第66話 65、故郷の研究所

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 「日本は辛(つら)いか。地球の反対側の国の大統領からそう言われるとはな。」

光野総理大臣は帰りの政府専用機内で川本五郎に言った。

「私は同感ですと答えました。」

「僕にはアフリカ連合ができてから世界は急速に変わって来ているように思える。君の創った新しいアフリカ連合の機構があまりにも便利すぎるからだ。サルバドール・ピノチェト大統領も南アメリカ連合を作ろうとしている。やる気満々だ。まあ政治家ならリーダーシップは取りたいだろうがな。」

 「早晩。南アメリカ連合はできると思います。」

「第2のアフリカ連合か。」

「第2ではなく新しい地域連合体です。名前は似ておりますが目的は異なっていると思います。」

「どう違う。」

「アフリカは他国の政治的経済的な大国の侵略に辟易(へきえき)し鎖国を目指しております。南アメリカ連合ができたとしたら、連合は有利な経済活動と安全保障を目的にすると思います。」

「有利な経済活動を展開するために核の安全保障が必要なのだな。」

「左様に存じます。」

 「日本はどうしたらいい。」

「それは政治家が考えることです。」

「分かった。質問を変える。東南アジアでも東南アジア連合ができると思うか。」

「出来ると思います。」

「日本はそれに入ることができると思うか。」

「入れないように思えます。」

「なぜだい。」

「日本は大国だからです。国土は小さいですが。・・・核戦争には不利です。」

 「辛(つら)いな。・・・大統領と同じ言葉になったか。」

「責任を感じております。」

「君は悪くはない。アフリカのために良かれと思って機構を考えただけだ。その機構が素晴らし過ぎただけだ。」

「核戦争になりますね。」

「そこまで行くか。」

 「アフリカ連合が核を持つことを大国が許した事実は同様な連合体なら核兵器を持ってもいいと言うことになります。中東でも同様な連合を作るはずです。連合の規模は問われないでしょうから数カ国でも連合を作ることができます。そしてその連合はなかば合法的に核兵器を所有することになります。核拡散防止条約など有名無実になります。各国は核兵器を持っていないと主張するでしょう。持っているのは連合体だと言うわけです。トルコを中心としたバルカン連合体や中央アジア連合もできるかもしれません。二つが合わさってオスマン連合ができるかもしれません。とにかく世界がブロック化されます。愚か者は核戦争の引き金を引くかもしれません。」

「何とも弱ったことだな。」

「すみません。」

 東京に戻った川本五郎はアン・シャーリーと共にアンの運転する自動車で故郷の研究所に行った。

研究所はもともと頑丈な作りだったし、総合警備会社に芝生の管理を含めた建物外周の管理を依頼してあったので研究所の外観は川本五郎が東京に行った時とほとんど同じように残っていた。

