第17話 道標の捜索準備

 ペット探偵事務所『ブラックIVイヴ


  所長  津々良つづら おり

  年齢  二十八歳

  住所  東京都新宿区(以下、省略)

  URL https://petdiv.blackiv.jp

  PR  迷えるあなたのペットを即発見♪

      幸せなペットライフは私達が確約します!


      ※相談次第で、人探しも可



 ノラは提示されたポップな名刺を読むなり、破り捨てそうになった。派手な色合いに字体は行書体で読みにくく、子憎たらしいことに裏面は英語版で綴られた仕様となっており、インターナショナル感がイライラを誘発する。


「事務所名的にどう考えても、闇金融業者かキャバクラとしか思えないな。後、『迷える』はペットに修飾するべきだ。これじゃあ、依頼主が迷子になってるよな、シスター」


「えっ! シスター私っ? ――ゴホン。私は父と子と聖霊の御名によってあなたの罪を許します、アーメン!」


「……いや、アーメンは信徒が言う台詞で、そのタイミングでシスターが言わないからな。ノリツッコミみたいな感じなってるぞ」


 などと――ノラと紅空くれあの茶番劇がソファーで繰り広げれている。


 一方、ソファーの後方スペースでは、モヒ犬こと黒豆くろまめがミルク味の骨ガムをぶん回して遊んでいる。ガムを放り投げては飛び付くのを繰り返すその姿は荒々しく、腹を満たした後に起こる『トチ狂い』と呼ばれるご機嫌衝動らしい。


「閑話休題は終了として、ノラ君の刻印を見せて貰っていいっすか?」


 ややあって、ノラと紅空の正面で足を組んでいる津々良が脱線した会話を元に戻す。ノラはその場で立ち上がり、上着とシャツを脱ぐと津々良の表情が険しくなった。


「……陰の呪印と陽の玉印が混沌を描いている……陰陽太極印いんようたいきょくいんの発現を初めて見たっす。ノラ君がこの時代に降り立ったのは何日前っすか?」


「確か……新聞を見た時には9月10日って書いてあったから5日前かな」


「だとすると、呪印は生前から刻まれているみたいっすね。この時代に降り立った時点を基準とするならば、呪印は前世、玉印は今の現世で発現したものっすね」


「えーと、つまり前世の俺は……?」


死霊グレッドだったかもしれないっすね、チャンチャン」


 剽軽な態度を取る津々良に対して、ノラは不服げな表情を浮かべながら「チャンチャンじゃねえし!」と幕間音を帳消しにする鋭いツッコミを放つ。


「凄い剣幕っすね。でも結論と言える最もな理由は揃ってるんすよ。ノラ君は記憶喪失って言ってましたよね?」


「……ああ」


「それはおそらく、その黒勾玉の呪印が原因じゃないっすかね。呪力を得るは、呪詛を背負い、呪印を刻む――神を脅かす呪いの力の語源っす。ノラ君は自らが背負った呪詛の影響で記憶喪失になっていると思いますよ」


 再三に渡って耳にしてきた『呪力』という言葉。死霊グレッドは自らが呪いの代償を背負うことで強力な特殊能力を得ており、式神の『神戯じんぎ』や霊能官のスキル『特殊アビリティ』に比べても、本質と言うべき能力差が格段に異なるようだ。


『特殊アビリティ → 神戯 → 呪力』


 最も強い能力を持つ死霊グレッドは社会の脅威として君臨し、それに対抗するために霊能官は式神をパートナーにして戦っているのが世の情勢である。


「ちなみに特殊アビリティは、霊具れいぐに呼応した奥義みたいなイメージだよ。霊具の使用時に後天的に発現することが多いけど、稀に自身のエナに呼応して先天的に発現する人もいるみたい。ちなみにエナって知らないよね?」


 紅空は机の上に置いてあったメモ用紙を取ると、達筆な字体で滑らかに文字を書いていく。最後に黒豆の似顔絵がおまけで付き、それが恐ろしい程に似ていたので吐気がした。紅空は絵のセンスがあるようだ。


