第5話 人を探そう

 転生して十日が過ぎた。


 環境に適応してきたのか、体はもう痛くない。


 ただ、さすがに肉と木の実だけの食事には飽きてきた。


 そろそろ、他のものも口にしたいところではある。




(ヘビって確か食べられるんだよな……)




 そんな考えもちらりとよぎる。


 元の世界では、軍の特殊部隊あたりがジャングルでヘビを食べて生き延びた、という発言をしていた記憶がある。




(さすがに糞とかは無理だけど、ヘビくらいなら……)




 本気で検討したくなる程、辛くなってきていた。


 湖はともかく森はマリウスの予想を超えて広大で、未だに人の通り道らしきものさえ発見出来ないでいる。


 そのくせ、手に入る食べ物の種類は限られていた。


 まだ、他の人間と遭遇した事はない。


 ゴブリン達に誘引役を期待したものの、人里から離れすぎていて不発に終わる、という可能性も考慮しなくてはならなくなった。


 どうも、森は十平方キロメートルくらいはあるのではないか、と想像している。


 あくまでも体感だから正確さに関しては自信がなかった。


 何しろ、一日が二十四時間かすら分からない。


 距離を計測する魔法もない。


 食べ物を保存したり、重さを変えたりする魔法もない。


 ゲーム世界では万能感に溢れていたマリウスも、この世界では出来ない事が多々あるのだ。




(今日は本腰を入れて道探しをしよう)




 良くも悪くも切り替えるが早いマリウスは、既に次の考えに移っていた。


 これまでは食料の確保や、魔法の訓練に時間を費やしてきた。


 その分を全て探索に回せばかなりいけるだろう。


 マリウスは決意を新たに、歩き出した。












「【ウィンド】」




 襲ってきたレイクスネークを風系魔法で返り討ちにする。


 頭部を真っ二つに割られたレイクスネークは、赤い血を噴きながら崩れ落ちた。


 他には一本の木に少々の切れ目が入っただけというのが、マリウスの魔法制御力が大きく向上した事を示している。


 レイクスネークの死体に近づくと、短剣を使って緑色の鱗を数枚剥ぎ取った。


 力加減を誤ると切り裂いてしまい、血を浴びる事になる。


 レイクスネークの血は毒効果があり、死んでもしばらくは効果は消えないのだ。


 一度痛い目にあったので、マリウスは慎重に事を運んだ。


 現在所持しているのは干し肉、ブラックアウルの羽根、レイクスネークの鱗、アーマーディアーの角と皮だ。


 目や嘴を抉り取る気にはなれないし、血や体液は容れ物がない。


 鱗を葉に包んで草の茎で縛り、袋に入れる。


 肉と触れない為の処置だが、恐らくは気休めにすぎない。




(まあ、何とかなるだろ)




 いつも通り、深く考えるのを止めた。


 剥ぎ取りを終えると、死体をそのまま残して歩き始める。


 目指すのは太陽と月が昇ってくる方角だ。


 いざとなれば「テレポート」で戻れる分、未知の場所へ進む事には抵抗がない。


 むしろ気をつけなければならないのは同じ場所を何度も通過しないか、という事だ。


 レイクスネークの鱗を落としたり、地面を掘ったりして目印代わりにしてはいた。


 ゴブリンもブラックアウルもそしてアーマーディアーとレイクスネークも、レイクスネークの死体は放置する傾向があると気づいたからだ。


 鑑定した限りでは特殊効果は分からなかった。


 モンスター達の中で最もレベルが高いからなのかもしれない。


 いずれにせよ、レイクスネークの死体が目印として使うのには有効で、それは鱗でも同じだからこそ、マリウスは安心して地面に置いていく。




「【ディテクション】」




 定期的に魔法で索敵をするのも忘れない。


 「ディテクション」は決して万能ではない。


 生き物なら発見出来るが、生きてない物、すなわち不死アンデッド系は感知出来ないのだ。


 それでも、現状においては最も頼りになる魔法の一つだと言える。




(右斜め前に反応三つか)




 ブラックアウルは夜行性で昼は出現しない。


 ゴブリン達は恐らく五匹一組を一つの隊として行動している。


 消去法的にアーマーディアーか、それともレイクスネークかだ。


 レイクスネークは初めて遭遇した時が夜だった為、てっきり夜行性だと思ったマリウスだったが、実のところ昼も夜も関係ないらしい。


 それに一度ブラックアウルを捕食してる場面を目撃したので、あの晩、レイクスネークは自分を食べた後、ブラックアウルも捕食する気だったのではないか──そんな気がするのだった。


 油断する事なく近づいていくと、争ってる音が聞こえてきた。


 もしかしすると、アーマーディアーとレイクスネークが戦っているのかもしれない。


 「ディテクション」は交戦中かどうかすら、識別出来ないのだ。


 マリウスが物音を立てないように近づいていくと、一体のアーマーディアーがレイクスネークに巻きつかれている姿が目に入ってきた。


 アーマーディアーの硬い皮も、締め技には無力だ。


 もう一頭が、周囲をうろうろして、角でレイクスネークをついたりしてるが、効果があるようには見受けられない。




(乱入するにはちょうどいいな)




