第8話「事情」

ワイバーンの前に命を散らせた兵馬は、野ざらしのまま置いていかれる事となった。


 彼らの死は悼まれ、讃えられ、弔われるべきではあるものの、王の身の安全より優先される事ではない。




(ヴィンセント、オスカー、へクター、すまん)




 護衛達は心の中で詫びた後、出発する。


 アルヴィンが先頭に立って一行を先導し、その横にはレイモンドが脂汗を滲ませながら並走している。


 レイモンドはワイバーンとの戦い、召喚獣達の召喚、と魔力を大量に消費したのに加え、今も時折「ディテクション」で索敵をしているのだ。


 魔力消費の激しさこそ、魔術士ゴエティックと召喚士サモナーの二職ダブルの宿命であろう。


 マリウスが感心した理由がまさにここにある。


 心得としてマジックポーションは複数常備しているし、先ほども飲んだばかりであるが、それでも体へとかかる負担は計り知れない。


 レイモンドを突き動かしているのは、護衛としての使命感、そして宮廷魔術師序列三位としての意地だった。




(それにしてもどうしてこうなった……)




 レイモンドは苦々しく考えた。


 現在通っているルンベル山は虚無の山、と呼ばれる裸山で、何も産出せず雑草すら生えていない。


 モンスターも生息しないどころか虫がいるかすら怪しまれている有様で、過去に目撃された生き物はブラックアウル数匹くらいだった。


 最後に視察した都市メンフェンと、王都フィラートスの間に位置し、ここを通過すると他の道よりも二時間前後早く王都へ到着出来る。


 その事に目をつけ、わざわざ道を整備したのが約五十年前。


 そして今日まで一度もモンスターとは遭遇した事がなかった。


 だから油断があったのであろう。


 十人以上の護衛に加え、有力者のアルヴィンとレイモンド、それに三職トリプルのエマを引き連れた王に対し、廷臣達は「過剰な戦力だ」と苦笑していた。


 しかし、今回の件を聞き次第「過少な戦力だった」と顔が真っ青になるに違いない。




(それにしても、マリウスという男は何者なのだろう?)




