第18話 17、韓国の悪魔の像

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 川本五郎は米国での仕事の大部分は終わったと感じた。

アメリカ大統領と話をすることができるようになった。

アメリカ大統領は川本五郎を敵に回したら危険な男だと認識している。

アメリカは川本五郎の情報をさらに得ようとしている。

これ以上アメリカで仕事を続ければ川本五郎は有名な情報部に丸裸にされかねない。

それは危険を招くことを意味する。

川本五郎は大使に帰国を願い出た。

そして川本五郎はつまらない用事を言いつけられて日本に戻った。

 日本に来て1週間ほど経った時、川本五郎は事務次官に呼ばれた。

「君はまだ秘密大使になろうと思っているのかな。」

次官は大きな机の向こうから川本五郎に言った。

「秘密大使という言葉は入省前の面接の時に言った言葉ですが同じ意味でしょうか。」

「同じ意味だ。君は日本国のために大使の身分で諜報活動をすると言っていた。」

「意志の主要部分は変わっていないと思います。」

 「そうか。韓国に行ってくれんか。」

「『韓国』ですか。久々の言葉です。やはりここは日本ですね。ワシントンでは一軒隣の大使館は『南コリア』でした。まだ国境も定まらない国ですから。」

「うむ。目的はそれだよ。」

「南コリアの自尊心ですね。」

「そうだ。」

 「いいですよ。秘密大使の練習になると思います。」

「何をするつもりなんだ。」

「秘密です。次官は知らない方がいいと思います。北方熊楠大使から、そうですね、・・・釜山の領事館に行く指示を出すようにお願いしてください。」

「うむ、わかった。大先輩にお願いするとしよう。だが何をするつもりなんだ。ヒントだけでも教えてくれんか。」

「噂(うわさ)を流せばいいのです。麻薬組織の壊滅の方法と似ているかもしれません。」

「うわさねえ。」

 川本五郎は北方熊楠大使からの指示で釜山の日本領事館に行った。

川本五郎はアメリカの日本大使館の一等書記官ではあったが釜山では領事館員でもないし何の外交特権もなかった。

領事館では、川本五郎は領事館から一歩も外出しないで音楽を聴きながら窓の外を眺めながら一日を過ごした。

 ある日、釜山領事館の前に設置されていた像に触れた老人が脳卒中で倒れ、周囲の人々が呼んだ救急車で運ばれていった。

翌日も像に触れた老人が脳卒中で倒れ、救急車で運ばれていった。

老人ではよくあることだった。

感動して頭に血がのぼったのかもしれない。

翌日も像に触った一人の老人が脳卒中で倒れ、救急車で運ばれていった。

その翌日も翌々日も像に触れた老人は脳卒中で倒れ病院に運ばれていった。

 10日も経つと像にふれようとする老人はいなくなった。

かわりに今度は像を洗っていた若い女学生が脳梗塞で倒れ病院に運ばれていった。

翌日は若い男子学生が同じ脳梗塞で倒れて病院に運ばれていった。

10日も経つと像に触れる人間はいなくなった。

像に触れた人間が20人も病院に運ばれその後どうなったのかが分からなかったのだ。

だれも像に触れて半身不随になりたくはなかった。

 「像に触れた人間は脳卒中で半身不随になる」という噂が広がった。

そんな噂を打ち消そうと所謂(いわゆる)市民団体のリーダーが来て自ら像を洗うことを試みた。

市民団体のリーダーが像に触れると同時にリーダーは倒れ、病院に運ばれていった。

リーダーと一緒に来た者達はもはや像に触れて噂を打ち消そうとは思わなかった。

市民団体の男女は恐ろしい悪魔の像を見つめるかのように、薄眼を開けた少女像を見つめた。

その像は市民団体の人間を笑っているようにも見えた。

 その後、道路に設置されていた少女像の力は増し、像に近づいただけで人は倒れ病院に運ばれた。

今や釜山の日本領事館前の像は悪魔の像になっていった。

市議会は像の撤去を提案し全会一致で決議した。

撤去反対を唱える者もいたが、「それなら触ってみろ」と言われると自らの主張を引っ込めた。

人々は理解できない神仏の力には頭(こうべ)を垂(た)れる。

 日本領事館前の少女像は像に近づかないように遠くからロープを架(か)けられ、ブルドーザーに引かれて倒され、トラックにも載せないで道路を引きずってどこかに運ばれていった。

