一軒家、アジアへ

 長年借り手も壊し手もみつからず、くずの王国と化していた隣の空き家が取り壊しになるという。

 それはともかく工事の挨拶がなかったもので、協議の結果アパートのプー太郎連中で抗議にいかされた。

「どうもすみませんね、はい」対応したのは、作業着のあまり似合わない老年の男性だった。

「はい、はい、どうもすみません、はい」

 男のへりくだった態度は、かえって暖簾に腕押しとも取れたので、粗品のタオルをもらって引き返した。一〇六号室の主婦には「押しの弱い男どもだ」とずい分あきれられたが。それ以上どうしてもらえというのだ。

 翌朝、いやに部屋の日当たりがよいと思ったら隣が更地になっていた。

 慌てて寝間着で飛びでると、住人が勢揃いしていた。まさしく更地で、草はなく土はやや湿りけを帯び、撤去した直後の雰囲気だ。だれも、隣家を取り壊す音どころか気配すら感じなかったという。

 ところで二〇四号室の作家志望がいじめられていたので話を聞くと、

「家が消えたのは二時くらいだよ。おれ、そのころコンビニにいったからみたんだよ。あの男、おれたちの相手をしたあの男が空に浮かんでたんだ。背広を着ていたよ。両手に大工のつかう曲尺を持っていて、指揮者がするみたいに動かすと、家が音もなく浮かんだんだ。家はそのまま、男のあとをついてどこかへ飛んでいってしまったよ」

「作家の才能ねえよ、おまえ」

 だがほかに家が消えた説明もつかなかったので、静かに済んでよかったねということで決着がついた。作家志望は泣いていた。

 それから二年が経った。夜、カップ焼きそばの茹であがりを待つあいだ報道番組を見るともなしに眺めていると、画面に一瞬あの隣家が映った。

 あわてて画面にかじりついた。スリランカで起こったテロを報道する内容だったが、過激派の銃撃戦の背景に、間違いなく、あの葛がぐるぐるに巻きついた一軒家が映っていたのだ。

 たしかに、日本車なんかを見かけることはよくある。丈夫だとかそんな理由だそうだ。その感覚? 移築? それにしても、なぜスリランカに?

 焼きそばが伸びるのも忘れていると、インターホンが鳴って作家志望だった。

「テレビ観たかい。あの家はさ、あのままスリランカにいったんだなあ。あの男なら、人件費もひとりぶんだし、魔法で飛ばせば輸送費もかからない。まるごと飛ばすから、取り壊しの費用も浮く。そうやって、いろんなところに破格の値段で卸してるんだよ」

「知ったような口利いてんじゃねえよ」

「だって、ほかに説明つかないじゃないか」

「名推理にめんじてぐずぐずの焼きそばをやる」

「やだよう」

 作家志望が「意外といける」といっている横でインスタントラーメンを茹で直しながら、最近、海外で日本の葛が大繁殖して生態系をおびやかしているという話を思いだした。

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