第12話「そしてこれから」

 マリウスに宛がわれたのは離宮の一室だった。


 部屋は十畳くらいありそうで、大きなベッドと机、タンス、鏡台、時計もあってテレビがないのを除けば元の世界での上等なホテルの部屋にも匹敵するであろう。




(それにしても、妙なもんだな)




 風呂に入り、美味しいものを食べ、やっと人心地がついたせいか、これまでを振り返る余裕が生まれた。




「過ぎた事より、これからどうするかが大切だ」




 というのがマリウスの亡き父の口癖であり、彼が体現しようと心がけてきた事である。


 だから、こちらの世界に来た当初はまず生きる事に全力を注いだ。


 それが間違っていたとは思わないが、反省すべき点はあったと感じている。


 例えばゴブリンの群れに敵意を向けられ、問答無用で全滅させたのはやりすぎだった。


 ゴブリンが人語を話したところでファーミア語を理解出来なければ意思疎通は図れなかったのだが、あくまでも結果論だ。


 他にも湖の森は半壊状態だし、道標を作る時も少々殺しすぎた気もする。


 それから、王族一行には警戒心を露わにしすぎていたように思えた。 


 もう少しやりようはあったはずではないか。


 何だかんだで冷静さを欠いていた。


 もっとうまく立ち回れるよう、気を引き締めていかねば。




(よし、反省終わり)




 両頬を一度叩くと、マリウスは今後に思いを馳せた。


 ターリアント大陸について知っている事はほとんどない。




 星暦四〇〇年、ファーミア帝国がターリアント大陸へ遠征するも失敗


 星暦四一〇年、ファーミア帝国がターリアント大陸へ再度遠征するも失敗


 星暦四四六年、ファーミア帝国がターリアント大陸へまたも遠征するも失敗


 星暦八九一年、魔王アウラニース軍がターリアント大陸を滅ぼす




 というゲームの年表くらいだ。


 素直に考えれば、魔王アウラニースの復活を阻止、もしくは撃破が大きな目標となるだろう。


 明日にでも今が何年かを確認しよう。


 そう思ってマリウスはベッドに入り、ものの数秒で夢の世界へ旅立った。












 


 豪胆で楽観的な客人があっさり意識を手放した頃、王宮の一角では深刻な顔した者達が会議をしていた。


 まず諜報部のフレッグが口火を切る。




「申し訳ございません。何の手がかりも発見出来ませんでした。いかなる処分も謹んでお受けいたします」




 平身低頭の臣下に対する王の反応は厳しいものではなかった。




「構わぬ。その方らが手を尽くしても何も見つからぬという事は、人外の者が関わっておる可能性が高いという証拠」




 その言葉に緊張が走る。




「魔人デーモン……またも、でしょうか」




「恐らくは」




 水を打ったかのような静けさに包まれる。


 魔人デーモンが人類国家にちょっかいを出してきた例は過去に何度もある。


 かつて東の大国と言われたセラエノ王国は、人に化けて入り込んだ魔人デーモンの手によって大打撃を受け、大陸一の弱小国にまで落ちぶれた。


 それだけにどこの国でも得体の知れぬ者に対して、過剰な警戒心を抱く傾向にある。 


 また、この国も魔人デーモンの手によって大きな損害を受けた事があるのだ。


 そんな中でマリウスの国賓魔術師への登用は、多くの者にとって暴挙とすら思えたのである。


 お互い目で催促しあっていたが、やがて近衛騎士総長のユーゼフが代表して質問した。




「例のマリウスなる者、まことに信用していいものでしょうか?」




 予期していた王はことさら淡々として答える。




「うむ。実は彼が飲食した物は全て聖水入りであった。それをどか食いし、がぶ飲みして平然としておったのだから、魔人デーモンや魔王ではあるまい」




 もちろん「どか食い」や「がぶ飲み」という言葉を使ったのはわざとだったが、廷臣達にしてみればそれどころではなかった。


 聖水はモンスター除けとして太古から存在するもので、魔人デーモンや魔王を倒せはしないが、彼らが体内に大量に取り込んで無傷ですむものでもない。


 王の言葉が事実であれば、マリウスという男は人類に属していると見て間違いない。




「しかし、それでも何者か分からぬまま、という点は変わりませぬぞ」




 釘を刺すかのように鋭く言ったのは宰相のファルクである。


 他の者はその言葉にハッとし、王の顔色をうかがったが、心理を読み取る事に失敗した。




「分かっておる。だから国賓魔術師に据えたのだ。彼が何者であろうと好き勝手出来ぬようにな」




「おお」




 騎士団長のヤーダーベルスと魔法兵団長のニルソンが王の言葉に感嘆し、膝を打つ。


 国賓魔術師は確かにその立場故に、常に監視するのはそれほど困難ではない。




「もちろん、本当に間者でないという可能性もある。彼は間者にしては強すぎるし目立ちすぎる」




「ごもっともです。ただ、彼程の実力者がこれまで無名で、どこの国とも縁がないとはにわかに信じられませぬ」




 王に対し異を唱えるような発言をしたのは宮廷魔術師長であり、国に仕える全ての魔術師を束ねるルーカスだった。


 結局のところ、問題はマリウスの出自が不明な点に行き着くのである。


 色んな意見は出るものの、結論は出ない。




「埒が明かぬな。今日はここまでとしよう」




 ベルンハルト三世の言葉でお開きとなり、一同は辞去した。


 今回の件が魔人デーモンの策謀ではなく国の中枢に裏切り者がいる、という事も考えられるが、ベルンハルト三世はついぞ口にしなかった。


 裏切り者がもしいるのならば、この場に参加している者達の中にいる可能性が極めて高いからだ。














 ターリアント大陸のどこかにある、人間達の知らない場所。


 今、複数の影が会合を開いていた。




「ワイバーンどもが相手にならぬとは、人間にもゴミではない輩がいるようだ」




 まず厳めしい声が響く。




「マリウスとやらは何者だ? どこから現れたのだ?」




 続いて響く、慎重な声。




「どうでもよい。たかがワイバーンではないか」




 興味なさげにはき捨てる、粗暴な声。




「小さな綻びはやがて大きな裂け目となる。そんな事も知らぬ低脳は口を開くな」




「何だと! でかい口を叩くな、小さな羽虫にも怯えねばならぬ劣等生物めが」




 険悪な雰囲気になる、慎重な声と粗暴な声。




「諍いはよさぬか。我らが目的を忘れたか?」




 嗜める、厳めしい声。




「ぬう……」




 唸りながらも仲裁を受け入れる両者。


 どちらにも一目を置かれる存在のようだ。




「致し方ないか」




「我らが神、ティンダロス様再臨の為だからな」




 不吉な名前が不気味に響いて消えた。

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