第23話 ミステリーシンドローム(後編)

 道端に設置されたポリバケツに黒豆くろまめのモヒカンが巻き付くと、それを虫捕り網代わりにして、市松人形十数体がバケツの中に捕獲される。


「クゥちゃんナイスッ!」


 紅空くれあのワンステップ助走を付けた横蹴りがバケツにクリーンヒットすると、一流選手のシュートの如くスピードで、二列横隊に並んでいる舞妓人形へ直撃した。ボーリングのピンのように弾け飛び、態勢が崩れる。


 だが、残存している市松人形が紅空の顔面目掛けて飛び跳ね、大振りで短刀を振るう。


「流石に女の顔を狙うのは反則だろ! 傷物になったら責任取れるのかよ」


 バットのようにスイングしたノラの刀が人形達にヒットすると、分離した数体の首が道端を転がる。「ノラナイスッ!」と紅空から歓喜の声が聞こえると、彼女の旋風の猛攻が始まった。


「態勢が戻る前、性急に決着ケリを付ける。円舞曲『涼風旋風すずかぜせんぷう』――!!!」


 流れるような前蹴りと後ろ蹴り、そして回し蹴りの混合技。上段、中段、下段に位置していた人形達に寸分違わずにクリーンヒットする。


 舞の如く放たれた十二連撃。


 十二体の人形が鈍い音を伴いながら吹き飛ぶと、二次災害で人形のドミノ倒しが発生する。


「か、かっけぇ――――」


 意図せず感嘆の声を漏らすノラ。余韻を残すようにゆっくりと回転する紅空の姿は、まさに感無量だった。銀の風に舞う少女の舞踊に心を奪われた気分だ。


 彼女の回転系の蹴撃は常人を遥かに凌駕している。無駄のない円軌道。洗練された体捌き。そして何より純粋な蹴りの強さは圧巻だった。


 そんな一時の感情にノラは酔い痴れていたが、


「ヤバいノラ公っ! 後方からフランス人形が追い付いて来たぞぉ」


「後方は俺達で食い止めるぞ。行け、世紀末の無法者っ! モヒカン乱舞だ!」


「一毛打尽にしてやるぜぇ。イヤッハァァァ――――!!」


 アドレナリン全開の黒豆から放たれたモヒカンがビューンと加速し、一体の人形を拘束するが……。


 スパッ――――。


 他の人形のナイフに容易く切られると、自動で戻る巻尺のようにシュルシュルとモヒカンが頭部へ返却される。若干モヒカンが短くなっていた。


「ギャァァァァァァァ――――俺っちのモヒカンがぁ!」


 一対一サシならば拘束して勝利濃厚の神戯だが、一対多には滅法弱かった。特に刃物を持った連中の前では、威勢の良い雑魚である。


「諦めたら試合終了――てかこの場合、人生終了だ。己を信じて荒ぶれモヒ犬! モヒカンはいつ活躍する? 今でしょ!」


「イ、イ、イヤッハァァァ――――!!」



 ビューン――。スパッ――。ビューン――。スパッ――。ビューン――。スパッ――。ビューン――。スパッ――。ビューン――。スパッ――。


 さながら美容師がすきバサミで豪快に毛を切り落とす速度で、伸縮自在のモヒカンは徐々にカットされ、


「…………」


 目の前にはアイデンティティを失った唯のトイプードルがポツンとお座りをしていた。一回り小さくなったトップは、ヘアアレンジなしのお椀型カットである。


「えっ? もしかして……モヒカンが無くなったら……FIN?」


「一分で一ミリ伸びるから最低でも十分間は使用不可だ。つまり、FINだなぁ」


 テヘペロと言わんばかりに「ハァハァ」と長い舌を出すモヒ犬に渋面を作るノラ。暫しの空白後にフランス人形の進軍が開始された。


「「オワタァァァァァァァ――――!!」」


 旗色は最悪。諦念の悲鳴が無情に響くが、ドレス部隊は迫りくる。そして、奴等はナイフを投げるモーションに入る。


「風よ、我が身を纏え――『疾風の旋律モデラート』!!」


 その寸前に唱えた言霊が風を呼ぶ。紅空の周囲に風が纏わると、ノラは「えっ?」と素っ頓狂な声を上げた。なぜなら、紅空にお姫様抱っこされていたからだ。


「クゥちゃんもノラの上に早く乗ってっ!」


