ハートフル・ステーション

 りょうから電話がかかってきた。失恋したので慰めにこいという。

「何時だと思ってんだ」耳と肩に電話をはさみ、時計を見やると二十三時である。憤るほどおそい時間でもないが、はじめから徹夜させるつもりで呼ぶのである。学生時代から、そうなのだ。

「誰かに吐きださないと、俺、死んじゃうよ」

「じゃ、死ね」


 などとつっけんどんに応じつつ、結局こうして電車を待っている。涼にはどこかに構わせる雰囲気があるのだ。ホームは会社員と学生でごった返していて空気が悪かった。飴を舐めながらスマホをいじっていると、

「私のことは遊びだったのね⁉」

 突然金切り声があがるものだから、危うく飴を飲み込みかけた。

「よせよ、こんなところで……ひとが見るじゃないか」それには同意見だが、興奮した人間に正論は火に油だ。目の端でちらりと伺うと、壁際で男性ふたりが揉めている。

「ユウジのバカ。一生一緒だっていったじゃない‼」

 あッと思った。よく聞けば、あからさまに男性の声である。事情はよくわからないながら、心なしか周囲の人間も息をひそめている気がする。

「僕だって、アサコとずっと一緒にいてえよ! でも……でも、そうじゃねえんだよ!」

「ユウジっていつもそう」

「おい、ちょっと待て、なんだあれは見ろあれを」

「ほらね。いつもそうやって話そらすじゃんどうでもいいんだよね? 私のことなんて」

 ユウジとやらの指さすさきを見て、思わず声を詰まらせた。真上の夜空にアダムスキー型のUFOが浮かんでいたのだ。ホームの明かりを映すほどの至近距離だ。

 喧嘩どころではなくなったと見え、さしものアサコも空を見て縮こまった。ホームにいる全員が空の一点を注視していた。スマホを向ける人間もいたが、多くはむしろ恐怖で固まって見えた。すると、やにわにUFOが点滅を始めた。ひぃと思った。

「アーイシャ・サインだ」隣に立っている背の高い男が呟いた。

「おっさんわかるのか?」

「モールス信号みたいなもんさ。宇宙(略)俺はNASAで働いていたから、わかるんだ」

「で、なんていってんだ」

「これは……革命が起こるぞ」

「侵略‼」近くにいた女子高生ふたりが声を上げた。

「彼らは性的マイノリティを不当に迫害しないよう、各国に宇宙的圧力をかけるといっている」

「なんで?」まあ革命かもしれないが、銀河が口をはさんでくることでもないだろう。

「わかった!」女子高生のひとりが手を打った。

「宇宙人差別とかされると嫌だから、交流をはじめるまえにどうにかしておきたいんじゃない?」

「ユウジ、わたしたち一緒になれるのね!」

「彼らは不当に迫害した者に宇宙的処罰を与えるともいっている」

「私も……のことが好きだからわかる」

「えッ」亜紀というのが顔を赤くした。

「ごめん。私、本当は、女の子として亜紀のことが好きだったの。噓ついてた。亜紀にも自分にも」

、ひどいよ」

「ごめん」

「わたしだって、絵里のことが好きだったのに。ずっと、隠してるの、つらかったのに」

「亜紀」

「そうだ! 僕らは何をおそれていたんだろう。僕らは皆、宇宙規模で間違ってやしないんだ。アサコ、いますぐにでも部長の家へ行って、縁談の話は断ってくるよ。会社でも堂々とカミング・アウトするって誓うさ。それでいじめられたって、構うもんか。アサコとふたりなら乗り越えてゆける」

 そのとき、だれからともなく拍手が巻き起こった。ちょうどやってきた電車に隠れてしまったが、反対側のホームにいる人間たちも彼らと彼女らを祝福していた。

 上空でUFOが橙色に五回点滅した。

「NASAのおっさん、あれは?」

「ア・イ・シ・テ・ルのサインだろう」

 ふいに聞き覚えのある音楽が鳴って、目の前の電車が動きだした。はッとした。彼らに気を取られて、涼の家までの終電を逃してしまった。ホームでは歓声がいつまでもまず、UFOは天からそれを見守るように滞空を続けていた。


 翌日、宇宙からのメッセージに紛れて小さく青年の自殺が報じられたが、あれは涼ではなかったことをいちおう申し添えておく。

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