第5話 4、バレンタインチョコレートのお返し

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 「えーと、6番目は卓球ですね。真剣勝負が望みなのですね。リクエストは3組の大谷美弥さんですね。大谷さんは卓球クラブに入っているのですか。」

「これまで女子卓球部の主将でした。」

「そうですか。少し困りました。どうしたら美弥さんを喜ばすことができるのか思いつきません。ハンディ戦ではだめでしょうね。」

「私は高校時代の記念にしたいと思います。対等の真剣勝負をして下さい。」

「・・・分かりました。卓球の真剣勝負をしましょう。僕の限界を引き出して戦います。」

 川本五郎はカラオケ装置と反対側の母屋とテラスの間の物置としている隙間から折りたたんだ卓球台を引き出してテラスの中央に卓球台をセットした。

卓球台はネットが張ったままであり、ラケットと球は卓球台にひっかけられた袋に入っていた。

「慣れ親しんだラケットではないでしょうが、ダブルス用にペン型とシェイク型のラケットが四個ずつ準備してあります。これで試合をして下さい。」

「了解。川本君、手加減なしよ。」

「まあ、見ていて下さい。全力の手加減なしです。」

 川本五郎と大谷はしばらく練習のラリーを続けてから試合を始めた。

大谷のサーブから始まった。

大谷は投げ上げサーブをしてネットの近くに落とした。

五郎はそれを拾い上げカットもドライブもかけないで球を返した。

その球は右サイドエッジに当たって下に落ちた。

大谷美弥はくやしそうな顔をした。

次のサーブも同じだった。

五郎が返した球は今度はエンドエッジをかすって下に落ちた。

大谷美弥は度重なる自分の不幸を味わっている顔をした。

 五郎のサーブになって五郎は球に回転をかけない容易な球を相手のコートに入れた。

当然、大家はスマッシュを放った。

球は角度を持って斜め横に跳んだが川本五郎は既に球の向かう先に移動しており、球にカットをかけて相手コートに返した。

球は山なりの放物線を描いて相手コートのネット際(きわ)に落ち、カット回転がかかっていたので逆戻りをしてネットに引っかかり相手コートに転がった。

大谷美弥は疑問を持った顔をした。

 次の五郎のサーブも無回転の安易な球で、大谷は再び逆方向にスマッシュした。

五郎は大谷のスマッシュを遠くで受けて球を相手コートに返した。

球は左サイドエッジを掠(かす)って床に落ちた。

この時になって大谷美弥は川本五郎がエッジやネットをめがけて正確に返球していることに気が付いた。

 後はこの繰り返しだった。

大谷美弥のサーブは緩い球で返され、サイドエッジを掠って床に落ち、五郎の簡単なサーブは大谷にスマッシュやカットで返されるのだが五郎はその球をネットの腹に引っ掛けさせたりエッジを掠らせて床に落としたりした。

勝負は11:0だった。

「川本君、完全に負けたわ。川本君が真剣に戦ってくれたことはわかった。こんな試合をされたら誰も川本君に勝つことはできない。いい記念になったわ。ありがとう、川本五郎。ずっと憧れるわ。」

「どういたしまして。大谷さんの球がいろいろあったので少し対応に苦労しました。」

 川本五郎は卓球台を片付けてから言った。

「そういえば飲み物をお出ししてなかったですね。10分ほど休憩しましょう。コーヒーの用意をしてきます。トイレに行きたい方は母屋の広間の左手の廊下を玄関の方に行くとあります。」

そう言って川本五郎は広間の右手の方の廊下に消えた。

しばらくすると川本五郎はワゴンにコーヒーポットとコーヒーカップとコーヒー皿を乗せて戻って来た。

五郎はワゴンを持ち上げてテラスの床に降ろし、半円形に並べられたテーブルからカレーの皿と交換にコーヒーカップを置いていった。

カレー皿の乗ったワゴンはそのままガラス壁の隅の方に置いた。

 「さて、次は7番目ですね。剣先薫さんか。剣先さんとは中学校時代からずっと同じクラスでしたね。僕と剣道の試合をしたいのですか。」

「そうです。中学校時代に川本君が剣道部のみんなを同じ抜き胴で勝ったと言うことを聞いています。私、今は剣道部に入っています。個人優勝をしたこともあります。高校生活の記念に川本君との剣道の試合をお願いします。」

