第25話 劣悪なエンカウント
霊特殊捜査本部α棟10階、霊能犯係オフィスルーム。
内容は情報の再ヒアリングと、御厨が纏めた報告書の確認依頼だった。
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◯軽井沢人形消失事件――報告書
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(※新情報箇所を■として、
【
◇基本情報
■名前 パサラ(第十厄の妹)
□外見 年頃十歳の女の子、身長145センチ程
□髪型
□特徴 ゴシック・アンド・ロリータ(白)
□コードネーム 『
◇呪力情報
□属性
□能力質 悪魔系統
□呪詛 不明
■詳細
具現化した標識により、絶対的な
また、オリジナルの標識(ドア解放禁止、屋根伝いの移動禁止、人形巨大化など)が存在し、その数は不明。
【
◇基本情報
■名前 ケセラ(第九厄の姉)
□外見 年頃十二歳の女の子、身長150センチ程
□髪型
□特徴 ゴシック・アンド・ロリータ(黒)
■コードネーム 『
◇呪力情報
■属性 闇属性𝕮
■能力質 物質干渉系統
□呪詛 不明
■詳細
人形を操作する呪力。人形の操作及び、保管限度数は不明。バスケット籠から人形の出し入れが可能で、数種類の人形軍を保有している模様。逃走にバイクを利用している点から、人形よりは玩具としての定義が相応しいかもしれない。
当事件で消失した人形がネットの裏サイト『愛玩人形の品評部屋』で提示されていた写真と一致している。おそらく、能力発動条件に関連していると予想される。
ヒアリングされた内容が理路整然として纏まっていたので紅空は関心した。読みながら状況をフィードバックすると、本当に恐ろしい能力だ。有利な陣地を構えながら柔軟な陣形を配置するスタイルは、さながら戦国合戦のようだった。
――収集される人形達……まるで戦争前の徴兵みたい。
何か不吉めいた想像が脳裏を掠めたが、内容に問題がないことを報告して紅空はオフィスルームを後にした。
西日がエレベーターホールに差し込んでいたので、紅空の影が鼠色の絨毯に映る。窓から見下ろすと、霊達の宿泊施設が視界に入った。射光に照らされる表情はどこか寂しげだ。
「黄昏るのが本当にお上手ですわね」
ビクッと表情を堅くする紅空。振り向くと燃えるような赤髪をシニヨンで纏めた
こんな
「……何の用?」
「
「引導?」
不気味な笑顔を作る遊鳥にゾッとした紅空は、空中に展開された動画を見ると目を
その動画はちょうど紅空の家からノラと二人で出てくる映像だった。服装から推察するに
「まさかホシをリージョンGで偶然見かけて、追跡してみたら逢引きの現場を目撃するとは思いませんでしたわ。情事を終えた後の仲睦まじい姿……本当に不謹慎で吐気がしますわね。遊鳥ガッカリですの」
嘲り笑う遊鳥の横で、顔が青ざめる紅空。明らかに狼狽の色を隠せていない。
「浮遊霊保護罪及び、霊的公遊罪。貴方、母親と全く同じ道を歩んでいますわよ」
「…………」
「今からこの映像を上官に提出しますの。浮遊霊失踪事件の
「お願いやめて……彼は事件とは関係ない」
「それは調べれば判明しますわ。まぁ無関係だとしても、霊的公遊罪が立証されれば、除霊の強制執行は確定ですけどね」
――ノラが調査されれば、間違いなく胸に刻まれた呪印が見つかる。そうなったら……待つのは強制執行……。
俯きながら打開策を思考するが、妙案は浮かばない。
「貴方も相応の処罰は受けるでしょうね。謹慎処分以上は覚悟して下さいまし」
一回鼻で笑った遊鳥は、両手でスカートの裾を摘まんで軽く持ち上げると、「それでは、ご機嫌よう」と社交辞令のお辞儀をしてから踵を返した。
一歩一歩を颯爽と歩く姿はモデルウォーキング。染み付いた絨毯の上は然る事ながら、田んぼのあぜ道でさえも彼女にとってはランウェイを歩くのと変わらない。
女としての美と価値は注目にこそある。耽美主義者の彼女は、壮麗というレッドカーペットを常に歩いていた。
「ちょっと待って、萌園遊鳥っ!!」
遊鳥は終始ご機嫌だったが、咄嗟にフルネームが呼ばれたので怪訝な表情で振り返る。そこには覚悟を決めた紅空の顔があった。
「私達は男女の関係ではないし、恋愛的な感情は一切ない。だから萌園さんが想像してる事は見当違いも甚だしい。正直、心外!」
「そんな理屈が通ると思ってますの? 男女が夜中に密会なんて……肉体を重ねる以外何かありますの?」
何故か堂に入っている遊鳥だが、男性経験はない。恋愛マスターを自称する生娘である。
「私の身体を調べて貰っても構わない。身の潔白を証明するのは造作でもないよ。霊的公遊罪は絶対に適用されない」
ここは一歩も引けない。遊鳥を挑発することに意味がある。もう方法は一つしかないのだ。
「……まだ、浮遊霊保護罪がありますの。霊を家に宿泊させてたらアウトですのよ」
「浮遊霊保護罪の例外――負傷した霊を発見した場合は一時的な保護は許可できる。私は理に従って行動したまで」
しかし、ノラは紅空の家に二泊している。よって、浮遊霊保護罪の例外は適用されないのだ。嘘も誠も話の手管を理解した上で、紅空は嘘をついた。
