第21話 ミステリーシンドローム(前編)

 黒豆くろまめを連れて行くかどうかの審議が繰り広げられ、最終的に多数決で同行が決定した。当然、ノラは不満全開の溜息しか出ない。


「まぁ旅は道連れ世は情けって言うじゃん。互いに助け合って行くのが賢明だよ」


 紅空くれあに慰められ、仕方なく気持ちを切り替えるノラ。


「何かあったら、連絡してください。一応、ノラ君に私の連絡先を送っておくっすね」


 黒の霊譜から物質召喚された物は元に戻らなかったので、一先ず事務所に置かせて貰う運びとなった。津々良つづらと連絡先を交換し、いざ出発の時。


「一つだけ約束して欲しいことがあるの……」


 翳りを帯びた瞳の焦点は彷徨いつつ、刻一刻と変化する心配そうな紅空が視界に入った。


「何があっても、胸の呪印じゅいんは誰にも見せないって約束して。最後まで自分を大切にするって約束して。お願い……」


 ノラの目を一点に見つめる少女の瞳には温情と儚さが宿っていた。呪印を見られれば、死霊グレッドとして処理される可能性がある。


 ともすれば、除霊の強制執行は免れない。残り少ない現世滞在期間ではあるが、一日でも長く此処に居て欲しいと願う彼女の想いは常に純粋だった。


「……分かったよ。約束する」


 紅空の差し伸べた手の平にノラは手を重ねて、二人は短く儚い約束を交わした。




⚀ ⚁ ⚂ ⚃ ⚄ ⚅




 転移端末集合エリア最寄名『軽井沢』。


 避暑地の代表と謳われるだけあって、秋の到来を主張する冷気が若干の肌寒さを感じさせた。


 ノラ、紅空、黒豆の一行は、土産物やお洒落な店が並ぶ本通りを歩いている。深夜三時過ぎなので人気ひとけはなく、物寂しいぐらい閑散としていた。


「アウトレットを無心で駆け回りかったぜぇ……」


「だよねぇ。私も深夜の学校に侵入してみたい衝動的なノリが出ちゃったよ」


「お前ら遠足じゃないんだぞ。真面目にやれ!」


 深夜特有のナチュラルハイかつトランス状態らしく、両者のテンションを抑止することにノラは必至だった。


「二人と一匹で探索するには、軽井沢は広過ぎる。街に些細な変化が生じた際に逸早く検知できる良い方法はないものか……」


「それなら取って置きの良い方法があるぜぇ!」


 ニヤリと口角を上げた黒豆は湿り気のある鼻を空に向けると、「ワォーン」と遠吠えを数回繰り返した。


 すると――、


「ワンワン」「ワァオーンワァオーン」「ワンワンワンワン」「キャンキャンキャンキャン」「クォーンクォーン」「アウアウアウアウ」「バウバウバウバウ」


 範囲を拡大するかの如く、あらゆる場所へ広がる遠吠えが山彦のように木霊する。さながら犬のオーケストラである。


「おいモヒ犬! 一体、何やったんだ!?」


「『遠吠えゲーム』だ。犬の世界では常識の遊びだぜぇ」


「クゥちゃん何それ?」


指揮者タクトが指示したキーワードを伴奏者ネクトがキャッチしたら、遠吠えを利用して情報交換をするゲームだ。遠距離索敵にも応用できる。

 ちなみに俺っちが指示した内容は『藁しべ猫の出現』『人形の出現』『街の些細な変化』の三つだぜぇ。藁しべ猫については、一応特徴も伝えているぞぉ。これで広範囲の探索が可能だ」


「クゥちゃん凄っ!! 優秀過ぎて惚れてもうたよ。ちなみに普段はどんな内容の指示で遊んでるの?」


「まぁ大体が不倫関係だなぁ。『今日も奥さんの元に浮気男が現れたぞ。これで二日連チャンだ。お盛んなこった』とか指揮者タクトが面白半分で情報を暴露するケースが大半だ。犬もゴシップネタには目がないんだ」


