第37話 思惑
「人の価値は平等ではない。全てを守れない以上、どれを捨てるかを決めねばならない。それが王というものだよ」
アステリアは優しく諭すような口調だったが、それがマリウスにはたまらなく不愉快だった。
単なる揺さぶりだとは気づけなかった。
「私ならば本当に守れないか、試してみるね」
せめてもの挑発だったが、アステリアは微笑んだだけだった。
「それはあなただから出来る事だ。砦一つを誰も殺さずに攻め落とす、そんな力があればこそだ。あなたこそが異端なのだ」
そんな事はない、とは言えなかった。
異世界から来た身であるし、他の人間が諦めなければならない事も選択出来るのが現状だ。
異端以外の何者でもないという自覚はある。
だが、目の前の狂人に言われる筋合いもないはずであった。
「確かにそうかもしれない。しかし、流れる血の量を減らす努力をする事を責められる謂れはないね」
「誰も責めてなんかいないさ。ただ、違いを指摘しただけだ」
口ではとても勝ち目がなさそうであった。
マリウスは自分の馬鹿さ加減が今日くらい腹立たしく思えた事はない。
「それで? 指摘してどうする? 魔王復活とどう結びつける?」
「魔王が復活すれば軍など役に立たない事は歴史が証明している。軍で勝てるならば、何故いつの時代も英雄や勇者が少数の仲間と共に魔王を倒しているのだ? 軍が倒せばいいだろう?」
そう、軍勢では魔王には勝てない。
それどころか配下の魔人にも勝てるか怪しい。
アステリアの言っている事は正論のはずなのに、感銘を受けるどころか不快感を煽られるのは何故だろう。
(きっとやってる事がえげつなくて非人道的だからだな)
誰もが尊敬するような立派な人間が血涙を流しながら「必要な犠牲」を主張したのであれば、マリウスも納得出来たかもしれない。
しかしアステリアは自国そのものさえ、捨石として計算していて平然としている人間だ。
国一つと大陸全体のどちらが大事かと言えば、もちろん後者だ。
だからといってすっぱりとは割り切れないのが人間で、そこが愚かしくも好ましいのだとマリウスは無意識で思っていた。
アステリアとは絶望的なまでにそりが合わないとマリウスは確信した。
だからこそ疑問が浮かんでくる。
(この女、一体何がしたいんだ?)
マリウスの力を理解しているし、異端性も把握している。
護衛を連れているものの口ぶりからして、「マリウス以外」に備えての事だろう。
潜在的には最大の敵であるマリウスを引き抜こうという誘いかと思いきや、本心を読ませたり議論じみた事をしてみたり、まさに意味不明だった。
狂王というのは単に一つや二つの行いに対して与えられた呼称ではないのは最早明白であった。
「リードシンク」でそのへんも読めればよかったのだが、一度に全ての情報を得ようとするとマリウスの脳に莫大な負荷がかかる。
だから知りたい事が多い場合は、小さく何度も分けて使う必要がある。
「なるほど、一度に全ての情報を読む事は出来ないのか」
アステリアが意味ありげにつぶやく。
マリウスは反応しそうになったが、つい先ほどカマをかけられた事を思い出してどうにか無反応を守り通した。
(この女、いくら何でも鋭すぎないか?)