「何を言い訳しようと、貴方の脳内に残る記憶残滓をスキャニングすれば真偽は追求されますわ」
記憶永存管理システム『スサノオ』――
だから、もう方法は一つしかないのだ。
……これは私の甘えが招いた罪だ。だからノラには迷惑は掛けられない。私が解決しないといけないんだ。
はぁーと殊更に溜息をついた後、太々しい態度をする紅空。片手を腰に当てて、首を少し横に傾けると、
「もしかして、萌園さん。私が男性と経験してるかもって嫉妬してる?」
妖艶な微笑みで遊鳥を小馬鹿にすると、この場で小悪魔が一匹増えた。
「なっ! そんな訳ありませんの! 恋愛経験が豊富な遊鳥が嫉妬なんて――」
「あれぇ? お嬢様の萌園さんは処女だと思ったんだけどなぁ~。萌園さんって結婚する殿方に純潔を捧げるとか言いそうなタイプだし」
核心を突く言葉の矢が遊鳥のハートに突き刺さる。彼女は顔を赤く染めながら口を結んだ。図星だった。
一方、本意ではない姿を紅空は演じ続ける。それは別の角度で遊鳥の目を反らす必要があったからだ。
「はぁー。本当にアンタの態度にはうんざり。丁度良い機会だから、直接言わせて貰うね」
目力マックスの紅空は、人差し指を遊鳥の突き指した。
「傲慢、高慢、陰険、高飛車、自意識過剰! 本当大ッッッッッッッッッ嫌いっ!!」
突き指した指が下に向く。
「萌園遊鳥、アンタに公式戦を申し込む! 床に
紅空の珍しく見せる勝気な態度に遊鳥は目を見開いた。
「貴方……本気で言ってますの? 遊鳥に勝った事がないくせに……いけしゃあしゃあと。生憎、遊鳥は貴方みたいな下の者と戦うつもりはありません」
「怖いの?」
「――――ッ。遊鳥は序列13位、貴方は序列24位。序列変動に影響がない弱者と戦って何のメリットがありますの?」
「それもそうね。なら一つ互いに賭け品を入れましょう」
遊鳥の怒り振動をキャッチした紅空は、閃いたと言わんばかりに指を上に立てた。
「萌園さんが勝ったら、私が学校で三日間奴隷になる。私が勝ったら、萌園さんが一日奴隷になる。どうかな?」
「……遊鳥を猟奇快楽者と勘違いしてないかしら? 全く食指が動きませんわね」
「じゃあ……ミスコン出場権の譲渡はどう?」
紅空の切り札が出されると、呆れ顔の遊鳥の目尻がピクッと動いた。掛け値が大幅に上げった証拠だ。
「選抜者に明確な事情があれば、代替者との交代が可能。しかも、選抜者にその推薦権利が認められる。私が萌園さんを推薦すれば成立だよ」
「舐めないで下さい! 遊鳥にもプライドがありますわっ!」
「そっかぁ~。私が萌園さんの美貌に勝てる気がしないから辞退したって校内で公言すれば宣伝効果もあるし、優勝間違いないと思ったんだけどね。代替者が優勝したら、歴史に残る快挙として末代まで語られるよね、きっと」
遊鳥の目尻がピクピクと動く。
「それにミスコンなんて憧憬や脚光を浴びる舞台だし、私には相応しくないもん。最初から誰かと交代するつもりだったし、他を探すよ」
遊鳥の目尻がピクピクピクと三拍子を打つ。暫しトリップモードに入る。
女としての美と価値は注目にこそある。耽美主義者の彼女は、ミスコンという檜舞台に憧れを抱いていた。そして、紅空は遊鳥の性格をよく理解していた。
「……文化祭期間中に遊鳥をサポートするなら考えても良くてよ?」
咳払いをしながら付加価値を求めるゲスな遊鳥。優美な羽を見せつけて、空を見下している。しかし、紅空にとっては織り込み済みだった。
「仕方ないなぁ……なら最初提示した三日間奴隷の件もオプションで付けるよ。文化祭はちょうど三日間だしね」
プライスレスのミスコン出場権+奴隷権の特典付き。インターネットのプロバイダーに加入すれば、
際して、バサバサと大空に飛び立つ鳥が網にかかった。
「……分かりましたわ。その賭けを承諾致します。公式戦でコテンパンしてあげましょう」
遊鳥が画面を操作すると、紅空の画面にコール通知が届く。
『萌園遊鳥から公式戦の申請があります。承認しますか?
■YES □NO』
『YES』を選択した紅空はニコッと微笑を漏らした。
「私が勝った場合、一日奴隷権は今日使わせて貰うよ。名誉棄損として例の動画を全削除してね」
「なっ!? その話とこれは別件ですの。詐欺ですわっ!」
「女に二言はないよね?」
余裕の笑みを浮かべる紅空と歯を食いしばる遊鳥。完全に形勢が逆転している。
「――チッ。ジメジメジメジメと陰湿な苔のように! 遊鳥の情熱で苔女を燃やし尽くして差し上げますわ!!」
「陰険鳥女。私が吹っ飛ばしてあげるっ!!」
エレベーターホール前で、既に火花を散らす両者。徹頭徹尾、肩に乗っていたキュービッツはゲロを吐きそうなぐらいの重圧を感じていた。
エレベーターが「チンッ」と音を鳴らしても、降りる者はいない。そして、エレベーターを利用しようとする数人が柱の陰から見守っている。
小話ではあるがその日は階段を利用した者が多く、地味にメタボリッカーを撲滅したという話である。
「「――――ッ」」
睨み合う両者。女の
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