第14話 13、拳銃練習

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 医学部を卒業して24歳。

外務省に入って国内研修を終えて25歳。

国外語学研修のための外交官補と大使護衛のための3等書記官を兼任して駐中国大使館に2年間派遣されて27歳。

帰国して名目上の2等書記官になると同時に外務省の国際情報統括官組織と警察庁警備局公安課の兼務となり、1年間をこなして28歳。

 28歳の川本五郎は1等書記官として駐米国日本大使館に派遣された。

結局、川本五郎は2等書記官としての実務経験なしで1等書記官になった。

普通、3等書記官は20歳代、2等書記官は30歳代、1等書記官は40歳代と相場が決まっている。

28歳で1等書記官になった川本五郎は異例の出世をしたと言える。

川本五郎に接した者たちが一様に五郎の卓越した能力を高く評価したためかもしれなかった。

 ワシントンの日本大使館はポトマック川にそそぐ小川の畔(ほとり)にあり、前面には多くの国の大使館が国の威信をかけて林立しており、後面は小川に沿った公園に崖を間にして隣接している。

川本五郎の肩書きは1等書記官であったが、その役割は中国の時と同じ大使付きの最終護衛であった。

川本五郎はこの仕事が好きだった。

煩雑な事務仕事がないし色々な人間と会うことができる。

 アメリカは銃の国だ。

誰でも銃を持とうと思えば持つことができる。

銃の弾は早いし、遠くから射つこともできる。

川本五郎はスーツ姿での護衛の時には拳銃を持つことにした。

川本五郎が選んだ拳銃はグロッグ18Cだった。

この銃は一般人には販売されていない銃で、1秒間で20発のフルオート連射ができる。

装弾数は17発だから1秒以内で全弾を撃ち尽くすことになる。

 川本五郎は何度も繰り返しグロッグ18Cの射撃練習をした。

使っている銃のフルオートの速さを覚える練習だった。

超人的な運動神経を持つ川口五郎といえども1秒間で20回引き金を引くことはできない。

せいぜい5回以下だ。

それでは銃を持って引き金に指をかけた複数の敵には対処できない。

相手が目で見て指を引くまでの0.1秒が勝負だった。

フルオートで複数の敵を正確に狙って確実に倒すことを目標とした。

 川本五郎は日本大使館経由で頼み込み、近くの警察署の地下の射撃場を使わせてもらえることになった。

地下の射撃場の的は簡単な人型で射場には10個が並んでいた。

川本五郎は射撃場に練習の人がいなくなると案内の警官に10体のターゲットを狙いたいと言った。

案内の中年の警官は幾分あきれながら日本大使館からの男を見ながら五郎の無謀な要求を許可した。

川本五郎は中央の射座から肘を体に付けた状態で1秒2発の早さで撃ち、全てのマンターゲットの中央に弾を当てた。

 案内の警官は川本五郎に俄然興味を持つようになった。

驚くべき腕だったのだ。

次に川本五郎は脇のホルスターにグロッグ18Cを入れ、銃を抜きざま2秒間で10個のマンターゲットの中心に弾を当てた。

「ここまではいいですね。腕は落ちていないようです。」

川本五郎が英語で言うと案内の警官は壁に付いていたボタンを押した。

「そのボタンは見物人を呼んだのですか。」

「そうだ。信じがたい射撃をみんなに見せてやりたい。」

 10秒もしないうちに数人の警官が五郎の射座の後ろに集まって来た。

「すまんが、もう一度さっきの射撃をみせてくれんか。」

「いいですよ。でも今日来たのはこんな射撃のためではありません。でも射場を使わせてもらっているのだからサービスも重要ですね。」

川本五郎はそう言いながらグロッグの弾倉に新たな弾を装填した。

「弾は全部で17発です。首に10発、心臓に7発の予定です。」

 川本五郎は脇のホルスターに銃を入れ、両手を下げてから右手で左脇のホルスターから拳銃を取り出し、肘を体側に付けて4秒間をかけて17発を撃った。

10個のマンターゲットには首に10発、心臓に7発が当たっていた。

周囲の警官からどよめきが起こった。

「驚いた。すごいクイックドロウだな。銃を抜くのが見えなかった。見えたのは腰に構えてからだ。しかも左手も体もほとんど動いていなかった。数秒で全弾命中だ。そんな腕を持っているのにまだ頼み込んで練習するのか。」

