第26話 されど空は暮れ沈む
主犯である
だが、奴等は
構成員の六人全員が
年終わりの13月が『災厄の月』と呼ばれ始めた原因が奴にある。一昨年は全国一斉停電、去年は防衛省庁舎が奴一人に壊滅されている。年の瀬に不吉な事件が立て続けに起こるのは『イグジム』が暗躍している影響だ。
そんな思考を巡らせている時、周囲の喧騒に気が付いた。現在、ルーム内には八人のメンバーがいるが、全員が矢継ぎ早に退室しようとしている。
「騒がしいが何かあったのか?」
御厨は霊犯メンバーの男に訊ねる。
「先程、メーリスが流れてきましたが、
「!! 紅空君は病み上がりだぞ! 仮想世界での模擬戦ではないのか?」
「――い、いえ。現実世界での公式戦……
「誰が公式戦を承認したんだ!?」
公式戦は序列のレーティング変動が発生するので、許可なく実施する事を禁止されている。上級霊能官の承認が必要である。
「
「あの変態大学生め……。差し戻すべき申請を何も考えずに承認したな。奴は何処にいる?」
「信濃川の上流で女性十人とバーベキュー中みたいです……」
「せめて下流でやれ! どうして上級霊能官は変人しかいないんだ!」
珍しく感情を剥き出しにする御厨。自分が一番まともだと自負する男は苦労が絶えない。
そして、夕暮れ時のオフィスルームには誰もいなくなった。
⚀ ⚁ ⚂ ⚃ ⚄ ⚅
霊特殊捜査本部γ棟、ドーム型修練場。
ボタン一つで剣道場や柔道場など、用途に合わせた会場に変化する施設である。敷地面積は東京ドームの半分ぐらいだ。今回の公式戦はオーソドックスな武闘フィールド――
ホログラムによる背景補正なし。透明な天井から差し込む夕日が会場を照らし、オレンジ色に染まっている。
その会場の更衣室には、不安げな顔をした紅空の姿があった。透明感のある肌を露わにして、夏用の軍服に着替えている。
ホログラムではない実体の軍服を着るメリットは多数あるが、エナによる攻撃を緩和する役割が一番大きい。公式戦においては、エナの防護用に作られた実体の軍服を着衣することが義務付けられている。
ガーターベルトのカチッという音と紅空の溜息が混じり合った。
〈萌園遊鳥との対戦成績〉
・模擬戦 0勝2敗
・公式戦 0勝1敗
対萌園戦においては、未だに勝利したことがない。性格は底辺だが、強さは底が知れない。
かの有名な紅茶ブランド『アフタヌーン・バード』を経営する父を持つ一人娘のお嬢様。家族に溺愛され、甘やかされて育ってきたので、幼少期からの
そんな幸せな甘ちゃんを打ち倒すため、日頃努力を積み重ねていた紅空だが、胸中に不安要素が支配する。
公式戦は式神と共闘したタッグバトル。パートナーシップに重きを置き、対死霊の実戦向けとして行われる。
式神がいない紅空にとっては、公式戦は圧倒的に不利になる。しかし、もし模擬戦として挑んでいたのなら遊鳥は承認しなかっただろう。それほど遊鳥とキュービッツの相性が良く、計算高い彼女が勝率の高い方に意を示すことは、火を見るより明らかである。
そう、不安の種は――式神キュービッツ。
紅空の
しかも、軽井沢で交戦した影響で、今は万全の状態ではない。
更衣室から出て薄暗い通路を歩くと、会場を包む射光で目が眩んだ。既に遊鳥が中央に屹立しており、影のシルエットがこちらに伸びている。
白い軍服姿に透け感の高い20デニールの黒タイツを穿いている。ほんの少し爪が掠る程度で破けそうだ。ちなみにデニールとは糸の太さを表す単位の事で、数字が小さくなるほど糸は細く薄くなる。
紅空がガーターベルトをカスタムしている事実を知り、対抗意識を燃やした結果が黒タイツである。男性へのサービス精神に抜かりはない。
スタイル抜群のプロポーションをタイツの脚線美が惹き立てているのは事実。しかし、透け透けの方が男性ウケが良いと豪語する反面で、実の所は若干厚手のタイツの方が男性ウケが良いのだ。
小話ではあるが、ちょっぴり大胆さを演出する30から40デニールが最も票が集まり、清楚感のある80デニールも人気が高い。
尚、意中の女性と初デートをする際は、デニール数と脈あり指数は反比例すると考えられる。時と場合によるがデニール数が小さい、
場を改めて――、
【黒タイツ VS 白ガーターベルト】
否――――!!
