第33話 引き金

ホルディア女王、アステリアは自身を傀儡として国政を壟断してきた不逞貴族を粛清したと発表した。




「私はずっと気が触れたフリをして、身を守ってきた。にわかに信じがたい事だろうが、これからは民の為の政治を行っていきたい。証にと言っては何だが、税率を旧来の五割まで引き下げる。前年度の分は一部だが還元しよう。これらはホルディア国王、アステリアの名において約束する」




 美しいが狂人だと言われていた女王の涙まじりの演説は、聴衆の胸をうった。


 税の引き下げと相まってアステリアの人気は高騰した。




「女王陛下を虐げてきた貴族どもは報いを受けたんだ! 女王陛下、万歳!」




「女王陛下、万歳!」




 驚きは歓喜へと変わり、国民達は女王を讃えた。


 最初に誰が万歳を叫んだのか、確かめる者はいなかった。




「フィラートに対しては全面的に謝罪する。賠償にも応じる。皆もそのつもりでいてほしい」




 この発言に対しても皆は好意的だった。


 不逞貴族達のせいで大陸全ての国を敵に回す訳にはいかなかった。


 何も知らぬ彼らは女王の説明に不審なものを感じなかった。


 例え感じたとしても、税を安くして生活を守ってくれるのならば彼らは女王を支持するだろう。


 不逞貴族達は全員が殺されるか捕らわれ、家族や私兵を含め悪事に加担していた者達も皆が捕らえられて奴隷へと落とされた。


 その数、約十三万。




「十五万いくと思ったのだが、我も甘かったか」




 アステリアは苦笑した。


 「悪事に加担した者達」を捕らえるのに協力した者には褒美を出さねばならないし、奴隷は解放すると約束した。


 貴族達、行政に携わる者達が大量に消えた事で、多忙を極める者が続出している。


 その穴埋めに奴隷を起用すると発表があった時、皆は驚き次いで反発した。




「行政に携わる者はそれなりの地位です。奴隷ごときに任せていいはずがありませぬ」




 反対者の主張を簡単に言えばこうなる。


 アステリアとしては役人達を特権視する風潮を壊したかったので、認めるはずもなかった。




「奴隷達の方が信頼出来る部分もあるぞ」




 役人だとよほどの悪事を働かない限り罪を犯しても財産没収や免職ですむが、奴隷は小さな罪でも極刑になる場合が多い。


 だから奴隷達は真面目に職を全うしようとするし、成果次第では平民になれるとすればなおさら励むだろう。


 賄賂などを渡す者にしても、役人ならばともかく奴隷相手では馬鹿馬鹿しくて渡す気にはなれないに違いない。


 役人などを置くよりもよほど信用が出来る。


 そして何よりも絶対的に人数不足なので、読み書き計算が出来る者ならば犯罪奴隷以外は欲しい。


 アステリアの言を人々はしぶしぶ認めた。


 これまでいた威張り散らした役人より、奴隷の方がまだ人格的には信用出来るのも、絶対的に頭数が足りないのも事実だったからだ。


 この事は未来において「官僚制度」の原型となった。














 ホルディアの急変を他国は呆気に取られて眺めていた。


 平民達はまだしも、上層部は女王の公表をそのまま信じた程単純ではない。


 あまりの手際のよさに女王派こそが黒幕だったと察知した。


 しかし、フィラートに正式な謝罪をし、貴族達の首を送り届け、賠償にも応じる姿勢を見せたとあっては最早両国の問題である。


 フィラートにしても、ここまでされては話し合いに応じるしかなかった。


 国民達はすっかりアステリアに同情している有様であった。




「やられたな……」




 ベルンハルト三世は呻いた。


 どう見てもアステリアの差し金だったが、明確な証拠がない。


 暗黙の了解があるせいで証拠を得る為に大規模な諜報活動など出来ない。


 わざわざこの時期に攻めて来たのはこれが狙いか、と思った。


 今、ホルディアは小さくない混乱が起こっているはずだが、手出しは出来ない。


 魔演祭の前後一ヶ月の交戦禁止も、フィラートもアステリアの基盤固めに利用されただけであった。




「でも、これって寿命が延びただけですよね?」




 マリウスの質問にベルンハルト三世は頷いた。


 口実がなくなっても交戦禁止期間がなくなれば、別の理由で攻め込むだけである。


 国民がアステリアに同情的と言ってもそれは一時的なものであって、覆せぬ事ではない。


 印象操作で悪役に仕立てる事も出来るし、同情的なものを逆に利用する手もある。


 フィラートが攻めなくても他国が攻め込む事は大いにありえる。


 自国の者を殺すのも国家同士の暗黙の了解も平気で破る王など、放置していていい存在ではないからだ。


 各国上層部の誰もが似たような事を考えたが、皆がアステリアの狂行ぶりに幻惑され気が回らなかった事があった。


 マリウスが英雄クラスの力を見せれば、魔人が本気で動くという事を。














「なるほど。マリウス・トゥーバンはかつての怨敵達と同等の力があると言うのだな」




「はい。ルーベンス様」




 魔人のリーダー、ルーベンスの言に頷いたのはミミックの魔人ゲーリック。


 強盛を誇ったセラエノをどん底に叩き落した彼は、その能力でマリウスに関する情報を集めていた。


 そのゲーリックの報告を受けてルーベンスは考え込んだ。


 彼らの目的は魔王の復活、ひいては邪神ティンダロスの復活である。




「守るのが人間風情だったとは言え、魔法一発で砦を落としたのは紛れもなき奴らと同じ領域である証。侮っていては火傷ではすまぬでしょう」




「そうか? ゲーリック、あんた戦闘力的には下だからそう感じたんじゃないのか? 一撃で人間が守る砦を落とすなんて、俺らなら大概出来るぜ?」




 ゲーリックの主張に疑問を投げたのは上位の魔人、アルベルト。




「むしろ出来ない者のが少ないですよね。あ、ゲーリックを貶めているわけじゃないですよ。君の能力は貴重ですからね」




 丁寧にではあったがアルベルトに賛同したのはフランクリン。




「だったら誰かが戦えばいい。弱いなら消す、強くても消す。強すぎるなら魔王様達の獲物。それだけの事だし」




 淡々と自分の意見を主張したのはルバート。


 他の魔人達もルバートに賛同した。




「そうだな。いつもそうしてきた。……ザムエル、貴様に任せる。魔演祭とやらで腕試しをしてこい。やり方は任せる」




「はっ」




 一体の魔人が頷き、姿を消した。




「ルーベンスさん、何であんなの行かせるんだ? 俺が行きたかったぜ」




 アルベルトの疑問にルーベンスは温和な口調で答えた。




「逆に倒されても問題ない者を選んだ。お前達にはアウラニース様の封印地を探してもらう必要があるしな」




 ザガンとデカラビアの封印地は既に探し出してあるが、アウラニースに関してはさっぱり分からない。




「セラエノにはありませんでしたしね。ランレオあたりでしょうか?」




 探すついでにセラエノに打撃を与えたゲーリックの疑問にルーベンスが反応した。




「さて。いずれにせよ国を滅ぼさぬようにな。かつて、うっかり国を滅ぼしてザガン様に消された者がいる事を忘れるな」




「やるなら最低でも魔王様を復活させて許可を得ないとね。ザガン様以外は多分大丈夫でしょうけど……」




 魔人パルが同調し、他の者も頷いた。


 ザガンは魔人に対しても冷酷で厳格で有名だった。


 より強大で臣下の礼をとった者には寛容だというアウラニースには早めに復活してもらいたい、というのが本音であった。




「よし散れ」




 魔人達は各地へと散っていった。

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