「すまん。悪気はないけど、犬がクズに思えてきたわ……。パパラッチへの転職をお勧めする」


 ドヤ顔で尻尾を振っている黒豆に対して、紅空は苦笑。ノラは軽蔑の眼差しを向けて溜息も一入である。


 ちなみに小話ではあるが、『遠吠えゲーム』の指揮者タクトは場の状況に応じてチェンジが可能である。指揮者タクトの視点と指示内容を臨機応変に変化させることで、最新情報を全体で共有することがこのゲーム最大のメリットである。


「ワンちゃん達も参戦してくれるのは心強いね。とりあえず、旧軽井沢方面に歩いてみよっか?」


 そんな意見を述べた紅空を含め、その場に居る全員は半信半疑だった。犯人の思考をトレースした結果で訪れた場所ではあるが、犯行日時はバラつきがあったからだ。


 今日は何も発生しないかもしれない。確信という最大のピースが不足している状態だったので、各自の胸中は事件に遭遇すればラッキーぐらいの精神だった。

 

 だが、紅空達が犯人と呼ぶ者達がこの日時を選んだのは偶然であり、この場所を選んだのは偶然ではなかった。




 同時刻、雲場池くもばいけ東側遊歩道。


 紅空達が居る地点から西へ五百メートル程離れた場所に位置する雲場池。下弦の三日月と一番星が水鏡に反射し、池を囲む幽邃ゆうすいな木々が風で揺らいでいる。


「ねえねえ、パサラ。そろそろ始めちゃう?」


「うんうん、ケセラ。今日も一仕事やっちゃおうか?」


 街灯がない暗闇の遊歩道から現れたのは、十二歳前後の二人の少女だ。


 ゴスロリ衣装に身を包み、毛先を強めにワンカールさせた姫系ボブスタイル。フリルやレース、リボンがあしらわれた姫袖のワンピースドレス。そして、頭部には大きい蝶結びと繊細なレースで織り成すレースヘッドドレス。


 二重瞼の大きめな双眸と病的なぐらいの白い肌。幼い容姿を含め、着飾る全ての装飾品が彼女達を人形のような可愛さへと惹き立てていた。


「そうそう、仕込みは万全で当然。残るノルマは五百体ってところ」


「うんうん、私達姉妹は素敵で無敵。何人たりとも絶対領域は汚せない」


 姉妹と名乗るだけあって二人の顔はソックリである。


 姉のケセラは黒を基調とした衣装で髪は白菫しろすみれ色。しなやかなラタンで編み込まれたピクニックバスケットを持っている。

 妹のパサラは白を基調とした衣装で髪はすみれ色。胴体が隠れるぐらいのテディベアを抱いている。


「今日も来るかな~? あの可笑しな黒猫~」


「何れにせよ、パサラ達の計画に支障はないけどね~」


 二人は手を繋ぐと嗤いながら口元を三日月のように歪ませた。


「「だって、二人揃えば最恐で最強だもん!」」


 A級死霊エーグレッド降臨――ケセランパサラン姉妹。


「それじゃあ、今日も軽く済ませちゃおうパサラ」


「だねだね、ケセラ。それでは行ってみよぉ~」


「「呪力点睛じゅりょくてんせい――」」


 重なる呪文が寂寂たる遊歩道に響くと、二人の瞳の色が真紅に変化した。



愛玩無垢な玩具箱ドール・オベルクス」「迷える子羊の絶対領域ラビリンス・ゴートルール



 その数分後、軽井沢全域に渡って止まない程の遠吠えが鳴り響いた。




⚀ ⚁ ⚂ ⚃ ⚄ ⚅




 最初の遠吠えはキャンキャンと高い泣き声だった。おそらく、ポメラニアンである。


転移端末テレポスの方角からだよね?」


 振り返る紅空一行は、次第に緊迫感を帯びていく。ポメラニアンの遠吠えから始まり、他の犬の遠吠えが波のように伝播していく。紅空達の地点に遠吠えの波が届くまで一分も掛からなかった。


