第14話「練兵場」

 二人が王宮まで戻ると直ちに練兵場へと案内された。


 マリウスの力を皆に披露する機会が設けられているという。


 驚きはしたものの、マリウスも自身の立場を確立させる為に二つ返事で承諾した。   


 あっと言う間に国賓魔術師なる地位を与えられた男は、王が拙速に事を運んだ理由が何か色々と想像したが、結論は出なかった。


 他国の耳目を自分へと集めさせたいのか、それとも単に戦力を強化したかったのか、どちらかではないか、と考え付くのがせいぜいだった。


 その両方が正解、と気づくのはもう少し先の話である。


 練兵場は元の世界でのサッカーグラウンド並みの広さで、観客席らしきものが地面より数メートル高い位置に備わっていて、フェンスが仕切っている。


 観客席には安全の為、防御結界が多重に張ってあるとか。


 今その中央に国王夫婦、王子と王女、宰相ファルク、宮廷魔術師長ルーカス、騎士団長ヤーダベルス、近衛騎士総長ユーゼフ、魔法兵団長ニルソンらが兵士達と共に待ち受けていた。




「マリウス殿の力、是非この身に味わいたい」




 そう申し出たルーカスとニルソンの二人が対戦相手で、魔法戦に巻き込まれた場合を考慮してヤーダベルスが審判となった。


 二人と対峙したマリウスは、王宮へと戻る道すがらヘルカから聞かされたロヴィーサ自慢を思い出していた。


 幼い頃から優しくて国思い、民思いで、そして非常に聡明で新呪文によって国力の低下を防いだ英才だと。 




(呪文形式って大陸で違うのか……と言うか呪文って一度二度で覚えられるもんじゃないのか)




 このへんはゲームではなかった設定だ。


 心に留めておいた方がいいかもしれないとマリウスは思ったのだった。


 そして、今から戦う二人は当然会得しているはずだ。




「それではただいまより模擬戦をとり行う」




 ヤーダベルスが右手を挙げて宣言すると、ルーカスとニルソンが杖を構え、そこから十メートル離れて立つマリウスもワンテンポ遅れてそれに合わせる。




「殺さないように気をつけて。始め!」




 ヤーダベルスの右手が振り下ろされると、ルーカスとニルソンは同時に詠唱を始めた。




「火よ焼け【ファイア】」




 ニルソンが火の玉を放ってくる。




(速い!)




 マリウスは驚きを隠せなかった。


 言葉は理解出来なくても感覚で何となく分かったが、ニルソンは恐らく詠唱省略をしていない。


 されどその詠唱はマリウスが知るものよりもワンテンポは速かった。


 とっさに無詠唱で「マジックシールド」を張り、攻撃を打ち消す。


 そしてそこに間髪入れずルーカスの追撃が来た。 




「──滅ぼせ【クレムゾン・ブレイズ】」




 マリウスの身長並みの赤い炎の壁が発生し、押し包んでくる。


 簡易に張った「マジックシールド」は既に消えてしまっていた。


 わざと受ける気がない以上防ぐしかないが、どの魔法が適切か判断しかねて反射的に「ディスペル」を使った。


 マリウスの体が黒い霧に包まれ、今にも触れそうだった赤い炎はかき消された。


 見物人達からは大きなどよめきが起こる。




「無詠唱だと……?」




「無詠唱で防げるものなのか!」




「そもそも何で防いだのだ?」




 一同の疑問が出尽くすとレイモンドに視線が集中した。




「恐らく一度目はマジックシールド、二度目はディスペルでしょう」




 先ほどよりも更に大きなどよめきが起こる。




「ディスペル!」




 魔法に疎い者でも一度はその名を聞いた事があるという、二級の防御魔法だ。


 それを無詠唱で発動させてるとはやはり別次元の強さなのだ。


 畏怖がこもった視線がマリウスへと向けられる。


 三者はこの間、戦いを中断していた。


 これはあくまでも模擬戦であり、マリウスの力を知る為の者だからだ。


 マリウスは事前の説明を聞いて、基本的に防御に専念しようと決めていた。


 もっとも、いきなり無詠唱での対処を迫られるとは想定していなかった。


 「ロヴィーサ式」の威力をまざまざと見せられた形である。


 言うまでもなく呪文こそが魔法使いの生命線だ。


 無詠唱でも魔法は使えるものの、魔力の消費が大きくなる。


 実戦でとなると魔力の節約も兼ね、出来るだけ詠唱をした方がいいのである。




(魔法使い全員がこの詠唱速度なら、軍事力向上に繋がっても確かにおかしくないや)




 周囲のどよめきから、恐らく無詠唱を使った事に対して驚いているのだろうな、と想像した。


 ルーカスとニルソンの二人の力量はまだよく分からないが、油断しているといい攻撃を貰いかねないと気を引き締めた。


 ルーカスとニルソンも普通に詠唱していてはマリウスの守りを突破出来ないと判断した。


 いくらマリウスの力を知る為の戦いであると言っても、むざむざとやられるような真似は彼らの矜持が許さなかった。


 勝てないにせよ、出来る限りマリウスの力の底を引き出したいのだ。


 二人はチラリと視線を交わし、攻撃態勢に移った。




(お、何か仕掛けてくるか?)




