第20話 19、アンの秘密
<< 19、アンの秘密 >>
二日後の夕刻、川本五郎はアンを訪ねてパレスホテルに中が見えにくいシールが貼られたワゴン型のレンタカーで行った。
アン・シャーリーをホテル前で拾い、ディズニーシーに向かった。
二人でディズニーシーの夜のアトラクションを見るという設定だった。
ディズニーシーの大きな駐車場の照明が車内に入る場所に車を止め、そこで検査結果の話を始めた。
「アン、これが君のギムザ染色された染色体写真だ。普通の人とは違っていた。相同染色体は3本以上あって安定している。」
そう言って川本五郎は染色体の写真を並べた写真図を大型封筒から取り出してアンに差し出した。
「10個の白血球の染色体を調べたが、全て同じだった。」
アン・シャーリーは五郎から厚手の写真図を受け取り、車の窓から差し込む巨大な照明塔の光で自分の染色体像を見た。
「知っているように、通常、ヒトは46本の染色体ができる。44本の常染色体と2本の性染色体だ。君の染色体数は80本だ。数的には3.48倍だがDNA量を測っていないから正確には分からない。言ってみれば『異数倍数体』だ。この辺りはあまり進んでいないので『正常』の倍の92本なら『4倍体』って呼び、1.5倍の69本なら『3倍体』って呼ぶのだが、それらの数と違うと一括(くく)りに『異数倍数体』って呼ぶんだ。」
「つまり、私は3倍体と4倍体の中間と言うわけね。だから相同染色体は3本のものと4本のものがあるのね。ふーん。そうだったのか。でも五郎はさっき少し変な言い方をしたわね。『染色体ができる』って言った。普通には『染色体がある』って言うでしょ。」
「よく気がついたね。それがこれから説明する核心なんだ。」
「説明して、五郎。」
「うん。これは僕の父が出した論文のコピーだ。」
そう言って川本五郎は紙袋から3つの論文別刷りを出して渡した。
「僕の父はヒトのDNAは一本に繋がっていると考えていた。一番上がその仮説論文だ。2006年のMedical Hypothesesに載っている。父は父方のDNAの輪と母方のDNAの輪が繋がって8の字型に繋がっていると考えたんだ。DNAはそのままでは弱いので捩れてどんどん太くなっていく。最初の瘤がヌクレオソームで、それが捩れて遺伝子対の瘤ができ、それが捩れて遺伝子群のレプリコンの瘤ができ、それが捩れて染色体バンドの瘤ができ、それが捩れて染色体の瘤ができると考えていた。だから父は染色体は全て動原体部で繋がっていると考えていた。だから僕は『染色体がある』の代わりに『染色体ができる』って言ったのさ。」
「初めて聞く話だわ。」
「そうだろうね。結局、正常なヒトでは父方の染色体の輪と母方の染色体の輪が互いに点対称の8字になっていることになる。アンの場合、おそらく産まれてくる前の最初の受精卵の染色体配置は4倍体になっていたのだと思う。細胞質の分裂に失敗したり、電気ショックを受けて細胞融合が起こったりすると受精卵は簡単に4倍体になってしまうからね。通常、4倍体卵は胎児にならなくて、知らないうちに死産になる。でも、アンの場合、成長の早い段階で染色体数減衰が起こったのだろうと思う。4倍体の染色体配置は点対称ではなく面対称になるから細胞分裂の時に染色体の減衰が起こるんだ。それを書いているのが2番目の論文だ。2008年のHuman Cellに載っている。マウスの4倍体ES細胞のDNA量は3.3倍体にまで減少する。そこまでDNA減衰が起こると面対称性が破壊されるので安定するんだ。だからアンは死産にならずに生まれて来ることが出来たのだと僕は思う。つまり空間構造的に相同染色体が接近できっこないDNA配置である非対称DNAリングのために君は生まれて来ることができたのだと思う。その理屈に従って、最初から染色体リングを非対称にして染色体減衰が起こらないようにすると安定した細胞を得ることができる。それを書いているのが3番目の論文だ。2010年のJournal of Cellular Physiologyに載っている。5倍体にすると2倍体染色体リングと3倍体染色体リングのダルマ型になるから相同染色体は接近できず、5倍体ES細胞の染色体はなくならないのだと書いてある。」
「私は正常なヒトの1.5倍以上の染色体を持っているので異常な力を持っているのね。異端の人間というわけだ。」
