第20話 ランレオ王国の討伐部隊

 フィラート王国より北東にあるランレオ王国。


 国土の広さは二番目、人口は三番目で大国の一つと見なされている。


 建国したのは初代ベルンハルトと共に魔王ザガンを封じたと伝説で語り継がれている大魔法使い、クラウス・アドラー。


 ベルンハルトと仲違いをして袂を分かち、別々の国を建国したのだ。


 その経緯からか、伝統的に魔法の教育が盛んでフィラート王国と仲が悪い。


 隣国の姫ロヴィーサが呪文の改良に成功したと聞きつけた時、上層部の者達は歯ぎしりをして悔しがったという。


 だから隙あればフィラートに攻め込みたいと思っているが、これまでは色んな要因が許さなかった。


 国力を高める為にいくつかの小国を併呑してきたのだが、結果として東にセラエノ王国、北にベルガンダ帝国、北西にボルトナー王国といずれも侮れない国と隣接するようになってしまった。


 併呑しなくてはフィラート王国に対抗出来ず、併呑したら更に敵が増えたという矛盾だった。


 フィラートと和解しようという案もしばしば出たが、その都度却下された。




「何だって奴らと仲よくせねばならぬのか。偉大なる国祖にして大魔導王であらされるクラウス様にとっての敵なのだぞ」




 と、唾を飛ばして喚く輩が現れ、多数派の支持を得たのだった。


 個人同士でも感情のもつれは面倒なのに、国家同士だと更に輪をかけて酷く、もうほどけないのではないかと思える程だ。


 フィラート側が何とも思っていない点が、強硬な態度を取らせる一因とも言われている。


 ……そういう訳で国賓魔術師マリウス・トゥーバンの出現に一番心穏やかでいられなかったのがランレオ王国である。


 必死に諜報活動に力を入れたが、はかばかしい成果をあげられなかった。


 ワイバーンを倒したのは事実らしいという事、ルーカス、ニルソンと二対一で戦って勝ったという情報をやっと得ただけである。


 現国王ヘンリー四世は多少悩んだのち決断した。




「ワイバーン狩りを行う」




 ランレオの国内にあるリベリアーツ山脈はワイバーンの生息地として有名である。


 少数精鋭で狩って自分達の武威がマリウス・トゥーバンに比肩すると知らしめようという訳だ。




「ワイバーンを狩るなら軍を出すべき」




 という意見は却下された。


 王女バーラが賛意を示さなかったら提案者は罵倒の嵐を浴びていただろう。


 バーラのおかげで「姫様にも困ったもの」という空気になり、提案者への追及はうやむやになった。


 結局なるべく一頭のみを狙うという事でランレオ最強の魔法使いフィリップ・アドラー、最強の騎士ボリス・バルトシュらを含む十五名が出撃した。


 そしてすぐにも後悔した。


 偶然山に入る前に発見した全長約十メートルのワイバーンは上空からファイアーブレスを撃ってきた。




「【マジックシールド】」




 フィリップが自分達の前に魔法障壁を展開する。


 ワイバーンのブレスは魔力を用いる魔法攻撃の一種だから、兵士達の魔法抵抗力の高い防具とで二重に軽減出来るはずだった。




「ぐっ」




 威力が落ちたブレスで兵士の二人が火傷を負って倒れる。


 ワイバーンは上空を旋回して兵士達の武器が届かない位置から隙をうかがっている。




「【アイスジャベリン】」




 同行していた魔法使い三人が同時に魔法を放つ。


 同一の魔法を同時に同じ目標に使う事によって合成魔法と同じ効果を発生させる高等戦法である。


 これによってワイバーンと同程度の大きさになった氷の塊が出現し、ワイバーンに襲いかかるが、難なく氷の塊を避けてしまった。


 ワイバーンはドラゴンと比べて攻撃力と体力で劣る分、高い機動力を持っているのだ。


 更に魔法に対しても耐性を持っていて、上級魔法でも大きな打撃は与えにくいのだから厄介極まりない。


 ドラゴンよりは格下とされているが、あくまでもドラゴンと比べての話だ。


 お返しとばかりに先程よりも一回り大きい、兵士五、六人は飲み込みそうな巨大なファイアーブレスを吐いてきた。




「【マジックシールド】」




 今度はフィリップ以外の魔法使い達全員の反応が間に合ったので、合成魔法と同等の効果が発生し強化された魔法障壁が展開される。


 巨大な火球は障壁とぶつかり、みるみるうちに小さくなって半分の大きさになりながら、それでも兵士達の下に飛んで来た。




「【ウォーターウォール】」




 フィリップが魔法で水の壁を作り、火球の相殺に成功した。


 武器を持った肉弾戦が専門の兵士達の出番はなかなか来ない。


 何度か攻撃したものの、鱗によって決定打を与えるまでは至っていない。


 そしてワイバーンは魔法攻撃に対して高い耐性を持っている、という事実まである。


 兵士達が帰りたい、と思い始めても本来は責められぬ事だった。


 本来、弓兵でもいれば多少は楽になるのだが、ランレオに弓兵部隊は存在しない。


 魔法王国としての誇りが弓兵の育成を邪魔しているのだ。


 ランレオの魔法兵は他国の弓兵と比べても確かな戦果を挙げていて、これまでは大きな問題にされてこなかった。


 ランレオは建国以来魔人と戦っていない、数少ない国で対策が後回しにされてきたというのもあった。


 フィリップやボリスはその愚かさを今まさに痛感していた。




(見栄の為だけに勝てるか分からんモンスターと戦うのか? 本当に他に道はないのか?)