まるで悪魔をロープで引いてゆくようだった。

像の顔は道路で削られ恐ろしい形相になった。

聞くところによれば大きな穴を掘ってその中に像を落とし、土をかけられたらしい。

 もちろん、そんな騒動と川本五郎を結びつけた領事館の職員はいなかった。

川口五郎は領事館から一歩も外に出ていなかったのだ。

オーラの観測によれば領事館は内部スパイが多かった。

軽々に川口五郎の能力を悟らすことは危険きわまる。

 釜山の「悪魔の像」騒動はマスコミに大きく報じられた。

人々は改めて疑いの心を持ちながら像の顔を眺め始めた。

確かに像の少女は薄目の中で笑っているようにも見えた。

 川本五郎は釜山の領事館からソウルの日本大使館に行った。

大使館は工事中止中だった。

川本五郎は住居を少女像の見えるホテルに定め、そこから大使館に毎日通った。

暫くしてから川本五郎の宿泊しているホテルの近くの像で異変が生じ始めた。

釜山と同じように像に触れると触れた人間は脳卒中で倒れ、病院に運ばれて行った。

それが毎日のように10日も続くと、マスコミはソウルの少女像も悪魔の像になったのかもしれないと報ずるようになった。

 噂を信じない若者達が戯(たわむ)れに像に近づくと、その若者達のうちの最初に像に触れた一人が倒れた。

かわいそうにその若者は誰にも助けてもらえなかった。

仲間の誰も救急車を呼ばなかったのだ。

一目散に像から逃げ出し、無関係を装ってしらんぷりしたのだった。

残された若者は像の横で凍死した。

 ソウル市役所は議会の議決を待たないで少女像の撤去を決定した。

誰が撤去に反対しようと答えは同じだった。

「それなら像に近づいて触ってみろ」だった。

だれもそうはしなかった。

 口ではどんな崇高な思いを唱えることは出来ても、それに自分の命を賭ける訳にはいかなかった。

ある日、少女像は遠くからワイヤーロープで3重に巻かれ、ブルドーザーで倒され、トラックに引かれてソウルの街中を引き摺り回され、郊外に掘られた穴にロープで巻かれたまま落とされて埋められた。

こうすれば死人が出ないことが釜山の実例で分かっていたからだ。

 釜山とソウルの少女像事件の影響は大きかった。

全国で少女像を悪魔の呪いの像として見るようになったのだ。

次々と「悪魔の像を撤去せよ」との声が上がり、所謂(いわゆる)市民団体は像を撤去せざるを得なくなった。

全国の悪魔の像は次々と破壊されていった。

像が破壊されると脳卒中で死ぬ人間もピタッといなくなった。

やはり、悪魔の像の呪いのせいだったと人々は納得した。

 それは国外でも同じだった。

ニュースを知った像を建てられた国の民衆から「呪いの像を立ててこの国を呪うのか」と言われると像を建てた者達は悪魔の像を直ちに撤去した。

像になるべく触らないように撤去した。

 川本五郎は日本に戻って次官に面会した。

「秘密大使の予行演習をして来ました。あんなもんで良かったですか。」

「凄いな。シンボルの少女像が今では呪いの悪魔の像になった。韓国はおろか外国の少女像も次々と破壊されている。外務省が文句を言って建設を阻止するよりずっと効率がいい。像を建てた者達が壊しているのだからな。今では誰も少女像を建てようとは思わんよ。国民を殺す呪いの像だからな。」

「こちらが噂を撒かなくても勝手に噂が生じたことは幸運でした。」

 「それにしても君は凄いな。外務省が何年も困っていた案件をあっという間に解決した。どうする。またアメリカに戻るか。」

「あのー、通常のアメリカ派遣はどれくらいですか。」

「うむ。普通の大使館は2年だがアメリカは特別だ。エリートコースだよ。君の場合はさらに特別になるかな。まだ1年にも経っていないのに、もう大統領と懇意になり抜群の信頼を獲得していると大先輩が言っていた。僕としては君を本省に呼び戻したいと思っている。警備局の公安課長からの要請もあるしな。君は去年の公安で何をしたんだ。」