「いいですよ。お相手しましょう。でも剣道の用具はここには用意してありません。チャンバラで良ければお相手します。それでいいですか。」

「それでけっこうです。とにかく川本君と試合をしたいのです。」

「了解。少し待って下さい。得物を準備してきます。」

そう言って五郎は母屋に入っていった。

 暫くすると川本五郎は竹刀の長さほどの黒いつなぎ釣竿とプラスチックのおもちゃの刀と扇子を持って来た。

「剣先さん、竹刀の替わりとして釣竿とおもちゃの刀を持って来ました。おもちゃの刀は僕の子供の時の物です。剣先さんの得物は釣竿でもおもちゃの刀でもいいし、どちらも軽いですから両方を持ってもいいです。僕の体に少しでも当たったら剣先さんの勝ちです。僕の得物はこの扇子です。剣先さんの首を後ろから触ったら僕の勝ちです。勝負は5回。剣先さんが勝った段階で剣先さんの勝ちです。この条件でどうですか。」

「了解。得物は軽いので私が勝つかもしれません。」

「僕も技を出して戦います。」

 両者はテラスの中央で対峙した。

剣先薫は釣竿を得物にした。

「それでは行くぞ、剣先。」

そう言って川本五郎はまっすぐに剣先の前に近づき、剣先が釣竿を動かそうとした瞬間に右前に剣先が見えるように回転しながら跳び、着地と同時に斜め後ろに戻るように跳んで剣先の背中の位置に着地した。

「まず一本目」と言って五郎は剣先の首に扇子を触れた。

 二本目は跳んだ方向が違ったが同じパターンで五郎は剣先の首に扇子を押し当てた。

三本目は五郎は跳躍せずにまっすぐ剣先に近づき、剣先の釣竿の攻撃を全て扇子で受けて50㎝まで近づくと左腕を剣先の胴に手を回して引き寄せ、扇子を持った右手を剣先の肩の上に伸ばして剣先の首に扇子を後ろから押した。

「剣先、後ろに跳ぶことも必要だぞ。小刀を持った敵を懐に入れたらだめだ。」

五郎はそう言って抱きしめていた剣先の体を放した。

 四本目、川本五郎は「剣先、次は中学校でやった抜き胴をねらう『変移抜刀霞斬り』だ」と言って、少し離れた位置から突撃し、左右にフェイントをかけて剣先の横を通り過ぎながら剣先の首後ろに扇子をあてた。

五本目、川本五郎は同じように剣先に突撃し、今度は上に飛び上がった。

剣先を下に見て通り過ぎてから足から降りるために回転を始めた。

剣先薫は釣竿を伸ばしても追いつかないので体をそのままにして五郎の着地点方向に後ろに向きに釣竿を投げた。

釣竿は五郎が回転を終えて後ろ向きに着地しようとしている背中に当たった。

 釣竿はテラスの床に乾いた音を出して転がった。

川本五郎は振り向いて言った。

「負けたよ、剣先。まさか得物を投げるとは思わなかった。それに空中では方向を変えることができない。さらに失敗したのは相手が見えなくなるような回転をしてしまった。ひねりを入れなくてはならなかった。あれでは相手の太刀を払うこともできない。今後の戦いでは注意するよ。ありがとう。」

「私が川本五郎に勝ったと言うこと。」

「もちろん、君の勝ちだ。」

「私の一生の記念よ。ありがとう。」

「釣竿とこの扇子を受け取ってくれ。」

そう言って川本五郎は釣竿を床から拾い上げ、扇子と共に剣先薫に差し出した。

「いただくわ。」

剣先薫は五郎に片手で抱かれた感触を思い出しながら釣竿と扇子を受け取って席に戻った。

 「さて次は8番目ですね。隣のクラスの安室奈美恵さん。むむ。ちょっと待って下さい。」

川本五郎は他の色紙をもう一度読み直した。

「8番目と9番目と10番目は同じ希望でした。僕とのファーストキスが希望です。3人とも隣のクラスの安室奈美恵(あむろなみえ)さんと濱崎歩(はまさきあゆみ)さんと中島美雪(なかじまみゆき)さんです。もちろん僕は喜んでOKです。んー、そうですね。同じ名前の歌手の歌を捧げながらキスをしましょう。中島美雪さんには中島みゆきの人間賛歌の『地上の星』を歌ってからキスをします。浜崎歩さんには浜崎あゆみの生きることを意味する『TO BE』を歌ってからキスします。安室奈美恵さんには意味深な『TRY ME』を歌ってからキスします。でも少し弱りました。僕にとってもこれはファーストキスになります。失礼ですが順番を決めて下さいませんか。決まったら壁の所のカラオケ装置の前にエスコートします。」