 既に三人を失っている。


 疑問を持つなと言う方が無理だったが、今引けばまだ息のある兵士を見殺しにする事になりかねない。


 任務を果たせず、仲間を見殺しにして撤退するというのは彼らの誇りが許さなかった。


 人間が取る策は持久戦しかない。


 一瞬目を交わし頷きあう。




「お、俺も戦います……」




 そう言って倒れていた兵士達が立ち上がった。


 多くの者がほんの一瞬気を取られた、その隙を突いてワイバーンは再びブレスを立ち上がったばかりの兵士達目がけて吐いてきた。




「【マジックシールド】」




 油断していなかった魔法使い達が同時に障壁を張って防ぐ。


 威力があまりなかったのか、障壁にぶつかって霧散した。


 と同時にフィリップを除く三人がふらついて膝をついた。


 魔力枯渇現象である。


 詠唱省略での戦闘を強いられてきたせいだ。


 その三人を目がけてワイバーンが突進してきた。


 ワイバーンの体力、魔力ともに人間とは桁違いなのであった。




「【バリケード】」




 フィリップがとっさに三人の前に障壁を張ったが、一枚では脆すぎた。


 ワイバーンが突撃すると同時に障壁は砕け散る。




「くっ!」




 火傷を負っていた二人が三人の前に割って入り、まともに突進を受けた。


 短い悲鳴を上げ、強風に煽られた紙くずのように飛んでいく。


 魔法使い達はおかげで回避出来たものの、二人が受けたダメージは誰が見ても致命的だった。




「エバンス、アレック」




 ボリスの呼びかけにぴくりとも反応はしない。


 忌まわしきワイバーンは再び上空を舞っていた。


 魔法使い達は臍をかむ想いをしながら、マジックポーションを飲んで立ち上がった。


 フィリップも一本空けた。


 目の前のワイバーンを倒す事でしか戦友に報いる事は出来ないと信じた。


 ワイバーンは決して馬鹿ではないが、利口という訳でもない。


 利口ならば巣に帰るなり仲間を呼ぶなりするはずである。


 そして仲間のワイバーンが加勢に来る気配もない。


 だったら自分達にも機会はある、と人間達は判断した。


 フィリップがマジックポーションを飲んだのを見計らってワイバーンは再度の突進をしてきた。


 どうやら魔法使いが隙を見せたら突進してくるらしい、と判断した人間の反応は素早かった。


 ボリスを含め兵士四人がフィリップの前に立ち、そこに魔法使い全員で「バリケード」を展開した。


 そしてワイバーンがバリケードを粉砕し、速度が落ちたのに合わせて反撃を叩き込む。


 ボリスは紙一重で牙を避けて喉元に、兵士達は爪をさけ前足の付け根に剣を突きつけた。


 ここに来てワイバーン自身の突進力が仇になった形になった。


 ボリスの剣が喉を貫き、他の三本の剣も鱗を切り裂き血が出る。


 それでもワイバーンの突進は止まらず、四人は後ずさりさせられた。


 鈍い音がしてボリスを除く三人の剣が折れてしまう。


 魔法使い達全員でボリスを支え、それでも後ずさりしたものの辛うじて止まった。


 ワイバーンは絶命していて、ぴくりとも動かなかった。




「か、勝ったか……」




 ボリスの両腕は痺れていてしばらくは使いものになりそうになかった。


 剣がダマスカス鋼製の名剣でなかったら折れて体を牙で砕かれていたに違いない。


 それ程の破壊力を感じた。


 ボリスが剣を抜くと赤い血が噴出する。


 戦死者五名、使用ポーション二十八。


 ワイバーンと戦ったにしては損失は軽いものだった。




「これで任務は完了か。二度とこんな人数でワイバーンとは戦いたくないものだ」




 フィリップのつぶやきに誰も異論を唱えなかった。


 皆が同じ想いを抱いていたのだ。


 前衛を務めた者で無傷の者は一人としていない。




「持てる分だけ剥ぎ取って帰ろう。装備を作るに当たっていい素材になるからな」




 ボリスの提案にも反論は出なかった。


 剥ぎ取らずに帰ったら責められる事をやはり皆が分かっていたからだ。


 フィリップ達魔法使い達も含め、全員が短剣を携帯している。


 「ないよりはまし」という戦場に出る者の嗜みに近いものだったが、今回は幸いした。


 ボリス以外の剣は折れて使いものにならなくなってしまったのだから。


 ワイバーンの牙、爪、鱗はそれぞれ武器や防具の材料になる。


 特に鱗は打撃と魔法に強いので強力な防具を作れる。


 フィラートも強力な装備を手に入れただろう、と目されている。


 強硬手段が採られたのは何も国の面子だけの問題ではないのだ。


 ワイバーンの遺骸が残らなかった、など誰も想像すらしていない事だった。


 剥ぎ取りを終えると戦死した者達を一旦埋めにかかる。


 ワイバーンを始め人肉を食らうモンスターが出る地域などで、そのままにしていけば間違いなく遺体を食い荒らされる事になる。


 髪を切り、彼らの家族へと届けるのだ。


 かくして急遽結成された「ワイバーン討伐隊」は任務を達成し、帰路へとついた。


 その途中、ボリスがフィリップに話しかけた。




「マリウスなる者の事、どう感じている?」




「事実無根の情報を流したとて、いずれ分かりますし、フィラートはそこまで愚かではないでしょう」




 フィリップは慎重な態度を取った。




「同感だな。何より、ワイバーンどもの様子がおかしかった」




「派手に戦ったのに姿を見せませんでしたね。普通では考えられない事態です」




 二人の会話を聞いていた兵士の一人が疑問を投げかけた。




「あの、ワイバーンが他に姿を見せなかったのは確かに変ですが、それがフィラートとどう結びつくのでしょうか?」




 ボリスは鼻を鳴らしながら答える。




「知らんのか? フィラートにワイバーンは生息していないのだ」




 質問した本人はもちろん、他の者もあっと声を上げた。


 フィラートに存在しないはずのワイバーンが出現した事と、ランレオに存在するワイバーンが現れなかった事は容易に結びつけられる。


 もちろん一足飛びに決め付けるのは危険だが。




「何にせよ、マリウス・トゥーバンが化け物なのは間違いあるまい。バーラ姫を筆頭とする講和派には頑張ってもらいたいものだ。せめてマリウス・トゥーバンがフィラートにいる間はな」




 ボリスがそう言うと兵士達は何度も頷いた。


 彼らにしても自分達が命懸けで戦って死人を出しながら辛うじて勝ったモンスター複数を秒殺する、などという怪物と戦うのはご免だ。




「これはまだ未確定情報だが」




 ぽつりと独り言をつぶやくようにフィリップが言った。




「マリウス・トゥーバンは“魔演祭”に出てくるらしい」




 ぎょっとした顔がフィリップに向けられる。


 魔演祭に出るのは国一番の魔法使い、すなわちランレオではフィリップである。


 現在三連覇中の強豪であり、フィラートのルーカス、セラエノのヘムルートと並んで大陸三強の一人と謳われている。




「責任重大であるな。国祖クラウス様の姓を継ぐ者としては」




「それを言わないで下さいよ、充分すぎる程に重圧を感じてるんですから」




 励まし半分、からかい半分で言ってくるボリスにフィリップは苦笑を返した。


 クラウスは亡ランレオの姫と結婚して改姓したが、生まれた息子達の中で一番魔法使いとして優秀だった三男に公爵位を与えてアドラー姓を復活させた。


 これによりアドラー家は公爵家筆頭であり、当主の座には国一番の魔法使いが就く事が慣例となった。


 それだけに寄せられる期待と重圧は並々ならぬものがあり、過去魔演祭でフィラート代表に敗れた者は全員家からも追放されていた。


 もっとも、それが何度も続かないあたりランレオの魔法使い達の層の厚さを示しているのだが。




「私としてはマリウス・トゥーバンが大した事ないか、強硬派が大人しくなる程の実力者である事を期待したいな」




 一番始末が悪いのはフィリップを負かす程度の力しかない、あるいは出さないというものだ。


 アドラー家の当主たる者が簡単に変わられては困るのだ。


 フィリップの先代はルーカスに敗れて追放されてしまった。


 その時の苦さがまだボリスの胸の内に燻っている。




「私もそう願いたいですよ。もっとも、フィラートとしてはアドラー家の当主が代替わりした方が好都合なんでしょうがね」




 フィリップは苦みと悔しさが入り混じった表情で答える。


 フィリップもボリスも他の兵士達もあくまでランレオの民であり、彼らの主観が全てだった。


 フィラートにとっては誰がアドラーの当主でもよかったし、不吉な兆しが見える現状では代替わりされない方が望ましい、などと考えているとまでは思わなかった。

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