――――――――――――――――――

基脈八属性エナフォース

――――――――――――――――――

 火属性𝕿

 水属性≋

 土属性❖

 木属性❦

 風属性༄

 雷属性↯

 光属性❂

 闇属性𝕮


――――――――――――――――――

◆エナ

――――――――――――――――――

 身体の主要器官から心臓部に繋がる基脈を流れる精神エネルギーである。心臓部で蓄えられたエナは源泉ソースと呼ばれ、その総量は個人差がある。源泉ソースからエナを捻出することを還元と呼び、還元量が大きい程、エナの奔流に比例して爆発的な大技が使える。




「人間の性質に関わる話だから一人一属性は絶対で、複数属性マルチは有り得ないんだ。あっ、ちなみに私は風属性だよ」


「色々あるんだな。霊具っていうのは霊犯の本拠地に保管されてるのか?」


 かぶりを振った紅空は右手を前に突き出し、白い指輪識別端末を見せた。


「仮想世界の《社会の楽園パラムガーデン》にある四次元サーバーに粒子化した状態で保管されてるの。それを《個人の箱庭ガレージ》からリンクして物質化した状態で受け取る感じ」


 未来の科学力にあてられて絶句したノラは、腕を組みながら吐息をついた。理論はともかく凄いの一言だ。すると、それを横目に見ていた紅空が話題を転換した。


「ちなみに津々良……玉印の状態って?」


「やっぱり気になるっすよね。白勾玉が薄く浮かび上がってるのは、式神仮契約の状態っす。『召喚の儀』までは完了、『契約の儀』は未完な感じっすね」


 つまり、ルウさんと同じ状態である。片や排水溝に召喚されたウパルパ。片や廃ビル紛いの屋上に召喚されたノラ。召喚者の元に顕現した試しがない某召喚の儀式とやらは、致命的かつ潜在的なバグがあるらしい。


「んっ? ちょっと待て。だとしたら俺は誰かに召喚されたってことか?」


「みたいっすね、チャンチャン」


「あ――それウゼェ! いちいち幕を閉じるな、話が進まねえよ。ちなみに玉印の完成版はどんな感じなんだ? そのモヒ犬にも刻まれてるんだろ?」


 トチ狂い中だった黒豆の動きがピタっと止まり、テカテカの湿った黒鼻がこちらに向くと、


「見るかぁ? チンチンの上ぐらいにあるぜぇ」


「もういいや。一気に見る気が失せた」


 短い会話が終了し、またトチ狂いに励む。


「ねぇ、玉印から召喚者を探すことはできないの?」


「召喚者側からコンタクトする方法はなくはないのですが……式神側からコンタクトを取るのは難しいっす。それこそ誰かが道を示してくれない限り、この広い世界で召喚者を見つけるのは不可能っす」


「道を……示す……」


 思案顔で何やら考え込んだ紅空は、ややあって津々良に目を向ける。何か閃いたようで、一段と真剣な表情だ。


「ねえ、わらしべ猫って知ってる?」


「もちろん。目茶目茶メジャーな妖怪っすよ。何せ『黒猫が前を横切ると不吉な事が起こる』という迷信は彼が生んだものっす。自身が進む道と藁しべ猫の道標が違っているので、悪い未来の暗示を意味しています」


「その迷信知ってる! 凄い妖怪なんだね。その猫ちゃんに会って、ノラの道標を教えて貰えれば……って考えてたけど召喚者を見つけるぐらい難しいよね?」


「いえ、彼を祀る神社が名古屋の近郊にあるので可能性はあるっすよ。まあ、ほぼ留守みたいっすけどね」


「ウソっ。悪さをする妖怪って聞いたけど祀われてるの!?」


「まあ泥棒みたいな位置付けですが、結局は人の為に道標を教えてくれますからね。ちなみに彼を祀る神社は伊勢神宮の分社っす。藁しべ猫は天照大御神アマテラスの式神っすもん」


「思ってた以上に猫ちゃん凄っ!!」


 両手を挙げて、おったまげたって感じの古臭いリアクションを披露する紅空に、ノラは藁しべ猫の詳細を伺う。そして、ようやく話が追い付いたノラは眉を顰めながら「う~ん」と唸る。