 黒豆が乗った瞬間、後方からは投げナイフの風切り音、前方からは銃声が鳴り渡る。紅空が真横に飛ぶと、鈍色に光るナイフと弾丸が衝突して金属音が鳴った。


 そして、塀の側面に着地した紅空は、膝を曲げた細い足で塀を力一杯蹴り上げた。脚力で塀に亀裂が入り、そのまま加速する。


 一歩、二歩で日本人形兵が壁を作るT字路の分岐地点まで差し掛かると、


 再度、嵐のような弾丸の猛雨が迫りくる。紅空の着地と同時に十五発の弾丸が直前まで届く刹那、


 更に彼女の風は加速を見せた。


「テンポアップ――『猛風の旋律アレグレット』!!!」


 弾丸は紅空の残像を貫くと、後方の地面に弾痕を残す。


 瞬間風速22m/s、風速80km/hの世界。


 袋小路だった魔のT字路。ついに人形兵がいない道へと風が突破した。


 猛風の如く駆け抜ける紅空軍。全員の髪が後ろに流れる様子が、そのスピードを物語っていた。


「風と共に高速で駆け抜ける美少女も乙だな……。ただ女の子にお姫様抱っこされるとか……はぁ……男としての立つ瀬がないや」


「抱っこの状態だし、立つ座る関係なしの無礼講でいいじゃん。レディーファーストとか前時代の考え方だよ。今はレディーペーストだし」


「……また新しいワードが現れたな。どういう意味だ?」


「粘着質なネチネチ女が男を意のままに操る時代ってことだよ」


「恐怖の時代到来だな……最後にどんでん返しするホラー映画を観た感覚だわ。あの何とも言えない気分」


「えっ? 美少女って私の事!?」


「移動のテンポは早いけど、リアクションのテンポが致命的に遅いっ!」


 赤面する紅空と目が合ったが、それを誤魔化すように彼女は前を向いた。


 右へ、左へ、直進へ!


 呪力の影響下だが全ての経路を網羅すれば、何れは転移端末テレポスまで辿り着くだろう、という彼女の建設的で荒々しい考え方。


 確かに転移端末テレポスには目前まで近付いていたが、


「「――――うわっっっ!!」」


 急ブレーキをかけた際の慣性の法則で、ノラと黒豆が前方二十メートルまで転がる。


「――――ッ。いてぇ……何が起きたんだ?」


 頭を押さえながら上体を起こすと、後方の分岐路で当惑した紅空の表情が視界に入った。


「……ノラッ…………」


 見えない壁に憚られるように直立する紅空は不安な眼差しをノラに送っている。


「!? なんで紅空だけ影響を受けてるんだ……!?」


 『一方通行』の標識は立っているが、標識に従った正規のルートだ。実質、ノラと黒豆はこの分岐路を通れている。


 通れている……何も規則を無視していない。だが、ノラは標識を睨み付けると、沸立つ怒りで歯を食いしばった。


 長方形の標識の下にある同じく長方形の補助標識には、こう記載されていた。


『霊犯を除く』


「――ッ。ふざけやがってっ!!」


 この二方向の分岐路で、紅空とノラは完全に分断されてしまった。


 そんな矢先、遠吠えの波が辺りを支配する。


「キーワードは……『藁しべ猫の出現』! ついに現れたぞぉ。しかもヤバい。死霊グレッドと交戦中らしい――無謀過ぎるだろぉ!」


 黒豆の台詞で紅空の瞳が急に暗くなった。俯きながらボソボソと言葉を紡ぐ。


「行かなきゃ……私が行かなきゃ……未来の道標を教えて貰わなきゃ……」


「おい紅空、しっかりしろ! 一人で行くのは危険なのはお前が一番分かるだろ?」


「藁しべ猫がいなくなったら……未来が聞けない……私が助けなきゃ……」


 ノラの声も届かず、焦点が合っていない紅空。しかも、後方からは先程撒いた人形軍が猛スピードで迫る。


「紅空、もう一つの分岐路から逃げろ。戦場は圧倒的に不利だ。死霊グレッドと交戦するなんて無茶な考えは止めろ!」


 紅空の移動速度なら逃げることなんて造作もない。だが、敵の能力が未知数な限り、どんな悪状況にも成り得る。現に彼女の脚力なら屋根伝いで移動も可能だが、それが未知の標識で制御されている事実がある。