 「すみません、次官。公安での仕事は秘密です。次官にもお話しできません。」

「そうか。僕も対象となっている内部調査だな。君は怖いね。」

「私は日本国のために政府組織に入りました。」

「そうだな。春の人事異動まで日本でぶらぶらしていたまえ。それだけのことを君は韓国でやり遂げた。北方先輩には僕から話しておく。」

「了解。」

 川本五郎は日本でブラブラした。

川本五郎は東大の元在籍していた講座に顔を出すようになり、請われて時々東大病院で難しい手術の手伝いをした。

相変わらず川本五郎の手術の正確さと速さは人間離れしていた。

講座の教授は川本五郎が外務省の一等書記官であることを知ってもなお「気が向いたらいつでも戻って来てくれ」と外交官に外交辞令を言ってくれた。

 そんな生活の中で川本五郎はアン・シャーリーからの電話を受けた。

アン・シャーリーは休暇で日本に来ていると伝えた。

そして川本五郎に会うために日本に来たとも伝えた。

川本五郎はすぐにアン・シャーリーの目的を理解した。

アン・シャーリーは自分の持つ異常な能力の原因を知るために五郎に会いに来たのだ。

以前、川本五郎は「アメリカで原因を探ろうとすれば身に危険が生じ、日本に来れば五郎自身が調べてやる」と約束していた。

 「アン、日本滞在はどれくらいだい。」

最初に川本五郎は不躾(ぶしつけ)な質問をした。

「1週間ほどよ、五郎。」

「そうか。大統領とのゴルフ以来だね。一刻も早く会いたいな。今どこにいる。」

「宿泊先のホテルよ。皇居も見えるホテル。パレスホテルっていう名前。」

「そうか。アン、東京大学の東京大学病院の待合室で会おう。ホテルからタクシーに乗って東大病院って言えばすぐに着く。4㎞くらいかな。僕は今その病院で手伝いをしている。病院に着いたらもう一度電話をしてくれ。出迎えに行く。」

「了解。早く会いたいわ。」

「僕もだ。」

 川本五郎は聴診器を首からかけた白衣姿で黒髪の美女のアン・シャーリーを東大病院の待合室で出迎えた。

川本五郎は細心の注意を払っていた。

アメリカ大統領の懐刀の護衛が外国に旅行したのだ。

当然、監視の目が光る。

日本に到着してすぐに病院に行くことは不審な行動ではない。

旅行で気分を悪くする場合もある。

それも有名な大病院に行くのであればもっともらしい。

 川本五郎は待合室でアン・シャーリーの横に腰掛け色々と英語で話し始めた。

医師が患者と待合室で話をするのは良くあることだ。

それに待合室はいつも人間で溢れている。

「アン、君の秘密を知るために来たのだね。」

「それもあるけど、五郎に会いたかったの。」

 「これからの僕の行動を説明する。最初に君の血を5㎖採らしてもらう。そのあと僕はその血をRPMI1640に浮かべてマイトージェンのPHAを加えて培養器にいれる。それだけは最初にしておきたい。あとは72時間待ってコルセミドを加えてM期細胞を集めガラススライドに滴下する。固定乾燥したらギムザ染色して顕微鏡写真を撮る。そこまでで4日かかる。後は染色体を並べて君の染色体像を得れば僕の予想する結論を君に証拠と共に説明することができる。だいたい5日が必要だ。頑張れば4日でも出来る。君の日本滞在中に何とか君に説明できると考えている。理解できたかい。」

 「理解したわ。要するに私のカリオタイプを調べようとしているのね。他の人に知られないように。アメリカでそんなことをしたらすぐに注目されたわね。五郎が日本で五郎自身が調べると言ったことが理解できたわ。」

「そうですか。それでは患者様、どうぞ私の後について来てください。診察してみましょう。」

「はい、ドクター。よろしくお願いします。頭が痛くてたまらないのです。」

アン・シャーリーは美しい顔を顰(しか)めて言った。

「分かりました。単なる頭痛であればいいですね。」

そう言って川本五郎はアン・シャーリーを特別診察室に導き、素早くアン・シャーリーの血をヘパリンが入った採血菅の中に採血した。

 「僕はこれから研究室に戻ってこの血を培養する。アンはこのままホテルに戻って安静にしていてくれ。君の頭はまだ痛いはずだ。今晩君のホテルに行くよ。見舞いも兼ねてね。一緒に食事をしよう。それでいいかい。」

「OKよ。楽しみだわ。」

「僕もだ。」

川本五郎とアン・シャーリーは5分間で特別診察室を出てアン・シャーリーは病院玄関の方に向かった。

川本五郎は白衣のポケットに入れたアン・シャーリーのヘパ血(ヘパリン血)を持って病院に隣接する研究室の培養室に向かった。

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