「てか、俺は別に召喚者を見つけなくてもいいかなって思ってる」


「……勝手に召喚されて放置なんだよ? 会いたくないの?」


「確かに一言物申したい気持ちはあるよ。だけど聞く限りでは、言霊に導かれる召喚霊はランダムなんだろ? 会ったところで俺が現世ここに呼ばれた理由を説いてくれる訳でもないしな」


「でも……」


 少し寂しい表情をする紅空は、それ以上は口には出さず、一瞬だけ瞑目して噛みしめた言葉を飲み込んだ。


「……探さないとは言ってないぞ。藁しべ猫の道標には興味がある。探すなら一緒に手伝うぜ」


 心の内に秘める想いはそれぞれ異なる。先を案じる意味では共通しているが、それを互いが隠し語らぬまま、道標を見つけるための藁しべ猫探しが始まった。


「津々良のオッサン。藁しべ猫の情報は他にはないのか?」


「オッサンは勘弁してください……呼捨ての方がマシっす。情報があるとすれば、妖怪専門のオカルトサイトっすかね。有名なサイトがあるんすよ」


 津々良が空間画面を展開させると、薄暗く不気味なデザインのページが目の前に広がった。妖怪オカルトサイト『奇奇怪怪 ~妖怪見っけた~』という拍子抜けしたタイトルが表示される。


「信頼できるのか……これ? 『森を探せば妖怪は見つかる』ってカブトムシもビックリなノリで書かれてるけど。てか、運営者のスリスリスリリングって名前もふざけてるな」


「スリは多めですが信頼性は保証するっすよ。いつもお世話になってるので」


 すると、横で沈黙していた銀髪天然娘も自身の画面を展開し、口を半開きにさせた。


「これリリスたんに教えて貰ったサイトと一緒だ! 本当に有名なんだぁ」


 一人でニヨニヨしている紅空は少し気持ち悪い。そして、「エヘヘへ」とニヤけている紅空の膝上には、いつの間にか『トチ狂い』が終了した黒豆がふてぶてしく鎮座していた。恐怖のコラボだ。


 とりあえず、藁しべ猫というキーワードで掲示板の情報をサルベージすると、直近の一ヶ月以内だけで50件近くヒットした。一ヶ月より前は全く情報がなかったのにだ。


 その目撃情報を元にして、地図を表示した津々良の画面にピンをマークしていくと、見事なまでに中部地方に偏った。だが、探索範囲としては広域で虱潰しに探せるレベルではなかったので、ノラが嘆息を漏らすと、


「――こ、この分布って!!」


 それと同時に、血相を変えた紅空の画面が地図表示に切り替わった。藁しべ猫のプロット結果のように地図にピンマークされており、目撃現場の分布も非常に似ている。


「紅空、この分布はなんだ? ソックリだな」


「私が今担当している『人形消えちゃった事件』の問い合わせマップ。巷では人形が勝手に一人歩きする事件が発生しているの」


「珍妙な事件名だな、本当なのか?」


 訝しげなノラに対して、紅空は別画面を立ち上げて、『カナリアネット』という名の黄色い鳥のアイコンをタッチした。内容を見る限りでは、どうやらSNS的なコンテンツらしい。『いいね!』が『ピヨッ!』になっているのが煩わしい。


 お気に入りに登録していた動画を回し始めると、箪笥の上で座った一体の人形にフォーカスが当てられた映像が流れ出した。それは倍速で編集されており、等速に戻った途端に人形に変化があった。


 人形の腕がピクッと動き出したのだ。


 そして、ゆっくり立ち上がると箪笥からピョンと飛び降りて、カメラからフェードアウトすると、カメラが倒れたのか映像が横に反転した。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァ」


「あー鬱陶しいっ! 離れろモヒ犬っ!!」


 ノラの顔に飛び付いてきたので、黒豆の首根っこを掴んで必死に取っ払おうと奮闘する。モヒカンのくせに意外とチキンなモヒ犬だ。


 斯くして、藁しべ猫と人形消失事件の精査は日付が変わっても、なお継続した。


 ちなみに三日前にアップロードされた某動画は『2048ピヨッ!』だった。

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