3人は互いの顔を見合ってじゃんけんで順番を決めた。

 「最初は中島美雪さんですね。」

そう言って川本五郎は中島美雪に手を差し伸べ、カラオケの前までエスコートしてカラオケの選曲をしてからスイッチを押した。

川本五郎はカラオケの演奏よりずっと低いキーで中島美雪の顔を見ながら歌った。

長い歌であった。

途中から中島美雪は緊張のためか、膝がガクガク震えてしゃがみこんでしまった。

 川本五郎は歌いながら中島美雪の両腕を持って立ち上がらせ、曲の途中であったが中島美雪を引き寄せ、顎の先に二本指をかけ顔を上に向かせてから唇を合わせた。

曲が演奏されている間、川本五郎は中島美雪を優しく抱擁してキスを続けた。

演奏が終わると川本五郎は唇を離し、「これでいいですか」と言った。

中島美雪は「はい」と小さな声で答えて川本五郎に抱きついた。

五郎は優しく中島美雪の腕を解いて手を繋いで席に連れていった。

 次は濱崎歩であった。

五郎は「この曲は少し短いので1回リピートします」と言ってカラオケのスイッチを入れた。

今度も川本五郎は低いキーで濱崎歩の顔を見ながら暗示をかけるように歌った。

濱崎歩は一曲が終わると涙を流しながら川本五郎に抱きついてきた。

五郎は濱崎歩を優しく抱擁しながら耳元で歌った。

濱崎歩が崩れ落ちそうになると顔を上に向かせ唇を重ねた。

濱崎歩はしっかりと川本五郎を抱擁しながら歓喜の涙を流した。

 3人目の安室奈美恵は川本五郎がカラオケにエスコートしてゆく時から緊張していた。

「この歌は振り付けが主体のようですね。でも男の声で聞くのも乙なものです。」

そう言って川本五郎は安室奈美恵を見つめてカラオケのスイッチを入れた。

安室奈美恵は曲が始まる前から震えていた。

川本五郎に見つめられて五郎の不思議な響きを持った低音の声を聞くと涙がとどめもなく流れ、立っていられなくなった。

川本五郎は安室奈美恵を立たせて抱きしめ、安室奈美恵の顔を上げて唇を合わせた。

キスは曲が終わるまで続いた。

安室奈美恵は感動で小水を漏らしたようだった。

五郎が安室奈美恵を席に連れて行くと安室奈美恵は席に座ってからすぐにトイレに向かった。

 川本五郎は残りの3枚の色紙を眺めて言った。

「残りは3人です。3人の希望は皆さんの前で実行することができない希望です。3人とも

僕と同じクラスです。横沢さんと滝沢さんと大沢さん、この希望は本気なのですか。」

「私は本気よ、川本五郎君。私は大好きな君に私の処女をあげたいの。」

横沢奈々が言った。

 「それはありがたいが、この色紙は僕が皆さんの希望を叶えるためのものだ。今度の場合、最初の方には僕の童貞をあげるのだから理屈が通るけど、後の二人にはもらうだけで与えることができない。」

「ごめん、川本君。希望を書き換えるわ。『処女をあげたい』から『処女を奪って』に替えてくれない。私は3番目でもいいわ。」

横沢奈々が言った。

 「本気みたいだな。分かった。横沢さんの望みは叶える。滝沢さんと大沢さんは本気なのですか。」

「私は本気よ。どのみちいずれ女になるのだから大好きな人に女にしてもらいたいの。」

滝沢鮎子が言った。

「私も本気です。私の場合、川本君に恋狂っているというわけではないわ。でも川本君は将来有名な人になると思うの。年をとってテレビに出ている川本君を見て隣の孫娘に『この人に処女をあげたの』って言ってみたいの。『奪われた』とは決して言わないわ。」

大沢明子が言った。

 「分かりました。3人とも本気みたいですね。・・・そういうわけでこれでバレンタインチョコレートのお返しの招待会は終わりたいと思います。どうも出席いただきありがとうございました。僕も久々に楽しい時を過ごすことができました。門まで皆さんをご案内します。一緒について来て下さい。横沢奈々さんと滝沢鮎子さんと大沢明子さんはそのままこのテラスにいて下さい。」

そう言って川本五郎は10人の女生徒を連れて門まで案内した。

女生徒たちはそれぞれの記念品や思い出を持って一本道をバス停に向かって歩いて行った。

女生徒の中にはもっと遠慮しない希望を書いておけば良かった思う者もいた。

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