第18話「何かを企ててるのはみな同じ」

 男達は物音一つ立てずに歩いていた。


 目標のフィラートの王宮まで来ると一度立ち止まる。


 壁の高さはほんの数メートルで、そこらの素人でも頑張れば登れてしまいそうなものだが、プロである男達は緊張感を漲らせていた。




 曰く、勇者の遺産がある。


 曰く、侵入者達には迷路と化す。


 曰く、一度侵入したらどんな腕利きも帰ってこない。




 などと言う、様々な噂を抱えている場所だからだ。


 そして侵入して帰ってきた者はいないという点は事実だと、依頼者には聞かされていた。




「だからこそ君達を選んだのだ。どんな依頼も失敗した事のないという君達をね」




 明らかに身分の高い依頼者の目に見えた世辞で喜ぶ程、男達は単純ではなかった。


 しかし、過去に成功した者がいない任務を自分達で成功させてやろうという気概は持っていた。


 そしてそれがチーム「影フクロウ」の命取りになった。


 彼らは四組に分かれ、壁を乗り越える。


 敷地内には人影が点在していて、恐らくは近衛兵だろうと見当をつけた。


 闇に紛れ音を殺し、兵達の警戒をくぐり抜けて王宮の内部へと侵入を果たした。


 拍子抜けするくらいに容易だったのがかえって警戒心を煽る。


 このような児戯、訓練を積んだ者なら誰でも出来るはずで、それでも誰も帰って来れない理由は庭ではなく、王宮の内部にこそあるのだろう。 


 建物の内部に罠が仕掛けられているのは少しも珍しくはないが、外部に何もないというのは異例の事である。


 この国の王族達は威嚇による抑止力をどう考えているのだろうか。 


 弱みを見せたら嵩にかかって攻められるのが国家間の常であるはずだし、だからこそ今回の標的である国賓魔術師の起用に踏み切ったのだろうに。


 壁の低さに関しては昔からだから、単に財政難という訳ではあるまい。


 それだけ内部の防衛線に自信があるのか。


 男達はあれこれ考えをめぐらせながらも窓から中へと忍び込んだ。


 大理石で作られた床を踏んだ瞬間、周囲の空気が震え景色が一変した。




(な、何だ!?)




 驚愕に囚われながらも、プロとしての意識が言葉を封じた。


 つい先程まで王宮内部にいたはずなのに、今は灰色の煉瓦作りの部屋にいた。


 罠系マジックアイテムによる強制転移だとは気づかなくても、罠に嵌められたという事は理解出来た。 


 動揺を抑え込み、注意深く周囲を窺う。


 頑丈そうな灰色の煉瓦に囲まれていて窓はなく、左右の壁にランプがかけられて男達の黒布で覆った顔を照らしている。


 地下牢という単語が一同の脳裏をよぎったものの、ナイフを取り出して扉を見据える。


 いずれ入ってくるであろう誰かを倒して人質にして脱出する、そのつもりだった。


 強烈な眠気が突如として襲い掛かってくるまでは。




(な、んだと……この部屋にも罠アイテムが……)




 あらゆる状態異常攻撃に耐える訓練を積んでいるはずの体が一瞬にして揺れる。


 訓練を積んでいたからこそ一瞬でも耐えられたのだ、と気づいた時には既に意識を手放していた。


 かくしてフィラートの裏社会屈指と言われた暗殺チームは何も出来ずに全滅した。


 それからしばらく後、昏睡したのが偽装ではないと確認してから三人の魔法使いが現れた。


 一人はルーカスで残る二人は部下の宮廷魔術師であり、マジックアイテムの力を使った王宮防衛を担っている者達だった。


 黄色い三日月状の石を懐から取り出す。


 「月女神の涙」と呼ばれ、一級精神魔法「サイコメトリー」と同じ効果を発揮する、最上級のマジックアイテムだ。


 これを使えば尋問や拷問の必要すらなく、知りたい情報を引き出す事が出来る。


 王宮全域に展開されている異変察知用アイテム「雪女神の肌」、強制転移アイテム「神隠しの穴」、強制昏睡アイテム「風の神の声」と合わせて初代ベルンハルトとクラウス=アドラーの遺産である。


