第18話 後世まで伝わる理の戒禁
深夜零時を越した本日は土曜日。「学校は休みだから頑張るよ」と張り切っていた
「ふわぁ――――」
既に数十回の欠伸と伸びを披露し、おねむ状態だった。
「とりあえずこっちの精査は完了したから、そっち手伝うぞ。眠かったら帰って寝た方がいいんじゃないか? 昼間にまた仕切り直せばいいだろ」
「大丈夫。ちょうど私も完了したよ」
ノラは藁しべ猫の目撃情報と人形消失事件の問い合わせ場所を地図にマッピングし、それを日付毎に色分けする作業。紅空は某オカルトサイトとSNSの投稿記事で、有力そうな情報を一覧化する作業を実施した。
複数の画面が空中に展開され、調査結果を見ながら沈思黙考する二人。銀髪をシュシュで纏め、ポニーテール姿になった紅空はソファーの上で眉を顰めながら体育座りをしている。
そして、ノラは腕を組みながら画面を熟視し、
「ノラ公。何か分かったのけぇ?」
画面から放たれるブルーライトが、
「気になることは多いが……まず事件発生のポイントは重複してないことだな」
「そうだね。とすればピンマークがないエリアが次のターゲットになるね。富山県北部、福井県全域、長野県中部東側が怪しいかな」
「発生ポイントは各県の中でも人口密度が高い地域に偏ってるな」
「有名観光名所やレジャー処に集中してるかもね」
二人は視線を交えずに画面を見ながら会話している。息がピッタリのキャッチーボールは淀みがなく、熟練のコンビのように円滑に話が進む。
「「だとしたら、次のターゲットは――」」
会話がハモったので、ここで初めて互いに顔を合わせる。発言の譲り合いが発生したため、数秒の空白が生じる。そして、紅空の「せーの」の掛け合いで両者が発言する運びになったのだが、
「「――長野県の軽井沢」」
再度、ハモった。口を揃えて言った手前だが、まさか意見が一致するとは思わなかったので、両者はキョトンと見つめ合う。
「おいおい、今の材料だけで何で軽井沢に絞り込むことができるんだぁ?」
首を傾げる黒豆のハテナマークが飛んだきたので、空かさずノラが応じる。
「事件の傾向が物語ってるんだ。時系列に並べると、直前の事件と次の事件では、必ず県同士が密接していない場所が選択されている」
「真新しい発生場所が石川県だから、富山と福井は除外。それで長野県中部東側で人口が多くて有名な観光名所と言えば……てな具合で絞った感じだよ、クゥちゃん」
「完全に
「観光名所とか人目に付く場所は多いけど、猟奇的な動機ではないね。目的ありきの行動パターンだ」
「後、地図で気になるのは……」
「なぜ中部地方に集中しているのかでしょ? 全国に分散すればいいのに」
紅空の視線と交わったノラはコクンと首を縦に振ると、それを見ていた黒豆が鼻をフンッと鳴らした。どうしても会話に参加したいモヒ犬である。
「おそらく、
「でもクゥちゃん、それだと近畿地方も狙われるんじゃないの?」
「近畿地方の京都には、
「なるほど! クゥちゃん冴えてる!」
ドヤ顔を披露するモヒ犬の頭を紅空が撫でると、尻尾がメトロノームのようにテンポ良く左右に動いた。大円団さながらで喜び合う両者だった。
「おい、さっきから気になってるんだが……まるで神が存在するような会話だな」
しかし、ノラは何分納得できない様子だ。
「ノラは神様を信じないの?」
「生前は分からんが、現状では神様を信じない派みたいだな。てか、紅空は神を見た事はあるのか?」
「ないよ。でも人々の信仰がある限り、神は存在するんだよ。それに霊が視える世界で神を否定する方が難しくない?」
まあ一理あるな、とノラは首肯すると今度は黒豆に神の存在を伺う。
「俺達も神に会ったことはねえよぉ。
「本当に物騒な世の中だな……」
それはそれとして、話を本題に戻すノラだが腑に落ちない点はまだ残っている。
「お前ら……藁しべ猫がシロだと思って話を進めてないか?」
ペットボトルのお茶を口に含んだ紅空は、ゴクリと飲み込んで「えっ?」と疑問符を浮かべる。黒豆も同様である。
「おいおい、これだけ状況証拠が挙がってるんだ、普通疑うだろ。藁しべ猫と人形の目撃場所が一致してるし、そもそも泥棒猫は物品を家から盗み出すんだろ?」
藁しべ猫の悪戯に等しい行為が過去に大事件になったことはなく、今回の騒動において、善悪を判定するには材料が足りないことは理解している。しかし、現状の情報だけで一線を画することはできないとしても、ノラは藁しべ猫を疑っていた。
「一晩に大量の人形を盗み出すなんて、まさに神業だ。式神の『
「
「自信あり気な顔だな。根拠はあるのか?」
「当然! 動物に悪い子はいないからだよっ」
エヘンと誇らしげな表情を浮かべる紅空に「感情的な根拠を述べられてもな」とノラは溜息を漏らすと、黒豆の生意気インサートが介入する。
「俺っちは紅空の意見に賛成だなぁ。人間が想像してる以上に、動物は人間への忠義と恩義を重んじるんだ。まあ『義』という観念では縁がないとは思うが、よく覚えときなノラ公っ」
「――――」
いつの間にか定着した『ノラ公』という渾名に些か腹が立っていたが、一言一言がノラの神経を逆撫でする。ノラの反感を買う点においては、モヒ犬の右に出る者はいない。云わば、お家芸である。
ニョキッ鼻を手で握り潰してやる、と企んだノラだったが、モヒられる可能性が脳裏にチラいたので、深呼吸して無理やり溜飲を下げる。そして、紅空が精査した投稿一覧に目を向けた。
腑に落ちない点はもう一つあった。
それは投稿者の視点だ。投稿された文章は、『窓から』『部屋から』『家から』と室内からの視点のみだったからだ。
――街が閑散とする時間帯ではあるが……外での目撃者がゼロなのは不自然だよな。
解決の曙光は見えぬまま、画面と睨めっこをするノラに紅空は意向を示す。
「……空振りする可能性はあるけど。思い立ったが吉日って言うし、今から軽井沢に行ってみない?」
好奇心旺盛な彼女らしい意見である。
「行くのは
「緊急指令時に即対応できるように、私は霊犯の組織権限で何時でも使用できるんだよ」
「便利だな。そう言えば……リージョンGに帰らなかったけど、大丈夫かな? 外出許可を得るだけで、全寮制の女子寮ばりに厳しかったけど」
「まあ、朝方コッソリと帰ればバレないでしょ。詰問されたら、友達の家に泊まっていたって言い訳すればいいんじゃない?」
「門限破りした処女もかくやの言い訳だな……」
てか本当に警察組織の人間なのか? と寸感を得るぐらいの軽はずみな発言なので、ノラは唖然とした。
「何れにせよ、備えがなければ憂いしかねえや。
「ふんっ! モヒカンを扱おうなんざノラ公には百年早いぜぇ。そこに立って指を前に突き出してみろよぉ」
黒豆の指示通りにノラはソファーから立ち上がり、広いスペースで指を前に突き出した。
「片手は腰に当てとけ。クラーク博士像のようなポージングを取るんだぁ」
そして、騒然たる会話の影響で目を覚ました津々良の欠伸交じりの助言が入る。
「ふあぁー。首の角度はもう少し上っすね。ダビデ像の角度をイメージして下さい」
「二つの像の大差が分からねえわ。こうか?」
助言に従って結局、少年が大志を抱くポーズが完成した。
「いいっすね。そのまま『守護霊よ我に光の導きあれ、エクスペクト・パトローナム!』って呪文を叫んで下さい」
「んっ? 何か聞いたことあるフレーズだな」
「初めてだし、結構デカい声で言った方がいいぞ、ノラ公」
少し緊張気味でドキドキ感を隠せぬまま、一呼吸おいて叫ぶノラ。津々良と黒豆は真顔である。
「守護霊よ我に光の導きあれ、エクスペクト・パトローナム!!!!」
「「うわ~本当にやっちゃったよっ」」
「――てめぇら!! いい加減にしないと殴るぞ!!」
ビュ――――ン。
二人に飛びかかるノラ。だがしかし、黒豆に意図も容易くモヒられる。弱者の縮図だ。所詮この世は弱肉強食だ。
「残念っすけど、仮契約では『神戯』の恩恵は得られませんよ」
「ちくしょ、う……」
モヒカンに捕縛されて悔しがるノラの横では、同じく騙されてポージングしていた紅空が照れ隠しに笑っていた。
⚀ ⚁ ⚂ ⚃ ⚄ ⚅
出発までの僅かな時間――ソファーで仮眠を取っている紅空は、黒豆を抱きしめながらスヤスヤと可愛い顔で寝息を立てていた。
ノラは彼女に毛布を掛けながら、寝顔をジッと見つめている。
「紅空の事が好きでも、無防備な状態でキスしちゃ駄目っすよ?」
ニヤケ面の津々良が茶々を入れてきたので、ノラは呆れた様子で返答する。
「素直で可愛いとは思うけど、出会って数日では惚れねーよ。それにこの世界では人と霊は恋愛禁止なんだろ?」
「紅空はノラ君の事を慕ってるみたいなので残念っすね。由緒正しき国家の法典に恋愛禁止事項が加筆されるなんて笑える話っす」
インスタントコーヒーを淹れる津々良は「ノラ君も如何っすか?」と問い掛けると、ノラは応じて首肯した。
「まぁ霊の現世滞在期間は決まってますし、恋に焦がれる時間なんて無いに等しいっすけどね」
渡されたブラックコーヒーを啜るノラ。オッサンから恋というワードが発せられたことが、コーヒー以上に苦かった。
「もし法を無視したらどうなるんだ? 今まで事例はなかったのか?」
ピクっと反応した津々良は重役席に緩慢な動作で座り、コーヒーを机に置くとコトンと音が鳴った。
「近年では事例はないっすね。重罪に値することは国民全員が理解してることっす。人間なら懲役三年以上、霊なら除霊の強制執行は免れません」
「誰かを想うこともできないなんて……霊に恋愛の自由はないのかよ」
自由という表現に関しては違和感しかない。軒並み娯楽施設が並ぶリージョンGの様相から判断するならば、自由を与えられているかもしれない。だが、あれでは自由に浸ることに満足する連中が生まれ、己の後悔と向き合おうとする者が限りなく減少するだろう。
例えるなら、美味しい餌を与えられて食べられる豚だ。黙って出荷を待つようなモヤモヤ感がノラを疑心暗鬼にしていた。
「十五年程前……になりますか……たった一回だけ《メビウスの理》を破った者が居たんです」
基本的に飄々としている津々良の様子が変わった。喋り方にも変化があり、その真剣さに感化されたのか、トクンと脈を打った感覚がノラに走った。
「一人の女性が浮遊霊の男性と禁断の恋に落ちた話――その悲しいエピソードは、後世まで戒禁として伝わっています。女性は必死に愛する者を守りましたが、それでも世が定めた理には抗えなかった。やがて、男性は除霊されて常世へ旅立ちました……」
「……女性はどうなったんだ?」
「女性は六年前に亡くなっています。正確に言えば、認定死亡扱いです。遺体は発見されておらず、行方不明のままで六年の歳月が経ちました」
津々良は真一文字に口を結ぶと、俯きながら机を指でコツコツと打った。その初めて見せる表情は、更にノラの鼓動を早くした。
「その女性の名前は――――」
薄暗い静寂な部屋に激しい動悸が響いた気がした。息継ぐタイミングがなく、津々良が発した言葉の直後、ノラは過呼吸状態になった。
「
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