 あまりにも都合がよすぎる登場をし、ファーミア語しか喋れないときた。


 間者としては間抜けな限りだが、そう思わせる事こそが狙いかもしれない。


 皆、似たような考えを持っているのだろうが、誰も態度には出さなかった。


 願わくは味方であって欲しい、という思いもあっただろうから。












 マリウスは誘いに裏があり、命を狙われる可能性も想定してはいたが、他国の間者だとか謀略の中心だとか思われているとまでは考えていなかった。


 このあたりが権謀術数とは無縁の生活を送っていた者の限界と言うべきであろう。


 だから露骨すぎないように気をつけつつ、車輿の内部を見ていた。


中は優に十人は座れそうなほどに広かった。


 奥からマリウス、その向かいにはベルンハルト三世、マリウスの隣にロヴィーサ、その向かいにエマが座った。


 本来ならばマリウスの隣にはエマが座るのが適切ではあるが、マリウスの言葉を訳せるのがロヴィーサしかいない為、必要措置として入れ替わったのだ。


 白い座席部分や背もたれ部分はふかふかしていて座り心地がよく、長時間リラックスした状態でいられそうだった。


 もっとも、隣の王女様の存在がそれをさせてくれそうもない。


 右目が青、左目が赤というオッドアイのロヴィーサはマリウスが見た中で、間違いなく一番美しかった。


 透き通るような白い肌やかすかな芳香が、女性に対してそれなりに免疫があったはずのマリウスを、初恋に近い心理状態にさせていた。


 彼女の魅力から目をそらし、気を落ち着かせようと再度内部を見回す。


 作ってるのは白い材木で、微弱ではあるが魔力も感じられた。


 マリウスの表情がほんの一瞬、動いたのをロヴィーサは見逃さなかった。




「お気づきになりましたか。揺れ防止、耐熱、対衝撃、耐冷などの魔法がかけられているのです」




 王族が使ってるだけあって、さすがに高級仕様だとマリウスは思った。


 ワイバーンの群れの襲撃を受けても車輿が無傷だった理由がこれで判明した。 


 物によっては非常に強固に魔法をかけられるし、ワイバーン達の攻撃に耐えられるものが出来上がってもおかしくはない。


 現に揺れは全く感じず、馬車に乗っているという感覚は全くしなかった。




「ここから王城へはどれくらいかかりますか?」




「約二時間といったところでしょうか。急げばもう少し早く着くでしょうが、レイモンドの使い魔が着くのに三十分くらいはかかるでしょうから」




 王宮側がマリウスを受け入れる準備を整える時間が必要という訳だ。


 そして、時間という概念が元の世界と同一らしい事にマリウスの気がかりは一つ減った。


 もちろん、数え方が異なるという場合もある。


 マリウスは慎重に言葉を選びながら尋ねた。




「時間ってどうやって測るんです?」




 言った瞬間、ロヴィーサにほんのわずかにではあるが気の毒そうな色が浮かんだ。


 すぐに消えたものの、マリウスは見落とさなかった。




(まずい聞き方だったかな……しかし時計があるとは限らんし)




 FAO世界準拠なら一日二十四時間、一年三百六十五日で時計もカレンダーも存在するはずである。


 しかし、転生以後に遭遇した未知の体験で、マリウスは慎重にならざるを得なかった。


 ロヴィーサはいちいち他の二人に訳するような事はせず、ポケットから時計を取り出した。


 彼女の小さな掌でも包み込めるような、小型の銀色の懐中時計だった。




「これは時計というもので、これを見て時間の経過を確認するのです。よくご覧下さいな」




 一から十二まで、黒いローマ数字で表記されていて、長針と短針と秒針があった。


 マリウスがよく知る時計そのものだった。




「一日は二十四時間?」




「はい。それはご存知なのですね。後、一年は三百六十五日です」




「そうですか」




 うっかり一日は二十四時間かと問いかけたおかげで、何も知らないフリをするのは困難になってしまった。


 恐らく、マリウスという人間はさぞちぐはぐな風に映っているだろうが、それがお互いにどんな影響を及ぼすのか、見当もつかない。


 そこで流れを変える為にも、マリウスは気になっていた事を尋ねた。


 すなわち、何故王族がワイバーンの出るような山道を、少ない供しか連れずに通ったのか、というものだ。


 そしてロヴィーサの答えでルンベル山の事を知り、表情を険しくさせた。 




「その話が事実だとするならば、ワイバーンを操る力を持った何者かが、貴方がたの暗殺を企てた、という可能性が高いですが」




 王族が通行する道の安全を、事前に調べなかったとは考えられない。


 マリウスの指摘にロヴィーサは躊躇いなく頷いた。


 身近なところに敵が存在するかも、という事態なのに何の動揺も緊張も見られない。


 その胆力に密かに感心しながら、マリウスはある考えについて口にした。




「私をこうして乗せたのは、第二撃を見越してですよね」 




 ロヴィーサはまたも簡単に頷く。


 マリウスの狙いは確認であり、その程度の事は気づいているぞ、という牽制でもあった。


 だが、どうやら不発に終わったようだ。


 ロヴィーサの態度には何の変化も見出せなかった。


 この程度は承知の上で同行していると思っていたのだろうか。




(信じてない相手に期待しすぎ、頼りすぎだよな)




 マリウスが自分が全面的に信頼されているとは思っていない。


 出会ったばかりだし、彼らがまとう空気からも察しがつく。


 レイモンドの召喚獣は単に急を知らせただけでなく、援軍を呼ぶ役目もあった事は想像に難くない。


 それならば、彼らの落ち着きはらっているのはマリウスを倒せる、少なくとも自信がある戦力を抱えていて、今向かっているという事になるのではないのか。




(これは早まったかな)




 マリウスが馬車に乗る事にしたのは、あわよくば王家とお近づきになりたかったからだが、最大の理由は一行のレベルにあった。


 調べた限りでは全員、マリウスより百以上も下なのだ。


 全員のレベルを確認したのは、単に強さの目安を知りたかっただけではない。


 万が一、魔法を封じられた上で不意打ちされたとしても、対応出来る相手なのかが知りたかったからだ。


 たとえ接近戦に特化した相手であっても、レベル差が百以上あれば不意打ちされても対応出来るし、肉弾戦で勝てる。


 レベルアップを繰り返したレイクスネークで確認済みであった。


 ボスモンスターでもない限り、問題はない。


 そう結論づけたし、だからこそ馬車に乗ったのであって、そうでなければ理由をつけて断っていたところだ。




(いざとなったら王女様を人質にして逃げるか)




