清潔な教室

「うそつきは泥棒のはじまりです」

 帰りの会で先生がそんなことをいう。の顔を眺めながら、じゃあ、わたしははじめから泥棒だったのだな、と思う。わたしはうそをついたことがないから。

 わたしはむかしから彼女の家に遊びにゆくのが好きだった。両親に充分に愛されている彼女の部屋には彼女のためのものがいくらでもあった。キャラクターグッズ、ぬいぐるみ、人形、それらを仕舞う「おかたづけ箱」まで、ずい分かわいらしいものを用意していた。

 宇美自身も、おっとりとして、ひとなつこく、童話にでてくるお姫さまみたいに、素直ないい子である。

 そんな彼女のおもちゃを無断で持ってくることは、その日そのものを所有することだった。

 わたしは彼女の家にゆくたびに、人形のリボン、おままごとセットのハンバーグ、数粒のビーズ……と、細かなものを持ち帰った。それを眺めると、宇美と過ごした時間がいつでも美しく思いだされるのだった。

 調子に乗りすぎないのがよかったのか、だれにもばれなかったので、これまでうそで誤魔化す場面にいたらなかったのである。

たかさきさんの筆箱がなくなったそうです」

 先生がつづけた。このところ、キーホルダーとか、文房具とか、なにかとなくなることが多いので、先生も訝しんだものらしい。

「先生、わたしは、あの筆箱を、とても大事にしていました。だから、犯人をみつけしだい、残酷にいじめてやりたいと思います」

「ぼくも、賛成だな。ひとのものを盗むようなやつは、百回叩かれたって許せない。もう二度と悪さをできないように、指を全部落としてしまおう」

「目を潰してしまうのが、いちばん、いいと思います。理科室から、薬を借りてこよう」

「学級委員は、どう思いますか」

 わたしにふるかねと思った。

「わたしもそう思います」わたしははじめて、うそをついた。

「でも、そこまでしなくても、いいんじゃないかな、って思ったり……」

「先生、わたしもおなじ意見です」宇美が手をあげた。わたしはほっと胸を撫でおろした。

「わたしにも経験があります。たしかに泥棒は、残酷に殺されるべきだと思います。でも、そんな邪悪なひとが、大好きなこのクラスにいるとは思いたくありません。そんな……」

 宇美がことばを詰まらせた。見目麗しく涙をこぼすと、「すみません」と着席して顔を伏せた。周囲にみんながあつまって、口ぐちに彼女を慰めはじめた。

 わたしは「殺される」と思った。

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