 レイクスネークは締め上げた獲物が倒れた後、噛み付いて毒を流し込んで仕留める。


 そうなると、解毒魔法をかけないと食べられなくなってしまう。




「【ウィンド】」




 魔法で作り出した風の刃で、アーマーディアーの首とレイクスネークの胴体を切り落とした。


 十級以下の下級魔法なら、ほぼ確実に制御出来るようになっていた。


 しかし、まだ安心するには早い。


 レイクスネークは胴体が切り落とされた程度では死なないのだ。


 首を失ったアーマーディアーから離れ、ずるずると地を這いながら逃げ出そうとし始める。


 そして、その頭を風の刃で両断した。


 前に一度見逃したら、集団で襲われたからだ。


 そしてレイクスネークは、捕食する度にレベルが上がっていく。


 アーマーディアーとブラックアウルを捕食した個体は、レベルが八十にまでなった。


 だからこそマリウスは、見かける度にレイクスネークを倒すよう心がけている。


 ありがたい事に血の臭いにつられて集まる、という習性はない。


 手早くアーマーディアーの解体作業を進め、角も切り取る。


 角はレイクスネークの鱗と同じで、目印代わりに使えるのだ。


 マリウスは決して無作為に殺している訳ではない。


 もっとも、生き物を殺すのに抵抗感が薄れてきているのも、また事実ではあった。


 アーマーディアーの解体作業も、初めての時とは比べ物にならないほど手早く行えるようになっている。




(俺、荒んできたかもなぁ)




 などと考えるあたり、まだ余裕はあるマリウスであった。 












 作業を終えると、残骸はそのままにして再び歩き出した。


 定期的に「ディテクション」を使い、周囲を確認する。


 モンスターとの遭遇を警戒していると言うより、魔法を使う訓練をしているという意味合いが強い。




(反応はなし、と)




 散発的に発生していたモンスターとの戦闘が、まるっきり起こらなくなった。


 もしかすると、何もない行き止まりに当たるかもしれない。


 そう思うと、マリウスの歩行速度は上がった。


 何もない場所を一つ潰せるのは大きい、という意識があった。


 大きな砂漠を何の道しるべもなく彷徨ってるかのような状況で、少しずつ地図を組み立てているのである。


 悲観している暇などなかった。


 しばらくまっすぐ進んでいくと、崖がそびえているのが見えてきた。




(何だ、崖か)




 飛行魔法も使えるマリウスにとって、どれほど高かろうと崖では大した障害にはなりえない。


 問題はその先に道があるかどうかだ。


 マリウスは迷わず進む事を選択した。




「【フライト】」




 「レビテート」は単に対象を浮かせるだけの魔法だが、「フライト」は空を飛ぶ魔法である。


 不慣れという事もあり、元の世界で自転車を走らせてる時のような体感速度で飛んでいく。


 ちょっとした遊園地気分になったが、心を落ち着かせ探知魔法を使った。




「【ディテクション】」




 意外な事に反応が出る。




(何!?)




 数は二十以上。


 位置からして崖の上の、更にその先だ。


 飛行中に不意打ちされるのは避けたい、という用心が思わぬ事態へと繋がった。


 崖の向こうで何が起こってるのか。


 逸る心を抑え、マリウスは飛行速度を維持する。


 崖の上に到達すると、石畳で舗装された山道が目に入ってきた。


 急なカーブの向こうから金属音と喊声、モンスターのものらしき咆哮が聞こえてくる。




(人間!)




 待望の存在にマリウスのテンションは少し上がった。


 巻き添えを食らわさないように注意しつつ、是非とも加勢しておきたい。


 そして仲良くなりたい!


 しかし、自分が死んでしまっては元も子もない。


 この世界に来てからよく発揮されるようになった用心深さが、マリウスの体に待ったをかける。


 急がず焦らず近づいていくと、まず目に入ったのが豪華な車輿と、それを守るように包囲している十人の人間だった。


 七人が白銀の鎧に身を固めて長剣や槍を構え、残り三人がローブを纏って杖をかざしている。


 そして、その向こうで馬たちが倒れ伏していた。


 彼らと対峙しているのが、空を舞う六頭の竜型モンスターだった。


 灰色の鱗と大きな翼と鉤爪、長い尻尾を持ち、口からは火を吹いて人間達を威嚇している。




(ワイバーンか!)




 マリウスが驚いたのも無理はない。


 FAO世界のワイバーンは序盤から中盤にかけてのボスモンスターである。


 体力や攻撃力はドラゴンに及ばないものの、高い機動力を活かした連続攻撃を得意とし、レベルは最低八十。


 つまり倒すにはレベル八十のプレイヤーが最低でも五人以上必要とする、レイクスネークなどは別次元の強さを誇るモンスターだ。


 それが六頭となると、厳しい状況だと言わざるをえない。


 よく見ると、人間達の足元には靴の裏がいくつもこちらを向いていて、ピクリとも動かない。


 既に何人かやられたらしい。


 今もワイバーン達は高速で飛び回りながら、連携して火のブレスを吐いている。


 魔法使い達が障壁で防ごうとするも、完全には防げず騎士の体に命中する。 うめき声らしきものを上げてよろめくも、その場に踏みとどまって反撃を試みている。


 ワイバーンは難なく回避し、そこに味方が追撃を入れるも空を切り、尾で反撃される。


 誰一人、逃げようとする気配がない。


 顔を強張らせ、歯を食いしばりながら戦っている。


 彼らは馬車の中にいる者を文字通り命懸けで守っているのだろう。


 元の世界のフィクションではよくある場面で、マリウスは特に何も感じない。


 しかし、現実に目の前で起こってる光景には胸が熱くなった。




(行くか)




 マリウスが加勢すれば事態は好転するだろう。


 彼らにどう思われても構わない。 


 ただ、命を救いたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る