第39話「第二競技」

 マリウスは空気がおかしい事に気づいて、「困った時のルーカス頼み」とばかりに尋ねた。




「ルーカス殿、結界の修復ってそこまで難しいですか」




「は、はあ……」




 ルーカスは周囲の気持ちがよく理解出来た。


 予備知識と耐性を持っていたはずの自分がド肝を抜かれたのだから、知らなかった人間はどれくらい驚いただろうか。


 多分、言語化するのは不可能だ。




「あれらは一流の魔法使い達が数十人がかりで数年かけて一枚ずつ張っていくタイプです。それらを一瞬で修復したとなると、マリウス殿は単純に数千人分の魔力を持っているという事に」




「なるほど」




 説明するだけでも恐ろしい。


 一番の恐怖は無詠唱で軽々とやってのけたという点である。


 詠唱した上でならば、一人で魔法兵団丸ごとと戦っても勝てるかどうかという事で「一軍にも匹敵する、万人不当の魔法使い」で何とかなる。


 しかし無詠唱でやるとなると……ルーカスはそれ以上考える事を放棄した。


 それでも小声で「全部無詠唱でやるとなると非常識の極みですよ」と忠告を忘れなかった。


 マリウスに悪意はなく、フィラートへの好意でしているならば言っておいた方がいいと判断したのだ。


 手遅れなんて言葉は脳内の辞書から一時的に削除しておく。


 マリウスにしてみれば「何を当たり前の事を」とでも言うべき事であった。


 模擬戦で無詠唱で上級魔法を連発し、周囲にドン引きされた事を忘れていたわけではないのだ。


 むしろ覚えていたからこその行動だったのだが、そんな事は他人に分かるはずもない。


 当初の目的は達成出来たのでよしとしたマリウスだった。


 昨夜会ったミレーユが驚いているのを見て、せいぜいアステリアの計算を狂わせてやろう、と思う。


 ただ一つ気になったのは、バーラだけは何やら異なる種類の視線を向けてきている事だ。




(まるで憧れのアイドルと遭遇した熱狂的なファンみたいな……?)




 相手は一国の王女だし、さすがに自意識過剰かと気にしない事にした。




『さあ続いて第二競技を行います。第二競技はプレサイスです』




 ワイスの実況の後、スタッフ達の手によって人間の模像が設置される。


 そして白い線が引かれる。




『ルールを説明します。ウラミス製で出来た像に魔法を撃ち込んで下さい。像には限界ポイントが設けられています。ポイントから近い順に像は白、青、緑、黄、赤、黒となります。最も限界ポイントに近かった人が優勝となります』