 「私は日本大使館の護衛です。私は1秒以内で17発を撃つことを練習するためにこの射場の使用を申し込みました。」

「1秒で17発だって。それじゃあフルオートじゃあないか。」

「はい。そうです。私は1秒で17回引き金を引くことはできませんからフルオートにせざるをえません。」

「フルオートで的を狙うのか。」

「正確に頭を狙わなければなりません。アメリカには銃を持った賊が多いですから。」

「分かった。存分に練習してくれ。それと、是非とも見させてくれ。そんな射撃は今後見ることはないだろうからな。」

 川本五郎は弾を込め、左脇からのクイックドロウでフルオート10発を流れるように手首を動かして撃った。

一番左の的には中心に当たったが、右に行くにつれて高さは同じだが少しずつ右に当たってしまった。

「グロッグは毎分1200発と性能書には書かれていましたが、このグロッグは少し遅いようですね。」

そう言って川本五郎は再び銃弾を装填した。

 2度目のフルオート射撃で川本五郎は全弾をマンターゲットの中心に当てた。

3度目のフルオート射撃では17発を撃ち尽くした。

10体のマンターゲットの頭の額部分に全ての弾が当たっていた。

五郎の射座を囲んでいた若い警官達から拍手が沸き起こった。

「凄え。フルオートで全弾額か。まるで機械だ。ほんとに人間か。日本が作ったロボットではないのか。」

案内の警官は五郎の顔をじっと見つめた。

 「私は日本で生まれた人間です。それより的を替えてくれませんか。今度は上下の練習をします。額と心臓と喉の順で狙おうと思います。」

「よしきた。おいみんな、手伝ってくれ。的を新しいのに替える。今度はフルオートでの頭・心臓・喉だそうだ。」

周囲の警官は争って他の射座のマンターゲットを替えてくれた。

 「ありがとうございます、みなさん。お礼に少しサービスしますね。」

そう言って川本五郎は腰ポケットから財布を取り出しコインを取り出した。

「皆さんはこのコインを見ていてくださいね。上に投げますから。」

川本五郎は右手の親指でコインを50㎝ほど上に弾き、落ちてくるコインを右手で受け取った。

見物人はその間にグロッグの連射音を聞いた。

誰も川本五郎がホルスターから拳銃を取り出して撃ち尽くし、再び拳銃をホルスターに入れるのをしっかり見ることはできなかった。

連射されている拳銃だけは視界の中に見えた。

10個のマンターゲットは正確に頭・心臓・喉の順番で撃ち抜かれていた。

 見物人は唖然として拍手も忘れた。

「今日の練習はこれで終わりです。この拳銃の連射の特徴が分かりました。どうもありがとうございました。」

「いやあ、今日は凄い射撃を見せてもらった。今でも信じられない気持ちだ。コインをトスしている間に17人だ。あんたは昔の西部でも生き残ることができるよ。」

「いや、この銃が自動だからですよ。リボルバーでは早くは撃てないと思います。

 周りを囲んでいた警官達の一人が前に出て来て言った。

若い女性警官だった。

「あのー、お願いしてよろしいでしょうか、サー・・・。」

「五郎・川本です。何ですか。」

「信じがたい射撃を拝見しました。でも的は動いておりませんでした。私と勝負していただけないでしょうか。サー川本。」

「どんな勝負ですか、フロイライン・・・」

「アニー・ストライクです。投げられたビー玉を的にします。抜き撃ちで当てます。」

「ビー玉のトラップ競技ですね。」

「そうです。」

 「分かりました。お相手しましょう、ミス、アニー・ストライク。ビー玉をお持ちですか。」

「10個持っております。この場所に来るときにはいつも持って来るのです。」

「自信がお有りのようですね。いつもはビー玉を使ってどのような練習をなさっているのですか。」

「手前の台に拳銃を置き、右手でビー玉を投げてから右手でビー玉を撃ちます。」

「そうですか。ビー玉が10個なら一人が5個ですね。私から競技の方法を提案してもよろしいですか。」

「どうぞ、おっしゃってください、サー。」

 「最初の1個目は貴女が練習なされているのと同じで自分でビー玉を前に投げて抜き撃ちでビー玉を撃ちます。次に2個のビー玉を左右の隣の射座から同時に中央に投げてもらってそれを撃ちます。次に2個のビー玉を左右の端の射座から同時に中央に向かって投げてもらってそれを撃ちます。最初の1個はシングルトラップで次の2個はダブルトラップで次の2個はスキート射撃になるわけです。これでどうですか。」

「少し難しいと思いますがやってみます。」

「OK。最初の射撃はミス・ストライクから初めてくれませんか。私には初めての経験ですから貴女の射撃を見たいと思います。次からは私が最初に射撃しようと思います。」

 アニー・ストライクは「了解」と言って射座に入り、自分の拳銃のロックを外して手前の台に置き、台の上の10個のビー玉の一つを取って肩越しに前方に投げ、台の上の拳銃を取って撃った。

