第17話 16、大統領とゴルフ

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 ある日、川本五郎は大使に呼ばれた。

「君はゴルフができるのかね。」

ゴルフは上流階級の嗜(たしな)みだ。

ゴルフは一般人に見られないで友人と楽しむことができる。

そこでの会話はだれにも聞かれない。

 「今まで一度もしたことはありませんが、できると思います。」

「初心者なのかね。」

「今までしたことがないと答えました。そういう意味では初心者です。でもボール競技は容易だと思います。」

「そうかね。だがゴルフは難しいぞ。」

「少し打てば何とかなると思います。」

「うむ。日本の名誉がかかっている。」

「どういうことでしょうか。」

 「大統領から次の日曜日にゴルフの誘いを受けた。大統領は君の参加を指名して来たんだ。君は大統領と知り合いなのか。」

「一度、ジョギングの途中でホワイトハウスに招かれ、お話ししたことがあります。」

「そこでゴルフの話が出たのか。」

「いいえ、全く出ませんでした。」

「ふうむ、不思議だな。日米決戦をしようと言って来ているのだ。」

「大統領は僕の運動神経を高く評価しておりました。僕に対抗できそうなゴルフのパートナーを見つけたのかもしれません。」

「ふうむ。無敵の川本五郎にゴルフなら勝てるかもしれないと言うことだな。わかった。次の日曜日は開けておいてくれ。日米決戦をゴルフ場ですることにしよう。」

「了解。」

川本五郎はゴルフ用品を購入し、ルールを調べ、ゴルフ練習場で練習して日曜日の試合に備えた。

 日曜日、大使と五郎は車でワシントンDCを離れ、指定されたゴルフ場に向かった。

護衛の自動車も後をつけて来た。

五郎は脇にグロッグを忍ばせてあった。

1時間ほど車で走ってゴルフ場に着くとアメリカ大統領は既に到着していた。

ホワイトハウスからヘリコプターで移動したらしかった。

 クラブハウスに入っていくと入り口内側で大統領の護衛が金属探知機でボディーチェックをしていた。

当然、川本五郎の拳銃はひっかかった。

「サー、この拳銃はお預け願えますか。」

ボディーチェックした係員が丁寧に、だが命令的に言った。

「預けません。私は日本大使の護衛です。拳銃はこの国での護衛に必要です。大統領の護衛は拳銃を持っていないのですか。」

「しばらくお待ちください。上司に聞いて来ます。」

係員は姿を消したが、すぐに戻って来て言った。

「サー、失礼いたしました。このままお通りください。」

「了解、ありがとう。」

そう言って川本五郎はクラブハウスの中に入って行った。

 クラブハウスのティールームには大統領が待っていた。

大統領は日本大使と川本五郎を見て近寄り握手を交わしながら言った。

「よく来られた、大使。川本一等秘書官も久しぶりだな。今日は日米決戦だ。こちらも強力な大砲を準備した。」

「大統領、お招きありがとうございます。川本戦艦を撃沈しようと画策なされたのですか。」

「そうだ。日本のスーパーマンにやられっぱなしではアメリカの立つ瀬がないからな。」

「どんな大砲を用意されたのですか。」

「うむ。可愛いが強力な大砲だ。ミス・シャーリー、こっちに来てくれ。日本大使を紹介する。」

 部屋の隅に立っていたアン・シャーリーが大統領に近寄って来て横後ろに立った。

「大使、紹介しよう。アン・シャーリーだ。ドクター五郎は知ってるな。」

「大使閣下、アン・シャーリーです。大統領の護衛をしております。」

「よろしく。アン・シャーリーさん。日本大使の北方熊楠です。」

「こちらこそよろしく。・・・ドクター川本、お久しぶりです。お会いしたいと思っておりました。」

「僕もですよ。今日はシャーリーさんとゴルフで戦えるのですね。」

「はい、お手柔らかに。」

「OK。紹介は済んだ。30分後にティーグランドだ。着替えて準備してくれ。」

大統領はそう言って特別室の方に向かい、大使と五郎はロッカールームの方に向かった。

 1番のティーグランド立った4人はそれぞれ独自の服装をしていた。

大統領は派手なシャツを着ており、日本大使は地味なシャツを着ており、アン・シャーリーは女子プロのようなカラフルな上着と丈の短いスカートを履き、川本五郎はジョギングで使用している服装に簡単なチョッキを羽織った姿だった。

 大統領と大使とアンのゴルフバッグはフルセットでキャディーカートに積まれていたが、川本五郎のゴルフバックはハーフセットで細く、クラブの先端にグロッグが入ったホルスターが吊り下げられており、キャディーカートには載せず常に身の近くに置いていた。

 「ドクター五郎、それが君のグロッグか。」

「はい、大統領。グロッグ18Cで17連発です。無粋をお許しください。何かあれば大統領もお守りいたします。」

「よろしくな。」

「川本くん。拳銃などを持って来たのか。」

「はい、大使。アメリカの郊外は危険です。これがあれば100m以内に近づく敵を34人倒すことができます。」

「大使、気にするな。安心できる。ドクター川本の銃の腕は人間技ではない。2秒で17人を確実に倒すことができる。周りの護衛よりずっと信頼できる。」

「そうですか。とにかく慎重にな、川本くん。銃は危険だから。」

「了解しました。」

 1番のティーショットはレディーファーストということでアン・シャーリーが最初に打った。

アン・シャーリーはみんなに会釈してから1番ウッドで軽く振り抜いた。

1番ホールは429ヤード、パー4の直線ミドルホールで遠くに旗が見える単純なホールだった。

アン・シャーリーが打ったボールはまっすぐ飛んでピンの近くに消えた。

少なくとも400ヤードは飛んでいる。

北方大使はあっけにとられてボールの消えた方向を見ていた。

アメリカ大統領はニヤニヤして大使や五郎の様子を見ていた。

川本五郎はアン・シャーリーを見ていた。

 「信じられない。プロゴルファーより飛んでいる。川本君、次は君だ。アメリカの長距離砲に対抗できそうかね。」

「分かりません、大使。まあゴルフは18ホールありますから暫くは様子見ですね。」

そう言って川本五郎はティーショットをした。

ボールはアン・シャーリーが打った球の描いた軌跡をなぞるように飛んで消えた。

「君もか、川本君。ほんとにゴルフは初めてなのか。」

「はい、4日前にゴルフセットを用意して少し練習しましたがゴルフ場で打ったのは初めてです。」

「大使、面白くなりそうだな。二人の怪物は放って置いて普通の人間の勝負をしよう。」

大統領が言った。

 次は大統領が打った。

280ヤードのショットでフェアウェイをキープした。

北方大使は230ヤードのショットでフェアウェイに乗った。

川本五郎はゴルフバックを背負って大使の後につきアン・シャーリーも大統領に従った。

アン・シャーリーは五郎の方を向いて微笑み、川本五郎もアン・シャーリーに笑顔を返した。

 北方大使のセカンドショットは150ヤードのショットでグリーンのかなり前で止まった。

大統領のセカンドショットはグリーン横のバンカーにつかまってしまった。

グリーンの近くまで来てもまだ川本五郎とアン・シャーリーの球は見つからなかった。

大統領と大使は第3打で共にグリーンに乗った。

 4人がグリーンに立つと川本五郎とアン・シャーリーのボールが見つかった。

2個のボールは寄り添うようにピンの手前30㎝に並んで止まっていた。

川本五郎の球の方が若干ピンから離れていたので五郎が先にカップインさせ、続いてアンがカップインさせた。

 アメリカ大統領は「当然だ」という顔で二人のワンオンワンカップを眺めていたが北方大使は驚きを隠さなかった。

「信じられない。パー4でワンオンのイーグルなんて。聞いたこともない。」

「そうだろう。それで川本スーパーマンを呼んだんだ。だが、うちの長距離砲もたいしたものだろう。ふふっ。最近見つけたんだ。アメリカのスーパーウーマンをな。」

大統領と大使はボギーで最初のホールを終えた。

 2ホール目は537ヤード、パー5の直線コースで、1ホールと同じようにアン・シャーリーが最初で五郎が次を打った。

アン・シャーリーの球は再びワンオンし、五郎の球はアンの球の軌跡をなぞってワンオンし、アン・シャーリーの球の横に並んだ。

今度も川本五郎の球の方が少し遠かったので先にパットを決めた。

アン・シャーリーは困ったような顔になり大統領の方に近づき何事かを言った。

大統領はニタっと笑って親指を立てた。

アン・シャーリーはニコッと笑って最初の30㎝パットを外し、次に入れた。

そして川本五郎の方を見て微笑んだ。

 川本五郎は非常に困った表情をした。

北方大使は心配になり五郎に聞いた。

「まずいことでもあるのか、川本君。今度は君がオナーだよ。」

「それがまずいのです。アンさんに僕の作戦を見破られてしまいました。」

「どう言うことかね。」

「アンさんはこのコースを知っております。だからワンオンを狙えるのです。僕はアンさんと同じ球を打つことによってアンさんの球の横に置くことができたのです。最初に打つオナーになったらどこを狙ったらいいのか分かりません。」

