三章
第34話 魔の足音
マリウスはロヴィーサ、エマ、レイモンドと一緒にランレオ国境にあるアルニード城に来ていた。
ホルディアの卑劣な奇襲により防衛線の強化が提案されたのだ。
ホルディアから賠償金の一部が払われたが、それだけでは到底足りない。
限られた予算でどうするか皆が頭を捻っていると、ルーカスがマリウスに防衛に出てもらう事を提案したのだ。
異変が起こると「テレポート」で瞬間移動して、状態異常魔法を撃ち込んで敵を無力化する。
最も安価で最も効果が見込めそうな案にマリウスはあっさり頷いた。
人殺ししなくていいのならば別に対人戦も構わなかった。
こうしてマリウスは「テレポート」で飛べる場所を増やすべく、国内各地を連れ回されていて、アルニード城で一泊する事になった。
国王が巡幸の際に宿泊する為の部屋があるという理由で選ばれたのだ。
バーナードが失脚し、反マリウスとも言うべき一派は大人しくなった。
でなければロヴィーサと旅先で一泊するなど、強硬な反対で潰されていただろう。
もっとも、エマとレイモンドもいるし、アルニードには国防の軍三万がいて守将のルチーズ将軍もいるというのもあった。
ささやかながらも歓迎の酒宴が開かれ、ロヴィーサが外見に似合わぬ酒豪ぶりを発揮して拍手を浴びていたのが意外だった。
マリウスはと言うと、賢者補正のせいで全く酔わなかった。
見張りについている者達にあまり残酷な仕打ちは出来ないという事で、早めのお開きになったが、マリウスはレイモンドとルチーズに掴まり魔法部隊の集まりに連行された。
「マリウス殿のおかげで、魔道士試験受かりそうですよ」
マリウスと教えあいをしている成果だとレイモンドはマリウスへの感謝した後、周囲の者を自慢げに見回した。
魔法使いの階級は魔術士ゴエティック、魔道士ソーサラー、魔導士ウィザード、大魔導士アークウィザードに分かれている。
そしてその上に魔導王ロードメイジがある。
レイモンドはどちらかと言えば召喚術が得意だったのだが、マリウスのおかげで魔法も伸びた。
「マリウス様ずるいですよ」
「贔屓は恨みの始まりですよ」
魔法兵達から冗談めかして非難が殺到する。
五つも使えれば魔法兵としては充分だし、軍人である以上調練に参加して練度を高めなければならないので、新しく魔法を覚えていくのは困難であった。
「まあルーカス様やニルソン様は魔導士だがな」
ルチーズは女性らしい上品な笑みを浮かべながら、部下達をなだめにかかる。
「どれだけ忙しくとも更なる高みを目指せる、というのも必要な事だよ」
穏やかな笑顔と言葉に兵士達は反論出来なくなった。
さすがに城将、とマリウスは感心させられる。
「そう言えばマリウス様は? かなり高いでしょう?」
「魔導王ですよ」
レイモンドの問いかけにさらっと答える。
誰も「さもありなん」といった顔をしただけで驚きはしなかった。
皆がどこか疲れたかのような様子だったのはきっとマリウスの気のせいだ。
一分足らずでバルデラ砦を奪還したという情報は国内に響き渡り、彼らの耳にも届いているのだ。
「一体どれほどの修練の果てに辿り着いたのですか?」
一人が目を輝かせて尋ねると別の一人が茶々を入れる。
「馬鹿、修練すれば辿り着けるってもんじゃねーよ」
「そうだな。天賦の才に、悠久の修練。どちらが欠けても不可能だろう」
レイモンドがごち、マリウスは居心地の悪い気持ちになった。
確かに時間はかかったが、仲間達にレベル上げを手伝ってもらった結果だったし、この世界に来てからは努力と言えば手加減の練習くらいだ。
その点に関しては開き直って受け入れたものの、「高み」を目指す者達に澄んだ目を向けられると気まずさはある。
後ろめたさ、と言い換えた方がいいかもしれない。
(なら努力しろって話だよなぁ)
こうして兵士達と接していると、自分のダメさがマジマジと実感出来る。
兵士達はもちろん出世欲もあるが、故郷に愛着を持ち自分の力で故郷を守れるよう努力を怠っていない。
一方のマリウスは単に楽をしたかったからフィラートに居ついただけだ。
(俺は何をしたいんだろう……)
ターリアント語を覚えるという最初の目的は達成したし、他国の事もある程度は分かってきた。
しかしそこで止まっていた。
バルデラ砦奪還をやったのはホルディアのやり口に腹を立てたからだ。
それも義憤に燃えたと言うよりはただ「ムカついた」だけ。
別にそれでもいいと思っていた。
力がある限り生活にも美女にも不自由しそうにない、と。
ここにきてそんな斜めに構えた態度がグラつき始め、自分でも意外だった。
バルデラ砦の救援に向けられた兵と一緒だった時は何も感じなかったのに。
(いや、あれがあったからこそか……?)
