ケンちゃん

 地蔵さんを蹴ッ飛ばせるか、みたいな話ンなって、本当に蹴ッ飛ばした鹿もんがおったと。

いちよう、おめぇばちがあたんぜ」

「非科学的なこといいやがって」

「知らねえぞ。今におめぇンとこにケンちゃんがくるぞ」

「あ?」

「地蔵さん粗末んするやつをとっちめるもんだ。目が三つあって真ッ赤な口が耳まで裂けてて手におとろしい爪があってシルバーアクセが好きでむらけんの物真似がうまい」

「なんじゃそりゃ、ひひひ……」

 ところが与一ときたら、その晩からいいことずくめだった。財布は拾うわおっぱいが大きくて眼鏡の似合う女の子に告られるわインスタはバズるわ、真似をして地蔵さんを蹴ッ飛ばそうとするやつもいたんだけど、いざとなるとみんな尻込みして出来なんだ。

 あれよあれよと出世して、東大卒業後インターンで雇われた企業にそのまんま内定、友人たちと経営コンサルタント会社を企業して、三十で青葉台にマンションを買った。そのうち会社は売却してフリーになり、代官山蔦屋で洋書に目を通すのとイタリア料理店の開拓が日課ンなった。

 そんな日のことだ。マンションのプールでいつもンように早朝のワークアウトを済ませてSNSを眺めていると、自分しかいないはずのプールサイドに影みたいな男が佇んでいることに気がついた。

「な……」

「なんだチミはってか⁉ え⁉」

 男が三つある目を与一に向けた。腰ンぬかして動かれない与一に、目が三つあって真ッ赤な口が耳まで裂けてて手におとろしい爪を持ったもんがじゃらじゃらと迫ってきた。


(神奈川県の民話)

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