 上から目線の考え方だな、と反省しつつもマリウスは注意深く二人を見る。




「【クレムゾン・ブレイズ】」




「【サンダー・レイン】」




 赤い炎の壁と雷の束がマリウスの数メートル手前に着弾し収束する。




『【プラズマ・ブラスト】』




 二人の宣言と共に紫電の奔流と変わり、マリウスに襲いかかる。




(合成魔法!)




 またしてもマリウスは驚かされた。


 合成魔法とは異なる魔法を融合させ、飛躍的に威力を跳ね上げ、効果をも重複させる、超高等技術だ。


 両者の意思と魔力を同調させなければ使えないのだが、アイコンタクトのみで実現させたのがルーカスとニルソンの凄さだ。


 おまけに一度につき単一の魔法しか無効化出来ない、という「ディスペル」の弱点も突いている。


 最強の防御魔法「ディメンションシールド」を使えば、魔力差もあって防ぎ切れるだろう。


 しかし、それは何となく潔しとしない行為に思えた。




(力を知りたがっているのだから見せよう)




 刹那のうちにそこまで考えたマリウスは、詠唱省略で応じた。




「【プラズマ・ブラスト】」




 マリウスが撃ち出した紫電の奔流は、もう一つの紫電を打ち消し、威力を半減させながらも二人を襲う。


 しかし、二人はその場にはいなかった。




(無詠唱でワープしたか)