 ワイスの説明が終わった後、カタリナが手を挙げて質問した。




「競技順が後の者ほど有利になると思えるのですが、そのあたりはどうなのでしょうか?」




『設けられる限界ポイントは一人一人異なりますのでご安心下さい。ある意味、他の人の競技そのものがミスリードとなりえるのです』




『魔法の調整力、判断力、それに直感力も必要だね』




『魔法使いの戦闘、意外と大事なのが直感力ですからね。直感的に判断しないと対応が間に合わない場合が珍しくありませんから』




 第一競技の成績の最下位のアネットからだった。




「【ファイア】」




 マリウスが第一競技で放ったものとは比べ物にならない、弱々しい火の玉が飛んでいき、像に当たると白く変色した。




『おおっといきなり高ポイントが出たー! アネット選手、二ポイントです』




『意外と言えば意外だけど、単純な魔法威力とは別物だしね』




「ええー」




「かませじゃないのかよー」




 観客からもざわめきが起こったが、一番驚いたのはアネット本人だった。


 アステリアには「全競技最下位でいいから、精一杯やってこい」と送り出され、「何かの作戦の駒なんだ」と割り切って出場したつもりだったのだ。


 参加者達も「アネットはただのやられ役」と認識していたので、予想外の展開に驚く。




『さあ、次はジョルジュ選手』




『意外と威力出せない選手が有利だったりしてね』




 ジョルジュが十五ポイント、グレゴールが十八ポイント……と十ポイント台が続く。




『お忘れかもしれませんが、ポイントが低い程好成績です』




『皆、意外と好成績だしね』




 さりげなくフェリックスは酷い事を言って、会場内から笑いを誘った。


 ウォーレンが十六ポイント、ヘムルートが十三ポイント、ルーカスが十ポイント、フィリップが九ポイントを出した。




『これは十ポイント台なら凄いと考えていいんでしょうか、フェリックスさん


?』




『そうだね。実際にやってもらえると分かりやすいね』




 現時点での一位はアネットという波乱の展開だが、二位にフィリップ、三位にルーカスと以下はほぼ順当と言えた。


 ボルトナー勢の二人も上位にいて、彼ら向きの競技だと見る事が出来る。




『続いてミレーユ選手』




 六ポイントで青を出し、暫定二位につける。




「ミレーユって本当に強いんだな……」




「応援したくはないんだけど、強いのは仕方ないな」




 観客も大きくどよめく。




『続いては一躍優勝候補に躍り出たバーラ選手です!』




 ミレーユの時とは打って変わって、観客からは大きな拍手と歓声が沸き起こる。


 特に若い男性達は熱心に応援していた。


 それらに手を振ったり投げキッスをしたり、愛嬌を振りまく事を忘れずにバーラは白線のところに立った。




「【アクア】」




 小さな水滴がよろよろと飛んでいき、模像に当たって消えた。


 像は白く変わる。




『バーラ選手、惜しくも三ポイント! 二位です』




『凄いね。アネット選手と違ってまぐれ感がないね』




「スゲー!」




「バーラ姫様最強!」




 大歓声に投げキッスで応え、バーラは退いた。


 魔法大国ランレオの人間を舐めるな、という思いと、アネットにしてやられたという思いを抱きながら。




(ああ、でもマリウス様になら舐められても……いえ、むしろ全身を!)




 ピンク路線に突撃しそうになりながら最後の一歩で踏みとどまった。


 凄い魔法と凄い魔法使いを熱狂的に愛する彼女にしてみれば、マリウスという規格外の存在を知れた事が無上の喜びだった。


 一方で何だかんだでセラエノやルーカスは侮れないと見ているし、個人優勝も国別優勝も譲るつもりはなかった。


 猛威を振るうマリウスに対して少しでもそんな事を考えているのは、最早バーラただ一人であった。




(マリウス様が偉大だからこそ挑みたいわ! そして認められたい!)




 挑戦者意識と言うよりもピンク意識、デートをしているような感覚なのだが。


 バーラはマリウスの順番が来る事を唯一、心の底から楽しみにしている人間だった。




『そして最後に! 優勝候補大本命! マリウス選手!』




 ワイスが名を告げると、会場内は静まり返った。


 誰かが生唾を飲み込む。


 ウラミス製という聞いた事もない素材の耐久力など、想像も出来ない。


 限界ポイントが個人で異なるならば、他人の競技を参考にするのも無理だ。


 どうやら無意識のうちにフラグを立ててしまっていたようであった。


 思わずため息が出たが、こうなっては仕方ない。


 マリウスは軽く息を吸って吐くと、線が引かれた位置まで進む。




「【ファイア】」




 さっき撃ったのが全力のファイアならば、今度撃ったのは最弱のファイアだ。


 それでも軽く模造を粉砕してしまい、真っ黒に変わる。


 会場内が再び静まり返る。




『え~と、マリウス選手……?』




『微調整は苦手みたいだね。人間、誰でも苦手分野くらいあるからね』


 


 解説のフェリックスの優しさがマリウスの胸にしみた。




『百三十と相当微妙な数字ですが、でも、さっきとんでもない魔法を連発してませんでしたっけ?』




『あれだけ強いんだから、魔力回復量も凄いんだろうね』




 マリウスにしてみればとんだ大恥である。


 ただ、具体的に数字化されるおかげで見えてくるものもあり、出場した事はよかったと思える。


 会場内にいる人間は誰も笑わなかった。


 ワイスもフェリックスも真っ青になり、脂汗を垂れ流しながら、持ち前のプロ根性でどうにか平静を装っているのにすぎなかった。




「あ、ありえないだろ。結界を五枚を修復して、更にあんな模像壊して、何で魔力切れを起こさないんだ!?」




 まず騒いだのはランレオの人間だった。


 何かにつけてつっかかられて彼らを快く思っていないベルンハルト三世も、今度ばかりは同意見であった。


 結界を一瞬で修復出来るというのはマリウスならば不可能でない、と考えていた。


 しかし、全て無詠唱でやったのが問題だった。


 考えてみればバルデラ砦を奪還した時も魔法一発で片付けたという。


 それだけしか報告になかったから、てっきり詠唱していたのだとばかり思っていたのだが、もし無詠唱だったとしたら。


 数万の軍勢に影響を及ぼす超巨大な魔法を無詠唱で使い、魔力切れも起こさず、疲れすら見せない魔法使いだとしたら。




(本当にメリンダ・ギルフォードと同等以上……? 人間か……? いや、人間以外がバカ正直に競技に出るはずもないし……もしやメリンダの生まれ変わりなのでは?)