 軍を先行する市松人形が二十メートル後方まで迫った。


「ゴメンね……ノラ。行ってくるね……ノラ達は逃げてね」


「……紅空…………?」


 紅空はニコッと優しく微笑むと、地を蹴って風となった。人形を置き去りにするスピードでノラ達とは異なる分岐路を突き進む。


 ノラの懇願や切願は、嘆願の叫び声へと変わり、届かない無情の響きが分岐路に木霊する。


「一先ず、俺等も逃げなきゃヤバいぞぉ。人形軍がこっちに来ちまうよぉ」


 しかし、黒豆の懸念は空振りに終わる。人形達は全て紅空が進んだ方向へ走り去った。


「何か変だ……この違和感の正体は何だ?」


 普通なら足が速い獲物より、遅い獲物を狙うのが定石。敵の思惑は間違いなく、邪魔者の抹殺だ。普通なら根絶やしにすることを考え、両者を追跡するために、軍を分散するのがセオリーである。


 そして、もう一つの違和感。まだ完成までには至らない情報……そのピースの欠片がノラの頭脳にカチッと嵌った。




⚀ ⚁ ⚂ ⚃ ⚄ ⚅




 雲場池くもばいけ東側駐車場では、激戦が繰り広げられていた。


死霊グレッドケセランパサラン姉妹 VS 式神藁しべ猫】



 白色のゴスロリ衣装がヒラヒラと蝶のように舞うと、身を翻したパサラに地を這う光の矢印が強襲する。天に手を掲げたパサラの頭上に円形の標識が顕現すると、グサッとポールが地に刺さる。


規則付与アサインルール『指定方向外進行禁止』!」


 呪文後、パサラに迫っていた光の矢印は、標識の進行方向(上向き)通りに空へ消えて行った。透かさずパサラの背後から黒色のゴスロリ少女が前に出る。


マトリョーシカ兵前進Матрешка Солдат Аванс!」


 ケセラの号令にて、卵形のマトリョーシカが黒い影を拘禁する。しかし、間一髪で身を躱した黒猫は、尾を振るって光の矢印をマトリョーシカに打ち込んだ。


「ありゃありゃ。攻撃まで見切られるなんて、神戯『道標』の力は本当に厄介だね~」


「うんうん。天照大御神アマテラスの式神だけあるね~。ただ今回は念入りに領域を張ったつもりだけど、此処まで来れたのはどんなカラクリかな?」


 姉妹の前方にいるのは、尻尾が矢印の形をした黒猫。猫の種類はベンガルが近いだろうか。無駄な肉がなく、野性的な細身はチーターを彷彿とさせる。


「主らと戯れている暇などありゃせん。我の持ち物を返して貰おうか」


 年齢を重ねているらしく、貫禄のある声である。


「この世にある全ての可愛さはケセラ達のために存在するの♥」


「うんうん。だからパサラ達が所有した物を返す道理も義理もないよね♥」


 口を歪ませて現状を愉悦する二人。手を繋ぎながら満面な笑みで嗤う様子には、絶対的な余裕があった。


天照大御神アマテラス様の神域下で何を企んでおる?」


「さあね~。貴方のご主人様に訊いてみれば? 生きてればの話だけど!」


 クククッと嗤いながら醜悪な表情を浮かべるケセラは、握っていたパサラの手を離す。


「クククッ。詳細はWEBではなく、常世とこよで訊いて下さいまし」


「バイバイ。藁しべ猫ちゃん♪」


「「呪力共鳴――」」


 パサラが顕現させた標識は『人形が巨大化している絵』が書かれている。そして、パサラの胸に抱かれていたテディベアが空中に飛び跳ねる。


「最終兵器『常識無視の愛玩人形ビッグテディーちゃん』!」


 見る見る巨大化するテディベアこと、愛称テディーちゃんは鎌倉の大仏サイズまで大きくなった。面を食らう藁しべ猫。巨大熊と蟻猫の対比である。


「テディーちゃん、打ち下ろしの右ストレート! 骨まで砕いちゃえ♪」


 ケセラの応援により、右手を振りかざすテディーちゃんの渾身の右ストレートが地を殴打すると、地響きを伴いながら一面にクレーターが作成された。風圧で近くにある車が数台引っくり返る。