 と思った瞬間背後から魔力を感じ、マリウスは脊髄反射で魔法を使っていた。




「【サンダー・レイン】」




「【リフレクション】」




 マリウスの背後に移動したニルソンは無詠唱で「サンダー・レイン」を撃ち込んだのだが、直後に発生した光の膜により雷の束は跳ね返されニルソンに命中した。




「ぐっ……」




 渾身の一撃のつもりで放った魔法を至近距離で反射されたニルソンは、反応する事も出来ずまともに浴びた。


 小さくうめくと二歩後ずさった後、倒れこんでしまう。


 一際大きなどよめきが沸き起こったが、マリウスにしてみればそれどころではない。


 ルーカスはと言うと、数十メートルは離れたマリウスの右斜め前にいて詠唱を終えようとしていた。




「──圧し潰せ【メイルシュトロム】」




 水系三級魔法。


 大きな渦巻きを発生させて敵を圧し流し粉砕する、広範囲殲滅魔法の一つだ。


 その特性故に多数の相手でも威力は落ちないし、「マジックバリア」も「ディスペル」も大して役に立たない。


 つまり二ルソンの方はあくまでも囮にすぎなかったという訳か。


 自身の身長の倍以上の水の濁流を見ながら、マリウスは遅まきながらその事に気づいた。


 「ディメンションシールド」で充分防げる魔法ではあるが、そうすると更に追撃が来るだけだろう。


 防御に専念すると決めていた癖に、ここまでいいように攻撃され後手に回ってる感覚を味わされると、反撃したくなってきた。




「【ファイアストーム】」




 青白い巨大な火柱が立ち上り、水の濁流を一瞬で蒸発させる。




「嘘だろ……」




 またもや見物者達はどよめく。


 「ファイアストーム」では本来「メイルシュトロム」を相殺出来るはずがない。


 魔法によって生まれたものは自然のものとは違い、基本的に相性というものは存在しない。


 あくまでも威力が大きい方が勝つ。


 だから下位の小範囲魔法にすぎない「ファイアストーム」が、上位の広範囲魔法の「メイルシュトロム」と打ち消しあうのは異常だ。


 しかし、現実として「メイルシュトロム」は打ち消され、水蒸気すら発生しないありさまだった。


 つまり異常な程に術者の力量が違うという事だ。


 ワイバーンの群れを一蹴したという力の片鱗がはっきりと見て取れ、最早誰も声を発そうとはしなかった。


 ルーカスも全く同じ気分だったが、それでも試合を投げ出そうとはしなかった。


 大陸最強クラスの一人と評される自身が死力を尽くしても足元にも及ばない人間など、つい先日までルーカスは想像すらしなかったのだ。


 かなう事ならばもっと力を見たいとさえ思えた。


 しかしながら彼の魔力は限界に近い。 


 次で最後の一撃だと思い、詠唱を始める。


 そんなルーカスの雰囲気を感じ取ったマリウスも、集中した状態で迎え撃つ。




「土よ貫け【アースジャベリン】」




 地面から土が盛り上がり、四本の槍を形成してマリウスに向かって飛来する。


 これが最後の攻撃なのか、マリウスには判断がつかない。


 だからこれで勝負を決めるつもりでしかける。




「火よ敵を焼け【ファイア】」 




 マリウスが放った青白い火の玉は四本の土の槍を貫き、そして消滅させそのままルーカスを襲う。


 ルーカスは脱力していて身動き一つしない。


 そのルーカスの目と鼻の先で火の玉はピタリと止まり、そして消えた。




「勝負あり、勝者マリウス!」




 ヤーダベルスが右手を挙げて宣言すると、今までで一番大きな声に包まれた。


 勝敗は決まったと察したマリウスは小さく安堵のため息をついた。


 森での訓練の成果がはっきりと出た結果になった。


 きちんと加減が出来るようになるまで練習していなかったら、目の前で止められずにルーカスを怪我させていただろう。


 それにしてもルーカスとニルソンは意外な程に手強かった。


 レベルで言えばルーカスが九十四、ニルソンで八十五にすぎないのだが、巧みな攻撃の連続で、最後まで受けに徹していたらいずれ被弾していたかもしれない。


 純粋な力では圧倒していても、経験による駆け引きでは後手に回っていた。




(所詮俺はスペックが高いだけの若造なんだな)




 己の未熟な部分を改めて自覚し、まだまだ伸びる余地がある事が嬉しくさえ思えた。


 周囲からわきあがる歓声は自分への賞賛と期待値の大きさだと捉え、それに応えようと決意を固めた。


 知らぬが仏とはよく言ったもので、マリウスは言葉を理解しないが故に見物者達が押し隠した恐怖の成分を感じる事が出来なかった。


 自分の力を知った上で受け入れられた、という思いが正確な判断を阻んだのだ。


 見物者達が交わした意見に、純粋な賞賛は実のところほとんどなかったのである。




「結局、一級魔法は使わなかったか」




「それでいてあのルーカス殿とニルソン殿を完全に封殺するとは、はっきり申して強すぎますな」




 ワイバーンを蹴散らしたという情報だけでは感じなかった畏怖をはっきりと感じている、というのが見物者達の正直なところだ。


 マリウスが少しも本気を出さなかった事は見ていた全員に伝わっていた。




「無詠唱を連発しながら平然としているところが空恐ろしいと感じましたぞ」




「いや、無詠唱の下位魔法で上位魔法を打ち消す事こそが真に恐ろしいところですよ」




「た、確かに……人間業かと疑いたくなりましたな」




 かつて三つの大陸を攻め落としたと言う魔王ザガンを封じた、伝説の大魔法使いクラウス・アドラー。


 そして五つの大陸を滅ぼし世界を滅亡寸前まで追いやったと言う魔王アウラニースを封じたメリンダ・ギルフォード。


 世界を救った英雄と謳われる者達に匹敵するような力が自分達に向けられたら、と想像し恐怖すら覚える者達までいる。


 そういった考えを持つのが政治の世界で生きる輩の常だった。




「彼が味方でよかったです」




「早急に国賓魔術師としたのは陛下のご英断でしたな」




 そんな悪い雰囲気を変えようと試みたのは宰相ファルクと近衛騎士総長のユーゼフだった。


 もちろん満足な結果でなければ拙速で愚劣な判断、と謗る声が相次いだに違いない。


 マリウスの戦い様は王の声価を救ったのである。


 そして宰相達の機転で、雰囲気は多少なりとも好転した。


 マリウスは自軍の戦力だと忘れかけていたのだ。


 過度な力には恐怖しか感じない者も多かった。


 そんな周囲の有様を見ていたロヴィーサは、後でマリウスに忠告をしておこうと思った。


 どうもマリウスは自分の力が他人にはどういう風に映るかという点が無頓着なように見えるからだ。


 少なくとも、そう取られても仕方ない事をやっている。


 自分も助けてもらった癖にという思いもなくはなかったが、だからこそ恩人が無意味に恐れられて孤立するような展開は見たくないと考え直した。


 この国の首脳陣達は彼女から見ても眉をしかめたくなる滑稽さを持っている。


 新呪文を開発した時には苦労させられたものだ。


 ファーミア語での呪文が優れているのは火を見るよりも明らかな事を証明したのに、ターリアント語でしか認めようとしなかった輩の何と多かった事か。




「ファーミア語は野蛮な侵略者であるファーミア帝国の言語。ターリアントの者が使えば品性が穢れましょう」




 くだらない理論も地位と権勢を持つ者達が揃って口にすれば、正論のように聞こえるのだ。


 魔人の被害を受け、国力と戦力の回復が急務だった時期にくだらない事にこだわっていて、国王さえ封じ込めたのだ。


 恐らく提案者が王女でなかったら、何らかの罪に問われていただろう。


 結局、ファーミア語より優れたターリアント語による通称「ロヴィーサ式」の開発に成功したらよかったが、そうなった途端奴らは掌を返したのだ。


 少なくともロヴィーサにとってはそうでしかなかった。


 奴らがマリウスに害を与えるのは実力的に不可能であろうが、心にナイフを突き立てるのはさほど難しくないように思える。


 自分が気を付けようと思ったし、エマやヘルカにも頼もうと考えた。

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