ビー玉は5m先で粉々に散った。

ビー玉が粉砕された事は弾がビー玉の中心に当たったことを意味していた。

 川本五郎は「お見事」と言ってアニーと替わって同じ射座に入り、グロッグの弾倉と薬室に5個の弾を装弾し、安全装置をかけてから脇のホルスターに入れた。

「あのー、安全装置をかけるのですか。」

アニー・ストライクは言った。

「はい、やはり暴発は怖いですから」と五郎は答えた。

 川本五郎はビー玉を前に投げ、銃を引き抜き、安全装置を解除してから撃ち、ビー玉を粉砕し、安全装置をかけてからホルスターに入れた。

「先ずは同点ですね、ミス・ストライク。次は私から始めます。だれか両隣の射座から同時に真っ直ぐ前にビー玉を投げてくれませんか。1、2、3の3で投げてください。速さはビー玉が的に届くようにしてください。」

そう言って川本五郎は2つのビー玉を取って後ろに向き、ビー玉を差し出した。

二人の若者が出て来てビー玉を受け取って両脇の射座に入った。

 「準備はいいですか。1、2、3の3ですよ。・・・1、2、3。」

二人の警官はほとんど同時に前方の的に向かってビー玉を投げた。

川本五郎は拳銃を体に近い腰だめにし、セミオートで連射し2個のビー玉を粉砕した。

次はアニー・ストライクの番であった。

アニー・ストライクも2個のビー玉を粉砕した。

 「なかなかやりますね、アニーさん。次はいよいよ最後の決戦です。」

「はい、胸が高なります。五郎・川本。」

川本五郎はビー玉4個を取って両隣の警官に2個ずつ渡して言った。

「両脇の射座に行ってビー玉を対角の的に向かって投げてください。速さは対角の的に当たる程度です。投げるのは前と同じように1、2、3の3です。」

「OK。任せてくれ」と言って二人の警官は2個ずつのビー玉を持って両端の射座に向かった。

 二人の警官が射座に入ると川本五郎は言った。

「準備はいいですか。はじめますよ。・・・1、2、3。」

二人の警官の投げたビー玉は距離が遠いこともあってかなりの速さで射場を斜めに横切った。

川本五郎は銃を抜き安全装置を外しながら腰だめで連射した。

連射の速度は少し遅かった。

二人の警官が投げた時が少しずれていたからだ。

2個のビー玉は射場のほぼ中央で粉砕された。

川本五郎は拳銃の遊底を戻してから脇のホルスターに入れた。

 次はアニー・ストライクの番であった。

アニーは拳銃を前の台の上に置いてから一呼吸してから「1、2、3」と大声で叫んだ。

ビー玉は2個とも粉砕されず対角の的の前で落ちた。

アニー・ストライクは気落ちして拳銃を腰のホルスターに収めた。

「負けました、サー。」

 「アニーさんが失敗したのは射撃姿勢のせいだと思います。両腕を前に出しての射撃は横に飛ぶ的には不適だと思います。そんな構えで横に飛ぶ的を当てるためには体全体を動かさなければなりません。体の動きは遅いので的の速さについていけないのです。私は腰だめで撃ちました。拳銃を動かすのは手首の動きだけです。手首の動きは体の動きより早いので横に飛ぶ的を待ち構えて撃つことができました。」

「そんなことは考えたことはありませんでした。拳銃は両手を出して撃つものだと教えられ、そうだと信じておりました。」

「だって、西部劇ではみんな片手で撃っていますよ。クイックドロウで両手を伸ばして拳銃を撃っているシーンは見たことがありません。」

「そう言えばそうですね。」

 「私が思うに、アニーさんの腕があるなら腰だめで撃つべきだと思います。アニーさんは的を目で狙って撃ってはおりません。的への道を想像して撃っているのだと思います。腰だめにしても当たるはずです。」

「分かりました。試して見ます。あのー、失礼ですが貴方はどなたでしょうか。信じがたい銃の腕を持っております。射撃の造詣も深いし。」

「外交官です。日本大使館の1等秘書官です。1等秘書官とは言っても仕事は大使の最終護衛ですけどね。」

 案内の警官が口をはさんだ。

「アニー、それだけじゃあないんだぞ。医者だし、弁護士だし、二十数ヶ国語を話し、中国公安の猛者10人を素手で数秒で殺した腕を持っている。すみません、サー。調べてしまいました。」

「少し誇張が入ってますね。運動神経に優れた日本の好青年だと思ってください。でもあと数年で三十路に入りますから青年は卒業ですね。」

「まあ。我々が近づける方ではないのですね。試合を挑んだりして申し訳ありませんでした。」

「どういたしまして。楽しい練習ができました。ありがとうございました。」

そう言って川本五郎はグロッグをスーツケースに入れて警察署を出て行った。

アニー・ストライクは出口まで見送ってくれた。


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