「「絶景で憧憬! テディーちゃんマジ神っ♥」」


 衣装が風でヒラヒラと揺れる姉妹は、両手を顔に当てて恍惚な表情を浮かべる。異常者の愉悦然り、とろんとろんだ。


 爆散した辺りは土煙に覆われ、やがて晴れるとそこには瓦礫に足を挟まれた藁しべ猫の姿があった。瓦礫に尾も挟まれているので、唯一の攻撃手段『光のしるべ』は使えない。即ち、身動きが取れない絶体絶命である。


「うわうわ。まだ生きてる……しぶといね~。ケセラ、テイク2お願いしま~す!」


「承りました~! テイク2入りま~す!」


 左手を振りかざすテディーちゃんは準備万端だ。振り下ろせば蟻を踏み潰すぐらい造作もなく、藁しべ猫はスルメになるだろう。


 現状を把握しているのは、この現場にいる者のみ。


 いや……直線距離にして百メートル離れた場所で、もう一人存在していた。


 銀色の風が路地を吹き上げ、家の窓がカタカタと揺れる。庭の木々、店頭の旗が進行方向へ豪快に靡く。


 ――ヤバい。このままでは間に合わないっ!


「テンポアップ――『暴風の旋律アレグロ』!!!」


 瞬間風速28m/s、風速100km/hの世界。


 能力別判定値『敏捷B』の速度はあくまでも身体値。


 彼女は世界の誰よりも風に愛されている。


 纏う風が身体を補強すれば、敏捷判定は霊犯トップの『S+』である。


 ――私が歩めない未来を……ノラが式神として生きられる未来に紡いで……お願い!


 風よ、私を導いて。私を加速させて。


 もっと速く、もっと、もっと、もっと加速させて。


 銀風になった紅空は叫ぶ!


「テンポアップ――『音風の旋律ヴィヴァーチェ』!!!」


 瞬間風速33m/s、風速120km/hの世界。


 未知の風域に紅空は加速する。


「これが私の全身全霊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ――――!!!」


 吹き荒れる風が駐車場に進入する刹那、テディーちゃん渾身の左ストレートが藁しべ猫に炸裂する。再度発生する爆散と土煙。


「「高潮で絶頂♥ テディーちゃんマジ神っ♥」」


 身震いしながら己を抱き寄せ、嬉々とした声を漏らす姉妹。しかし、突如発生する旋風が土煙を晴らし、空に舞った。


「「――――!?」」


 姉妹の目線の先には想定外の光景――凛々しい表情をした銀髪碧眼の少女が屹立していた。その胸には間一髪で救出した藁しべ猫が抱かれている。ふわりと横風に靡く銀の斜線から覗かれた空色の瞳が姉妹を睨み付けている。


「ケッ、突然参戦したエロいお姉さんのせいで余興が台無しだね」


 玩具を奪われた子供のように不貞腐れるケセラ。


「んッ? 銀髪の霊能官……。ケセラ、こいつ『蒼天の巫女』の子供だよ」


「理を破ったの子供……お姉様が気にしていた世界の異物だね」


「ケケケッ、お姉様のためにお持ち帰りする?」


「クククッ、命令されてないし、ご愁傷様でいいでしょ♪」


 嗜虐的な嘲嗤いを殊更にアピールする姉妹。だが、紅空は凛とした態度を崩さなかった。


「貴方が藁しべ猫ちゃん? 死霊グレッド二人を相手に良く頑張ったね。でも無理は良くないかな」


「銀髪の少女よ、助けてくれた事を感謝する。だが無理は承知の上だ。身を滅ぼす覚悟は出来ている」


「露悪的な精神は駄目! 猫ちゃん足を怪我してるし、退散するよ。……何が目的で戦っているのか、後で訊かせてね」


 助けられた手前、意見が言えない藁しべ猫は潔く素直に抱かれていた。


「猫ちゃん、相手の隙を一瞬作れない? 中距離ミドルレンジから使える私の技は、能力発動速度が遅くてさ。それにエナが枯渇しそうなの。逃走に全てを使いたい」


 紅空の弱点はエナ総量である。エナを蓄積する源泉ソースの容量が小さいため、技の使用数は限りがある。そして、既に九割は使用済みだ。


「一瞬の隙なら、我の神戯で作れるだろう」


「なら、お願いするね。行くよっ!」


 藁しべ猫の先制攻撃。尾を振るうと四本の光の矢印が地を這う。四方八方に方向を変化させる予想不可の動きが死霊グレッドを強襲する。


 光の矢印が姉妹に到達する直前、彼女達は地を蹴り上げて空中に飛ぶ。常人離れした脚力は、垂直跳びで五メートルは飛んでいるだろうか。地から空中へと追尾する光の矢印が、少女達の背後から迫る。


 だが、テディーちゃんが少女達を右手でキャッチして回避。残った左手で繰り出されるアッパーで矢印は霧散した。


 少女達が見下ろすと、紅空達は駐車場の入口付近まで加速していた。


「テンポアップ――『猛風のアレグ

規則付与アサインルール『速度制限30』!」


 しかし、紅空のテンポアップより先に、パサラの呪力が発動する。そして、紅空の風速は低下し……、


「法定速度は守りなよ~♪ 銀髪のお姉ちゃん♥」


髭のトランプ兵団出陣アリス・イン・ワンダーランド!」


 ケセラの呪文で玩具箱バスケットからA4サイズのトランプ兵団二百体が飛び出すと、瞬く間に紅空達を包囲した。槍を突き立てている。


「――――ッッ」


 突き立てられた槍が紅空の膝に突き刺さると、血飛沫が風に混ざり赤く染まる。機動力を失った少女の瞳が最後の光を放つ。


交響曲『纏い風』八十八鍵盤解放シンフォルム・エアロリーフ


 爆発的に発生した風の衣がトランプ兵団を吹き飛ばす。だが、能力発動時間は数秒も持たなかった。


「はぁ……はぁ……」


 恐れていた事態――エナの枯渇。


 膝から崩れ落ちる紅空は虫の息だった。態勢を立て直した兵団が彼女を包囲する光景は四面楚歌である。全方位から串刺しにしようと槍を構えている。


「バイバイ。銀髪の空姫さん♪」



 刹那、予期せぬ轟音が鳴り響いた。ややあって、地面に何かが落下していく。


「「なっ!!??」」


 目を見開く姉妹の先には、テディーちゃんの左腕が落下していたのだ。


 そして、パサラの腕に衝撃が走る。


「キャッ――――!!」


 テディーちゃんの掌から落下するパサラをケセラが飛び付いてキャッチすると、地面に待ち構えていた兵団が彼女達を受け止める。


 腕を抑えるパサラの横では、テディーちゃんが見る見る萎んでいた。


「パサラッ! 大丈夫?」


「撃沈で消沈。八百メートル向こう側……転移端末テレポスの屋根から狙撃」


「いやいや。有り得ないっ!」


「木ノ宮家の『天使の狙撃手エンジェルスナイパー』なら可能……対処法は心得てる……」


 虚ろな目をしたパサラは自らの腕にナイフを突き刺した。痛みで顔を歪めているパサラの横でケセラが命令を下すと、全兵が玩具箱バスケットに収納されていく。


「御三家と戦うには時期尚早だね~。長居は無用、退却するよ!!」


 ケセラの玩具箱バスケットから子供用の電動バイクが取り出される。


「軽井沢中の絶対領域は解除したよ~。規則付与アサインルール『速度固定150』!」


 運転席に座ったパサラは小型の標識をバイクの頭に突き刺すと、二人乗りした姉妹は初速から時速150キロでその場を退却した。


「ねえねえ、パサラ。『蒼天の巫女』の子供って噂と違って弱かったね~」


「わさわさ。噂は尾ひれが付き物だね~。そう言えば、二つ名あったよね? 何だっけ……お姉様に訊いてみよっと」


 轍のような凸凹にバイクが当たって車体が揺れる。バイクのライトが夜道を照らし、光の進路は鬱蒼と茂る森へと消えて行った。


 遠くで響くエンジン音が紅空の鼓膜を振動すると、視界は暗転し、頭から地面に倒れて意識を失った。





--★あとがき★--


 今回、異常に長くなってしまい、本当にすみません。話を分ければ良いものの、無理に詰め込んでしまいました……。


 次回から紅空の過去解禁編です。よろしくお願い致します!

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