自分では気づかなかっただけで心に火種は受け取っていたのではないか。
戦死した僚友を悼み、復讐に燃え、それでいて仲間と火を囲んで笑いあい寝食を共にする兵士達。
逃亡阻止の首輪を破壊され、自身を虐げてきた国から離れたのに「奴隷から解放される」という発想がなかった者達。
この世界の人々に対して、いつの間にやら愛着に近いものを持っていたのではないだろうか。
(失って初めて気づくよりはマシ、か)
自嘲気味につぶやく。
マリウスの変化を感じ取ったルチーズとレイモンドによって会合はお開きになった。
マリウスは城の外に出て、夜風に当たる。
もうすぐ夏が来るらしいが、それほど暑くはなかった。
元の世界で言えば湿気のない梅雨、と言ったところだろうか。
目の前にはランレオとの間のもう一つの要害、とされるケレオレス大森林が風に揺られ音を出していた。
奈落の湖のものとは違い、道は険しい上に子供でないと通れない程に幅が狭く、モンスターもごろごろいるという。
このアルニード城は対ランレオと言うより、対モンスター用として機能しているとの事だった。
(モンスターは……いないな)
マリウスがいる限り、危機察知能力の高いモンスターは近寄りさえしないだろうが、下級モンスターは別だ。
と言ってもモンスターだってよほどの事がない限り自分の縄張りから出るものでもない。
空を見上げると銀色の半月が出ていて、星がところどころで輝いている。
マリウスは気分転換や己自身を見つめ返す時、自然の雄大さに触れて「自分は小さい」と思う事にしていた。
たとえ異世界であっても空は広く、月は見事なまでに美しく心が洗われる気分になる。
城の中に戻ると、ロヴィーサとエマがお盆に何かを乗せて運んでいるのが見えた。
何をしているのかと思っていると、見張り番の兵士達に食べ物を運んでいるのだった。
(一国の王女がわざわざするような事かな)
マリウスの感覚からはすればとてもありえない事だ。
ロヴィーサが強い愛国心の持ち主で、自らの立場にふんぞり返っているような性格ではないが、王女というにも権威といったものが必要ではないのか。
女主人の後ろで待機しているエマにこっそり話しかけると、いつもと同じ声音で返答が来た。
「眉をひそめる貴族もいますが、兵士達には好評です。兵の心を慰め、奮い立たせるのならば、と陛下も認めておいでです」
確かに自国の美しいお姫様に食べ物を手渡しにされ、一言二言声をかけられたらはりきってしまうのが男のサガかもしれない。
「そう言えばお礼がまだでしたね」
珍しくエマの方が話しかけてきたので、驚いて目を合わせると更に珍しくかすかに微笑んだ。
「父が戻ってきたのはあなたのおかげです。敵に掴まった諜報が帰されるなど、ありえぬ話ですから」
フレッグが行方不明になったという情報を聞いても揺るがず気丈に振舞っていた侍女も、やはり人の子だったのだろう。
押し殺されていた情感というものが溢れていて、マリウスがはっと目を奪われた程に魅力的な顔だった。
ただ、残念な事にホンの一瞬だけですぐにいつもの無表情に戻ってしまったが。
「いつもそんな華やかな笑顔でいればいいのに」
「あなたには見せないだけですよ」
「え?」
思わずエマの顔を見つめると「冗談です」と返ってきた。
これまでは決して冗談を言わなかったのに。
いい方に心境の変化があったようだ。
ロヴィーサは手ぶらになると二人の方に寄ってきた。
「あら、妾の目を盗んで談笑かしら」
そうやって小首をかしげる態度も様になっている。
「父の事でお礼を申していたところです」
「ああ、確かに。バルデラ砦を取り返すより、奴隷達の首輪を壊す方が大変だったなんて、国中で囃し立てられているみたいね」
マリウスが与り知らぬところで大変な事になっているらしい。
ホルディアもそれで恐れをなし、捕えていた間者を大慌てで返したと物笑いの種にしている。
「マリウス様が羨ましいです」
ぽつりとロヴィーサがつぶやく。
「私がしている事と言えばどれも自己満足で……」
しょんぼりと肩を落とす。