【《
不倶戴天の二人の公式戦に注目が集まっていた。円状に囲まれたガラス越しの客席には、噂で駆けつけた人達が喧噪を作り出している。休日にも拘わらず、約五十名はいるだろうか。主に霊具開発部の者が多く、白衣を着ている。
「吠え面をかく前に止めるなら、今の内ですわよ」
「敗北フラグが立つ台詞だよ、それ」
まるで格闘技のオープニングのような張り詰めた空気。メンチを切る両者の睨み合い。
大型掲示板のスタートタイマーが起動した。カウント30秒前。
「「
両者の詠唱が木霊する。
「ミシュランロッド」「ライトニング
解き放たれた光が霧散すると、同時に物質化した霊具が装着される。
紅空が固めた拳を前に出して構えると、遊鳥は杖を横に振った。
霊具『ミシュランロッド』――木製のロッドタイプで先端に赤真珠の特殊鉱石が装飾された霊具。基脈の
魔法使いのような遠距離攻撃の担い手。とにかく距離を取って
紅空はチラッと肩に乗っているキュービッツを見る。
――勝負の形勢は開始十秒以内に決まる!
先手必勝、狙いはキュービッツ。神戯解放前に仕留める。
過去の経験則からして遊鳥は開始と同時にバックステップで距離を取るだろう。そして、肩に乗りながらキュービッツは神戯を解放する。もしかしたら、彼だけが空中に退避するかもしれない。
――風を纏うための詠唱時間はない。無詠唱で微風の力を借りた脚力で懐に飛び込む!
紅空と遊鳥の距離は十五メートル。紅空なら三歩で届く距離である。
そして、カウントゼロと同時に開始ブザーが鳴り響くと、
紅空の速攻――!!
蹴った石板にヒビが入る程の脚力で前へ推進する。しかし、遊鳥の予想外の行動により、一瞬で度肝を抜かれた。
「――ッ――!?」
距離を取るどころか、前に出る遊鳥。キュービッツは開始位置で低空飛行をしている。
「特殊アビリティ解放! 奥義『
前傾姿勢の遊鳥を中心として繰り出された紅蓮の海が周囲に拡散する。うねる炎の
しかし、炎上する海が領域を広げ、紅空の左右から猛威を振るう。
「
風の衣が紅空の窮地を救うため、炎を薙ぎ払う。包み込んでいた風が拡散すると、風波にもまれて炎と風の擦過音が豪快に鳴った。
大気が熱を帯び、喉をヒリつかせる。そして、息を継ぐ暇もなく、フクロウの式神が動いた。ヤバい、と焦りを隠せない紅空。
「『
「神戯絢爛『
紅空の詠唱の方がコンマ数秒早い。突き出した掌から顕現した小型竜巻が熱風を帯びながら、キュービッツを強襲する。
しかし、竜巻は直前で有り得ない角度に逸れた。
「『
皮肉を存分に込めた遊鳥はキュービッツと合流して後方に退避すると、
「
四方八方に残存した炎の海が、紅空に向かって奇襲する。それは初撃と比べて圧倒的に速く、直線的で無駄のない軌道だった。透かさず上空へ跳んだ紅空。燃え盛る轟音と炎の飛沫が地上を支配する。
「空に跳ぶのは御見通しですの。『
間髪入れずに遊鳥の追い打ち――杖を振るうと、顕現した三匹の鳳凰が紅空に迫る。空中で身動きが取れない彼女だが、風の力を借りた
だが、最後の一匹が被弾する。
地上に撃墜した彼女は、地面に接するタイミングで回転しながら受け身を取ったが、擦り切れた箇所から血が滴る。苦悶の表情を見せるが、すぐに立ち上がった。
遊鳥の奇襲、奥義の使用、全てが意識の埒外だった。結果、紅空の劣勢という現状である。
「あら、前菜で終了ですの? 格式の高い遊鳥のフルコースはお口に合いませんでしたか?」
オホホホと嗤いながら杖をクルクル回す遊鳥。
「はぁ……はぁ……吐気がするかな。やっぱり私は庶民的なご飯の方が好き」
軽口を叩く紅空だが、息を整える様子から余裕など皆無だ。
遊鳥の特殊アビリティは『情熱』。
友情、愛情、恋情、欲情、激情、苦情――。
あらゆる感情が起因して熱に変わり、エナを爆発的に発散することで紅蓮の海を周囲に撒き散らす奥義。感情の度合いでムラがあるが、昂ぶる情熱がマックス時は民家一軒ぐらいは軽く燃やし尽くす威力である。
弱点は炎の流動が遅い事と精密なコントロールが難しい点だ。だが、その弱点をサポートしているのがキュービッツの神戯である。
神戯『風見鶏』――風の通り道を作り出し、エナの流動を変化させる。つまり、ベクトル変化である。
遊鳥の自由奔放な炎をキュービッツの風の通り道で精密にコントロールする。二人の能力は相性抜群。逆に紅空の風とは相性最悪である。
堂々と屹立する赤髪の霊能官と、灰白の羽を広げる式神。紅空はその姿を見ながら込み上げる感情を奥歯で噛み締めて飲み込む。
この時点で
「(強くなきゃ……私の存在価値がこの世界から無くなる……勝たなきゃ……ノラを守れない)」
何かに憑りつかれたように呟くその表情は悲痛を帯びており、目の端に潤んだ輝きが見える。彼女は薄々感じていた。勝機など限りなくゼロに近いのではないか、と。
世界の風が止む気配がした。
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