「おそらくそうだと思う。」
「と言うことは、五郎も異端の子なの。」
「そうだ。僕は父が五郎と名付けたように5倍体人間だよ。おそらく父が作ったのだと思う。日本では五郎と言う意味は5番目の男と言う意味だ。長男なのに僕は五郎なんだ。だから僕の『五郎』は5倍体の男という意味かもしれない。自宅には人工子宮みたい装置の残骸があった。おそらく父は僕をそれで育てようとしたのだが失敗したんだと思う。僕の前の4人が失敗して僕が5番目だから五郎になったかもしれないがね。とにかく失敗が続いたので代理母を使って僕を生ませたのだと思う。僕に物心がついた時には父は既に老人だったしね。」
「ありがとう、五郎。こんなことをアメリカで調べたら確かに私はモルモットにされたわね。」
「そう思う。僕が5倍体人間だと思っているのは高校の担任の先生だけだ。僕のカリオタイプ を見た者は僕以外に誰もいない。」
「私は五郎の子供を妊娠できるのかしら。」
「それは分からない。君のX染色体の数は3本だ。性染色体に関しては3倍体だね。僕の性染色体はYが3本でXが2本だ。どんな精子ができるのかは全く分からない。高校の教師は僕は子孫を残すことができないだろうし、それは2倍体人間にとっては救いだと言った。確かに僕のような人間がどんどん生まれたら正常な2倍体人間にとっては脅威だろうね。2倍体種の存続をかけて排斥しようとする。でも一代で終わるのなら何の脅威でもない。スーパーマンとして受け入れることができる。」
「私たちのセックスは重大な意味を持っている訳ね。私が五郎の子を宿したら私たちは周りの人々から迫害されるかもしれないのね。」
「もしもその子が僕やアンと同じような能力を持っていればね。生き残るために奇跡を見せる新興宗教の教祖になるって手もあるけどね。仏陀もモハメッドも殺されなかった。イエスは殺されたけどね。」
「まあ、そんな大それた考えはないわ。」
「僕と君との間の子供だけの問題だけではないよ。僕たちが正常な人間との間で異端の子を生んで、その子達が優れた能力を持っており、どんどん異端の子を生んで行くことができたのなら、正常な人間達は必ず自分たちとは違う異端の子を排斥しようとする。強制的に避妊処置をすれば簡単にできる。」
「まあ、怖いわね。」
「そうだ。怖い。」
「でも、どうして異常な五郎が正常な女性とセックスして正常な子供ができる可能性があると考えるの。ダルマ型ゲノム配置ではまともな形はできないでしょ。」
「それはね、この辺りの研究がまだ十分に進んでないからだ。大部分の研究者は染色体がバラバラに存在していると信じているからね。染色体がバラバラだと考えている限り、全ての常染色体の相同染色体が対合して父方と母方の遺伝子交換が同時に起こるためには超複雑な機構を考えなくてはならない。それで神秘のベールに閉ざされる。でも8の字のゲノム配置なら片方の輪を180度捻るだけで自動的に全ての相同染色体は対合し遺伝子交換ができる。おそらく生殖細胞の形成過程では輪を回転させるタンパク質で出来たそんな場所が活性化されているはずだ。正常なヒトではそんなタンパク質がある場所は一つしかない。細胞の中でたった一つしかないタンパク質なので見つけ出すのは大変だから知られていない。ましてやそこは減数分裂の時だけ活性化される訳だからね。集めようたって難しい。2倍体と3倍体のダルマ型のリングにはそんな場所がそれぞれ1箇所と2箇所余計に含まれているはずだろ。そんな場所でリングの反転が起これば2倍体リングからは2個の1倍体リングができて3倍体リングからは3個の1倍体リングができるはずだ。そんな状態でリングが千切れれば正常な1倍体精子ができるかもしれない。もちろん難しいだろうけどね。」
「ごめん、五郎。話についていけなくなったわ。後でじっくり勉強してみるわ。とにかく私、必死に勉強して自分が安心できる地位を作るわ。大統領の護衛では立場が弱すぎるもの。」
「それがいいと思う。僕は外務省の一等書記官だ。めったに排斥などはできない。本当は裁判官が一番安全なのだが、僕は外国に行きたかったから外交官になった。以上が報告だ。ディズニーシーに行って花火を見ようか。」
「そうしましょう。でもちょっとだけね。五郎の話を聞いて私は花火より五郎の子供を作る方に興味があるわ。」