 他にも四つのアイテムを用いて魔王ザガンを封印した、と言われている。


 「月女神の涙」を男の一人の体に触れさせると、石が光り出してルーカスに男の記憶を見せてくれる。




(組織名は“黒蛇”……狙いはマリウス=トゥーバン……依頼者は四十代で黒い帽子を被っていた……正体は不明……)




 男の本名や過去なども分かったが、今必要な事ではない。


 他の連中にも石を当てて調べても欲しい情報はなかった。


 情報を一通り引き出すと全員にトドメを刺した。


 侵入者が生かしておかれる事はない。 




「マリウス殿を殺したかったのか、怒らせたかったのか。それとも単に王宮の防御力を確認したかっただけか?」 




 ルーカスの問いかけに答える者はいなかった。














「失敗したか、役立たずどもめ!」




 新諜報部部長、バーナード・ヴォン・クーパーは激怒してグラスを床に叩きつけた。


 それを見た新大将軍アシュトン・ヴォン・バロースは吐き捨てるように言った。




「だからワシは反対したのだ。王宮の守りは得体の知れぬ堅固さがあると。自分の策なら大丈夫などとほざくから任せてみれば、無様に失敗するとはな」




 国の重鎮とも言うべき二人の壮年の男は非友好的な視線を交わしあった。




「その堅固な理由を貴殿が知っていれば失敗せずにすんだのだがな」




 忌々しげに皮肉るバーナードにアシュトンは腹立たしげに答えた。




「正体を知っておるのは王を含めて四、五人と言ったところだろう。王は我ら由緒正しき一流貴族より下等貴族どもを信じておるのだ」




「全く嘆かわしい限りだな。我らの父祖が盛り立てて来たからこそ、この国は在ると言うのに、あんな下等な血の奴らをのさばらせるなど」




 バーナードも王へ不満という点に関しては同じだった。


 彼らは先祖が王と共にこの国を築き守る事に尽力したのを誇りに思っていたが、先祖が感謝の印に受けた待遇を自分達にも与えられるべきだと信じ込んでいた。




「我らが団結して支えるからこそ、この国は一つなのだ」




「そうだ、二流三流とは言え貴族ならまだこの国の正しき血統だから許容する余地はあるが、マリウスなどという馬の骨を国賓にするとは!」




 王に対して「許容する」などという言葉遣いは非礼極まりないのだが、自分達はそれが許される立場だと思っている。


 建国の祖であり伝説の勇者である初代ベルンハルトの子孫が王族となっているのだから、初代ベルンハルトに協力した者の子孫である自分達が特権を享受するのも当たり前なのだ。


 王家が建国以来、どれだけの苦難を重ねているかという事を理解も想像もせずに。


 今、彼らの矛先を向けているのは新しく国賓魔術師となったマリウスという素性も知れぬ下民であった。




「国賓魔術師など、クラウス・アドラーが推挙されるも辞退し、それ以降誰も座らなかったという輝かしい地位なのに、何故あんな奴に……」




 悔しそうな声を上げたのは宮廷魔術師の一人であるウィルスンだった。


 彼は模擬戦を見てマリウスの実力を見たが、与えられた地位に納得していなかった。


 栄光ある地位には尊い血統を持つ人間こそが相応しいと信じ、それ故にルーカスからは遠ざけられていたが、ウィルソンもルーカスやニルソンを「ほんの少し優れているだけで王の寵を受けてる下等人種」と見なしているからおあいこと言うべきかもしれない。




「こうなったら王宮の外で狙うしかないか。しかし、マリウスとやらは何を恐れているのか王宮内に引き篭もっているそうではないか?」




「栄光ある我ら一流貴族に会うのが怖いのではないか? 己の下等さを思い知る事になるからな」




 彼らは心の底よりそう思っている。


 無詠唱で「ディスペル」を使える、ワイバーンの群れを一瞬で葬り去れる、という事の意味を正しく理解出来ていない。


 彼らの魔法関連の助言役であり、純粋な実力でも宮廷魔術師が務まるウィルスンが似たような事を考えているのだから責めるのは酷というものだ。




「なるほど、無詠唱とかほんの少しすごい技術かもしれないな。でも、それだけじゃ、簡単に殺せるもんだぞ」




 マリウスに関する情報に驚いた仲間達にそう「助言」したのはウィルスンである。


 魔法使いの弱点は不意打ちと肉弾戦だとも。


 無詠唱を使えようが、一度に相手が出来る数は限られているのだ。


 何なら魔法無効化能力を持つゼパール鋼を使った装備を用意すればいい。


 ウィルソンは自信たっぷりに語り、それ故にバーナードやアシュトンらも疑わなかった。


 魔法兵団長のニルソンが聞けば「単にお前がやられたら嫌な事ではないか」と言い放っただろうし、ルーカスならば「自分を基準にしてしか物事を考えぬのは大怪我の元だ」と忠告しただろう。


 彼らは自分達の価値観にこだわり合わないものは受け入れない、という点ではまさに同類と言えた。




「そもそも、栄えあるフィラート王国に来たくせにターリアント語を話せぬとはどういう訳だ、田舎者めが」




 バーナードが更にマリウスを罵る。


 世界的に見ればファーミア語の方が主流だという事は知っているが、野蛮なファーミア帝国に屈した劣等人が多いだけだと思っている。


 そんなバーナードにウィルスンが疑問をぶつけた。




「バーナード殿、マリウスとやらの語学教師の一人のヘルカ嬢は義理の娘ではなかったかな」




「うむ」




 バーナードの顔は露骨に歪んだ。


 彼の次男、アルヴィン・ヴォン・クーパーは確かにロヴィーサの侍女を務めていて、今はマリウスの語学教師になっているヘルカと結婚しているし、子供も作っている。




「あの娘、王女の侍女というからさぞ躾が行き届いていると思いきや、とてつもない跳ねっ返りであったわ。所詮は伯爵家などという、下等貴族の出よ」




「王女の手にも負えぬじゃじゃ馬、などという噂を聞いた事はあったが、事実であったか。クーパー公爵殿としては災難でしたな」




 吐きそうな顔で答えるバーナードを揶揄するアシュトン。


 彼の子息の方は有力貴族の令嬢と結婚していて充分に満足していた。


 顔を真っ赤にして抗議しようとしたバーナードよりも先にウィルスンが口を開いた。




「マリウスとやら、どうも“魔演祭”に出るようです。そこを狙ってみてはいかがかな?」




「ふむ。国外なら遠慮はいらんな」




 たちまちバーナードとアシュトンは脳内で計算を始める。


 そんな二人を見てウィルスンはほくそ笑んだ。


 自分が宮廷魔術師長となる為に、せいぜい利用させてもらおう、と考えていた。










「だ、そうです」




 エマがヘルカからの報告を読み上げるとロヴィーサがため息をついた。




「ヘルカったら、いつも危険な道ばかり走っていくんだから」




 ロヴィーサも馬鹿ではないから、ヘルカの行動力の自分への忠誠心によるものだという事は理解していた。


 クーパー家に入り込み間者として逐一情報を送ってきてくれはいるが、どうしていちいち夫やその父親との間に波風を立てるのだろうか。




「あそこまで堂々と暴れていれば、かえって誰もロヴィーサ様の間者だなんて思いませんよ」




 などとエマは言うし、ロヴィーサもその通りだとは思うのだが、もう少し自分の心臓に優しい手段を選んで欲しかった。




「そういう意味ではマリウス様も似たようなものだけど」




「私はヘルカに賛成です」




 エマは言い切った。


 マリウスはカカオ茶やレモン茶を好み、アップルパイや牛のステーキを食べると一瞬だけ懐かしそうな顔をし、三人の中でロヴィーサの事を最もチラ見している。


 根は善良で腹芸とは無縁な世界で生きてきた、その強さを除けばほぼ一般人と言える人間、というのがエマの見解だった。


 それを本能で察し、マリウスが怒らないぎりぎりの接し方をしているのがヘルカという女性だ。


 傍目には狂人としか映らないし、恐らくマリウスにとってもそうだろう。


 自分が狂人と思われる事でロヴィーサやエマが動きやすくなるように仕向ける、というのがヘルカの基本姿勢だった。




「でも、私達の前でも演技続ける必要ない、という点は同感ですね。後、アルヴィン様をこちら側に引き込む努力をしないのもいただけません。クーパー家を分裂させ弱体化させれば王家の利益となりますのに」




 その為にアルヴィンに情報を流してかみ合わせたというのに、機会を棒に振ってしまったとエマは肩をすくめた。




「あの連中は独善的で視野が狭くて己の価値観に偏狭的にこだわるけど、アルヴィンを取り込もうとしたら気づく程度の能はあるでしょう」




 ロヴィーサの口調が自ずと辛らつになるのにも訳がある。


 血統を誇りにするだけでなく売り物にし、自己研磨とは無縁の精神構造の持ち主達だからだ。




「あの手合いなら……出過ぎました、お許し下さい」




 どうにでも料理出来ると言おうとして、ロヴィーサがヘルカを更に危険に晒すのをよしとしていないと察して黙った。


 既にヘルカは渦中にいるのだから同じ事だとエマは思うし、ヘルカだって賛成するだろうが、ロヴィーサは甘さが捨て切れていない。


 その甘さが嫌いではないエマは、取り返しがつく段階でなら何も言わずにおこうと考えていた。




「いいのよ。妾が不甲斐ないのが原因なのは確かだし。それより、マリウス様にこれ以上ヘルカをつけていても大丈夫かしら。陛下も頭痛が酷いとルーカス達にこぼし始めたようなのよ」




 ヘルカの嗅覚と演技力は信頼しているが、マリウスにどこまで通用するか保証はない以上、危うい真似は出来るだけ避けたい。


 と言うよりも把握してないところで火種がばら撒かれているようで恐ろしすぎる。




「その事でしたらお力になれるかと存じます。ファーミア語は大体覚えましたので」




「え?」




 驚くロヴィーサにエマは、たどたどしいながらもきちんと意味が通じるファーミア語で話しかける。


 難解なもの以外は大体話せている。




「いかがでしょう?」




「……妾が一番恐ろしいのはエマ、あなたね」




「ありがとうございます」




 エマにとってロヴィーサに言われる恐ろしいは頼もしいと同義語なので、眉一つ動かさずに一礼した。












 ターリアント大陸のとある場所にて影達が集まっていた。




「人間どもはマリウスを殺そうとしているらしいぞ?」




「どうやって?」




「暗殺だとよ」




 爆笑が沸き起こった。




「人間ども、笑いを取るのが上手いじゃねーか」




 一人が笑いながら意見を述べると他の者達も同調する。




「全くだな」




「仕方ないさ。奴らは英雄だの勇者だの一部の連中のおかげで命脈保ってるのを自分達の力だと思ってる、おめでたい生き物だからな」




 人間が影達との戦いで勝った試しはない。


 いつの時代も、英雄や勇者と呼ばれる傑出した存在のおかげで勝っているのだ。




「そう言えば人間ども、俺達の手先がいないか警戒しまくってるらしいぜ。確か合言葉は“セラエノの悲劇を繰り返すな”とか」




 再度大爆笑が起こる。




「人間ども、俺達を笑い死にさせる気かよ?」




「想像を絶する新兵器だな。人間どもで言う、笑いきのこを食べた気分だぜ」




 潜入していた魔人とその配下によって起こされたセラエノの悲劇は人間達にとって教訓となっている、そのはずだった。


 影達はそれらを嘲笑う。




「俺らの手先なんざ、至るところに入り込んでるってのに、誰も、見つけられないのかよ」




「人間なんてそんなもんさ。マリウスって奴は出来るかもしれねーけど、それだけさ」




 自分達に気づかない愚かな人間達を嘲笑う。




「始めようぜ、人間の終わりをな」




「ちょっと待て、アウラニース様がどこに眠ってんのか、情報がさっぱり出てこねーのが気になるんだが」




「じゃあ二手に分かれるか? 俺達はフィラート王国へ、お前らはアウラニース様探しへだ」




「いいだろう。どうせならアウラニース様の配下がいいもんな」




「ばっか。アウラニース様は魔王の方々から見てもバケモンみたいに強いって話だぜ」

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