芝生もきれいに刈られていた。

 「アン、ここが僕の育った家だ。外側に関しては同じように見える。」

川本五郎はガラス張りのテラスの前に止めた車の中で言った。

「面白い建物ね。」

「父は変わり者だったからね。建物も変わっているんだ。地上は2階建だけど地下は3階もある。しかも一番下は核シェルターみたいな造りだよ。」

「まあ、お父様は核戦争を恐れていらっしゃっていたのね。」

「父は何に対してでも準備していた。まあ異常者と言えば異常者だ。」

「でも素敵な五郎を生んだわ。」

「父には感謝している、」

 川本五郎はアンを伴って建物の周囲を一周してから玄関の鍵を開けて建物に入って行った。

廊下にはうっすらと埃が溜まっていた。

川本五郎は台所に行って壁の飾り戸を開き、金庫のようなダイアル錠を回した。

「五郎、ここは台所でしょ。台所に金庫があるの。」

「これは金庫じゃないよ。この家全体の配電盤さ。異常な父の考えの一つ。」

「驚いた。確かに変わり者だったようね。」

 川本五郎は配電盤の蓋を開け、中に並んでいるブレーカーのスイッチを全てオンにした。」

「OK。全て正常だ。これでしばらくすればこの家は生き返る。」

「家が生き返るの。」

「今まで眠っていたからね。家の空気が入れ替わる。フィルターを通った清々しい空気に替わる。」

「軍事基地のようね。」

「そうだ。一人軍隊さ。」

 その時、来客を告げるチャイムが鳴った。

「なかなか早いな。アンはここにいて。」

川本五郎が玄関を開けて風除室に出ると制服姿の3人が風除室の入り口の前に立っていた。

川本五郎は風除室のガラス引き戸を開けて言った。

「何でしょうか。」

 「警報が鳴りましたので駆けつけました。この家の方ですか。」

「この家の持ち主です。」

「この家は十年以上も人が訪れたことがありませんでした。我々は幽霊屋敷と言っておりました。失礼ですが何か持ち主であると納得できる証拠がありますか。」

「そうですね。この家の持ち主の名前を知っていますか。」

「この家は川本家と言い、世帯主は川本五郎氏です。」

「そうですか。私の身分証明書をお見せします。私が川本五郎であることが分かると思いますが、それでいいですか。」

「十分です。」

 川本五郎は尻ポケットから硬く薄い身分証明書を出して警備員の一人に渡した。

「外務省の川本五郎外務審議官でしたか。失礼いたしました。」

そう言って警備員は手帳を五郎に返した。

「我々はこの家の持ち主は川本五郎外務審議官と同性同名の方だと思っておりました。」

「私を知っているのですか。」

「もちろん知っております。ニュースで知りました。ゴルフで9ホールを10打で回った天才です。日本人ではそんな成績を出した者はありません。」

 「ご苦労様でした。庭にセンサーでも張ってあるのですか。」

「はい、そうです。無人の建物でしたから芝生の手入れと人感センサーが必要でした。無断で付けさせていただきました。申し訳ありませんでした。もちろん電源はこの家とは別電源です。」

「そうですか。そのまま続けてください。私がここに来てから10分くらいで貴方達が到着しました。素早い反応だと思います。」

「ありがとうございます。お願いがございます、川本様。」

「何でしょう。」

「再び以前のように長期の不在になる時には弊社にご連絡願えませんでしょうか。」

「もちろんそうします。名刺をいただけますか。」

「ここに連絡をお願いします」と言って警備員は名刺を渡し、引き上げて行った。

 川本五郎が台所に戻ると、アン・シャーリーはシンクのカランから水を流し、何も入っていない冷蔵庫を開けていた。

「何も入っていないわね。」

「食料の全てを廃棄して東京に行ったからね。でも地下室には大量の飲料水がある。3段蒸留水だよ。何十年経っても腐らない。缶詰も豊富にある。自家発電できるから少なくとも数週間は生活できる。」

「ほんとに五郎のお父様は不思議な方ね。」

 「そろそろいいかな。地下の迷宮に入るよ、アン。」

「ドキドキするわ。王子様は美女を守ってね。」

「了解。」

川本五郎はアン・シャーリーを後ろに従(したが)え、配電盤の横にある2m幅の階段を降りて行った。

 階段の途中にある金属シャッターを手で持ち上げてさらに下に降りて行った。

階段の終わりは2m四方の床があり壁には再び金属シャッターが付いていた。

川本五郎がシャッターを手で上げると中は実験室のような工場のような雰囲気のガラスで仕切られた区画で分割された大広間だった。

 「五郎、聞いていい。」

「何だい。」

「こんな凄い施設があるのに、入り口のシャッターは手動なの。」

「父は電動が嫌いだったらしい。電動シャッターは信用が置けないと思ったのかもしれない。」

「確かに、非常時に電気がなかったら動かないものね。この部屋は何なの。」

 「見た通り、工場と実験室だよ。工場の大部分は工作機械だ。工作機械は大量生産する訳ではなく、欲しいものを作るためだ。実験室は生物学の実験室と同じだよ。細胞培養ができるし、解剖もできる。動物用のケージもある。もちろん今は動物は入っていない。」