「了解。」
二人は車から出てディズニーシーの入り口に向かって歩いて行った。
アンは五郎の腕を抱えしっかりと豊満な乳房に押し付け、首を傾けて五郎の肩に載せた。
典型的なカップルの形だった。
報告書が入った大型封筒は五郎の肌着とYシャツの間に挟まれて背中に入れてあった。
レンタカーなどに残すことはできない物だった。
二人は花火見物を早々に終え、ファーストフード店でホットドッグとコーヒーで腹ごしらえし、コンビニで飲み物とポテトチップを買ってから近くのラブホテルに入った。
アンは日本のラブホテルが気に入ったらしい。
そこでは高級ホテルでの情事よりもずっと情熱的に愛し合えることができると知った。
二人は部屋に入って、最初に抱擁しあいキスを交わした。
五郎はアンの口の中でホットドッグの辛子の味を感じたので、五郎の口の中にもそうなっていたのかもしれなかった。
二人は最初に大きなバスに湯を張り、互いに向き合って湯船に入った。
アンと五郎は明るい照明の下で互いの裸を互いに見合って互いに苦笑した。
やはり恥ずかしい。
アンの肌はシミひとつない透き通るような象牙色で、うぶ毛のない緻密な組織になっていた。
豊満な乳房は垂れることなく張り切っていた。
小さな乳首の位置はほとんど乳房の中央にあり、乳輪はほとんどなかった。
細いウエストと平らな下腹の下にブロンドの恥毛が小さく広がっていた。
アンの肩まである黒髪は上げられず湯船に先端がつかっていた。
「アン、お湯に浸かると君のオーラは見えなくなる。僕のはどうだい。」
「まだ燃え上がる黄金色よ。私の恥毛の色と似ている。ごめんね。変な例を出してしまった。」
「君は本当に綺麗だね。何と言うか、整っている。僕は病院で何人もの乳房を見ているが、君の乳房は最高だよ。」
「ありがとう、五郎。五郎も素敵よ。何よりも顔がいいわ。理知的なの。体格はアメリカの大男達よりも小さいけど、そんな大男達よりもずっと強い筋力と反応力を持っている。私、五郎のファイルを見せてもらったことがあるの。五郎にはどんなオリンピック選手もかなわないわ。桁が違っている。腕はそれほど太くないのにね。」
「筋肉は君もさ。そんなきれいな細腕で400ヤードの距離を正確にゴルフ玉を飛ばす。プロゴルファーになったらたちまちグランドスラムだ。」
「そうしたら危険視されることになるのね。」
「適当に手を抜けばいいのさ。賞金だけで食べて行くことができる。」
そう言って五郎はアンの細い胴に手を回してアンを引き寄せた。
アンは長い両脚を開いて五郎を包み込み、五郎は湯面から出てきたアンの乳房に顔を埋めた。
アンは両手を五郎の頭に回して五郎の頭を自分の乳房に押し付けた。
五郎のペニスはもう張り切って行き場に困っていた。
五郎はアンを抱いたまま湯船を出てシャワーを浴び、バスタオルをアンの背中に被せて水気を拭った。
アンはようやく五郎から降りて、背中のバスタオルを体に回して乳房の上で止めた。
五郎はもう一つのバスタオルを取り体の水滴を拭ってからアンをバスタオルのまま抱き上げてベッドに運んだ。
アンはこれから展開されるだろう情事を想像し、なされるままに身をゆだねた。
五郎はアンをベッドに横たえるとアンの両まぶたにそっとキスしてアンの目を閉じさせた。
アンは静かに目を閉じ、乳房のバスタオルを解き、両腕をまっすぐ体側に着けた。
詳細省略
妊娠できる状態なら妊娠できるはずだ。
五郎の精子とアンの卵子が正常なら妊娠できるかもしれなかった。
アンも五郎もそのことは知っていた。
今日の性交の目的の一つは達成された。
「五郎、ありがとう。後はセックスを楽しみましょう。ドキドキするわ。どんな変態プレイでもOKよ。私、今日は乱れるから。」
そのあと、二人は変態プレイなしでセックスを楽しんだ。
変態プレイなどできるわけがなかった。
二人の性交経験はまだまだ不足していたからだった。
川本五郎は深夜にアンをホテルに届けた。
アンは疲れ切った顔をしていた。
川本五郎もそうだった。
アンは大型封筒をしっかりとコートの下に隠して自室に入って行った。
翌日、川本五郎は病院に行き、アン・シャーリーの見送りはしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます