第13話 12、内部スパイの調査

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 東京の本省に戻った川本五郎は一応希望する部署を尋ねられた。

もちろん叶えられる可能性は極めて低い。

川本五郎は世界情勢を知ることができる部署と、日本の害虫を除去する部署を希望した。

信じられないことに、川本五郎は外務省の国際情報統括官組織の一員となり、警察庁の警備局の一員ともなった。

 異例の併任だった。

併任は便利だ。

上司が複数になり、自(おの)ずと自由がきく。

川本五郎はどちらの組織でも部下のない役職が与えられた。

 外交官にとって国際情報が得られることは重要だったが、川本五郎は自分が持っている髪の毛の先端の湯気の正体を知っておきたかった。

五郎にとっては敵だった中国公安の湯気の色は輝く赤だった。

川本五郎は警備局が特定している日本国にとっての危険人物の湯気の色を知りたかった。

いわゆる日本国に溶け込んでいるスパイの髪の毛の先の湯気の色を知りたかったのだ。

 外国のスパイは街にも居るし、組織に潜り込んで居る者もいる。

江戸時代であれば外から送り込まれる忍者とその地に根を下ろした草とに対応する。

後者の方がずっと厄介だ。

髪の毛先端の色が意味することを知ればそんな草を見つけ出すことができると考えたのだ。

 川本五郎の配属された部署の多くの職員は輝く湯気を持っていた。

街を歩いて出会う人々の湯気よりも強く輝いている。

色はそれぞれ違っていたが輝いていた。

もちろん中には中国の公安の持っていたような真っ赤な湯気を持っている職員もいた。

だが、どんなに注意深く観察しても赤い湯気を持つ者が中国の公安の放った草だとは思えなかった。

 川本五郎が最初に行ったことは顔を記憶することだった。

警察庁警備局にはいわゆるブラックリストがある。

川本五郎は一日中パソコンの前に座って要注意人物の顔と内容を映し出し顔と内容を写真のように脳に記憶していった。

川本五郎の記憶がコンピュータの記録と違っていたのは五郎の記憶には五郎の理解が入っていたことだった。

膨大な記録を記憶してゆくと記録間の互いの関連も自ずと構築されていった。

記録の片隅に載っている重要そうでないわずかな一行の情報が全体を知ると重要になる場合がある。

 ブラックリストのほとんど全ての情報を記憶し終えた川本五郎は思わずため息をついた。

日本国に住む日本国にとっての害虫がいかに多いのかを知ったからだった。

害虫は官僚組織の中にも住んでいた。

公務員としての手厚い保護の下に権限を持って生活している。

だれもその害虫を排除できない。

川本五郎といえども外交官ではない日本国内で他人を害したら罪に問われる。

 ある日の夕方、川本五郎は経済産業省の建物を訪問した。

ビルの受付で架空の名前を書き、目的を建物の見学だと伝えた。

川本五郎がビルの一階のホールの入り口付近のガラス壁の前でぶらぶらして居ると二人の警備員が近寄ってきた。

不審人物と思ったのであろう。

「失礼ですが、何をなさっているのですか。どなたでしょうか。」

物腰は穏やかだったが五郎を警戒していることは明らかだった。

 「目的はビルの見学です。私は先ほど受付で記録した名前とは違いますが、警察庁警備局の者です。秘密任務です。妨害はしないでください。それから敬礼は絶対にしないでくださいね。」

そう言ってから五郎は上着の内ポケットから手帳を取り出し、名前を指で隠して二人の警備員に見せた。

警備員の一人が「失礼いたしました」と言い、二人の警備員は敬礼しないで入り口の方に去って行った。

警備局公安課の身分証の威力は強い。

警察手帳よりもずっと強い。

 退省の時刻になると多くの職員が玄関を通って帰る。

川本五郎が見たかったのは課長であった。

局長クラスではないので電車に乗って帰宅する。

多くの人々に混ざって件(くだん)の男が川本五郎の前を通って行った。

その男の髪の毛の湯気は周囲の男女とは違って斑(まだ)らだった。

色のない白い湯気も見えたし、赤い湯気もあったし、青い湯気もあったし、茶色に見える湯気もあった。

川口五郎には初めてのパターンであった。

 翌日の夕方、川本五郎は国土交通省の建物に行った。

目的は女性の課長補佐の湯気を見ることだった。

その女性の湯気は周囲の大多数の人々の湯気と違って斑らだった。

次の日の夕方は文部科学省を訪問し、川本五郎は2名の髪の毛の湯気がやはり斑らであることを確認した。

川本五郎はこのようにして五郎が膨大な情報を分析して浮かび上がってきた日本国の内なる害虫の髪の毛の湯気を調べた結果、全員が斑らの湯気を持つことが判った。

 「君は最近、色々な省庁を訪問しているようだが何をしているのだね。」

川本五郎は直接の上司である公安課長に呼び出されてこう聞かれた。

「僕は新人ですからやはり見張りは必要ですよね。・・・私は日本国の官僚組織に巣食っている害虫を見つけ出すことができるかどうかを試しております。」

「害虫ねえ。どういうことかな。」

 「私は私の特殊能力として速読でき理解し記憶することができます。この能力のおかげで高校生の時代に司法試験を通り、公認会計士の試験にも合格することができました。医師国家試験に通ったのも国家公務員の試験に通ったのもこの能力があったからです。私はこの課に来て要注意人物のリストを見させてもらいました。私の頭の中にはコンピュータに入っていたほぼ全ての人物の顔写真と内容が記憶されております。個々の人物に関する記述では見落とされるかもしれない小さな情報でも多数の人物についての情報と重ね合わせると自ずと関係が繋がるものです。私はそんな方法で日本国の官僚組織に入りこんでいる外国のスパイを見つけようとしました。外交官として職務を完遂するには重要だと考えたからです。私が各省庁に夕刻に出かけたのは私があぶり出した人物を見たいと思ったからです。」

 「それで君が見た者はどうだったのかね。」

「周囲の人間とは異なっておりました。」

「どのように違っていたのかね。」

「課長は輝くオーラを発しております。強く日本国のことを心配なされていると推察します。この建物の多くの人々も人それぞれにオーラを発しております。市井の人々より強い方が多いようですね。件(くだん)の内部スパイ容疑者は強いオーラでしたが純粋の色を持っておりませんでした。全員がそうでした。」

 「その内部スパイ容疑者のリストをもらえるのかな。」

「いずれお渡しできると思います。でも、今ではありません。証拠もありませんし、私があぶり出した容疑者はブラックリストに載せられていた人達との関連で特定できました。でもそんなブラックリストの人物と接触するのは下級の内部スパイです。日本の官僚組織の上層部に入り込んでいる内部スパイはブラックリストに載っている人物などとは接触しないと思います。私が今回調べたのは内部スパイである人物が発するオーラを知るためでした。上層部を調べるのはコンピュータ情報だけでは無理です。もう少しお待ちください。」

 「君は恐ろしい男だな。人のオーラを見ることができるのか。上層部の人物のオーラを見て目星をつけるのだな。君の中国での活躍も聞いたよ。公安の猛者7人を数秒で殺したり廃人にしたりしたそうだな。銃の腕も怪物級で二十数ヶ国語を流暢に話せる。指圧でイスラエル大使を救ったそうではないか。色々な国の大使館とも仲良くなったとも聞いた。君の身上書に書かれていた『怪物』はまだ控えめな表現だな。君に教えておいてやろう。君は公務員試験でトップの一人だった。満点だったよ。」

 「そうでしたか。大使も私を評価してくれたのですね。」

「評価しただけではない。警告もしていたよ。君の一声で広いパーティー会場の全員が恐怖で竦(すく)み上がり動けなくなったそうだな。君の気迫は超人的だと言っていた。僕は誇張だと思っていたが君のオーラの話を聞いて納得したよ。」

「僕は来年にはまた外国に行くと思います。もう少し今の仕事を続けてもよろしいですか。」

「ぜひとも続けてくれたまえ。日本国身中の害虫の駆除は君にしかできんようだ。」

「ありがとうございます。私の能力に関しては役職が変わっても決して他言しないでください。」

「了解した。誰にも言わんし記録にも残さない。」

「信用します。」

 しかしながら川本五郎の上層部内部スパイの探索はなかなか進展しなかった。

人間から出ているオーラは五郎の目で直接見なければ見えなかった。

写真でもだめだしテレビでも鏡でもだめだった。

しかも重要人物は公用車での通勤を行うし、めったに外に出て来ない。

それに個別に調べるには人数が多すぎる。

1日に一人を調べていたら1年以上かかってしまう。

 そんな時に川本五郎は公安課長に呼ばれた。

「どうだ、上層部内部スパイの捜査は進展しているかね。」

「上層部の方に会うのは難しいと分かりました。途方に暮れております。」

「そうだろうな。そうでなくてはいかん。一般人が簡単に会えるようでは危なくてたまらんからな。どうだ、協力してやろうか。」

「次官に紹介していただけるのですね。次官なら局長を次官室に呼ぶことができます。そうすれば少なくとも局長以上は浄化できるわけですね。」

「そうだ。まず上から調べなければ安心できない。」

「課長、局長の他にNo.2を一緒に呼んでもらってもいいですか。No.1を籠絡させるのは大変ですが次期No.1候補はセキュリティーが薄くなっているはずです。外国が狙うには絶好です。」

「そうだな。そうしたらいい。あとは君次第だ。」

 そんなやりとりがあって川本五郎は各省庁の次官室で正式に次官と面会する約束を取ることができた。

もちろん川本五郎の特殊能力は次官には伝えられてはいなかった。

川本五郎は外務省のエリート外交官であり日本外交のために協力してほしいとだけ伝えられていた。

 川本五郎が最初に行ったのは財務省の次官室であった。

次官室に案内されて扉の中に入って扉を閉じてから川本五郎は言った。

「警察庁警備局公安課の川本五郎です。次官に面会でき感謝しております。」

「君のことは知っているよ。財務省に入ってほしいと思っていた。中国では大活躍したようだな。」

「恐れ入ります。本日は公安の仕事で参りました。お願いを申し上げてよろしいでしょうか。」

「言ってみたまえ。できることはする。」

 「外務省の局長と次期局長候補をこの部屋に呼んで用意してきたお札(ふだ)を渡してください。私は部屋の端に座っております。」

「それだけか。理由をきかせてくれんか。」

「日本国官僚の中の害虫を駆除するためです。持参したのは虫下しのお札です。官僚上層部のクリーニングをしようと思っております。閣下は害虫ではありませんでした。」

「どんなお札だね。」

「これです」と言って川本五郎は用意してきたお札を渡した。

五郎が渡したお札は短冊形で赤地に白文字で「火の用心」と書かれてあった。

 「これにそんな効果があるのかね。」

「まったく効果はありません。なんの用事もないのに呼んだら閣下がお困りになるだろうと思って準備しました。私の前に局長とNo.2がいる状態を作ることが目的です。」

「それだけで君には相手の正体がわかるのかね。」

「正体は分かりません。でも、どこかの外国のスパイの可能性があるか否かは判ると思います。」

「恐れ入ったな。パーティー会場で中国公安のエージェントを見つけ出したのもその力かな。」

「そうです。」

「分かった。協力しよう。君は部屋の隅に座っていたまえ。」

 事務次官はインターホンで主計局長と主計局長がナンバー2であると考える者を呼ぶように命令した。

5分もしないうちに二人が次官室に入ってきた。

「たいした用事ではないのだ。このお札を部屋のどこかに貼ってくれんか。急に思いついてな。」

そう言って次官は「火の用心」と書かれたお札を二人に手渡した。

二人は訝(いぶか)しげにお札を見ていた。

「それだけだ。忙しいところを呼んでしまって悪かったな。下がってくれ。」

二人は「失礼します」と言ってお札を見ながら部屋を出ていった。

 「これでいいのかな、川本君。」

「完璧でした、閣下。あの二人は害虫ではありません。次をお願いします。」

「分かった。」

この日、外務省事務次官が呼べる権限のある者全てが次官室に呼ばれお札を渡された。

財務省の上層部には斑らのオーラを出す者はいなかった。

 川本五郎の事務次官訪問は全ての省庁に対して行われた。

色々な局長室の片隅には目立たないように「火の用心」のお札が貼られていた。

色々な局長室に出入りできる者には同じ「火の用心」のお札が貼られていることを訝(いぶか)った。

そのお札はその部屋の主が川本五郎の査察を受けたことを意味したのだが当の本人はその意味を知らなかった。

川本五郎は4名のスパイ容疑者を発見した。

川本五郎は発見した全てのスパイ容疑者をリストにして公安課長に渡した。

 「これが私が調べた内部スパイの容疑者のリストです。下層官僚と上層官僚に関してリストアップしてあります。中間層のスパイ容疑者は調べることができませんでした。ご覧になれば分かると思いますが上層部のスパイ容疑者は全てNo.2候補でした。これから分かることは中間層でも同じようになっているかもしれないと言うことです。課長を目指すなら課長補佐やその下を籠絡しておけば数年先には課長になれる可能性があるわけです。上層部のスパイ容疑者は中国とロシアと韓国とアメリカの蓋然性が高いと思いました。下層部のスパイ容疑者は上部の4人のそれぞれに結びついている蓋然性が高いと思います。後はお任せいたします。私は暫く国際情報統括官組織に行こうと思います。私の能力が必要な場合は呼んでください。協力いたします。」

 「ありがとう、川本君。まさか次長レベルまで浸透していたとはな。怪しそうなのが見つかったら呼ぶかも知れん。その時には頼むよ。」

「了解。日本人なのに。人間は弱いものですね。」

「人間だからだ。」

公安課長が言った。

川本五郎は日本での仕事を十分な成果と共に終えた。

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