ここまで来ると勘がいいというレベルではすまない。
「そういうあなたは情報系に分類されるスキルを持っているようだ」
マリウスは一矢報いる事に成功した。
アステリアは初めて表情を動かし、驚きを露にした。
「その通りだよ。まあ、あなたになら知られてもいいが、他言無用に願いたいな。魔人ゲーリックの事があるからね」
魔人ゲーリック。
聞き覚えのある名前にマリウスは怪訝な表情を作った。
セラエノに大きな打撃を与えた魔人の名前であったはずだが、どうしてこの場に出てくるのか。
「どうやら何も知らないらしいな。魔人ゲーリックは他の存在になりかわる能力を持つ魔人だ。その力は親兄弟、恋人すら識別出来ない程に巧みだという」
そんなやばい奴がいるとは初耳であった。
マリウスもさすがに平常心ではいられない。
「だからあなたはこれまで情報を隠していたのか? 魔人ゲーリックがどこに潜んでいるか分からないから?」
マリウスの問いにアステリアは頷く。
「セラエノも当時は魔王討滅に熱心だったという。それで狙われたのだ。私は二の轍を踏みたくはないのでね」
マリウスは納得してしまった。
いや、マリウスだからこそ納得出来たというべきだろうか。
元の世界のゲームで変身能力を持ち、プレイヤーの能力やスキルまでコピーするモンスターというのはありふれている。
FAOでもミミックというモンスターが存在した。
そういった能力を持つ敵が存在している、と知っていれば万事において慎重になるのは無理なかった。
もっともだから狂人のフリをしている、というわけではないようだが。
「で? 今明かしたって事は、周囲にいないか確かめれていけばいいのか?」
そういう事ならば協力せざるをえないと思っていると、
「半分正解かな」
「半分?」
想定外の答えが返ってきた。
「ああ。まず、このミレーユが本物か確認してほしい」
さすがにどう反応していいか分からず、アステリアとミレーユの顔に視線を交互に走らせる。
ミレーユも硬直しているところを見ると不意打ちだったらしい。
「私とあなたが会うとなれば、てっきり魔人の横槍が入ると思ったのだけどね。それがないところを見ると、このミレーユが偽者なのかと考えたのさ」
「……あんた妨害されるの前提でこの密会計画したのか」
「私の真意が魔人達にバレている、という仮定に仮定を重ねた、陳腐な可能性ではあるけどね」
「ミレーユさんしか連れてこなかったのもわざとか」
「当然」
アステリアはマリウスの驚愕を嘲笑しているが、マリウスはもう腹は立たなくなっていた。
腹立たしい相手にいつまでも腹を立てていては負けた気分になるのだ。
「……ミレーユさんは本物だ。人間の記憶しかない」
膨大な情報量であってもパソコンでキーワード検索するような感覚で、必要な情報のみを調べる事は可能だった。
「リードシンク」ではごまかされても、本人さえ忘れている過去の記憶すら探り出す「サイコメトリー」の前では無力である。
魔人やモンスターの記憶を探っても該当するものがなかった以上、目の前にいるミレーユは人間でしかありえない。
「なるほど、それではミレーユが本物なのは確定か。すまなかったな、ミレーユよ」
アステリアは愉快そうに笑った直後、真顔になって謝罪する。
ミレーユは首を横に振り「事情が事情ですから」と微笑んだ。
そのミレーユにアステリアは「転移石」を渡した。
魔人に攻撃される可能性くらい、百も承知だったというわけだ。
何やら麗しい主従愛のようだったが、マリウスがいくら単純でもごまかされなかった。
「ミレーユさんが偽者だったらどうする気だったんだ? ただ殺されるだけか?」
「私が死んでミレーユが消えれば、セラエノが魔人ゲーリックを連想する。そしてあなたが動き出す。なれば犬死ではないし、人類に損害はない」
一国の王が暗殺されたら国内で混乱が起きるし、少なからず損害も発生するはずだ。
損害がないと言うのならば、それはあくまでも対魔王に限っての事だ。
そこまで考えてマリウスはハッとさせられた。
アステリアが自分の死すら人類全体で考えていると悟ったからだ。
ホルディアにとっては迷惑千万だろうが。
と、ここまで考えてマリウスは自身がアステリアに毒されかけている事に気づいて舌打ちした。
「魔人ゲーリックがいるかどうか、明日から調べなくてはな。やむをえないとは言え……」
アステリアの頼みを聞くハメになるとは、と心の中でぼやく。
「何を言っているのだ? 利用する人間に選択の余地を与えないのは常識ではないか」
悪びれずに言い放つアステリアをマリウスは殴りたくなった。
これはマリウスにとっては非常に珍しい事だった。
「しかしあなたにとって悪い話ではあるまい。魔法を使う大義名分を得たのだから」
「……どういう意味だ?」
アステリアの言動が意味不明な事は今に始まった事ではないし、奸計の可能性も脳によぎったが、それでも尋ねずにはいられなかった。
「諜報部の報告によると、どうもあなたは常識内に留まろうと周囲の顔色をうかがう、窮屈な暮らしを自らに強いているそうではないか」
諜報部仕事しろ、とマリウスはフレッグやその部下達を呪った。
「魔人や魔王は人類にとって倒すべき害悪だ。掃討の為に魔法を使うならば、周囲に憚る事はない。魔王を滅ぼせばあなたは英雄だ」
人間を誑かす悪魔ってこんな表情でこんな口調なのかな、とマリウスは思った。
「メリンダ・ギルフォードすら、当初は胡散臭い人間だとしか思われていなかったとの事だ。評価が変わったのは魔王アレクサーを滅ぼし、アウラニースを封じてからだ」
これまた初耳で「一体どこから仕入れてきたのか」と思ったくらいだ。
そうまでして自分を利用しようとしているのか、と我慢の限界が近かった。
己をいいように操れると勘違いさせて足元をすくう、というのは戦術の一つではあったが、マリウスに自分がそんな芸当が出来ると自惚れていなかった。
一時的にせよアステリアに操り人形だと思われるのも癪な話だ。
「私が魔王を滅ぼすとしても自分の意思でだ。あんたは私を利用出来ていると勝手に思っていればいいさ」
マリウスにしてみれば我が道を行く、と宣告をしたつもりだった。
「そうさせてもらうよ」
アステリアが微笑むと背を向けて出て行く。
実のところマリウスにとってアステリアの提案は魅力的ではある。
魔王を滅ぼし、皆に好感を持たれるのであれば頑張ろうという気にもなる。
問題はアステリアが本気で言っていても、実際にその通りになるかは別だという事と、魔王に勝てるかと言う事だ。
アウラニースはカンストプレイヤーが大群でかかってギリギリで倒せた、超強力ボスとでも言うべき存在だった。
ワイバーンが弱かった事、自分がバランスブレーカーになった事を考えれば倒せない相手ではないとは思う。
(まあ復活するのを待つ必要なんてないけどな)
封印中に滅ぼしてしまえるのならば、その方がいいとマリウスは思う。
いわゆる「お約束」を守る気は全くない。
アステリアが持つスキルについて結局はぐらかされてしまったとマリウスが気づいたのは、割り当てられた部屋に戻ってからだった。
「アステリア様、上手くいくでしょうか?」
アステリアのスキルを知っているミレーユも不安は拭えない。
「ああ。頭に血が上った時にあんな事を言うのだから、彼はやはりお人よしだよ。お人よしを装っているだけという可能性は少ない」
まだ釈然としない様子のミレーユに、マリウスがお人よしでなかったらどうなっていたか教えてやった。
「私とお前を殺し、魔人のせいにした。誰も否定できないだろうよ」
ミレーユは思わず足を止めてアステリアを見た。
「そんな危険な事をなさっていたんですか?」
「仕方あるまい。昔から言うではないか、ドラゴンを倒すにはドラゴンと向き合えと」
大きな利益を欲するのならば相応の危険を冒せ、という意味である。
「危険に見合った利益はあった。マリウスの人柄は分かったし、魔人の脅威を認識させられた。そしてお前が本物だとも分かった」
一つの石を投げて三羽の鳥を落としたも同然、とアステリアは笑う。
「それにしても魔人達は何を考えているのでしょう? 陛下がお作りになった隙を誘いだと見破ったのでしょうか?」
呼称が陛下に戻ったな、とアステリアは思ったが口には出さなかった。
「これまでのパターンから察するに、奴らは隙がわざと作られたものでも乗ってくるさ。それをしないのは単に私自身には興味がないという事なのだろうな」
自意識過剰だったか、とアステリアは笑った。
しかしミレーユは笑えない。
魔人の標的になったらセラエノのようにボロボロにされるからだ。
マリウスには言わなかったが、魔人は魔王の封印地を探すというのが主な目的であり、魔王や自分達に不穏な事を考える輩を叩きのめすのはついでだ。
それは並みの人間は魔人の脅威にすらなりえないからで、マリウス級の実力者ともなれば話は違ってくるはずだ。
「誰が来るかで攻め方も違ってくる。と言っても、私が知っているのはルーベンスとゲーリックくらいなものだが……」
その両者にしてもほとんど情報レベルである。
ルーベンスは古参の上級魔人として、ゲーリックは強盛を誇ったセラエノに大打撃を与えた魔人として、情報網に引っかかったのだ。
──いよいよ、魔演祭が始まる。
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