「ここで五郎は生まれたの。」

「分からない。出生前の胎児を成長させる装置がどこにも無いんだ。でも倉庫の中には人工子宮らしい装置が並んでいる。大きくはない。小さい装置だ。人間の女性では胎児がどんどん大きくなることに対応できるが金属の子宮は大きさの変化に対応できなかったのかもしれない。」

「それで五郎の胚盤胞を借り腹の女性の子宮に着床させたのね。」

「おそらくね。」

 「凄い科学者だったのね。」

「人間の胚を扱うという禁断の研究を実行に移してしまった科学者だよ。」

「でも凄いわ。」

「僕は父が老衰で死ぬ時は高校生だった。その頃には僕が異常な能力を持っていることが分かっていた。父がそれを喜んだのか後悔したのかは分からない。」

「きっと両方ね。でも満足したのだと思う。」

「そうだね。」

 川本五郎とアン・シャーリーは地下一階を一通り周り、地下二階に続く階段を降りた。

その階段にも金属シャッターが下りていた。

地下二階は二つに仕切られており、部屋の半分が大型機械でしめられており、時々稼働音を発していた。

部屋の反対側は計測器らしいものが棚に並んでいた。

 「この部屋は何なの、五郎。」

「機械はこの家の生命維持装置だよ。普段は外部からの電源で動いている。今は仕事をさせていないからほとんど動いていない。実験が始まったら煩(うるさ)くなる。」

「どうしてなの。」

「液体窒素を作るからだよ。液体窒素があれば液体酸素も取れる。消音装置を付けたコンプレッサーだけど少しうるさい。」

「反対側は何なの。」

「電気計測器が並んでいる。ここに来た目的の部屋でもある。」

 「五郎は何かを測りたくで故郷に帰って来たのね。」

「そうだ。でも今回はここがどうなっているのかを見るためだ。今のところ変わっていない。」

「何を計るの。」

「呪いの力さ。」

「呪いってあの悪魔と契約を結ぶ呪い。」

「そうだよ。ブードゥー教でやっている、人を遠距離から呪い殺す原理を知りたいんだ。」

 「まあ、あれは迷信ではないの。」

「あながち迷信とも言えないんだ。呪いの儀式は現在も続いている。それは一定の成果が出ているからだ。何かの力が出て人を殺しているはずだ。それに僕にはそれができる。数キロ離れた遠距離から特定の人物の呼吸と心臓を止めることができる。信じられないだろ。でもできるんだ。自分でも理屈がわからない。僕はその原理を知りたいんだ。」

 「どうしてそう思ったの。ますます目立つわ。」

「僕は失敗して、そのために世界核大戦が起こるかもしれないんだ。責任を感じたので世界大戦が起こらないようにしようと思っている。」

「とてつもなく大きな問題ね。天才五郎の失敗って何。」

 「アンはアフリカ連合のことを知っているだろう。最近ニュースにもなっている。アフリカ連合の新しい機構を作ってあげたのは僕なんだ。素晴らしい機構なのだけど素晴らしすぎて世界の色々な地域で同じ機構が作られようとしている。全世界の各連合は合法的に核兵器を持つことができるようになるから核戦争はいつ起こるか分からない。誰かが始める可能性が高いんだ。」

 「でも、それって五郎に責任はないわ。単に仕組みを作っただけでしょ。」

「仕組みが良すぎて真似をされるのさ。僕はこうなることを予測すべきだった。それが失敗だよ。あのときはアフリカがあまりにかわいそうだったので完璧な対抗方法を考えてしまった。」

「それでブードゥー呪術を研究しようと思ったのね。」

「そうだよ。」

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