 あくまでも魔法を封じられてしまった場合である。


 殺される気がない以上、どんな卑劣な手を使う事にも躊躇いはない。


 もしかしたら王女であり、最も弱いロヴィーサが手の届く位置に座っているのは、もしかしたら敵意がない事を示しているのかもしれない。


 その事を考えない事はない。


 しかし、同時に油断を誘っているだけかもしれないのだ。


 マリウスは知識として持っていないが、王族ならば何らかの護身手段を持っていてもおかしくはない、程度には考えていた。


 もっとも、ワイバーン相手に無力だったものが自分に通用するとは思っていなかったが。


 そんな事を考えていたマリウスに、ロヴィーサが逆に質問をしてきた。




「ところでマリウス様は一体どちらからいらっしゃったのですか?」




 いずれ訊かれると思っていた事だったが、まだ答えは用意しかねていた。


 本当の事を言っても信じてもらえるはずはない。


 そこで先ほどまでいた場所を言う事にした。




「ええと、名前は存じませんが、山道の下にある、広い森と大きな湖がある場所でして」




「え? 奈落の湖ですか?」




 ロヴィーサは初めて驚きを顕わにした。




「え、ええ。多分は」




 奈落、と疑問に思ったが、飛行魔法でそれなりの高さを飛んだから、確かに今よりは低い場所にあったのは確かだろう。




「飛行魔法か転移魔法を使えないと、決して帰って来れないと言われる場所なんです」




 つまり徒歩での脱出は不可能であり、マリウスが魔法を使える状態でなかったら転生した時点で詰んでいたという事になる。


 何者かの作為を感じざるを得ない。




(考えてみれば会ってすぐ王族助けたとか、陰謀の臭いがするとか出来すぎだしなぁ)




 元の世界の物語だと、「ご都合主義にも程がある」という評を買うような展開である。


 しかし、こうなってみると巻き込まれる為に転生したのではないか、という気がしてくる。


 つまり、フィラート王国とやらを「マリウス=トゥーバン」の力で救うのが目的という事だ。


 どうして自分が選ばれたのか、とかを考えてもキリがなさそうだから棚上げし、今後の展開について思いを馳せた。


 この世界での目的がない以上、狙い通りフィラート王国の為に働くのは悪くない。


 ロヴィーサが健全な男が下心を持たずにはいられないような、飛び切りの美少女だというのは大きい。


 マリウスだって若くて健全な男なのだ。


 フィラートの力になる為にはまず、フィラートの人達と信頼関係を築く事こそが肝要であろう。


 マリウスが持つ力は万能からは程遠いからだ。


 独力で出来る事には限りがある。


 信頼関係を築くにはどうすればいいのか。


 ここで思い出したのは「欲するなら、まずは与えよ」という言葉だった。


 信じて欲しいのならば、まずは自分が信じ、愛して欲しいのならば、まずは愛する。


 次に思い出したのは、外国で活躍するスポーツ選手達の事で、「現地の言葉で意思疎通を図る方が愛され、溶け込みやすい」というものだった。




(まずは言葉、そして文化かな)




 外国人が自分の故郷を褒めたり、故郷の料理を美味しそうに食べる姿を見るのは嬉しかった。


 よほど価値観が違わない限りは、こちらでも通用するはずだ。


 他によさそうな代案が思いつかない以上、実行してみるべきである。


 そう考え、切り出す時機を吟味していると馬蹄の音が段々と大きく聞こえてきた。


 軍隊規模なのは明らかである。


 エマとロヴィーサが窓の外を確認した。




「まさかと思うけど、敵?」




「いえ、味方です。三叉の槍を咥えた青い隼の旗は、我が国の魔法騎士隊である証です」




 マリウスの問いにロヴィーサは明らかに安堵した様子で答えた。


 確かに一団が掲げる旗は、白い生地に黒い三叉の槍を加えた青い隼が描かれていた。


 護衛達の誰もが臨戦態勢に移らないから事実なのだろうが、マリウスの気分は晴れなかった。


 体感時間ではまだ三十分程度しか経っていなかったからだ。


 魔法騎士隊なる者達がこれほどの時間で合流出来た理由を、ロヴィーサが説明する素振りはない。


 マリウスが時間という概念を理解していないと思っているからだろう。


 信じてもらう努力をする決意をした矢先、自分はまだ信用されていないという考えが正しかった事を、改めて突きつけられた形になった。

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