「むむっ。敵もやるな。ともかくなんとかしなさい、川本くん。」

北方大使は冷たく五郎に言い放った。

 第3ホール目は189ヤード、パー3の池越えショートホールだった。

川本五郎はワンオンワンパットでバーディーで上がり、アン・シャーリーもワンオンワンパットでバーディーだった。

オナーは変わらなかった。

今や、日米対決ゴルフは大統領と大使の戦いではなく川本五郎とアン・シャーリーの息詰まる戦いになった。

 第4ホールは514ヤード、パー5の右ドッグレッグのロングホールだった。

ティーからピンは見えなかった。

川本五郎はホールの形を想像して打ったがグリーン横のバンカーの壁に捕らえられてしまった。

アン・シャーリーは確実にワンオンしてワンパットで決め、五郎はバンカーの脱出に2打を費やしてからワンパットで決めた。

アン・シャーリーが一打リードした。

 アン・シャーリーは次のホールがティーグランドから旗が見えない場合にはわざとパットを外した。

川本五郎が失敗することに賭けたのだった。

川本五郎とアン・シャーリーの前半の決戦は結局引き分けになった。

五郎はバンカーで2打失ったがホールインワンを2度決めたからだ。

大統領は上機嫌だった。

日本のスーパーマンと引き分けになったのだ。

 昼食を食べ終わると川本五郎とアン・シャーリーは親しく会話しながらクラブハウスのピアノの前に行った。

川本五郎は昔を思い出しながら「剣の舞」を演奏した。

五郎が演奏を終えるとアン・シャーリーは五郎と交代し同じ曲を五郎よりもずっと早く演奏した。

川本五郎は「ふむふむ、なかなかやるな」と言って腕時計を見ながらアンに別の曲を要求した。

アン・シャーリーはリムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」を演奏した。

この曲も素早い指の動きが必要とされる。

五郎はアンと交代し同じ曲をアンよりもずっと短い時間で演奏し終わった。

 この頃には大統領と大使は席を離れピアノの近くに来て日米のピアノの戦いを見ていた。

川本五郎とアン・シャーリーは互いに微笑みながら相手の実力を認め合った。

「連弾しませんか、アン。『天国と地獄』か『子犬のワルツ』あたりでどうですか。」

「子犬のワルツでお願いします。天国と地獄では運動会を想い出してしまいます。」

「了解」と言って川本五郎は高音部を引き受けた。

二人は演奏しながら互いに顔を見合わせながら楽しそうに演奏した。

 「二人とも素晴らしい。ピアノの競い合いから友好の連弾に変わった。」

大統領が賞賛した。

「川本君はピアノもできたのか。履歴書には音楽のことは何も書いてなかった。」

「北方大使、ドクター川本に関しては僕の方が詳しいかもしれんぞ。うちは優秀な情報部があるからな。ピアノだけじゃあないぞ。バイオリンも堪能だ。社交ダンスなんてプロを超えていると報告されている。えーと、論理的な指圧もできる。あのイスラエルのレベッカを指圧で助けた。だがドクター川本の真の力はまだまだ不明だ。うちの情報部もお手上げだよ。とにかくドクター川本は超人的だ。だがうちのアン・シャーリーも川本五郎に対抗できると分かった。アンはまだ若いから今は少し負けているかもしれんがすぐに追いつく。」

 その日、4人は楽しい時を過ごした。

北方大使も大統領と会話を続け友好を深めた。

五郎は主にアンと話をした。

 帰りの車の中で北方大使は川本五郎に礼を言った。

「今日の大統領は楽しそうだった。大統領は君に絶対的な信頼を寄せているようだな。大統領の近くでゴルフバッグに拳銃をぶら下げてゴルフをするなんて聞いたこともない。」

「大統領は僕が拳銃なしで1秒以内で大統領を殺すことができることを知っておられます。ですから僕が拳銃を持っていても何の問題もないのです。拳銃を取り出すより早く殺すことができますから。あの拳銃は外からの襲撃を防ぐためです。」

「とにかく凄いな、君は。」

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