召喚師ならば、自身の召喚獣が倒されてしまった事を知らぬはずがない。


 第二撃が来なかったのは使役出来るのが六頭で精一杯だったのか、それとも別の場所を攻撃したのか、マリウスを警戒したのか、はたまた他に狙いがあったのか。


 マリウスはどうやらややこしい陰謀に巻き込まれているらしい、と思いながらフィラートスに目を向けた。


 白い石造りの城壁の高さは約五メートルといったところだろうか。 


 城壁は無傷で門は硬く閉ざされているが、中は静まり返っていて、少なくとも襲撃で大きな被害を出した、という事はなさそうだった。  


 閉ざされた城門の前で一度立ち止まり、兵士の一人が開門を求める。


 城門はすぐに開かれ、一行は中へと入った。


 まず目に飛び込んできたのは質素な木造の家、馬車数台は通れそうな大きな石畳の道、そして兜に軽鎧、槍を持った兵士と、突撃槍、長剣、盾を持った重鎧の兵士が立ち並んでいる様子だった。


 他にもあまり数は多くないものの、杖を持って青いローブを着た魔法使いらしき者もいた。


 彼らは一瞬だけマリウス達を見たものの、すぐに城壁や上空に視線を戻した。


 自国の王の一行だと分からないはずはないのに、誰も礼を無視したかのような態度にマリウスはつい、尋ねていた。




「国王陛下が通ってるのに、あれでいいのですか?」




 ロヴィーサは当然だと言わんばかりにきっぱりと答えた。




「戦時中ですから。礼を守っていては敵襲に対応出来ません」




 本心から思っていそうなロヴィーサの態度にマリウスは、感心すると同時に市民の姿が全く見えなかった事に納得した。


 手助けをしようとこっそり「ディテクション」で索敵したが、王都全域までは調べられなかった。


 王都は半径五キロ以上の広さがあるようだ。


 王都の外まで探れなかった以上、敵影なしと言っても無意味だろう。


 心の中で舌打ちしながら流れる景色を眺める。


 ところどころ、大通りから馬車一台分程度の細い道が伸びている。


 どうやら街の造りは網の目状になっているらしい。


 気になったのは、道を挟む度に家の豪華さが上がっているように見える事だ。


 所得格差で区分けされているのかもしれない。


 ひときわ大きく、華美な屋敷が並んでいる様が映り、「もしかしてこれが貴族街か」と思っていると、正面にも大きな宮殿が見えてきた。


 赤い屋根と二メートル程度しかない壁が特徴的で、質素で長年の風雪に耐えてきた印象だった。




(派手さはないけど、伝統を感じていいなぁ)




 ロヴィーサらの人となりからして、華美な建物よりは相応しい気がする。


 馬車は王宮に入ったところで止まり、中から人が何名か出てきた。


 これまで沈黙を守ってきた王が口を開き、その言葉を聞いたロヴィーサは一度小さく頷くとマリウスの方を見た。




「マリウス様には湯浴みをしていただき、その後晩餐を妾達と共にしていただければと思いますが、それで構いませぬか?」




 マリウスは大きく頷いた。


 王族の誘いを失礼にならないように断る方法を知らなかったし、今後の身の振り方も考える必要があった。


 無知な野蛮人のような印象を与えてしまっている事には薄々気づいてはいたので、思い切って情報収集をした方がいいと判断した。


 王側の思惑が何であれ、晩餐に誘った人間を暗殺するわけがない。


 マリウスは自身の常識からそう思っていたのだが、実のところ例外がある事をこの時知る由もなかった。


 この世界の歴史を知らないマリウスの限界だった。


 マリウスは壮年の男の侍従に案内され、王宮の中を歩く。


 中は派手ではなかったが無数のランプが並び、高そうな調度品などが揃えられていた。 


 体裁を保つ為でもあるのだろう。


 王都がそれなりに広く、兵士もそれなりの数がいるようだから、そこそこの国力があるのではないかとマリウスは素人なりに睨んでいた。




「こちらでございます」




 案内された脱衣場は元の世界のホテルや旅館のように一度に数十人は入れそうな広さだったが、今は誰もいなかった。


 侍従はファーミア語を話せないので、ロヴィーサが引き続き訳をしている。



「替えの下着は用意しておきますので、お使い下さい」




 侍従とロヴィーサはそう言うと下がった。


 マリウスはここに来て、今まで下着を洗濯してなかった事を思い出した。


 湖で水浴びはしていたが、果たして臭わなかったかどうか。


 そして、王宮でもロヴィーサしかファーミア語を話せないのだろうか。

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