 


 それならば説明もつくし、ベルンハルト三世としても心が安らぐ。


 他の考えは本能が拒絶した。




「きっと奴は火が得意系統なんだよ! わざとあんな事をして周囲を威嚇しているんだよ!」




 難癖としか言えないような事を喚き出した自国の人間に、ランレオ護衛隊長のボリスとベルンハルト三世が疲れたようにため息をもらした。


 一部分は間違っていないとはマリウスとエマしか知らない。


 むしろ攻撃魔法の類は火系統しか使えないと見た方が余程自然である。


 ベルンハルト三世がそう言ってやると、皆は救世主を見たかのような表情で大きく何度も頷いた。


 大失敗だったのに笑われるどころか、更なる恐怖を会場内の人間全員に刻み込んでマリウスの第二競技は終わった。




(凄い! すごい! 凄い! スゴイッ!)




 バーラは絶叫しながら踊り始めたくなる衝動をギリギリのところで抑えていた。


 誰もが絶望し、心が粉々になるような力を見ても、魔法狂いの彼女だけは興奮のるつぼだった。


 彼女にしてみれば微調整が苦手など、大した失点ではない。


 どんな魔法使いでも欠点はあるものだから。




(お近づきになりたい! 教えを請いたい! 支配されたい!)




 王女としても女としても危険な事を考えつつ、マリウスと仲良くなる為の方法をひねり出そうとしていた。


 第一競技でも素晴らしかったのに、全く疲労していなかったという点がたまらなく魅力的だ。


 何とかしてお知り合いになりたい、とバーラは強く思った。


 ランレオはフィラートを敵視しているせいで、あまり仲はよろしくない。


 まともに相手にされてない事に気づいていないピエロ的存在と認識されていると、少なくともバーラだけは知っている。


 王女である自分が友好的態度を示しても、痛くもない腹を探られた挙句、相手にされないに違いない。




(ん? 王女?)




 バーラは王女という存在が最も使われるパターンを思いついた。




『第二競技、終了です』




 一位のアネットが二十五ポイント、二位のバーラが二十ポイント、三位のミレーユが十八ポイント、四位フィリップが十六ポイント、五位ルーカスが十五ポイント、六位ヘムルートが十四ポイント、七位ジョルジュが十三ポイント……そしてマリウスが最下位で一ポイントとなった。


 個人成績一位はバーラで四十ポイント、二位はミレーユで三十六ポイント、三位はフィリップで三十二ポイント、四位ルーカスが三十ポイント、五位ヘムルートが二十八ポイント、六位にマリウス、ウォーレン、アネットが二十六ポイントで並んだ。


 国別は一位がランレオで七十二ポイント、二位ホルディアの六十二ポイント、三位フィラートが五十六ポイント、四位セラエノが五十二ポイントとなった。




『ランレオとホルディアが上がってきましたね、フェリックスさん』




『ランレオはさすがの強さ。ホルディアは選手決めの妙と言ったところだね』




『フィラートとセラエノが後退してしまいましたが、どうご覧になっていますか?』




『フィラートはマリウス選手の意外な弱点が露になって伸び悩んだ感じだね。セラエノはいつも通り堅実で安定した戦いを見せてくれているね』




『ここでいったんお昼休みを挟み、午後から最終競技となるわけですが、今後の展開の予想をお願いします』




『フィラートが失速して逆に面白さが増したと思うね。魔演祭でバトルが行われなかった事は過去に一度もない……つまり、最終競技は必ずバトル要素が入っているだろうからね』




『バトルとなるとやはりマリウス選手がいるフィラートが俄然優位かと思われますが?』




『バトルと言っても色々あるよね。それにポイント差を考慮すると、マリウス選手はただ一位取るだけじゃ挽回しきれないしね』




『そうですね。個人成績一位のバーラ選手とマリウス選手のポイント差は十六ポイント差……マリウス選手が最終競技で一位を取っても、バーラ選手は十位以内に入れば逃げ切れます』




『国別でも一位と二位で十ポイントあいてるしね。だから現在上位につけている選手全員、優勝の可能性があるルールにするだろうね』




『つまりここで観戦を止めると後悔する可能性があるわけですね』




『まあそうやって最後まで大会を盛り上げるのが主催国の義務だしね』




『午後からの熱戦に期待しましょう』 

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