山里菌

 は一日に一度、風呂を六十度に沸かす。かけ湯をして、唇を嚙みながら身を沈める。細菌が死ぬ目安は、六十度で十分だと聞いた。だが家に蔓延する「山里菌」は、このところ熱に耐性をつけてきたように思える。

 山里裕太は七奈のクラスメイトで、まるまると肥えているくせに血色が悪く、いつも青い顔でうすわらいを浮かべていた。

 そんな彼が、あろうことか七奈に告白してきた。山里菌がついた、と思った。

 七奈がいくら体を洗っても、山里菌は拭いきれなかった。山里菌は肌のうえであっという間に繁殖した。空中を舞って壁や廊下に張りつき、じわじわと広がった。家が制圧されるまでに、二日とかからなかった。

 周囲をどれほど清潔に保とうが、利用する自分が汚染されているので、どうにもならなかった。七奈は毎日吐きそうだった。全身の皮膚を剝いてでしまいたかった。学校へはゆけなくなった。自分が汚物になったと感じた。そのうちに学校は夏休みにはいった。熱いと菌が活発になる気がする。

 ある日、山里裕太の両親が家にきた。

 両親の歩いたあとに山里菌が舞いあがった。七奈に振られて以来不登校だった山里が、自殺したらしかった。

 遺書は七奈の名前で埋め尽くされていた。七奈。七奈。七奈。七奈。七奈。七奈。七奈。えらい爆弾持ってきてくれたなと七奈は思った。

「息子の気持ちを想うと、この遺書は七奈さんが持っておいてほしいと思ったのです」

 菌のかたまりのような遺書は、青白く光ってさえみえた。その色は、山里裕太の顔色にそっくりだった。

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