「こりゃ当たりだなぁ。だけど、発生件数が異常過ぎる……キーワードは『人形の出現』だ。どうする紅空?」


「何か嫌な予感がするの。すぐに退却出来るように転移端末テレポスの方角へ戻ろう」


 眉を顰めて怪訝な表情をする紅空の指示に従い、一行は来た道である本通りを全力で走った。だが、もう既に不穏な流れの渦中に巻き込まれていたのだ。


 直進すれば転移端末テレポスの建物へ辿り着くにも拘わらず、店が並ぶ細い路地に侵入する一行。


「おい、紅空! 何で路地に侵入したんだ!?」


「ノラこそ! どうして右に曲がったの!?」


「おいおい。何か変だぞぉ」


 全員が意図しない方向へ踵をめぐらせる。まるで磁石に引き寄せられるように紅空達は本通りを外れて入り組んだ路地へと駒を進めた。


「ワォーーーーーン!!」


 疾走する中、黒豆の遠吠えが唸りを上げる。同時に街を散歩していた数匹の野良犬伴奏者から情報が返却される。


「キーワードは『街の些細な変化』だ。街のあらゆる所で同じような現象が発生しているぞぉ!」


「闇雲に動くのは危険だから様子見に移行する! みんな止まるよっ!」


 十字路の中央で急停止する紅空と黒豆。たたらを踏んだノラは遠吠えの激しさが増している方角に顔を向ける。


「おい、モヒ犬。雲場池の方角から遠吠えが鳴り響いてるぞ」


指揮者タクトがチェンジしたんだ。新しいキーワードは『二人のゴスロリ少女』……」


 ピクっと頭が微動した黒豆の表情が変化した。


「……悍ましい気配を感知したぜぇ。十中八九、呪力だ! どうやら人形消失事件の黒幕は藁しべ猫ではなく、死霊グレッドだったらしいなぁ」


「……ノラとクゥちゃんを転移端末テレポスまで送り届ける! 私は他の霊能官の応援を待って合流する」


 紅空の現場対応スピードは目を見張るぐらいの一級品だった。直感で現メンバーで戦うのは危険だと判断したのだろう。


「こちら下級二等位ブルーナンバー神籤かみくじです。軽井沢全域で危険レベル超案件インシデント・レッド発生。死霊グレッドの能力及び、容姿等の詳細は不明。至急応援を求めます!」


 空中に展開された画面には「神籤紅空 → 霊犯CALL」と表示されている。男性の緊迫した声が画面から聞こえる。


『了解! 至急応援を送ります! 深夜時間帯に付き、応援が遅れる場合を考慮して行動してください。ご武運を!』


 状況が変わったのは、画面が閉じたのと同時だった。


「ギャァァァァァァァァァァァァ!!」


 黒豆の悲鳴と共に現れたのは大量の人形達――ぬいぐるみ、人形、フィギュア、合計百体はいるだろうか。民家から脱出するように出てくる人形と合流し、人形達は自らの足で走り、紅空達の十字路に猛スピードで突進してくる。


「おい、マジで人形が走ってるぞ……ヤバいんじゃないかこれ!!」


 身震いするノラに反して、横に立っている少女の瞳には勇気の光が宿っていた。澄んだ空色の瞳は大空のように雄大で、不安や恐怖の全てはある信念に打ち消されていた。


 ――私が守らなきゃダメだ。ノラとクゥちゃんは私が守るんだ!


 そんな紅空の表情には一切の恐れはない。そして、右手を前に突き出して玲瓏な声でこう唱えた。


霊具装身れいぐそうしん『ライトニングPⅡピーツー』――」

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