「新呪文で世の中変えたと聞いてますが……」
新しい常識を作り出す事の方が余程凄いとマリウスは思ったが、ロヴィーサは意見が違った。
「それほど大きな影響があった訳ではありません。現にホルディアにはいいようにされました」
彼女やこの世界の人間にとってはまず強さが第一だった。
強いとあらゆる点で有利になるのだ。
ただ、強すぎると他国同士の団結を高める事にもなるからほどほどが一番ではある。
「そういう意味では、私やりすぎましたかね。魔演祭とやらで一つ、大暴れしようかと思ったのですが」
自分のせいでフィラート対大陸全ての国、という展開になるのは避けたいというマリウスにロヴィーサは怪訝な顔をした。
「マリウス様? 失礼ながら何か、芯が入ったような?」
エマが目で「もう少し言い方に気をつけろ」と注意して、ロヴィーサは訂正を試みた。
「雲のような印象でしたが、今は大地に根を張った木のようです」
エマはがっくりと肩を落とした。
ちなみにマリウスの視界から外れた位置へと移動していたので、マリウスは気づかなかったし、別にロヴィーサの言い方にも腹は立てなかった。
むしろ「やはり見抜かれていたのか」と思った程だ。
何となく状況に流されるままいたのだから、そよ風が吹いただけで飛んでいくような薄っぺらい紙切れのような印象だったのだろう。
この国に強い愛着心と王女としての自覚を持つロヴィーサに、好かれる要素は何もなかった。
「今更ながらこの国やこの国の人々が好きになってるのに気づきましてね。一つ、国の為にひと働きしてみようかと思いまして」
「なるほど。それでしたら、むしろ団結しても無駄と思うくらい、派手にやるというのは如何でしょう?」
そう悪戯っぽく笑ったロヴィーサにマリウスは考え込んだ。
「どういう仕組みでやるのかにもよりますね。模擬戦と同じ状況でしたら、とても本気を出せませんよ」
あんな状況で本気を出せば、比喩抜きで全員が死ぬだろう。
苦笑と言うにはやや引きつった笑みを浮かべながらエマが答えた。
「魔演祭の内容は毎年くじで決めるのです。前回と同じ事は避ける、というのが唯一決まってる事で、前回はトーナメントでした」
つまりトーナメントだけはないという事か。
「前回の結果はどうだったんですか? ルーカス殿かニルソン殿ですよね、実力的に出場したのは」
「前回出たのはルーカスで、準優勝でした」
ロヴィーサが答える。
フィラートの代表は毎回優勝争いに絡んでいるという。
特にルーカスはランレオ、セラエノの前回代表と共に大陸三強とも言われている。
「マリウス様のおかげで一気に崩れましたが」
「責任重大だなぁ」
マリウスは首をすくめたが、重圧はほとんど感じない。
「魔法の威力が弱い程得点が高い」なんて競技内容でもない限り、いい成績を残せる自信はあった。
「ホルディアの連中が更に怯える力は見せておきたいですね」
マリウスはそう言うと、三人で黒い笑みを浮かべあった。
笑いがやむとマリウスは真面目な顔つきになった。
「魔演祭で活躍したら、二人でデートしていただけませんか」
「おや。珍しいですね、そんな堂々とした男らしい誘いをなさるなんて」
ロヴィーサは冷淡ではないが温かみもない、という反応を示した。
「ええ。これまでの自分にさよならをしたくなりまして」
「失礼ですが、殿方の口説き文句はどれも似ていますからね。きっと幸せにするとか、君の為に死ねるとか、一生守るとか、誰よりも美しいとか。行動結果を見ずに、それが嘘か真か知る術は持ち合わせておりませんので」
だから、とロヴィーサは続けた。
「魔演祭で優勝すれば構いませんよ。あなたの実力的に、他の条件では不公平がすぎるというものです」
男ならば魅了されて判断力を喪失してしまいそうな、飛び切りの笑顔にマリウスの胸もときめいた。
むろん、演技も何割かは入っているはずだが、それは仕方ない事だ。
今までのマリウスはロヴィーサにとってその程度だっただろうから。
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